私が彼女の足で堕ちるまで

もっさま

#1 顔、踏んであげましょうか?

 「顔、踏んであげましょうか?」


 夕暮れの静かな教室の日常で。

 同級生の友達にこんな事を言われる日が来るなんて考えたこともなかった。




 私は芦田 理央。自他共に認めるガリ勉陰キャの高校1年生。

 別に勉強が好きっていうわけじゃない。でも趣味らしい趣味も無いし、女手一つで私を育ててくれたお母さんに心配も苦労もかけちゃいけないから…将来のために暇があれば自然と勉強してる。しなきゃいけないって思う。そんな感じ。


「相変わらず昼休みまで勉強してるのね。」


 図書室の窓際、少人数用の丸テーブルの席で勉強している私の向かいに座ってきた女の子、高梨 沙織。

 腰まである黒髪ロング、キリっとした釣り目、澄んだ声、才色兼備。絵に描いたみたいな長身美少女……というわけでもなくて。身長は人並みな私と比べても15~20センチぐらいは低かったりする。


「そのタヌキみたいな可愛いタレ目、どうして視力が落ちないのか不思議だわ。」

「タヌキって垂れ目なの…?」

「そういうイメージあるじゃない。」

「うん、まあ……そうなのかな。」


 参考書から目を上げないままのやり取り。私は人の目を見るのが苦手。ほとんどずっと俯いてるぐらい。いつも背筋が伸びてる沙織さんと比べると髪の長さも目つきも姿勢も正反対なんて言われる。

 ちなみに身長も全然違うってからかった男子は、沙織さんのキックをお尻に受けて破裂音を響かせた。私は沙織さんの身長には触れないようにしようって誓った日。

 話しかけられるのは全然嫌じゃなくて、沙織さんは唯一と言える貴重な友達。それでも目を合わせようとしないから小言を言われることもあったけど、私がこういう奴っていうのは分かってくれてるみたい。


「ま、理央の勝手だし止める気は無いけれど。期末テストは負けないわよ。」

「あはは…勉強まで負けたら沙織さんに勝てる所が何も無くなっちゃうよ…。」

 あと身長と胸なら勝ってるけど…それを言うと私のお尻が無事では済まないから言わない。


 クラスでも人気の沙織さんと、私なんかの接点ができたのは1学期の中間テスト。

 全教科満点で学年1位になった私に、あらゆる事に負けず嫌いな学年2位の沙織さんが絡んできた…っていう感じだった。

 私は特別対抗心があるわけじゃないけど…学校の成績だけが取り柄だし満点をキープしてたい気持ちはある。就職にも有利になると思うし。

 地頭が良い訳じゃなく、勉強量で丸暗記スタイルな私はこうして日々勉強して――「ひゃぁう!?」


 私の脚をなぞるみたいに這い上がって来る滑らかで温かい感触に変な声が漏れて身体が跳ねる。


「さ、沙織さん…それやめてよ~…。」

「理央が構ってくれないとつい足が動いちゃうのよ。」

「ついって何、ついって…。」


 沙織さんが対面に座ってくるのはよくある事だけど、たまにこんな風に足で悪戯してくる。

 毎日とかじゃなくて気を抜いた頃にやってくるし、私と違って沙織さんはこう、お金を払わないと身体に触っちゃいけない気がする美人だからドキッとする。びっくりして視線が上に向くと、沙織さんの意地悪な笑顔が映ったから余計にそんな風に思ってしまう。


「も~…消しゴム落としちゃったし…。」


 椅子を引いて消しゴムを探す。……よりによって沙織さんの足元。

 テーブルの下に潜るようにして消しゴムを拾おうとすると、どうしても沙織さんの足が目に入る。靴を脱いでちょっとお行儀悪くぶらつかせてる、黒ハイソックスを履いたすらっとした足。

 小柄なのに細すぎる訳でもなくて…足先から膝まで、見える範囲だけでも羨ましくなるぐらい綺麗だった。スカートの太ももの締まり具合まで見せられたら私の自尊心が折れてそうなぐらいに。

 …いやいや、何見惚れてるの私…勉強勉強…。手を慌てて伸ばし消しゴムを拾い上げると、ちょっとした抗議の視線を沙織さんに向けた。


「どうだった?」


 沙織さんの表情は意地悪なまま…むしろ更に楽しそうだった。


「どうって…何が?」

「私の足。」


 言葉に詰まる。綺麗だったって言っていい場面?…変態みたいじゃない…?ていうか、見せるつもりでやってたの…?こんな事を考えてるだけで顔が赤くなってるような気がする。


「…沙織さんが意地悪だからノーコメントです。」

「何よ、張り合いがないわね。」

「元々別に張り合ってないもん…それで、何か用事だったりするの?」

「付き合ってくれない?」

「……いつものね、いいよ。」


 付き合うなんてそんな…!?みたいなやり取りはもう何回かやったから、私の対応も慣れたものだったりする。

 沙織さんがよく誘ってくれるのは『まりもハンター』。通称MH。まりも型のモンスターをシンプルな殴る蹴るの暴行でやっつける、スマホでできる協力アクションゲーム。

 あんまり流行ってないけど沙織さんはハマってるみたいで、私も沙織さんと遊ぶのは結構好き。沙織さん以外とやる程じゃないけど。


「どうして流行らないのかしらね、このゲーム。爽快感あるのに。」

「シュールすぎるからじゃないかな…。」




 教室に戻って、自分達の席で軽く1ゲーム。

 窓際の一番前の席が沙織さん、その後ろが私の席だ。沙織さんは一番前じゃないとこう、あれだし。

 沙織さんが上手いのはいつもの事。私はというと…意外と硬いまりもをぐりぐりと執拗に踏みつける沙織さんのキャラクターを見てるとさっきの沙織さんの足を思い出して…全然集中できなかった。

 それでも沙織さんがほとんど全部やっつけていくんだけど。


「何だか調子悪そうだったわね、大丈夫?」

「えっ、あ、うん。ていうか、沙織さんが上手すぎるだけだから…。」

「それ程でもあるけれど。」


 考え事してました、しかも沙織さんの足の事です…なんて言ったらどういう顔をされるか分からないし誤魔化すしかなかった。

 勉強ばっかりの私を遊びに誘って色々教えてくれる沙織さんには感謝してるし、嫌われたり変な風には思われたくないから。




 それから数日、テスト期間も明けた放課後。

 誰も居なくなった教室の自分の席で私はいつも通り勉強していた。早く帰っても家には誰も居ないし、何もしてないと落ち着かない。

 部活動が終わる時間までは居てもいいって、先生から許可も貰ってる。


「呆れた、今日も勉強してるのね。」

「あ、沙織さん。お疲れ様。」


 テニス部終わりの沙織さんがやってきた。

 沙織さんは人気者だしいつもっていう訳じゃないけど、こうして来て一緒に帰ってくれたりする。

 沙織さんが窓枠に座るのもいつもの事で、危ないよって注意するのはもう諦めた。


「私の事はいいのよ。期末テストも終わってもうすぐ夏休みっていう時まで勉強してるのね。しかも期末テストも当たり前みたいに全教科満点。理央ってロボットかゲームキャラか何か?」

「順位発表の時も言ってきたじゃん、それ…普通の女子高生だよ、私。」

「怪しいものね。いつか正体を暴いてあげるから。」

「もう…何、正体って。むしろ部活まで頑張ってるのに今回も2位の沙織さんの方が凄いと思うな。」


 靴を脱ぎ捨てた足をぶらぶらさせながら、無茶苦茶恨めしそうに言ってくる沙織さんに苦笑を浮かべる。

 沙織さんは色々足癖が悪い。少し視線を上げるとどうしても揺れる足が視界に入って…そわそわする。


「沙織さんはもう帰るんでしょ?一緒に帰っていい?」


 勉強道具を片付ける。こうして一緒に電車で帰るのがいつもの流れ。


「ねえ、理央。」


 だったんだけど。逃がさない、みたいな沙織さんの声がして。


「顔、踏んであげましょうか?」



 ――え?

 顔を上げると、沙織さんはからかってるのか本気なのか分からない微笑みを浮かべていて。


「なんて言われても答えにくいわよね。そうね、こうしましょうか。理央は勉強で疲れてつい床に寝転んだだけなのに、急に私に踏まれた。これなら理央は変じゃないでしょう?」


 黒いハイソックス越しの足指が、獲物を誘うみたいにくにくにと動いてるのが焼き付いて、目が離せなくて。


 私は誘われるまま、沙織さんの言う通りに床に寝転んでいた。

 沙織さんが近付いてくる。足を上げてる。小さな黒い足裏が、ゆっくり迫ってきて視界を覆っていく。額に爪先が触れて、そのまま顔を覆われて。

 顔が熱い。匂いがしてる気がする。頭の中まで熱くてわからない。口元が踵で塞がれる。鼻が土踏まずで覆われる。沙織さんの足に支配されてる。

 なんで?汗が滲む。どっちの汗?なんで私こんなことしてるの?ゆっくりと重みが圧し掛かる。鼻が押し潰される。柔らかい。いたくない。お腹の下が疼く。熱い。なんで、なんで

 なんで、私は、嫌じゃないの?


 黒く覆われてた視界が不意に開けて。


「どうだった?私の足。」

 いつかの昼休みと同じ言葉。私は何も言えなかった。

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