第2話
翌朝。
俺は冒険者ギルドの隅で、小さな露店を開いた。
木の台に並べたのは、昨晩仕込んだ保存食たちだ。
真っ黒な干し肉の塊。
カチカチに乾燥した果物。
そして、武器になりそうなほど硬い黒パン。
自分でも思う。
「これは、美味しそうに見えないな……」
ギルドには朝から多くの冒険者が集まっている。
彼らは依頼を受けたり、パーティを組んだり、食堂で朝食をとったりしていた。
しかし、俺の店に気づく者はいない。
いや、気づいても、一瞥して通り過ぎていくだけだ。
「なんだあの店」
「ゴミでも売ってるのか?」
そんなヒソヒソ声が聞こえてくる。
心が痛い。
(やっぱり、ダメだったか……)
宮廷での屈辱がよみがえる。
俺の料理は、どこへ行っても受け入れられないんだ。
王都でも辺境でも、地味な料理は価値がない。
そう諦めかけた、その時だった。
「ちくしょう! 昨日のゴブリン戦で、ポーション使い切っちまった!」
「俺も魔力切れだ。今日の依頼、どうする?」
「ギルドの飯じゃ、体力回復しねえよな……」
ボロボロの革鎧を着た、三人の冒険者パーティが通りかかった。
見るからに疲弊している。
Cランクといったところだろうか。
剣士の男、魔術師の女、そして僧侶の小柄な男。
三人は食堂のメニューを見て、深いため息をついた。
「またあのクラッカーかよ…」
「もうアゴが疲れたわ…」
俺は、勇気を振り絞って声をかけた。
「あ、あの!」
三人が一斉に俺を見る。
「もしよろしければ、保存食はいかがですか」
「ん?」
剣士の男が、俺の店に並んだ品々を怪訝な顔で見た。
「なんだこれ。干し肉か? 黒焦げみたいだな」
「こっちのパン、石じゃないですか?」
魔術師の女がパンをつついた。
カツン、と乾いた音がする。
俺は慌てて説明した。
「す、すみません! 見た目は悪くて……」
「でも、栄養だけはあります! 疲労回復にも良いかと!」
「ハッ、栄養ね」
剣士は鼻で笑った。
「まあ、腹に入れば何でもいい。いくらだ?」
俺は、材料費ギリギリの値段を告げた。
干し肉一切れで銅貨一枚。
パン一個で銅貨二枚。
乾燥果物一袋で銅貨三枚。
「安っ!」
剣士が目を丸くした。
「おい、本当に食えるのか? 毒じゃないだろうな」
「だ、大丈夫です! 俺が毒味しますから!」
俺が慌てて干し肉をかじろうとすると、剣士がそれを制した。
「まあいい。その値段なら、騙されたと思って買ってやる」
「とりあえず、全部くれ」
「え、全部ですか!?」
「ああ。どうせ不味いんだろうが、腹の足しにはなるだろ」
三人は銅貨を投げ出すように台に置くと、俺の商品をごっそりと袋に詰めた。
「ありがとうございます!」
俺は深々と頭を下げた。
初めてのお客さんだ。
それだけで胸が熱くなった。
三人はギルドの隅にあるテーブルに行き、さっそく食べ始めた。
俺は遠くから、その様子をビクビクしながら見守っていた。
(どうか、お腹を壊しませんように……)
(まずくても、怒鳴り込まないでほしいな……)
剣士が、干し肉を無理やり口に押し込んだ。
硬そうだ。
「ん……? 硬い。だが……」
彼の動きが止まった。
「……美味い! なんだこれ!?」
剣士が突然、大声を出した。
「うるさいわね。こっちも食べるから」
魔術師の女が、乾燥果物を口に放り込む。
「……ん! 甘い! 酸っぱい! なにこれ、頭がスッキリする!」
「僕もパンを……スープに浸さないと無理ですね、これ」
僧侶の男が、硬いパンをギルドの薄いスープに浸してかじった。
「うわっ……噛めば噛むほど味が出る……体が、温まってきた……!」
次の瞬間。
三人の体に、異変が起きた。
剣士の腕にあった生々しい切り傷が、みるみるうちに塞がっていく。
「なっ! 傷が! 疲労感が消えた!」
剣士が自分の腕を見て絶叫した。
「魔力が回復してる!? さっきまで空っぽだったのに!」
魔術師の女の体から、淡い魔力の光があふれ出した。
「聖法の効果が上がってる!? 信じられない! ポーションよりすごい!」
僧侶の男の手が、治癒の光に包まれた。
ギルド中が、彼らの大声に注目する。
俺は、その様子を見て青ざめていた。
(ど、どうしたんだろう……)
(もしかして、食べちゃいけないものだったんじゃ……)
(まずすぎて、怒ってるのかな……!?)
俺が逃げ出そうかと思った、その時。
三人が、目を血走らせて俺の元へ駆け寄ってきた。
「おいアンタ!」
剣士が俺の胸ぐらを掴んだ。
「ひいっ! す、すみません! お代は返します!」
「違う! そうじゃねえ!」
剣士は興奮して叫んだ。
「これ、本当にただの保存食か!?」
「えっ!? は、はい! ただの干し肉とパンと乾燥果物ですが……何か問題でも……?」
「問題どころじゃない!」
魔術師の女が割り込んできた。
「これは……伝説の秘薬だ!」
「ひ、秘薬!?」
俺は目を白黒させた。
「ち、違います! ただの料理です! 俺、料理人ですから!」
「嘘をつけ! ただの料理で怪我が治るか!」
「魔力が全快するわけないだろ!」
周りで見ていた他の冒険者たちが、ざわつき始めた。
「おい、今の見たか?」
「ああ。あいつら、さっきまで死にそうだったのに」
「Cランクの”疾風の爪”だろ。怪我が本当に治ってるぞ」
「魔術師の魔力も完全に回復してる……なんだ、あの食い物」
冒険者たちが、じりじりと俺の店を囲み始めた。
「と、とにかく!」
剣士は俺の胸ぐらを離し、懐から銀貨を数枚取り出した。
「明日も売ってくれよな! 絶対だぞ!」
「売れ残ってた分も、全部買い占めていくからな!」
「え、あ、はい……」
三人は、さっき買ったばかりの保存食を大事そうに抱え、風のようにギルドを飛び出していった。
たぶん、すぐに狩りに出かけたんだろう。
俺は、呆然と立ち尽くす。
台の上には、もう何も残っていない。
「……よほど、お腹が空いてたんだな」
俺は、ぽつりとつぶやいた。
「あんなに喜んでもらえるなんて」
秘薬だなんて、大げさだ。
きっと、栄養失調だったんだろう。
栄養のあるものを食べれば、体力も魔力も回復するのは当然だ。
「喜んでもらえて、よかった」
俺は、宮廷では一度も感じたことのない達成感を味わっていた。
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