第16話

ミーナちゃんは、本当にボルガ様から契約を勝ち取ってきた。

ギルド食堂のコンサル料として、売り上げの三割をもらう契約だ。

「ふふん、これでお店の利益も増えるよ!」

ミーナちゃんは、新しい帳簿を一冊増やしてご機嫌だった。

分厚い帳簿をめくりながら、彼女は楽しそうに鼻歌を歌っている。

その頃、ボルガ様はギルドマスター室で頭を抱えていたらしい。

「あの小娘は、エルザの嬢ちゃんよりタチが悪いわい……」

ギルドの受付さんが、俺にこっそりその愚痴を教えてくれた。

俺は、苦笑いするしか返事ができなかった。


ギルド食堂で新しく始まった『疲労回復シチュー』は、大人気になった。

それは、あっという間にダグの街の新しい名物となった。

「たった銅貨五枚で、ポーションみたいに回復できるぞ!」

「昨日の疲れが、すっかり取れちまった!」

その噂は、街中の冒険者たちの間に、すぐに広まった。

シチューを食べた冒険者たちは、みんな元気になっていく。

「このシチューのおかげで、依頼を一日二回も回せたぞ!」

「体がすごく軽い、今ならオークキングも倒せそうだ!」

冒険者たちの疲労回復が、格段に早くなった。

その結果、ギルドの依頼達成率が、目に見えて上がったらしい。

ボルガ様は、ギルドマスター室で豪快に笑っていた。

「コンサル料の三割は痛いが、結果的にはギルドの大儲けじゃ!」

受付さんから聞くボルガ様は、とても忙しそうだけど嬉しそうだった。


食堂の厨房では、俺はすっかり「先生」扱いになっていた。

「リオ先生、この野菜の切り方はこれで合ってますでしょうか!」

料理人の一人が、緊張した顔で俺に尋ねてくる。

「先生、スパイスの配合を教えてください、どうか弟子にしてください!」

別の料理人は、俺に詰め寄ってきた。

(ひええ、だから俺は先生じゃないのに……)

俺は、料理人たちのものすごい熱気に、押されっぱなしだった。

でも、彼らの料理の技術が上がっていくのを見るのは、素直に楽しかった。

「煮込み料理の基本は、焦らないことです」

俺は、自分が知っていることを丁寧に教える。

「弱火でコトコト煮て、食材の旨味を引き出してあげてください」

俺が宮廷で学んだ基礎的な技術を教えるだけで、彼らはすごい勢いで吸収していく。

まるで乾いたスポンジが、水を吸うようだった。

「おおお、味が全然違う、深みが出ました!」

「これが、宮廷の技術……!」

料理人たちは、自分たちの作ったスープを味見して感動している。

(いや、これは宮廷じゃ地味だって、捨てられた技術なんだけど……)

俺は、心の中だけで静かにツッコミを入れた。


そんなある日のことだった。

ダグの街の正門が、朝からひどく騒がしいという話を聞いた。

「なんだろう、何か大きな事件かな?」

俺が厨房で仕込みの準備をしていると、ミーナちゃんが慌てた様子で店に駆け込んできた。

「お兄さん、大変だよ!」

彼女は、肩で息をしている。

「ど、どうしたのミーナちゃん、もしかして強盗?」

俺は、店のレジを心配した。

「違う、もっとすごいの、もっと大変なのが来た!」

ミーナちゃんは、店の外を指差した。

「王都から、騎士団の輸送部隊が来たの!」

「ええっ、騎士団!?」

俺は、慌てて店の外に出た。

そこには、本当に信じられない光景が、広がっていた。


ダグの街で一番広いメインストリートが、馬車で埋まっていた。

その馬車は、どれも王家の紋章を掲げていた。

ものすごくたくさんの馬車が、長い列を作っている。

馬車はどれも、重そうな荷物をたくさん積んでいた。

屈強な騎士たちが、立派な鎧を着てその護衛についている。

街の人々や、冒険者たちが、遠巻きにその行列を眺めていた。

みんな、何が起きたのか分からず、戸惑っている。

「な、なんだ、あの馬車の数は……」

「王家の紋章だぞ、もしかして戦争でも始まるのか?」

「いや、見てみろよ、あの馬車が向かってる先を……」

街の人々が、一斉にある方向を指差した。

「あそこって……『リオ印の保存食屋さん』じゃねえか!?」

「「「ええええええええ!?」」」

街中の視線が、俺たちの小さな店に、まるで槍のように突き刺さる。

俺は、そのすごい圧力に耐えきれず、厨房に隠れようとした。

だが、ミーナちゃんにがっしりと腕を掴まれて、止められた。


「お兄さん、堂々としてて!」

ミーナちゃんは、俺を睨みつけた。

「で、でも、あんなにたくさんの人が見てるよ!」

「当たり前でしょ、うちは騎士団御用達のお店なんだから!」

ミーナちゃんは、小さな胸を張って言い切った。

輸送部隊の隊長らしい、一番立派な鎧を着た人物が、馬から降りてきた。

その人は、俺たちの店の前に来ると、深々と敬礼した。

その動きには、一切の無駄がない。

「こちらが、『リオ印の保存食屋さん』で、お間違いないでしょうか!」

大きな声が、広場に響いた。

「は、はい、そうです!」

ミーナちゃんが、店長として堂々と答える。

俺は、その影で小さくなっていた。


「アルベルト副団長様より、お預かりした品をお届けに参りました!」

隊長がそう叫ぶと、騎士たちが次々と馬車から木箱を降ろし始めた。

「これは、『レッドボアの強靭な赤身肉』です!」

「王家の狩場で捕獲した、最高級品であります!」

「こちらは、『月光草』、魔の森の奥地で採取いたしました!」

「こちらは、『硬石小麦』、ドワーフの王国から取り寄せたものであります!」

アルベルト様が持って行ったリストに書かれていた量の、何倍もの食材が店の前に積まれていく。

それは、まるで小さな山だった。

そのどれもが、Aランクどころか、Sランク級のとんでもない高級食材ばかりだ。

(ご、五千枚の金貨で、こんなにたくさんの量が買えるものなのか……)

(いや、これは国の総力戦ってやつか、本気すぎる……)

俺は、騎士団の本気度に、少しだけ引いていた。


街の人たちは、もう口をあんぐりと開けて、その光景を見ている。

「レッドボア……だと、あれは貴族でもめったに食えない肉だぞ……」

「ドワーフ王国の小麦……、聞いたこともない……」

「あの店、いったい、王国とどんな繋がりがあるんだ……」

「もしかして、店主のリオって、どこかの王子様だったりするのか……?」

(違います、ただの追放された料理人です……)

俺は、心の中で必死にその噂を否定した。


「検品を、お願いいたします!」

隊長に言われて、ミーナちゃんが、その食材の山に近づいていった。

俺は、ミーナちゃんが圧倒されて、固まるんじゃないかと心配した。

だが、ミーナちゃんは、違った。

彼女は、小さな手でレッドボアの肉を、ペチペチと叩いた。

「ふーん、まあまあね」

そして、月光草の束を持ち上げて、その香りを嗅いだ。

「こっちは、少し香りが弱いかも」

最後に、硬石小麦の袋から一粒、かじった。

「……うん、これなら合格」

「「「(か、かじった!?)」」」

俺と、周りにいた騎士たち全員が、その行動にすごく驚いた。


「店長殿、お眼鏡にかないましたでしょうか……!」

隊長が、緊張した顔で尋ねる。

ミーナちゃんは、ふふん、と腕を組んだ。

「ちょっと鮮度が落ちてるのも混じってるけど、今回はオマケしてあげるわ」

「は、ははーっ、ありがとうございます!」

(み、ミーナちゃん、いつの間に食材鑑定スキルまで身につけたの……)

ミーナちゃんは、騎士たちに向かって指示を出す。

「ギルドの倉庫に運んでちょうだい、ボルガ様には話を通してあるから!」

「はっ、ただちに運び込みます!」

騎士たちが、慌てて巨大な倉庫に食材を運び込み始めた。

俺は、この小さな店長に、もう一生頭が上がらない気がした。

ミーナちゃんが、俺を振り返ってニヤリと笑う。

「お兄さん、仕事が山ほど増えたよ!」

「う、うん……、頑張って作るよ……」

(騎士団百人分の定期便、本当に始まっちゃったんだなあ……)

俺は、倉庫に吸い込まれていく食材の山を見ながら、遠い目になった。

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