第15話
騎士団との大型契約が、無事に成立した。
Sランク冒険者エルザ様という、最強の用心棒もついた。
ギルドバンクに預けた金貨のおかげで、もう強盗の心配もしなくてよくなった。
俺たちの店『リオ印の保存食屋さん』は、開店早々順調すぎるスタートを切ったと言える。
ミーナちゃんは、宣言通り、CランクやBランクの冒険者たちへ抽選販売を続けた。
「今日はCランクの日! 明日はBランクの日よ!」
「抽選券は一人一枚! 並んでも無駄だから、ちゃんと時間通りに来て!」
ミーナちゃんの仕切りは、完璧で公平だった。
おかげで、街の冒険者たちも、無駄な争いをしなくなった。
「くそー、今日も外れた! 俺の運、どうなってんだ!」
「まあ、明日があるさ。気長に待とうぜ」
「あの秘薬さえ手に入れば、俺も一気にランクアップできるんだがな!」
店の前は、毎日お祭りのような騒ぎで活気に満ちていた。
俺は、店の厨房で、ひたすら保存食を作り続けた。
騎士団から輸送されてくる、最高級のAランク素材。
ボルガ様がギルド依頼で集めさせる、新鮮な通常素材。
エルザ様が時々持ってくる、迷宮産のよく分からない謎の素材。
食材には、もう一生困ることはなさそうだった。
(本当に、ありがたいことだなあ……)
宮廷で「地味だ」と、言われ続けた俺の保存食が、こんなにたくさんの人に必要とされている。
でも、俺は、最近少しだけ物足りなさを感じ始めていた。
(保存食だけじゃなくて……)
(やっぱり、温かい料理も作りたいな……)
俺は、なによりも料理人なのだ。
保存食ではなく、出来立ての温かい料理を食べてもらい、俺は美味しい顔を直接見たい。
「ミーナちゃん」
その日の仕込みが一段落した時、俺はミーナちゃんに相談してみた。
「なに? お兄さん。今日の仕込みは、もう終わったの?」
「あのね。俺、やっぱりこの店で温かい料理も作りたいんだけど……」
「温かい料理?」
ミーナちゃんは、帳簿から顔を上げた。
「ダメに、決まってるでしょ」
彼女の返事は、一瞬だった。
「なんで!? 料理人が料理作りたいって、普通のことだろ!」
「店の中で食べたら、どうなるか忘れたの? みんなが闘気とか魔力を出して、店が壊れたらどうするの!」
「うっ……。そ、それはそうだけど……。アルベルト様たちみたいになったら、大変だもんな……」
「うちは『お持ち帰り専門店』。そのルールは、絶対に崩せないわ」
ミーナちゃんは、きっぱりと言った。
「でも……」
俺は、どうしても諦めきれなかった。
「じゃあさ! ギルドの食堂で、技術指導っていうのはどうかな?」
「ギルドの食堂?」
ミーナちゃんが、怪訝な顔をした。
俺は、この街に来た初日に見た、あのひどい食堂の光景を思い出した。
パサパサのクラッカーと、石みたいに硬い塩漬け肉。
「ギルドの食堂の料理って、不味くて、栄養も偏ってるだろ?」
「うん。有名だよ、あれは。『冒険者のアゴを鍛えるための石』って呼ばれてるくらい」
「(ひ、ひどい言われようだ……)」
「あの食堂の料理が、少しでも美味しくなれば」
「ギルド全体の冒険者の力も、底上げできると思うんだ」
俺は、真剣に訴えた。
「毎日うちの『秘薬』は買えなくても、食堂のメシで回復できたら、助かる人も多いはずだよ」
「……」
ミーナちゃんは、俺の顔をじっと見ていた。
やがて、彼女の目が、キランと鋭く輝いた。
「……なるほど! それ、すごくいいかも!」
「え、本当!? やっていい!?」
「ギルド食堂の評判が上がれば、ギルドに人が集まる!」
ミーナちゃんは、いつものように指を折りながら計算を始めた。
「ギルドに人が集まれば、うちの店の存在を知る人ももっと増える!」
「結果的に、うちの店の、潜在的なお客さんが増えるってワケね!」
「(そ、そっちの計算がメインかあ……)」
俺は、ちょっとだけがっかりしたが、まあ目的は同じだからいいか。
「じゃあ、すぐにボルガ様に言いに行こう!」
「うん!」
俺とミーナちゃんは、ギルドマスター室のドアを勢いよく叩いた。
「なに!? リオ殿が、あのクソ不味い食堂を立て直してくれるじゃと!?」
ボルガ様は、俺たちの提案を聞いて、椅子から飛び上がった。
「本当か!? やってくれるのか!」
「は、はい。俺でよければ……」
「おおお! さすがはリオ殿! なんと親切なことじゃ!」
ボルガ様は、感激して、俺の手を両手で握りしめた。
話は、あっという間に決まった。
翌日。
ギルド食堂の厨房に、食堂の料理人たちが集められた。
彼らは、以前俺が厨房を借りた時のことを、もちろん覚えていた。
みんな、ガチガチに緊張している。
「り、リオ先生! 本日は、ご指導のほど、よろしくお願いします!」
食堂の料理長が、俺に深々と頭を下げてきた。
「せ、先生だなんて、やめてくださいよ!」
俺は、慌てて手を振った。
「俺はただ、宮廷で学んだ栄養学を、少しお伝えするだけですから」
「栄養学……!」
料理人たちの目が、尊敬の念で輝いた。
俺は、まず、彼らの普段の調理法を見た。
……はっきり言って、ひどかった。
野菜は、栄養が全部逃げるような切り方をしている。
肉は、硬くなるためだけの火の通し方だ。
これでは、どんな良い食材も台無しになってしまう。
「みなさん!」
俺は、声を張り上げた。
「料理で一番大事なのは、豪華な見た目じゃありません!」
(宮廷のドニ料理長、聞いてるか……)
「いかに効率よく! 体に栄養を吸収させるか! それが全てです!」
「おおお!」
料理人たちが、感銘を受けたように力強く頷いている。
俺は、市場で買える一番安い食材の、硬い赤身肉とありふれた根菜を使って、新しいメニューを考案した。
「これが、『リオ先生直伝・疲労回復シチュー』です!」
宮廷で培った、安い肉でも柔らかく煮込む技術。
栄養素を絶対に逃さない、野菜の特別なカット法。
そして、隠し味として、俺の店のスパイス(通常版)をほんの少しだけ入れた。
厨房中に、食欲を刺激する素晴らしい匂いが立ち込める。
「で、できた……! なんて、素晴らしい色だ……!」
「茶色い……。だが、この匂いは、普通じゃないぞ!」
料理人たちが、自分たちの作ったシチューを見て、感動している。
「さあ、皆さんで試食してみてください」
「は、はい!」
料理人たちが、恐る恐るスプーンを口に運ぶ。
次の瞬間。
「「「う、美味ああああああああい!」」」
厨房中に、今日一番の絶叫が響き渡った。
「なんだこれ! あの安い肉なのに、とろけるように柔らかいぞ!」
「野菜の甘みがすごい! 体が、体の芯からポカポカしてきた!」
ボルガ様も、大きなスプーンで豪快に試食した。
「うおおおお! これぞ、戦士が食う飯じゃあ!」
「力が、腹の底からみなぎるわい!」
その日の昼。
ギルド食堂は、新メニューを限定販売した。
『リオ先生直伝・疲労回復シチュー。一杯、銅貨5枚』
最初は、冒険者たちも半信半疑だった。
「どうせ、いつものように石みたいに硬くて不味いんだろ」
「銅貨5枚か。まあ、腹の足しにはなるか」
だが、一口食べた瞬間、食堂の空気が完全に変わった。
「……うまっ!?」
「なんだこのシチュー! 冒険の疲れが、マジで全部取れたぞ!」
「下手なポーションより効く! なのに銅貨5枚は、安すぎるだろ!?」
「おかわり! おかわりくれえええ!」
ギルド食堂には、俺の店とはまた別の種類の大行列ができた。
その大混乱の様子を、ミーナちゃんが、店の二階から帳簿を片手に眺めていた。
「ふふふ……。計算通りね」
ミーナちゃんは、満足そうにニヤリと笑った。
「よし。ボルガ様のところに行って、食堂の売り上げからコンサル料として3割もらう契約をしてこようっと」
「み、ミーナちゃん……。たくましすぎるよ……」
俺は、厨房でその声を聞きながら、嬉しそうに笑うしかなかった。
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