第18話 桜の下で、君の幸せを見送って

桜並木の下、二人はゆっくりと歩いていた。

手をつなぎ、肩を寄せ合うその姿は、まるで長い冬を越えた二人だけの春の象徴のようだった。


「ねえ、真冬さん」

梨乃が少し照れくさそうに笑い、肩に軽く触れる。

「今日も、桜がきれいだね」


「そうだね。梨乃さんと一緒に見られるから、余計にきれいに見える」

真冬の声は優しく、少しだけ照れたような響きがあった。

その肩に自然に頭を寄せる梨乃。

微かな香りと柔らかい感触が、春の空気の中で静かに漂う。


蓮は少し離れた場所からその様子を見つめ、胸の奥でじんわりと温かさと切なさが混ざり合うのを感じる。

届かない愛でも、こうして確かに存在していた証を目の前で見ている——そんな思いが、静かに胸を満たしていた。


歩きながら、真冬はふと梨乃の手を握り直す。

「手、冷たくない?」

「ううん、大丈夫」

梨乃は少し恥ずかしそうに頬を赤らめながら答える。

その仕草に、蓮は胸の奥が少し痛むが、同時に幸福感を覚える。


桜の花びらが二人の肩や髪に舞い落ち、舞い散る花びらが光を反射してきらきらと輝く。

二人の影が長く伸び、寄り添いながら歩く姿は、春の光景の中で一番自然で、幸せそのもののように見えた。


「真冬さん……」

梨乃が小さな声で呼ぶ。

「どうした?」

「こうしてあなたと歩くの、ずっと夢みたい」

その言葉に、真冬は微笑みながら彼女の肩に手を回す。


蓮はその光景を見ながら、心の中で静かに手を合わせる。

──幸せでいてくれれば、それでいい。

──過去の痛みも、名前のない想いも、今の幸せを見守るためにある。


二人は桜のトンネルを抜け、小さなカフェの前で立ち止まる。

真冬が梨乃の肩にそっと手を添え、微笑む。

梨乃も自然にその肩に頭を寄せる。

軽く抱き寄せる仕草に、蓮は胸の奥で小さな痛みと温もりが同時に押し寄せるのを感じた。


「……やっぱり、春っていいね」

梨乃の声は穏やかで、心からの笑みが溢れている。

真冬も頷き、肩を寄せたまま微笑む。


蓮は少し距離を取りながらも、心の中で静かに祈る。

──二人を、ずっと幸せに。

──名前のない想いも、届かなくても、確かに存在していたことを忘れないでいてほしい。


桜の花びらが風に舞い、光に反射してきらきらと輝く。

二人の手は離れず、肩は寄せ合ったまま、歩き出す。

蓮は静かに微笑み、桜の香りに包まれる中、過去と今が交差するこの瞬間を心に刻んだ。


──もう、手を伸ばすことはない。

──でも、確かにあった愛を、胸に抱いて歩こう。


遠くで子供たちの声が響き、春の風が柔らかく頬を撫でる。

二人の影が桜の道に重なり、光の中で揺れる。

届かない愛も、こうして確かに存在していた。

蓮はその証を胸に刻み、静かに歩き続けた。

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