「味がしない」と追放された僕の料理は、聖獣の力を覚醒させるチート能力でした。もふもふ達に溺愛されながら、世界一幸せなレストランを開きます

藤宮かすみ

第1話 無能の烙印と理不尽な追放

 王宮の厨房は、いつも戦場のような喧騒に満ちていた。そんな中で、青年アルはいつも片隅で静かに鍋をかき混ぜていた。彼の名はアル。まだ見習いの料理人だ。孤児院からその腕を見込まれて王宮にやってきたが、ここで求められる料理と彼の信条は、あまりにもかけ離れていた。


「いいか、アル!王子殿下は、ガツンとくる味がお好きなんだ!もっと香辛料を!もっと脂を!もっと塩を!」


 料理長が怒鳴りながら、アルの鍋にどばどばと香辛料を放り込む。アルが丁寧に取った野菜の出汁の繊細な香りは、暴力的な匂いにかき消された。アルは、素材が本来持っている優しい味を、丁寧に引き出してやることが料理の真髄だと信じていた。だが、この王宮では、それは「手抜き」や「薄味」としか評価されない。


 特に、第一王子であるクラウスは、その傾向が顕著だった。彼は美食家を自称していたが、その舌は常に強い刺激を求めていた。


 その日、王子主催の宴が開かれた。アルにも一品、作る機会が与えられた。彼が心を込めて作ったのは、森で採れた若鶏と季節野菜のポトフ。鶏ガラをじっくり煮込み、野菜の甘みを最大限に引き出した、黄金色の澄んだスープだ。塩は、素材の味を際立たせるため、ほんの少ししか使っていない。


「次、見習いアルの料理!」


 給仕長の声と共に、アルのポトフがクラウス王子の前に運ばれる。アルは厨房の隅から、固唾を飲んで見守っていた。どうか、この味の本当の良さが伝わってほしい。そんな祈りは、しかし、無惨に打ち砕かれた。


 スプーンで一口スープをすすると、クラウスは顔を盛大にしかめた。そして、銀のスプーンをテーブルに叩きつける。ガシャン、と耳障りな音が響き渡り、広間は水を打ったように静まり返った。


「なんだ、これは!味がしないではないか!こんな薄汚い水のようなものを料理と呼ぶのか!」


 クラウスの怒声が響く。アルは全身の血の気が引くのを感じた。


「貴様、俺を馬鹿にしているのか!こんなもので俺の舌が満足するとでも思ったか!この味覚音痴め!」


「ち、違いま……素材の味を、その……」


 しどろもどろに弁明しようとするアルの言葉を、王子は鼻で笑った。


「言い訳は聞きたくない!貴様の存在そのものが不愉快だ!俺の主催する宴を台無しにし、王家の権威を貶めた罪、万死に値する!」


 クラウスの金切り声が、アルに死刑宣告のように突き刺さる。味覚音痴。無能。それは、アルがこの王宮でずっと言われ続けてきた言葉だった。だが、まさか反逆罪にまで問われるとは。


 周囲の貴族たちは誰も助け舟を出さない。むしろ、王子の怒りに同調するように、蔑んだ視線をアルに向けるだけだ。


「貴様のような役立たずは王都にいる価値もない。辺境の『魔物の森』へ追放する!二度とこの地を踏むことは許さん!」


「魔物の森」。その名を聞いた瞬間、厨房の仲間たちが息をのむのが分かった。生きては戻れないと噂される、最も危険な場所だ。それは事実上の処刑宣告だった。


 有無を言わさず、アルは兵士たちに両腕を掴まれ、引きずられていく。持たされたのは、一振りの錆びたナイフと、数日分の干し肉と固いパンだけ。まるで、最初から死ぬことを運命づけられているかのようだった。


 荷馬車の揺れる荷台の上で、アルは膝を抱えた。なぜ、こんなことに。ただ、美味しいものを作って、誰かに「美味しい」と笑ってほしかっただけなのに。彼の料理は、誰かを幸せにするどころか、最悪の結果を招いてしまった。


(僕の料理は、やっぱり、誰にも必要とされないんだ……)


 夕日が王都を赤く染めていく。その美しい光景も、今のアルの目には絶望の色にしか映らなかった。失意の中、アルを乗せた馬車は、深い森の入り口へと向かっていく。そこは、希望も未来も、何一つない場所だった。

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