冷酷物語〜壊された愛〜
花魁童子
第1話 隠された思い
「あなたは、今後我々の地位を受け継ぐもの。もっと冷淡で賢くなりなさい。」
俺の母上はいつもこんなことを耳にタコができるほどに言ってきた。
言われるようになったのが幼少期の頃、俺はそれに従うことしか術がなかった。
──あの時からだろうか。
俺が壊れたのは、いや、もうすでに?
もう自分の心が無くなりかけている。
俺が勉学を励むために、母上が年老いた老人を先生として雇った。
彼の教え方はわかりやすく、頭に残りやすい。
最初は、我が町の特産品や地理情報、政治を中心に学び始めた。
しかし、話を聞いているうちに疑問を抱くことがたまにある。
それは、地理や政治の歴史となると現代のことを話すより、鮮明で情景がすぐ浮かぶことができる。
これは、私の才能なのか?
はたまた、彼の伝え方がうまいのか。
それは未だに定かではない。
「この町は、ストレリチア家が所有されております。その隣の町は、リンドウ家が所有されています。
そのリンドウ家には、確かあなたの三歳下で、今は誕生日を迎えてないはずですので、七歳ですかね。名をヘリオトロープという方がおられます。この方は、今後次期女公爵となるお方です。訪問する際は、しっかり挨拶をしてください。
まぁ、ここだけの話、あなたの運命ではこの方と必ず出会います。」
たまに、この男は未来を予知したと言わんばかりに未来の話をする。
占い?というものだろうか。
しかし、占いというのは、お祓いに使うもの。そんなわけがない。
「出会うのですか?俺のストレリチア家とリンドウ家は政治としても貿易するものが異なるため、かかわる可能性が少ないと先生はおっしゃっておりましたよね。」
その通りだ。
以前、この者は、政治の話をしている最中に、リンドウ家とかかわる可能性はゼロに近いと申していた。
「そうですね。〝リンドウ家〟とは関わりません。」
隠されたような感覚。
なにか裏があるのか?
あまり隠し事をされるのは好ましくない。
「話が反れてしまいましたね。次は地理の話を致しましょう。」
その後は、先生が歴史を語る時間になってしまったが、母上と話すよりよっぽど楽しい。
母上は、口を開けば、「礼儀がなっていない。」だの、「早く賢くなりなさい。」だの聞くのも辛くなった。
そのため、いつも夕飯を食べるときは、勉強があると逃げて、最近は碌に話さない。
今日も勉学に励もうと重い法律本と地理ノートを抱え、自室に向かっていると、使用人どうしが小声で話しているのをたまたま耳にした。
「奥様が、『ハイドレンジアの顔を見なくて最近嬉しいわ。』と漏らしていたのよ。どう思う。」
「そうねぇ。ハイドレンジア様もかわ…。」
その後も話していたようだが、俺の頭は真っ白になってしまった。ずっと良いことだと尽くしてきた母上に裏切られ、俺は今後なにに向き合えばいいのか。
気づけば抱え持っていた本などをすべて投げ捨て、玄関を、獣にでも逃げるがごとく走り去り、門番が俺に気づくと、「いけません、ハイドレンジア様!」と大声を出して、止めようと必死だった。
しかし、小柄で身長が小さかったこともあり、門番の隙を潜り抜け、町中へ姿をくらました。
「やばい、行ったことないところだから、行く当てもない。」
この、ストレリチア家が所有する町は、一部を除いて治安や環境は整っているはずだ。
しかし、今いる周りは、荒れていて、飢えているのだろうか。骨の形が全身にくっきり残っている者があちこちに倒れ、動かない状態。
「ここってまさか、先生が念入りに入ること禁じたスラm…。」
「お前、良い服着ているやん。俺らにくれよ。」
後ろから話しかけられ、咄嗟に振り向こうとした瞬間、背中に尖った鋭い何かが押し当てられている。
まさか、刃物か?!
