宮廷を追放された俺の作る保存食が、Sランク冒険者たちの間で「伝説の秘薬」と話題になっている件~今さら戻ってこいと言われても、もう辺境でかわいい弟子とお店始めちゃいました~

☆ほしい

第1話

「何度言ったら分かるんだ、リオ!」

甲高い声が、王城の第二厨房に響き渡った。

声の主は、料理長のムッシュ・ドニ。

その丸々と太った顔は、怒りで真っ赤になっている。


「君の料理は! 地味なんだよ!」

ドニ料理長が、俺の差し出した皿を指さして叫ぶ。

皿の上にあるのは、猪肉の赤ワイン煮込み。

三日三晩、香味野菜とハーブに漬け込み、じっくりと煮込んだものだ。

騎士団の栄養補給用に考えた、俺なりの自信作だった。


「見てみろ! この茶色い塊を!」

「……煮込みですから、茶色くはなります」

「口答えをするな!」

カン! と銀のフォークが皿に叩きつけられる。


「宮廷料理というものが分かっていない! 大事なのは彩りだ! 華やかさだ! 見た目の美しさなんだよ!」

「ですが、騎士団の方々は疲労回復が優先かと」

「だから! それが地味だと言っているんだ!」

料理長は、はあ、と大げさなため息をついた。


「いいかね、リオ君。君の料理は食材に失礼だ」

「え……」

「こんな地味な色にされて、猪も浮かばれまい」

「そ、そんな……」

俺は言葉を失った。

周りの料理人たちも、クスクスと笑っている。

「またリオが怒られてるぞ」

「あいつの料理、栄養価は高いらしいけど、全部家畜のエサみたいだよな」

「盛り付けのセンスが壊滅的なんだよ」


まただ。

また、俺の料理は見た目で判断される。

俺は、料理はまず栄養価、次に保存性、そして効率だと教わってきた。

宮廷に来るまでは、それが正しいと信じていた。

だが、ここでは違った。

ここでは、味が良くても、栄養があっても、見た目が悪ければゴミ同然だった。


「もう我慢の限界だ」

ドニ料理長が冷たい声で言った。

「リオ・アシュトン。君は本日をもって、宮廷料理人から追放する」

「え……? 追放?」

「そうだ。君の地味な料理は、王家の品位を著しく貶める」

「そ、そんな! 俺は、ずっと真面目に……!」

「真面目にやればいいというものではない」

料理長は冷ややかに俺を見下ろす。

「君には才能がない。特に、美意識というものが決定的に欠如している」


俺は何も言い返せなかった。

確かに、俺には盛り付けの才能はない。

どうすれば料理が美しく見えるのか、さっぱり分からなかった。

花を添えろと言われても、それが食べられないなら意味がないと思ってしまう。

ソースで皿に絵を描けと言われても、皿を汚すだけだと感じてしまう。

俺は、宮廷には向いていなかったんだ。


「これはわずかな退職金だ。荷物をまとめて、今日中に王都から出ていきなさい」

「……はい」

渡された小さな革袋には、銅貨が数枚入っているだけだった。

追い出されるように厨房を後にする。

誰一人、俺を引き留める者はいなかった。

俺の料理は、やっぱり価値がなかったんだ。

そう思うと、悔しさよりも安堵感がこみ上げてきた。

もう、あの場所で「地味だ」と罵られなくて済む。


あてもなく、俺は王都を背にして歩き続けた。

馬車に乗る金もない。

ひたすら歩き、野宿をし、数週間が過ぎた。

もう王都がどこにあるのかも分からない。

俺は、ジルベスタ王国の辺境都市”ダグ”に流れ着いていた。


「活気がある街だな……」

王都とは違う、荒々しい熱気があった。

道行く人々は、立派な鎧を着た戦士や、ローブをまとった魔術師ばかりだ。

ここは、魔の森に近い、冒険者たちの街らしかった。

所持金は、もうほとんど底をついている。

何か仕事を探さないと、今夜の宿もない。


ふらふらと歩いていると、ひときわ大きな建物が目に入った。

「冒険者ギルド」と書かれた看板が掲げられている。

中に入ると、酒場のような喧騒に包まれた。

「今日の討伐依頼は俺たちに任せろ!」

「くそー、あと一歩でオークキングを逃すとは!」

「ギルドの飯、不味すぎだろ! またクラッカーかよ!」

その声に、俺は食堂の方を見た。

冒険者たちが食べているのは、乾ききったクラッカーと、脂の抜けた塩漬け肉だけ。

お世辞にも美味しそうとは言えない。

栄養も偏っているだろう。


(これなら……)

俺は一つの可能性に気づいた。

(これなら、俺の保存食でも売れるかもしれない)

宮廷では「地味だ」と馬鹿にされた、俺の料理。

栄養価と保存性だけを追求した、あの料理だ。

見た目は悪い。

でも、あの不味そうなクラッカーよりはマシなはずだ。


俺は受付カウンターに向かった。

少し眠そうな顔をした女性職員が座っている。

「あの、すみません」

「んー? なにかな? 依頼ならあっちの掲示板だけど」

「いえ、ここで商売をさせてもらえないでしょうか」

「商売?」

職員は怪訝な顔をした。


「俺、料理人なんです。宮廷で……いえ、料理人です」

「料理人ねえ」

「冒険者の皆さん、食事に困っているように見えたので。栄養価の高い保存食を作ろうかと」

「ふーん。保存食ねえ」

職員は俺の全身をジロジロと見た。

貧相な旅装束だ。

信用しろという方が無理だろう。


「まあ、食堂の邪魔にならない、あそこの隅っこならいいよ」

「え、本当ですか!?」

「ただし、場所代として売り上げの一割はギルドに納めてもらうからね。あと、食中毒とか出したら即刻退場だから」

「ありがとうございます!」

俺は深々と頭を下げた。


なけなしの金で、市場に向かう。

買うのは、安い干し肉用の硬い赤身肉。

それから、保存用のスパイスと塩。

乾燥させるための果物。

そして、岩のように硬いパンを焼くための黒小麦粉。

王都では見向きもされない、安物の食材ばかりだ。


ギルドに戻り、借りた隅っこで調理(?)を始める。

とは言っても、ここでできるのは下ごしらえだけだ。

肉に秘伝のスパイスを揉み込み、乾燥させる。

果物も薄く切って干していく。

パンは、水分を極限まで減らしてこね上げ、小さな窯でじっくりと焼く。

できたのは、真っ黒な干し肉と、シワシワの乾燥果物。

そして、石ころにしか見えない黒パンだった。


「……やっぱり、地味だなあ」

俺はため息をついた。

こんなもの、本当に売れるんだろうか。

不安になりながらも、俺は小さな木の看板を立てた。

「栄養満点。保存食、あります」

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