短編小説 カーソルは、脈を打つ

仰波進

短編


灰色の朝。


真司は、カーテンの隙間に立ったまま考えていた。


世の中は “意味” でいっぱいだと誰かは言う。


けれど、どれも自分の体温に噛み合わない。


どれも自分向けではない。




たぶん、自分に配られた台本には「生きる目的」が未記入なのだ。




学校の友達は、大きな会社、大きな家、大きな車の夢を熱く語る。


それが“目的”になるひともいる。


うらやましい、とは言わない。ただ、羨む資格すら自分には無い気がする。




その夜。


真司は机の引き出しから、小さなUSBを見つける。


昔、自分で半端に書いたメモが入っていた。




人は7回、コードを書き換えられる。


自分の内部プログラムをアップデートできる。


小さくでいい。1行でいい。








7回だけ、更新できればいいのだと、そのとき書いたらしい。




深夜。


真司は editor をひらく。


まるで古いEXEを書き換えるように、


「今日の自分を 1%だけ直す」 行を打つ。




見栄でしゃべらない




自分より弱い人に丁寧に接する




“正しかったふり” をやめる




信用できる人に1つだけ自分の弱点を言う




十分に休む




一度でいいから景色をよく見る




あとで自分を許す






Enterキーを押した。


カーソルは次の行へ進むだけだ。


しかし、驚くほど静かだった。




目的は “発見されるもの” ではなく


“自分の内部で少しずつ 生成 されていくものかもしれない”


と真司は思った。




派手な理想やゴールなんて、いまは要らない。




もし7回、


ほんの少しずつ “正直さ” の方向にプログラムをずらせば


人生の手触りは、目的という名前に変形していくのかもしれない。




小さなカーソルの点滅だけが


やさしく部屋を照らしていた。




真司は静かに目を閉じる。




「目的は、あとで来ていい。」








カーソルは一定のリズムで光り続ける。


それは “生きるプログラム” の心臓のようだった。



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