第8話#最後のリプライ(最終話)


1

深夜2時。

俺——青井アオイは、スマホを見ながらベッドに横たわっていた。

画面には、ネットで話題の「#消せないリプライ」シリーズ。

「面白いな、これ」

Episode 01から、順番に読んでいく。

炎上させた大学生、ファンに追われるYouTuber、増殖する自分、感情が同期する恋人。

どれも——怖いけど、どこか他人事だった。

「こんなこと、現実には起きないよな」

俺は、笑った。

でも——心の奥で、少しだけ引っかかるものがあった。

「俺も……昔、誰かに何か言ったことあったっけ……?」

でも——思い出せない。

「まあ、いいか」

俺は、最終話——Episode 08を開いた。

そこには、こう書かれていた。

「観測者は、誰?」

「観測者……?」

俺は、不思議に思った。

そして——スマホを操作し、「@anata」を検索した。

「本当に存在するのかな……」

検索結果に——一つのアカウントが表示された。

@anata

フォロワー0、フォロー0、投稿0。

「マジで存在するんだ……」

俺は、面白半分でリプライを送った。

「これ、フェイクでしょ?」

送信ボタンを押す。

すると——即座に返信が来た。

「フェイクじゃないよ。君も知ってるはず」

俺の心臓が、止まった。

「え……?」


2

俺は、慌ててスマホを見た。

@anataのアカウントから、次々とメッセージが届く。

「覚えてる?」

「君が、傷つけた人」

「君が、忘れた言葉」

俺は——混乱した。

「何を言ってるんだ……」

そして——タイムラインが、勝手にスクロールし始めた。

画面に、次々と投稿が流れてくる。

佐藤ユウタの投稿。

「@anataのせいで、俺の人生は終わった」

高橋リョウの投稿。

「@anataのせいで、俺は壊れた」

白石サキの投稿。

「@anataのせいで、私は消えた」

次々と、これまでのエピソードの登場人物たちの投稿が流れてくる。

全員が、@anataを責めている。

「なんだ……これ……」

俺は、スマホを握りしめた。

そして——画面が、真っ暗になった。


3

画面が再び点灯すると——

そこには、俺の過去の投稿が表示されていた。

でも——俺が書いた覚えのない投稿。

「あいつ、マジでキモい」

「〇〇って、生きてる価値ないよね」

「あの子、ブスすぎて草」

俺は——息が止まった。

「これ……俺が……?」

でも、覚えていない。

いつ、こんなことを書いたのか。

誰に向けて、書いたのか。

スマホが、勝手に文章を打ち始めた。

「覚えてないでしょ?」

「でも、相手は覚えてる」

「ずっと」

俺は——震えた。

「やめろ……」

でも、スマホは止まらない。

次々と、俺の過去の書き込みが表示される。

全て、誰かを傷つける言葉。

全て、俺が忘れていた言葉。

「やめてくれ……」


4

その時——部屋の空気が、変わった。

冷たい。

誰かが、いる。

俺は、ゆっくりと顔を上げた。

部屋の隅に——誰かが立っていた。

一人、二人、三人。

次々と、人影が現れる。

全部で——7人。

「え……?」

俺は、その顔を見て——凍りついた。

佐藤ユウタ。

高橋リョウ。

白石サキ。

田村ハルト。

桜井マイ。

中村ケンジ。

工藤ミク。

全員が——俺の部屋に立っていた。

無言で。

笑顔で。

「な……なんで……」

7人は、一斉に俺に近づいてきた。

「一緒に、思い出そう」

全員の声が、重なる。

「君が、忘れたこと」

「君が、傷つけた人」

「君が、消した言葉」

俺は——後ずさった。

「やめろ……来るな……」

でも、7人は止まらない。


5

ユウタが、俺の肩に手を置いた。

その手は、冷たかった。

「君は、覚えてないかもしれない」

「でも、俺は覚えてる」

「君が、俺を晒したこと」

「え……?」

俺は——記憶を探った。

でも、何も出てこない。

リョウが、俺の腕を掴んだ。

「君は、俺に『キモい』って言った」

「匿名で、何度も」

「俺は、それを全部覚えてる」

サキが、俺の手を握った。

「君は、私のことを『ブス』って書いた」

「冗談のつもりだったんでしょ?」

「でも、私にとっては——全てだった」

次々と、7人が俺に触れてくる。

全員が、俺の過去の言葉を語る。

俺が——忘れていた言葉を。

「やめろ……俺は……覚えてない……」

「そうだよ」

全員が、微笑んだ。

「君は、覚えてない」

「でも、僕たちは覚えてる」

「ずっと」


6

その時——俺の視界が、歪んだ。

記憶が——逆再生され始めた。

過去の自分が、次々と現れる。

中学生の俺が、スマホで誰かを誹謗中傷している。

高校生の俺が、クラスメイトを匿名で晒している。

つい最近の俺が、SNSで誰かを笑いものにしている。

全て——忘れていた。

でも、確かにやっていた。

「やめろ……見せるな……」

俺は、頭を抱えた。

でも、記憶は止まらない。

次々と、過去の自分の醜い姿が再生される。

そして——その被害者たちの顔が、浮かび上がる。

泣いている顔。

苦しんでいる顔。

絶望している顔。

「ごめん……ごめん……」

俺は——泣き始めた。

「俺は……何も知らなかった……」

「でも、それは言い訳にならない」

7人が、俺を囲んだ。

「君は、忘れた」

「でも、僕たちは忘れない」

「それが、一番残酷なこと」


7

俺は——床に崩れ落ちた。

涙が、止まらない。

「ごめん……本当に……ごめん……」

7人は、俺を見下ろしている。

でも——その目は、優しかった。

「謝っても、遅い」

「でも、謝らないよりはマシ」

ユウタが、手を差し伸べた。

「さあ、一緒に来よう」

「どこに……?」

「君が、忘れた場所へ」

俺は——その手を取ろうとした。

でも——その瞬間、スマホが鳴った。

新しい通知。

@anataがあなたをフォローしました

俺は——スマホを見た。

メッセージが表示される。

「君も、彼らと同じ」

「加害者で、被害者」

「忘れた罪は、消えない」

「ずっと、誰かの心に残り続ける」

俺は——何も言えなかった。

ただ、泣いていた。


8

翌朝、俺は目が覚めた。

部屋には、誰もいなかった。

7人は、消えていた。

「……夢……?」

俺は、スマホを見た。

@anataのアカウントは、まだ存在していた。

そして——最後のメッセージが届いていた。

「これは、終わりじゃない」

「君の中に、ずっと残る」

「君が忘れても、誰かは覚えてる」

「それが、人間」

俺は——スマホを置いた。

そして——自分の過去の投稿を、一つずつ見返し始めた。

削除された投稿も、アーカイブも、全て。

そこには——俺が忘れていた、醜い言葉が並んでいた。

「俺は……こんなことを……」

俺は——もう一度、泣いた。

でも、今度は——後悔の涙だった。


9

それから数週間。

俺は、SNSをやめた。

過去の投稿も、全て削除した。

でも——それで終わりじゃないことは、分かっている。

俺が傷つけた人たちは、まだどこかにいる。

俺が忘れた言葉を、覚えたまま。

ある日、街を歩いていると——

見知らぬ人が、俺を見た。

その目には——何かが宿っていた。

「……あの人、覚えてるのかな」

俺は——もう、逃げられないと悟った。

俺の罪は、消えない。

ずっと、誰かの心に残り続ける。


10(エピローグ)

【読者へのメッセージ】

この物語を読んでいる、あなた。

スマホを見てください。

通知は、ありませんか?

もしかしたら——

@anataがあなたをフォローしました

そんなメッセージが、届いているかもしれません。

あなたも、過去に誰かを傷つけたことがありますか?

匿名で、何か言ったことがありますか?

覚えていますか?

それとも——忘れましたか?

でも、覚えていてください。

あなたが忘れても、相手は覚えています。

ずっと。

SNSは、便利です。

でも——そこに書いた言葉は、消えません。

誰かの心に、ずっと残り続けます。

だから——

次に、何か書く前に。

少しだけ、考えてください。

その言葉が、誰かを傷つけないか。

その言葉を、あなた自身が言われたらどう思うか。

@anataは、あなたを見ています。

あなたの言葉を、あなたの行動を。

そして——

いつか、あなたにも「最後のリプライ」が届くかもしれません。


【スマホの画面が、勝手に点灯する】

通知:@anataがあなたをフォローしました

メッセージ:「あなたも、何か忘れてない?」


【Episode 08:終】




#消せないリプライ Season 1 完

@anataは、永遠にあなたを観測し続ける

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

#消せないリプライ —SNSホラー短編集— 忘れた罪は、誰かの記憶に残り続ける ソコニ @mi33x

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