第8話 初夏の晩餐、灯の下で
窓の外では夜風が若葉を揺らし、薄く開いたカーテンがそっと膨らむ。
食卓には淡い燭光に照らされた皿が並び、色と香りが舞う小さな舞台のようだった。
千秋が穏やかに微笑む。
「今宵は、御陵様のために特別なフルコースをご用意いたしましたの」
屋敷の娘として、憂の好みや食べる量に合わせて、小皿をまとめつつ丁寧に並べていた。
憂の前には、他の二人より少し多めの皿が並ぶ。
前菜はサーモンマリネ、キャビアのカナッペ、彩り野菜のミニタルト、海老のグラタン――
どれも小皿に少しずつ盛られており、憂は目を輝かせてフォークを手に取った。
「……どれから食べようかな」
一品目のサーモンマリネ。
酸味とハーブの香りが口の中でとろけ、自然と笑みが浮かぶ。
葉月はそっと憂を見守り、微笑む。
「憂ちゃん、前菜だけでも楽しそうね」
「だって全部おいしいんだもん」
千秋は扇を軽く揺らし、少し誇らしげに微笑む。
「喜んでいただけるのが、私にとって何よりですわ」
次に魚料理。
鯛のポワレと帆立のソテーが一緒に小皿で出され、憂の皿には二切れずつ。
「……外はカリッ、中はふわふわ。香草の香りもいいね」
「火入れの加減も完璧ですわ。御陵様のために調整しましたの」
憂はうなずきながらフォークを何度も口に運ぶ。
(まだまだいけそう……!)
続いて肉料理。
ローストビーフ、仔羊の香草焼き、ミニリゾット。
憂は迷わずフォークを伸ばす。
「……やわらかい。香草の香りで森を歩いてるみたい」
葉月は小さく肩をすくめて微笑む。
「順調に召し上がってるわね」
「まだまだ大丈夫!」
憂の楽しそうな笑顔に、千秋と葉月はそっと目を合わせた。
小皿は食べるペースに合わせて順次補充され、憂の食欲を自然に演出する。
最後にデザートのワゴンが運ばれる。
ガトーショコラ、ピスタチオムース、洋梨のタルト、レモンシャーベット――
憂は少しずつ取り分け、順に味わう。
「……全部おいしい……幸せ」
食後の紅茶が注がれる頃には、皿の上には憂の満足そうな笑みだけが残っていた。
窓の外には藤の花の香りが漂い、初夏の夜風がカーテンを揺らす。
千秋は柔らかく頷く。
「憂さん、せっかくですし……今夜はこのままお泊まりになりませんこと?」
憂は一瞬、夜の静けさと温かい灯りに包まれる心地よさを感じ、自然と肩の力が抜けていった。
憂は少し考えてから、柔らかく笑みを浮かべた。
「ありがとう……じゃあ、お言葉にあまえて、少しだけここでくつろがせてもらおうかな」
葉月は手を軽く打ち合わせ、にっこりと笑った。
「じゃあ、パジャマパーティ決定ね」
初夏の風がカーテンを揺らし、三人の穏やかな笑い声をそっと運んでいった。
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