第7話#フォロワーが実体化して街を埋めた
1
「はい、チーズ!」
俺——工藤ミクは、カフェで自撮りをした。
完璧な角度、完璧な照明、完璧な笑顔。
すぐにSNSに投稿する。
「今日のカフェ巡り☕️ #カフェ好きな人と繋がりたい #おしゃれさんと繋がりたい」
投稿して、10秒。
いいねが、100を超えた。
「よし」
俺は、満足そうに微笑んだ。
フォロワー数は、10万人。
毎日、投稿する。
カフェ、ファッション、日常。
全てを、切り取って、投稿する。
それが、俺の生きがいだった。
「いいねが1000超えた!」
俺は、スマホを見ながら笑った。
承認される。
それが、俺の存在証明だった。
2
ある朝、俺は異変に気付いた。
窓の外が——騒がしい。
「……なんだ?」
カーテンを開けると——
人、人、人。
自宅の前に、大量の人が立っていた。
「え……?」
俺は、急いで外に出た。
玄関を開けると——
視界が、人で埋め尽くされていた。
数百人、いや——数千人。
全員が、こちらを見ている。
無言で。
笑顔で。
「な、なに……これ……」
一人の女性が、前に出てきた。
「ミクさん! 会えて嬉しいです!」
「え……あなたは……?」
「フォロワーです! いつも投稿、楽しみにしてます!」
「フォロワー……?」
俺は、周囲を見渡した。
全員が、頷いている。
「私もフォロワーです!」
「僕もです!」
「ミクさん、大好きです!」
俺は——理解した。
これは、俺のフォロワーだ。
10万人、全員が——ここにいる。
「す、すごい……」
俺は、最初は喜んだ。
「みんな、ありがとう!」
フォロワーたちは、一斉に拍手した。
「ミクさん! 投稿してください!」
「新しい写真、見たいです!」
「お願いします!」
俺は——笑顔でスマホを取り出した。
「じゃあ、みんなで写真撮ろう!」
3
それから、地獄が始まった。
フォロワーたちは、俺の家に居座り続けた。
「ミクさん、次の投稿は?」
「まだですか?」
「早く、投稿してください」
俺は——疲れていた。
でも、投稿しないと、フォロワーたちが不安そうな顔をする。
「わ、分かった……今、投稿する……」
俺は、カフェの写真を投稿した。
「今日も素敵な一日☕️」
フォロワーたちは、一斉に拍手した。
「いいね!」
「最高です!」
「ミクさん、素敵!」
でも——それだけじゃ、満足しない。
「次の投稿は?」
「もっと、投稿してください」
「ミクさん、もっと見たいです」
俺は——震えた。
「ちょ、ちょっと待って……」
でも、フォロワーたちは待たない。
「早く」
「早く」
「早く」
同じ言葉を、繰り返す。
俺は——恐怖を感じ始めた。
4
その夜、俺は投稿を止めようとした。
「もう……疲れた……」
でも——フォロワーたちの顔が、変わった。
笑顔が、消える。
そして——歪んだ表情になる。
「ミクさん……投稿は?」
低い声。
唸るような声。
「投稿……しないんですか?」
フォロワーたちが、一斉に近づいてくる。
「や、やめて……」
俺は、後ずさった。
「投稿してください」
「投稿してください」
「投稿してください」
同じ言葉を、繰り返す。
俺は——恐怖で震えた。
「わ、分かった! 投稿する! 投稿するから!」
俺は、慌ててスマホを取り出した。
適当に写真を撮って、投稿する。
フォロワーたちの顔が——元に戻った。
笑顔になる。
「ありがとうございます」
「最高です」
「ミクさん、大好きです」
俺は——もう、逃げられないと悟った。
5
それから、俺は一日中投稿し続けた。
朝、昼、夜。
ずっと、投稿。
フォロワーたちは、満足しない。
「もっと」
「もっと」
「もっと」
俺の手が、震える。
呼吸が、乱れる。
「もう……無理……」
そして——異変が起きた。
フォロワーたちの顔が——俺の顔に変わり始めた。
一人、また一人。
全員が、俺と同じ顔になる。
「え……?」
俺は、鏡を見た。
鏡に映る自分と、フォロワーたち。
全員が、同じ顔。
「なに……これ……」
街を見渡すと——
街中が、俺の顔で埋め尽くされていた。
通行人も、店員も、全員が俺の顔。
「やだ……やだ……」
俺は、発狂しそうになった。
6
俺は、街を走った。
逃げるために。
でも——どこに行っても、俺の顔がある。
全員が、俺を見つめている。
笑顔で。
「ミクさん、投稿は?」
「ミクさん、次の投稿は?」
「ミクさん」
「ミクさん」
「ミクさん」
俺は——スマホを握りしめた。
「全部……これのせいだ……」
俺は、スマホを地面に叩きつけた。
画面が割れる。
そして——スマホを踏みつけた。
何度も、何度も。
「もう……嫌だ……」
スマホが、完全に壊れた。
その瞬間——
フォロワーたちが、消えた。
一瞬で。
街は、元に戻った。
「……え?」
俺は、周囲を見渡した。
誰もいない。
普通の街。
普通の人々。
「消えた……?」
7
俺は、安堵した。
「よかった……終わった……」
でも——その安堵は、すぐに絶望に変わった。
俺は、近くのコンビニに入った。
「すみません……」
店員が、俺を見た。
「はい?」
「あの……」
店員は、何の反応もない。
ただ、淡々と仕事をしている。
「あの……俺、工藤ミクって……知ってます?」
「いえ、知りませんが」
「SNSで……フォロワー10万人いたんですけど……」
「そうですか。お会計、お願いします」
店員は——俺を覚えていなかった。
俺は、慌てて家に帰った。
スマホは壊れているから、パソコンを開く。
SNSにログインしようとする。
「このアカウントは存在しません」
「え……?」
俺のアカウントが、消えている。
投稿も、フォロワーも、全て消えている。
「嘘……」
俺は、検索した。
「工藤ミク」
検索結果——0件。
俺の名前が、どこにもない。
「そんな……」
8
翌日、俺は大学に行った。
友人に会おうとした。
「おい、田中!」
田中が、振り向いた。
「……はい?」
「俺だよ、ミクだよ!」
「ミク……? 誰ですか?」
「え……?」
田中は、不思議そうに俺を見ている。
「すみません、お名前聞いても……」
「俺、お前と一緒に授業受けてただろ!」
「……いえ、記憶にないですが」
田中は、そのまま去っていった。
俺は——絶望した。
誰も、俺を覚えていない。
家に帰ると、母が料理をしていた。
「母さん……」
母が、振り向いた。
「あら、どちら様?」
「え……俺、ミクだよ……あんたの息子だよ……」
「息子? 私、子どもいませんけど」
「嘘……」
母は、不思議そうに俺を見ている。
「何か、ご用ですか?」
俺は——何も言えなかった。
ただ、家を出た。
9
俺は、街を彷徨った。
誰も、俺を覚えていない。
俺の存在が——消えている。
SNSが消えた瞬間、俺の存在も消えた。
「俺は……何だったんだ……」
承認される。
それが、俺の存在証明だった。
でも——それが消えた今、俺は何なんだ?
俺は——存在しているのか?
街を歩いていると、巨大ビジョンに目が留まった。
そこには——SNSの投稿が映し出されていた。
@anataの新しい投稿
画面には——俺の姿があった。
ボロボロの服を着て、虚ろな目で街を彷徨う俺。
そして、キャプション。
「承認欲求の果てに待つのは——存在の消失」
「いいね、が消えたとき、君も消える」
俺は——その場に崩れ落ちた。
「俺は……俺は……」
誰も、答えてくれない。
ただ、街は流れていく。
俺を、忘れたまま。
10
それから、数週間。
俺は、ホームレスのように街を彷徨っていた。
誰も、俺を認識しない。
家族も、友人も、誰も。
俺は——存在しているが、存在していない。
ある日、公園のベンチに座っていると——
一人の少女が、俺の隣に座った。
スマホを見ながら、楽しそうに笑っている。
「いいね、1000超えた!」
少女は、嬉しそうに呟いた。
俺は——その少女を見た。
そして——呟いた。
「……それ、意味ないよ」
少女は、俺を見た。
「え?」
「いいね、なんて……意味ない……」
「何言ってるんですか? いいねがあるから、私は存在してるんです」
少女は、笑顔で言った。
そして——スマホに戻った。
俺は——何も言えなかった。
ただ、空を見上げた。
「俺は……何だったんだ……」
答えは、返ってこなかった。
【Episode 07:終】
次回予告
Episode 08:#最後のリプライ(最終話)
「観測者は、誰?」
#消せないリプライ Season 1
@anataは、あなたの存在を観測している
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます