第18話

エルザ様が置いていった、『光る霊水晶キノコ』。

それは、厨房の隅に置かれた木箱の中で、青白い光を放ち続けていた。

「うーん、どうしたものか……」

俺は、騎士団用の仕込みを料理人さんたちに任せた。

そして、そのキノコと真剣に向き合っていた。

(触れば即死、かあ……)

俺は、恐る恐る、銀のナイフでキノコの端を少しだけ切り取ってみた。

断面からは、濃密な魔力が、まるで霧のようにあふれ出す。

(すごい魔力だ、でも、確かに、これは猛烈な毒だ)

俺は、宮廷の薬学書で学んだ知識を、必死に思い出した。

(この独特の匂い……アルカロイド系の一種か)

(熱に弱いか、いや、魔力で構成されてるなら、熱じゃ毒は消えない)

(酸か、それともアルカリで中和か?)

俺は、店の厨房に戻り、秘伝のスパイスが入った壺を取り出した。

(このスパイスは、栄養の吸収を高める効果がある)

(もし毒の吸収も、高めちゃったら、元も子もないよな……)

俺は、スパイスの中から、毒性を中和する効果のある乾燥ハーブを数種類、選び出した。

それを、石臼で丁寧にすり潰していく。

ゴリゴリと、乾いた音が厨房に響く。

そして、切り取ったキノコの破片に、そのハーブの粉末をまぶしてみた。

……キノコからあふれ出ていた毒の気配が、スッと消えた。

(いける、これなら毒を消せるぞ!)


俺は、慎重に、キノコを薄くスライスした。

それを、中和ハーブと一緒に、低温の窯でじっくりと乾燥させていく。

焦りは、禁物だ。

数時間後。

あれほど青白く光っていたキノコは、半透明の、美しい琥珀色の乾燥キノコに変わっていた。

毒の気配は、もうどこにもない。

代わりに、嗅いだことのないような、頭がスッキリする清涼な香りがした。

「……できた、『精神集中の乾燥キノコ』、かな」

俺は、その一片を、恐る恐る口にしてみた。

(……!)

(頭が……すごくクリアになる……)

(遠くの物音や、人の気配が、いつもよりハッキリと感じられる……)

すごい。

これは、魔力回復とは違う。

五感や、第六感のようなものが、研ぎ澄まされていく感じだ。

(エルザ様は、これに気づいてたのかな……)


---


「お兄さん、なにそれ、美味しそう!」

ミーナちゃんが、帳簿から顔を上げて、厨房にやってきた。

「あ、ミーナちゃん、これ、エルザ様が持ってきたキノコの試作品だよ」

「ふーん、あの光るキノコ?」

ミーナちゃんは、乾燥キノコを一枚つまむと、ヒョイと口に放り込んだ。

「こら、ミーナちゃん、まだ毒があるかも……!」

俺が止めるより、早く食べてしまった。

「ん!?」

ミーナちゃんの動きが、ピタリと止まった。

彼女は、目の前にある帳簿の数字を、ものすごい速さで見始めた。

「……すごい」

「え?」

「計算が、いつもより三倍速くできる!」

ミーナちゃんは、目をカッと見開いて、俺を見た。

「お兄さん、これ、原価はいくらで作ったの!?」

「え、ええと、ハーブ代だけだけど……」

「これは、とんでもなく高く売れるよ!」

ミーナちゃんの目が、まるで金貨のマークに変わったようだった。

「魔術師とか、僧侶とか、あと、商人にも売れる!」

「集中力が必要な人たちに、特化して売り出すのよ!」


俺たちが、新商品のことで興奮していると。

店のドアが、おそるおそる開いた。

「あ、あの……」

そこに立っていたのは、高価そうなローブを着た、三人のパーティだった。

魔術師の男性、僧侶の女性、それと、斥候(スカウト)らしき男の人だ。

Bランクのバッジを、胸につけている。

「いらっしゃいませ!」

ミーナちゃんが、すぐに店長の顔で出迎えた。

「でも、ごめんなさい、今日の抽選販売は、もう終わっちゃったんだけど」

「あ、いえ、違うんです!」

魔術師の男性が、慌てて首を振った。

彼は、ひどく疲れた顔をしている。

「俺たちは、ギルド食堂で、リオ先生のシチューを食べて……その、あまりの効果に驚きました」

「はい、ありがとうございます」

「それで、藁にもすがる思いで、こちらに来たんです」

魔術師の男性は、カウンターに手をついた。

「俺たち、最近、迷宮の罠解除に、立て続けに失敗してまして……」

「どうにも、集中力が続かないんです」

僧侶の女性も、悲しそうに頷いた。

「何か、集中力を高めるような、回復薬はありませんでしょうか?」

「『秘薬』を売っていると、噂で聞いたものですから……」


(集中力……)

俺は、ミーナちゃんと顔を見合わせた。

(なんて、すごいタイミングだ……)

ミーナちゃんは、ニヤリと笑うと、カウンターの下から『精神集中の乾燥キノコ』が入った小瓶を取り出した。

「残念だけど、薬は、ないわね」

「そ、そうですか……」

魔術師が、がっくりと肩を落とす。

「でも」

ミーナちゃんは、その小瓶を、カウンターにコン、と置いた。

「試作品の『特別なお菓子』なら、あるけど?」

「お菓子……ですか?」

魔術師は、琥珀色に輝く乾燥キノコを、怪訝そうに見た。

「ええ、食べると、頭がスッキリするって、評判なのよ」

「そ、本当ですか!?」

「ただし、試作品だから、高いわよ」

ミーナちゃんは、指を三本立てた。

「お試し価格で、その一瓶、金貨30枚ね」

「き、金貨30枚!?」

魔術師は、目をむいた。

「た、高い……、Bランク依頼の、報酬の半分じゃないか……!」

「どうする? 買わないなら、エルザ様に全部売っちゃうけど」

ミーナちゃんが、小瓶を引っ込めようとする。

「ま、待ってください、買います、買わせていただきます!」

魔術師は、震える手で、金袋を取り出した。

「(うわあ……ミーナちゃん、商売が容赦ないなあ……)」

俺は、厨房で苦笑いしていた。


魔術師は、金貨30枚と引き換えに、小瓶を受け取った。

「……」

彼は、ゴクリと唾を飲むと、乾燥キノコを一枚、口に運んだ。

斥候と僧侶が、固唾をのんで見守っている。

「……!」

魔術師の目が、カッと見開かれた。

「……あ」

「あ、ああ……」

彼は、自分の両手を見つめ、わなわなと震え始めた。

「……見える!」

「え?」

「魔力の流れが、空気中のマナの粒子が、手に取るように見えるぞ!」

魔術師は、虚空に向かって、何かを掴むような仕草をした。

「集中力が……研ぎ澄まされていく、今なら、あの複雑な古代魔法の術式も、解読できる!」

「こ、こ、こ、これは!」

魔術師は、俺たちの方を、狂喜の表情で振り返った。

「伝説の秘薬どころじゃない!」

「神の、神の啓示だあああああ!」

魔術師の絶叫が、店中に響き渡った。

俺の店に、『回復』だけじゃなく、『特殊能力の付与』まであること。

それが、ダグの街に知れ渡る瞬間だった。

(……ただの、キノコなんだけどなあ)

俺は、あまりの大げさな反応に、またしても、遠い目になるしかなかった。

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宮廷を追放された俺の作る保存食が、Sランク冒険者たちの間で「伝説の秘薬」と話題になっている件~今さら戻ってこいと言われても、もう辺境でかわいい弟子とお店始めちゃいました~ ☆ほしい @patvessel

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