第2話

「大会に出ます」


放課後の教室に集められた俺含め4人のゲーム仲間の前でミサキは宣言した。


「2ヶ月後のオンライン大会"Top one"、私たちで優勝しよう」


椅子にもたれながら足を組み、胸を張った高飛車加減はミサキという少女に似合いすぎるほどしっくりきていた。


「いや、無理じゃね?」


沈黙が訪れた夕焼け差し込む教室で、先に口を開いたのは俺だった。


「お前や俺はともかく、桐山と矢野はカジュアル勢だろ? しかも鈴森に至ってはFPSやったことないし」


「おい硬いこと言うなって! 思い出作りと思ってさ」


桐山が笑いながら俺の肩を叩いた。


こいつらはわかっていない。

ミサキがゲームで大会に出るなら、それはガチでやると言うことだ。


前に聞いた話、ミサキの初めてのゲーム体験は幼稚園の頃に触ったゾンビFPSらしい。


腐りかけの目玉を揺らしながら襲いかかるゾンビに恐れることなく、ミサキは拳銃で三発、正確に眉間を打ち抜いたそうだ。


まだヘッドショットの概念すら知らない7歳の女の子が、少しの震えもなくゾンビを始末していく。


イタズラで幼子にホラゲやらせたミサキの兄は、妹の才能に震えたそうだ。


それからというもの、親には内緒で兄のゲーミングPCでFPSをプレイし、ベテランゲーマー顔負けのプレイングで強敵を次々に撃ち倒して行く。


野良VCの汚い暴言に汚染されながら、ミサキはFPS競技者に成長していった。


そんなミサキが、たかが思い出づくりなんて理由でゲームの大会に出るわけがない。


コイツのゲームに対するプライドは異常だ。


普段は明るい優等生みたいな雰囲気を出してるくせに、ゲーム中は暴言を吐きながら貪欲に勝ちを狙う。


気楽にやって負けるなんてのは絶対に許さないだろう。


「……お前本当にやんのか?」

「もちろん」


にやにやしながらミサキは俺の方を見る。


「勝つプランならあるし、スズもなかなかセンスいいぞ」

「いやいや……」


パラライは硬派なゲームだ。

一度倒れれば一試合の間は復活できない。照準を補助するエイムアシストもない。


おまけに使用可能なキャラクターも豊富でそれぞれが個性的な性能をしている。


マップごとの強いポジションは初見の対応が難しく、対抗策を知らなければ一方的にやられることも少なくない。


およそ、初心者向けではない。

マニアがひりついた試合を求めて日夜ランクマに潜るタイプのゲームだ。


FPSすらやったことのない鈴森が楽しめるとは思えない。


「初見殺しに泣かされんのがオチだろ。試合用のマップだけで覚える事がどんだけあると」


「スズはもう全部覚えたぞ」


「は?」


鈴森の方を見るとコクコクとうなづいた。


鈴森の頭がいいのは知っている。テストで3桁以下の点数は見たことないし。


校外学習で森林公園に行ったとき、そこに生えてた草花の名前を全て答え、それぞれの雑学まで帰ってきたことがある。


だからと言って、試合用マップ12種類の強ポジや防衛、攻撃のセオリーを全て覚えた、なんてあり得るのか?


大会の開催発表からまだ3日も経っていない。仮にミサキが鈴森に先に声をかけていたとして、この短期間で知識をカバーできているとは思えない。


「ま、週末にでも一緒にプレイしようぜ。その時わかるよ」


***


(マジかよ……)


土曜の朝、約束通り5人でプライベートマッチに入り、鈴森にちょっとしたクイズを出した。


大会マップの一つ、『城砦』の強ポジや主な戦略、また、キャラクターの各スキルを活かした戦術など、必須レベルのものからマイナーな小ネタまで網羅する計二十問だ。


鈴森は淀みなく、全て正答した。


特に、『パラライ』の看板キャラである『ラトリー』のピンホールポジションについての理解度が高すぎる。


ラトリーは鼠獣人の小柄な女の子であり、マップ上の壁や床などに覗き穴を作ることができる。


穴の大きさは小さいが、長さは十分にあり、大体の壁は貫通する。


基本的には銃弾を通さない固い壁に穴を開け、穴を覗きながら一方的に撃ち合いを仕掛ける戦術を得意とする。しかし、熟練したプレイヤーでこの使い方をする奴はほとんどいない。


ピンホールは、マップ上の特定のポイントに穴を開けることで戦局をさらに有利にできるためだ。


例えば、ドアの真上の天井に穴を開ければ、上の階にいながら相手の侵入ルートを見張ることができる。


侵入されやすい場所と同時に、別の階の見張りをこなすことができるのはラトリーならではの強みだ。もしも、覗き穴に気づかずに真下のドアから入ってくるなら、ほぼ確実にキルを取ることができる。


こういったピンホールのポジション、通称『ピンポジ』はマップ上にいくつか存在し、これを知ってるか否かで上級者とそれ以外の差がつくとすら言われている。


「ここのピンホールはまっすぐ開けると窓しか見れないけど、ちょっと斜めにすると廊下も見れるんだよね」


ほんの1週間前までFPSに触ったことすらなかった女の子が、もう戦術の細かい解説をしている。


あまりの天才っぷりに声が出なかった。


「スズは知識あるけど、撃ち合いはまだまだビギナーだから、2ヶ月でガンガン上達していこうなー……。いいよな、三栗?」


「あぁ……」


ミサキの自慢げな声に、俺はただ呻くことしかできなかった。


FPS、特にヘッドショット一発で倒されるようなシビアなゲームでは、知識が物を言うことが多い。


単純なエイム力や撃ち合いの強さも重要だが、実際のキルシーンでは相手の視界や意識の外から一方的に撃ち殺すことも多い。


挟みうちや裏どり、目立たない位置に隠れて奇襲を仕掛けるなど、とにかく有利な状況で対峙する事が望ましい。


そう言った作戦の全てを頭に入れた鈴森は、もはやただの初心者ではない。強力な助っ人といって申し分ない。


「じゃあこれから2ヶ月、週末に3時間はチームでランクマッチに潜るからね。自主練は各々で任せるけど、いつでも相談乗れるから、悩んだら連絡ちょうだい。それじゃ」


その日は2、3回ほど5人でランクマッチに潜って解散した。


ふぅっ、と一息つこうとするとミサキからボイスチャットが入る。


「スズはどう? 使えるでしょ」

「正直、またいつものハッタリだと思ってたよ」

「あ、ありがとう……」

「……あれ?」


ミサキではない、遠慮がちな声がした気がする。

あわててボイスチャット参加者の一覧を見ると、『suzu12345』と表示された猫のアイコンが光っていた。


「いたんだ」

「ごめん……影薄くて……」


消え入りそうな何時もの声はVCだと悲惨に聞こえた。


「鈴森ってゲーミングPC持ってたっけ?」

「お兄ちゃんのを、借りたんだ。型落ちの奴だけど」


……やけに会話が続かない。鈴森と話したことがないわけではないが、かといってすごく仲がいいわけでもない。


「ま、とにかく鈴森が戦力としてカウントできると共有できたところで……」


気まずさに耐えかねたのかミサキが話題を切り出す。


「さっき練習は週末っていったけど、私たち三人は放課後毎日ランクマ潜るから」

「なんで?」

「勝つために」


そりゃそうだろうけど。


「三栗君は、どうして残りの二人を練習に参加させないのか、って聞いてるんだと思うよ」


さすが鈴森、こちらの意図をすぐにわかってくれる。

あぁ、そのこと、とミサキがその理由を説明する。


「あいつら、カジュアル勢だから本気の感じで大会出たくないっぽいんだよね」

「だから……なに?」

「練習は週末だけしかやれないって言ってたから」

「でも練習重ねないと連携取れないぞ」

「私たち3人でやれるよ」

「実質三人で戦うってこと?」

「うん」


うん、じゃねえよ。

コイツの荒唐無稽さには吐き気がする。


「えっと、三人で戦うのってそんなに辛いの? ミサちゃんはすごく強そうだし、いけるんじゃない?」


鈴森がおずおずと声を出す。


「鈴森は防衛側のセオリーって知ってるよな?どこを何人守るか、みたいな奴」

「えっと、爆弾の場所を2、3人で守って、残りはそれ以外の位置で戦うんだよね」


大会は爆弾ルール、目標部屋への爆弾設置とその解除を攻撃、防衛に分かれて争う。


防衛側のセオリーとしては、目標部屋を守るプレイヤーとそれ以外の場所を見張るプレイヤーで分担することが多い。


直接目標を攻める相手には目標部屋のプレイヤーが対応する。


それ以外のプレイヤーは相手が目標に攻め入る時間をなくすために、途中途中でちょっかいを出しながらキルを狙ったり、目標を攻めるのに強い場所を敵にとられないように立ちまわる。


「じゃあ、もし五人じゃなくて三人で防衛をするなら、目標とそれ以外で何人ずつ配置する?」

「えっと、目標部屋が一人だけだとさすがに少ないから……あ」


仮に目標を一人で守るとするなら、あまりにも人数が少なすぎて直接攻めてくる相手に対応できない。


逆に二人を目標の防衛に割くと、攻撃側への妨害が上手くできず、強いポジションから強力な攻めを相手に許してしまう。


戦局を有利にするには相手を倒して人数をイーブンにする必要があるが、毎回敵を一方的に倒せるほど簡単なゲームでもない。


「人数不利なだけでお互いのカバーも難しくなる。戦略もまともに立てられない時点で捨てゲーだ」


「そこはまぁ、秘策があるから」


ケラケラ笑ってるが本当だろうか?


まぁカジュアルだからって実力がないわけではない。一概に戦力にならないと考えるのは問題かもしれない。


「あいつらのランク、ブロンズだけど」


……運さえよければ何とか。


「まぁ、とにかく。平日も2時間は私たちでランクマ行くからそのつもりで」

「俺はいいけど、鈴森は? 続けられそうか?」


俺やミサキはゲームを2時間毎日やるぐらい何でもない。でも、鈴森はまだ始めたばかり。FPSを好きかどうかもわからない。


いきなり部活みたいな練習を強いられるのは嫌ではなかろうか。


好きなゲームをクラスメイトが嫌いになる、その原因になるのはゴメンだ。


「うーん、こういう銃ゲー?っていうの、初めてやったけど結構好きだから。大丈夫、たぶん」


「なら決まり。また明日学校で! じゃあn」


逃げるようにミサキは通話を切った。


結局、秘策というのが何なのか聞いていない。話がこれ以上長引くと危険と判断したのだろう。何かロクでもない予感がする。


「じゃあ、私たちもそろそろ終わろっか……」

「あ、ちょっと待った」

「えっ!なに!?」


驚きすぎじゃないか?まぁ、それはともかく。


「なんで鈴森は大会に出ようと思ったの?ミサキに無理強いされてるなら別に断ってもいいと思うけど」

「えっと……、私がやりたいって言ったの」

「鈴森が? FPSやりたいならもっと簡単なのもあるけど」


正直、FPSを始めたいならパラライはお勧めできない。

もっとカジュアルなFPSがたくさんあるからそっちをやった方がいい。


パラライは知識を求められすぎるし、おまけにプレイヤーの民度がそこはかとなく悪い。


「あー、みんなと一緒にやりたくて、大会があるならちょうどいいかなって」


「ふーん……まぁいいけど」

「あ、でもそれだけじゃなくて」

「え?」

「いや、やっぱなんでも……」


鈴森はモニョモニョと口籠る。

そんなつもりはなかったが、詰めてるように聞こえてしまったかもしれない。


軽く鈴森に謝った後、通話を切った。

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クラッチ〜大会メンバーに暴言厨と初心者がいる件について〜 イヌハッカ @Nagi0808

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