抵抗すれば、差される可能性が高い。
いいなりになるしかないのか。
いや、これは俺にとっては好都合かもしれない。
俺が危険に晒されたのならば、母上も気にかけてくれるはずだ。しかも、今後の生活がもっと喜ばしくなる!絶対に。
ハイドレンジアの心は、〝期待〟が大きく膨れ上がっていた。
俺の予測通り、やはりこの者は行動が手馴れている。俺を縛る時間や連れ去る時間がやけに早い。
気づけば、古びた小屋にごみを捨てるのと同じ気持ちで、俺を放り投げた。床にはガラスの破片や無理やり壊したであろう木の板が、放り投げたときに擦り切れた。そのせいで、体の至る所に傷を負ってしまった。幸い目には当たってなく、周りを観察することができた。
そこには小柄な女の子がおり、こちらを覗いて様子を伺っていた。
恐る恐る発する言葉にはすこし恐怖と驚きが重なっていた。
「きみは、どこからきたの?」
彼女はまさに〝恐怖〟を持っていた。
「このスラムの隣の村だ…よ。」
「ここから出ようよ。」
提案を出した直後、恐怖を忘れ、喝のある怒声が、突き刺そうと俺に飛んできた。
「無理に決まっているでしょ。相手は大人、子供二人で敵うわけがない。」
母上には、誘拐されたことを伝えるだけで、多分心配してくれる。
だから、もう逃げてもいいんだ。
彼の心には、怯えが滲み出ていた。彼の考え方も心の強さも、まだ子供。恐怖という感情が雫が落ちたのだろう。
「お願い、一緒に逃げよう?」
「分かったわよ。」
優しく問いかけると少し、はにかんでいるのか、照れた口調で了承してくれた。
行動に移そうとした瞬間、さきほどの門番が、小屋の外で男どもと交戦している。
「男らしい。」
そう彼女が門番に対して、ぽろっとこぼしていた。俺の心のどこかに針がチクッと刺さった感覚だった。
ハイドレンジアは、自分も気づかずに彼女に好意を寄せていたのだろう。彼は、勉学とともに暮らしていたため、恋愛をひとつも経験したことがない。
「ハイドレンジア様、大丈夫でしょうか。遅くなって申し訳ありません。」
「え、あなたハイドレンジアってあの?!」
案の定、彼女は名を聞いた瞬間に驚き唖然としている。彼女が話そうと口を開けた瞬間、門番が割り込んできた。
「こら、無礼者!様をつけろ。」
さきほど、彼女の怒声を聞いたよりももっと何か固いものが伸し掛かるように重かった。
「ご、ごめんなさい。」
彼女の顔はもう泣いていて、あの可愛い顔が崩れてしまっている。
そう考えていると父上と母上が馬車を通じて来てくれた。
父上はすかさず俺を抱きしめ、「怖い思いをさせた。すまなかった。」と誠意のあるお言葉を貰えた。
対して母上は、「可哀想に、ごめんなさいね。」といつも通りで何も変わらない。
しかし、父上はそのことを聞いて、安堵したのか門番に事情聴取を行おうと俺から距離を置いた。すると、離れたことを母上は確認したうえで、俺にこう発した。
「あんたなんか死んでしまえばよかったのに。次期に私たちの地位を受け継ぐなんてあんたには無理、無駄。早く消えろ。」
そう、彼女があの言葉を発していたのは父上が近くにいつもいたからだ。
そうか、母上は俺が嫌いなのですね。あの使用人には感謝をしなければ…。
「あんた、なにそれ最低。実の息子によく言えるよね。」
俺が呆れて悲しんでいるのと裏腹に彼女は、私のために怒ってくれた。
「何、あなた。気持ち悪い。あなたもこの男の味方をするのね。いいわ。」
母上は、不敵な笑みをその華やかな扇子の後ろに見えたのが分かった。
「父上、犯人が分かりましたわ。この女が門番と戦った男どもと計画して行ったことだと判明いたしました。よってこの女は、次期この町を受け継ぐ者、その者に危害を加えた者と共犯。よって反逆罪と見なし、処刑を致しましょう。」
淡々に話す母上の言葉に驚きを見せ、否定する言葉が一つも出なかった。そして、父上もそれに了承してしまったのだ。
──やはり、父上も母上には逆らえないのか。
ストレリチア家の家計は、地位が最も高い者は母上の家柄である。元々、父上は平民の考古学者であった。表向きは、母上の一目惚れ。
本来は、父上の知恵で経済を回そうと、父上の家計を殺すと揺さぶり、強制的に結婚させた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます