巨乳しか生まれなくなった世界で、貧乳として生まれたんだが!!
たまごもんじろう
地球貧乳化現象に迫るッ!!!!!!!
夕刻。街は赤橙の光に包まれていた。
築十二年の新しい校舎――私立清新学園の中庭には、少女たちの歓声がこだまする。
「きゃーっ! 伝説の大巨乳、ペチャ様よ~!!」
その人だかりの中心にいるのは、学園随一の美貌と胸囲を誇る少女、ペチャ。
そして、不思議なことに、周囲の女子生徒は全員――Fカップ以上だった。
「あの、ペチャ様っ! どうすればもっと胸を大きくできるんですかっ!?」
下級生の真剣な問いに、ペチャは微笑む。
「そうですね。毎日お風呂上がりに、熱した豆乳を摂取することが必須です。
あとは……恋をするのが一番ですよ」
「きゃーーっ!! ペチャ様ったら、ロマンティックっ!!」
歓声が再び爆発した、その瞬間。
――カキィン!
金属を弾く音。続いて「危ないっ!」という男の声。
見上げれば、硬式ボールが落下してくる。
誰もが凍りつく中、ペチャは地を蹴った。
驚異の跳躍。
空を切り裂き、素手でボールをキャッチ。
着地の砂煙の中、遅れて駆けつけた野球部員が叫ぶ。
「す、すみませんっ! 打球が逸れちゃいました!」
ペチャは優雅に笑い、ボールを構え――。
時速150キロの剛速球を投げ返す。
「私たち女子生徒はか弱いですので、次からはお気を付けくださいね」
野球部員は顔を真っ赤にし、
「は、はいっ! すみませんでしたーっ!!」
と叫んで逃げていった。
「きゃあー、さっすがペチャ様っ! とんでもなーい身体能力!
これも、巨乳の賜物ねっっ!」
歓声。称賛。羨望。
ペチャは微笑みながら、そのすべてを背に帰路につく。
◇
自室に戻ると、ペチャは鞄を下ろし、制服を脱いだ。
「はぁ~! 今日の私もすんごくかっこよかった!
絶対あの野球部員も私に惚れてますよねっ!」
浮かれていた笑顔が、ふと止まる。
「……でも、結局、私の胸しか見られてないんでしょうね」
彼女は静かに、胸元へと手を伸ばす。
そして、
鏡に映るのは、平らな胸。
人工のパッドが机に落ちる音が、部屋に響いた。
《時は“大巨乳時代”。
『巨乳は徳であり、母性の象徴であり、人類進化の証である』というスローガンのもと、極端な優生思想により、巨乳しか生まれなくなった時代。
胸の大きさこそが絶対の時代》
彼女は自分の胸を押さえ、涙目で呟く。
「ううぇーん……今日もまだ、貧乳だ……」
《そんな時代において――ペチャは、AAAカップの貧乳だったのだ》
◇
ペチャの朝は早い。
家族には自分が貧乳であることを明かしていないため、早朝から胸パッドを装着するのが日課だ。
彼女のパッドは、アフリカの密売人から個人輸入した特注品。
装着に時間はかかるが、肌に縫い合わせるように作られており、見た目、感触ではバレることはない。
準備を終え、制服に身を包んだペチャは学校へ向かう。
「いってきまーす」
◇
制服に身を包み、学校へ向かう道すがら、早くも女子生徒たちの声が飛び込む。
「あ、ペチャ様だ~! おっはようございまーす!」
ペチャは軽く笑みを返す。
表向きは優雅な優等生。
学校でのカーストは胸の大きさで決まり、ペチャはその頂点に君臨していた。
人々の崇拝に応えるため、日々、優雅さと冷静さを演じる。
それが、彼女の生きる術だった。
しかし、実際には毎日が綱渡りのような生活だ。
プールの授業では、パッドが水に弱いせいで、外れかかる危険に常に晒される。
さらに身体測定――。
もしパッドがバレれば、重大な罰が下る。
過去には“結婚巨乳詐欺”で死刑になった事例もあるほどだ。
そこでペチャは、画期的な方法を編み出した。
測定を行う教師を、自らの巨乳で魅了し、記憶を改竄させるのだ。
胸の力で、社会的な安全を確保する――恐ろしくも有効な技術である。
こうした努力の甲斐もあり、ペチャの日常は極めて快適だ。
イケメンが自然と寄ってくるし、食堂のおばちゃんのサービスも特別。生活の恩恵は計り知れない。
そしてこのままいけば、きっと高身長高収入高学歴の男性と結婚し、順風満帆の人生を送ることであろう。
◇
夕方、学校生活を終えたペチャは帰路につく。
途中、体育館裏で鈍い音。――ドコッ! が聞こえ、覗き込むと、一人の女子生徒がいじめられていた。
見覚えがある。
デカパちゃん――かつてのペチャの親友だ。
いじめっ子の一人が嘲笑する。
「お前さぁ、最近生意気なんだよぉ!
Eカッ以下は、人権ないっつぅのによ、Gカップの私らに、舐めた口聞いてんなよ!」
デカパは反論する。
「胸の大きさなんて関係ねぇだろ! あたしは、あたしだ!
お前らが最近、自分より小さいだけの気弱な子をターゲットにして、いじめてんのが悪いじゃねえか!」
ペチャは間に入り、柔らかい声で問いかける。
「どうかなされたのですか?」
するといじめっ子たちは、慌てた様子で言い訳を並べながら去っていく。
「あぁ! ペチャ様……。
この子が下級生をいじめていたので、説教していましたの! おほほ!」
デカパに手を差し伸べるペチャ。
「大丈夫ですか、デカパちゃん?」
しかしデカパは手を振りほどき、冷たい笑みを浮かべる。
「……お前みたいな優等生が、あたしみたいな不良と関わんない方がいいぜ」
その背を見送りながら、ペチャも帰宅する。
◇
自室に戻り、ベッドに横たわった彼女は、デカパの寂しそうな後ろ姿を思い返す。
心の奥で、問いかけるように呟く。
「本当に、このまま自分を偽ったままでいいのかな……」
部屋の窓から差し込む夕陽が、赤橙の光で壁を染める。
パッドの下の胸に手を置き、ペチャは小さくため息をついた。
偽りの巨乳に守られた生活の裏に、心の揺れが静かに広がっていた。
◇
朝――。
リビングで登校の準備中に、テレビのニュースが流れた。
《地球貧乳化現象、拡大中》
リポーターの声がわずかに震えている。
どうやらここ数日、ペチャが済んでいる地域の女性たちの胸囲が減少するという、不審な事例が多発しているというのだ。
「物騒な世の中になったわねぇ」
キッチンで母がフライパンを振りながら言う。
「あんたも気をつけなさいよ、ペチャ」
ペチャはパンをかじりながら苦笑する。
――気をつけるも何も、減るほどないのに。
◇
登校路の風が、リボンを揺らした。
校門前では、取り巻きたちがペチャを見つけて駆け寄ってくる。
「ペチャ様ぁ! 今朝のニュース見ました!? 地球貧乳化現象なるものが巻き起こっているらしいですね!」
「わたし、昨日より胸囲が、一センチも減ってたんですぅ!
ペチャ様も、減っちゃってましたか!?」
ペチャは微笑み、胸元をそっと押さえる。
「まぁ……お気の毒ですね。
でもご安心くださいませ。私には――何の異常もございませんの。
それどころか、今朝から少し……大きくなってきましたの」
「きゃーー! さっすがペチャ様!!」
「この世界の救世主だわ!」
取り巻きの歓声の中、ペチャの視線がふと逸れる。
昇降口へ向かう少女――デカパ。
「デカパちゃん、おはようございます――」
声をかけようとしたが、デカパはわずかに振り向くだけで歩き去った。
「なんかあの子、ペチャ様と同じクラスの人ですよね?
なんか、感じ悪くな~い?」
「ペチャ様に挨拶されることなんて、この先一生ないのに!」
ペチャは笑って誤魔化す。
だが胸の奥――いや、胸のない場所に、冷たい風が吹いた。
(……)
空を仰ぐと、彼方まで透き通っている。
――それなのに、どうしてこんなに息苦しいのだろう。
◇
体育の授業。
白線の引かれたグラウンドに、朝の光が反射してまぶしい。
風に混じって、ボールの弾む音と笑い声が響く。
「それじゃ今日はソフトボール! まずは二人一組のペアをつくって、キャッチボールだ!」
教師の声と同時に、クラス中が振り返る。
「ペチャ様! 相手してくださいっ!」
「私も! 一球だけでも!」
まるで人気アイドルの争奪戦。
ペチャは困ったように笑いながら視線を泳がせ――ふと、一人俯く背中を見つけた。
デカパ。
寂しそうに、地面を見つめるひとりの少女。
「では、デカパさんを相手にします!」
ざわめきが走る。
デカパは驚いた顔でこちらを見つめた。
◇
最初のボールはデカパの手にあった。
だが、なかなか投げようとしない。
「どうしたのです? はやく、投げてくださいよ」
促すと、彼女は小さく呟いた。
「……昨日は、ごめん。
せっかくいじめっ子たちから、助けてもらったのに、あんな態度取って……。
今朝も、挨拶返せなくてさ。本当は返したかったんだ。
ただ、お前と関わるのは迷惑だって……思ってた」
深呼吸して、デカパは叫ぶ。
「だから――本当に、ごめん!」
その声と同時に、白球が一直線に飛ぶ。
ペチャは微笑みながら受け止め、言った。
「いいんですよ、デカパちゃん。私は気にしていません……。
悪いのは――私なんですから」
そう言って、軽やかなフォームで投げ返した一球は、風を裂く速球だった。
「っいってぇー! ほんと、昔っからえげつねぇ力だな!
もっと手加減してくれよ、
「そんなに強く投げたつもりはないんですけど……」
ペチャは少し照れたように笑い、続ける。
「それよりも――久しぶりに、私の名前を呼んでくれましたね」
デカパの頬が染まる。
「……あぁ、そういえばそうだな」
そして、少し照れ隠しのように叫んだ。
「おいペチャ! 仕返しの至高の一球、受けてみろ!」
笑い声がグラウンドに弾けた。
二人の間で、白球が光のように行き交う。
――あぁ。こんなに心から笑えたのは、いつ以来だろう。
息を整え、ペチャは俯きながら口を開く。
「デカパちゃん……いえ、皆さんにも聞いてほしいのですが……」
胸の奥で、何かが震えた。
きっと、今の生活を送っていても、いつかはきっと報いを受ける。
何より、毎日がなんというか、楽しくない。
「私は……本当は、巨乳なんかじゃなくて……」
だから、もう偽るのはやめにする。
喉までせり上がる言葉。
「本当の私は――!」
◇
彼女――ペチャが罪を告白しようとしている中、学園の屋上では不審な影があった。
白衣に身を包み、髪はてっぺんだけが薄くなった老人――その姿はまさに、博士と呼ぶにふさわしかった。
そしてその者は、我々読者へと、語り掛けてくる。
『わしの名前は、ドエロ博士。御年69歳じゃ。
突然じゃが、紳士諸君……おっぱいは好きかね?』
その表情は異常なまでに輝き、声を張り上げる。
『わしは大好きじゃああああああ!』
そして博士は胸を張り、さらに続けた。
『願わくば、おっぱいちゃんをずっと揉んでいたい!
そこで開発したのが…………
そこに現れたのは、少しメカニカルな小型掃除機。
博士は得意げに解説する。
『この掃除機で吸うことで、巨乳の女性のおっぱいエキスを吸収できるのじゃ。
そして溜めたエキスを融合させれば、おっぱいを新しく生成できるのじゃ!』
さらに博士は続ける。
『実際、わしは街中のおっぱいエキスを吸い取り、家に沢山のリアルおっぱいマウスパッドを作っておる!
巷では、『地球貧乳化現象』がどうとか言われとるが、ありゃ全部わしのせいじゃな』
博士は鼻をほじりながら言う。
『え、そんなの犯罪じゃないかって?
それがのぉ、ひとりあたり6グラムしか吸わないから、誰にもバレずに完全犯罪なのじゃ!』
そして博士は掃除機を構え、注意を口にする。
『よし、今日も今日とて、おっぱい吸っていくとするかのぉ!
間違っても掃除機の強度を、
掃除機が起動した。
だがその瞬間、博士の目に飛び込んできたのは……
『な、なんじゃ! あの校庭にいる、美人巨乳教師は!!』
博士にとってドタイプの女性が、目に入ってしまった。
見惚れた瞬間、カチッ、と掃除機の音が鳴り、誤って強度が7以上に上がってしまう。
「あっ……」
博士はただ、そう呟くしかなかった――。
◇
「私は……本当は、巨乳なんかじゃなくて……。
本当の私は――!」
――まぶたを開けた瞬間、世界は地獄のようにひっくり返っていた。
体育のグラウンドにいた女子も、教室の窓際にいた女子も、空へ、空へと吸い上げられていくのだ。
まるで見えない掃除機に吸われるように。
いや、違う。――実際に、巨大な掃除機のようなものが雲の中に口を開けていた。
ペチャは凍りつく。
その吸引に巻き込まれたデカパが、苦しげに手を伸ばしていた。
「デカパちゃん!」
叫びながら地を蹴る。
空中で手を伸ばす。だが、指先がほんの数センチ届かない。
彼女の身体は無情にも落下し、地面に叩きつけられた。
――痛い。
「お主! 大丈夫なのかっ!」
聞き慣れぬ声。
振り返ると、白衣をはためかせた小柄な老人が立っていた。
「え、ええと……どなたですか!?」
「わしはドエロ博士じゃ!」
「ど、ドエロはかせ……!? あ、ええ私はペチャです!」
そんなやりとりの最中にも、空では異様な光景が続いていた。
「……って、それより! あれはいったい何なんですか!」
博士の顔が苦悶に歪む。
「わしが誤って、掃除機の強度を大きくしすぎたことで、
……そして今、彼女らは掃除機の内部で混ざり合い、融合しておる」
見上げれば、上空の掃除機は凄まじい音を立てて震えていた。
光が漏れ、空気が裂け、――やがて、黒い手が、掃除機の内部から突き破って現れる。
恐怖の化身。
そうして漆黒の肌を持つ、五階建ての校舎をも超える“女の巨人”が姿を現した。
「……挙句の果てに、言うなれば――
博士の悲鳴が、まるで号令のように響いた。
怪物は意識も理性も持たぬまま、都市へと走り出す。
巨体が踏み鳴らすたび、地面が揺れ、ビルが崩れ落ちた。
「今の大巨乳の中には、多くの人格が宿っておる……!
故にそれらが、反発することでいずれは世界をも、破壊しつくすだろう……!」
博士は拳を握りしめる。
「あぁ、わしがおっぱいを求めたあまりにぃ……」
ペチャは震える手で、博士の肩を掴んだ。
「……そんなもののために、なんてことをしでかしたんですかっ!」
怒声が空を裂いた。
老人は顔をくしゃくしゃにして、嗚咽を漏らす。
「すびぃっばせんっ……! 若い頃、モテなかったんですぅぅぅ……!」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、情けなく頭を下げる。
ペチャは呆れと怒りが入り混じった目でそれを見下ろし――そして、街を蹂躙し続ける黒き巨影に目を向けた。
破壊のたびに、地鳴りが骨を揺らす。
「……デカパちゃん」
その名を呟いたとき、胸の奥にひと筋の熱が灯る。
ペチャは制服の胸元に手を入れ、静かに、パッドを取り出した。
それを地面に投げ捨てる。――乾いた音が、決別のように響いた。
風が頬を撫でる。
もう、何も隠さない。
小さな胸が、確かな鼓動を打っていた。
ペチャは地を蹴り、走り出す。
その背に博士の声が追いすがる。
「待て! 早まるな! お主にいったい何ができるというのじゃあ!」
だが、少女は止まらない。
白衣の老人は歯を噛み、ふと疑問に気づく。
「はて……なぜ、あの少女だけが吸われなかったのじゃ……?」
走りながら、ペチャの意識は過去を遡っていた。
◇
――昔から、貧乳というだけで誰にも認められなかった。
どれほど努力しても、記録を残しても、最終的に注がれる視線は、胸の大きさで決まっていた。
世界は、なんと残酷で、単純だったことか。
毎日が黒の原液で塗りつぶされていくようだった。
でも。
その闇の中に、一つだけ光があった。
デカパちゃんだ。
彼女は、同じ年齢の中では異次元の胸囲を持ちながら、私を笑わなかった。
むしろいつも優しくて、誰よりもまっすぐだった。
いじめられて泣いていた私に、真っ先に駆けつけてくれた。
……彼女こそ、私の初めての親友だった。
そして、あのときはほんの軽い気持ちだった。
お小遣いを貯めて、小さな小さなパッドを買ってみた。
ほんの、ちょっとだけ見栄を張ってみたかっただけ。
けれど――それだけで世界は、変わった。
褒められ、羨まれ、注目され、私の中に“優越感”という甘い毒が流れた。
いつの間にかパッドは大きくなっていき、胸は誇示の象徴へと化していった。
中学に上がる頃には、私は“巨乳”として讃えられる側にいた。
そして、小学生の頃から成長の止まってしまったデカパちゃんが、今度は笑われる側に回った。
――世界は、あっさりと裏返る。
私はもちろん、彼女に声をかけた。
でも、私のことを思ってか、彼女はもう振り向いてくれなかった。
ただひとつだけ確かだったのは、あの時、私は“真実”を言うべきだった。
――私は、変わっていない。今も、貧乳のままだと。
でも言えなかった。
積み上げてきた虚構の地位が崩れるのが、怖かった。
たとえそれが偽りだったとしても、幸せを味わいたかった。
手放したくなかった。
そして、なにより。
貧乳の自分が、嫌いだった。
◇
都市の残骸を踏みしめ、黒い巨影が迫る。
ビルを砕き、アスファルトを溶かしながら――世界を呑み込むほどの質量で。
ペチャは拳を握る。
(……ずっと、そう悩んできた。どうして私だけが、貧乳だったのか)
唇を噛みしめながらも、その瞳にはもう迷いがなかった。
(でも、今ようやく――その答えが、わかった)
足裏が地を割る。
彼女は地面を蹴り抜け、風を裂いて宙へと跳躍した。
彼女の影が、巨人の顔と並ぶ。
「世界を救うために……私は貧乳だったんだっ!!」
その叫びと同時に、回転を混ぜた渾身の蹴りが大巨乳の顎を打ち抜いた。
衝撃波が空を裂き、巨体が吹き飛ぶ。
◇
その光景を望遠鏡越しに見ていたドエロ博士は、走りながら息を呑んだ。
「な、なんという身体能力……やはりっ!」
彼の脳裏に、古びた一冊の文献が閃く。
――かつて存在した《貧乳民族》の記録。
「昔読んだ書物には、こう記されておった……!
“貧乳には胸がない分、全身にエネルギーが満ちており、身体能力が異様に高かった”――と!!」
◇
ドエロ博士が“大巨乳”と名付けた女巨人の顔には、縦に走る深い亀裂――まるで大地が裂けたような傷が刻まれていた。
黒曜石のような肌の隙間から、赤熱した光がじわりと漏れ、煙を上げている。
それでも、巨人は立ち上がる。
軋む音を立て、倒壊しかけた脚を無理やり支え、灼け焦げた片目で標的を捉える。
視線の先――ペチャ。
その瞬間、地が鳴った。
巨腕が唸りを上げ、空気が爆ぜる。
振り下ろされた拳が、轟音とともに大地を叩き砕いた。
土煙が弾け、視界が白く霞む中、ペチャは寸前で身を翻す。
砕けた瓦礫が頬を掠め、皮膚を裂く。だが止まらない。
足元の瓦礫を踏み砕き、反動を利用し、巨人の懐へと一気に跳び込んだ。
巨人が腕を横薙ぎに振る。
空気が裂け、唸りを上げる。
ペチャはその下を滑り抜け、拳を叩き込む――。
肉が焼ける音が響き、亀裂の奥で黒煙が舞った。
だがそれでも、巨人は怯まない。
再び腕を振り上げ、ペチャを叩き潰さんと迫る。
瞬間、二つの影が絡み合う。
拳がぶつかり、骨が軋み、光が弾けた。
圧が爆発するたび、地面が陥没し、瓦礫が宙に跳ね上がる。
互いの息が荒く混じり合い、衝撃で空気が焼ける。
巨人の拳が頬を掠め、視界が一瞬、白く弾けた。
だがペチャは怯まず、両足を地に沈め、踏み込み――そのまま体重ごと拳を叩き上げた。
轟音。
巨体がのけぞり、空へ浮く。
ペチャはすかさず追い打ちをかける。
拳、膝、肘、すべてを連打に変え、破裂するような音が次々と重なっていく。
「うおおおぉぉぉぉおお!」
叫びとともに、最後の一撃を放つ。
全身の血流が一瞬で爆ぜるほどの力。拳が光を帯び、音を超える速度で叩き込まれた。
空間が震え、衝撃が遅れて爆ぜる。
残されたのは、焦げた空気と、ペチャの荒い息。
そしてまだ震え続ける拳だけだった。
――世界が、音を取り戻した。
爆ぜるような轟音とともに、大巨乳――いや、巨人の怪物は、風船が破裂するかのように砕け散った。
破片は光の粒となって弾け、その中から無数の女性たちが零れ落ちていく。
あれは――掃除機に吸い込まれた者たちだ。
彼女たちはみな、意識を失ったまま、ゆっくりと重力に引かれて落ちていく。
絶望的な高さ。
地面は近い。あと数秒で――。
「……膨らめっ! おっぱいクッションッ!!!」
その叫びとともに、ビルの影から転げ出すように現れたのはドエロ博士だった。
博士が投げ放った丸くて柔らかい球体が、空中でぶわっと膨張し、ふわりと巨大な乳房型のクッションへと変貌する。
落ちてきた女性たちは次々とそれに受け止められ、ぷよん、と心地よい音を立てて跳ね、衝撃を逃した。
「危ない危ない……! いやはや、乳の恩恵は偉大じゃのう!」
博士は額の汗をぬぐいながら、安堵と興奮の入り混じった声でそう呟く。
そして博士は、ふと上空を仰いだ。
そこには、ゆっくりと落下してくる、ひとりの少女。
その腕の中には、気を失ったもうひとりの少女――デカパの姿があった。
彼女を抱きかかえたまま降りてくるのは、ペチャ。
風が舞い、陽光を浴びた二人がゆっくりと地上へと降り立つ。
博士は思わず口の端を歪め、目尻を細めて言った。
「ぐへへ……やはり、貧乳もいいなァ……」
心底気持ちの悪い笑みを浮かべながら。
◇
デカパが薄く目を開ける。
朦朧とする視界の中、見慣れた顔があった。
「……ペチャ?」
その名を呼ぶ声は、まだ夢の中のように掠れている。
「おはようございます、デカパちゃん」
ペチャは穏やかに微笑む。その顔には、どこか吹っ切れたような清々しさがあった。
だがデカパは、目を丸くした。
「……って、胸なくなってるけど!? どうしたんだっ、何があったんだよ!」
ペチャは小さく息を吸い、そして、静かに言った。
「なくなったんじゃないんす。――元から、なかったんです」
デカパの瞳が揺れる。ペチャは続けた。
「私の巨乳は、パッドで作られた偽りのものだったということです……。
……怒りますよね?
ずっと騙してたし、何より、デカパちゃんが辛いときに一緒にいてあげられなかったし……」
風が吹く。二人の髪が、空へと流れる。
沈黙が落ちる。けれどそれは、痛みではなく、安らぎの静けさ。
デカパは、ゆっくりと笑った。
「……へぇ、そうだったんだ」
肩をすくめ、空を見上げる。
「怒ってなんかないよ。――っていうか、巨乳とか貧乳とか、マジどうでもいいし!」
そう言って、デカパは軽く拳をペチャの肩に当てた。
「ペチャはペチャのままなんだろ? それなら、何の問題もなし!」
ペチャの目に涙が滲む。
唇が震え、それでも、笑顔を崩さずに言った。
「……うんっ!」
その声は、涙の粒とともに青空へと弾けた。
まるで、新しい世界の始まりを告げるように。
◇
……そうして私は、貧乳だけど世界を救った。
その結果、胸の小ささこそが評価される大貧乳時代に……!
なるわけもなく。
相も変わらず、胸の大きさがすべての時代だ。
――朝の光が、校門の鉄柵をきらきらと照らしていた。
風はやわらかく、街はもう、あの日の混乱を忘れかけている。
そんな中を、ペチャとデカパは隣に並んで歩いていた。
「なぁなぁ、ペチャ! 昨日の8チャンの番組見たかっ!?
あれ、すんげぇ面白かったぞ!」
彼女のテンションに、ペチャは少し肩をすくめ、口元に微笑みを浮かべた。
「えぇ、見ましたよ。
たしか、アマゾン川に生息していると噂されていた恐竜が、実はただの猫だったっていう内容でしたよね」
「そうそう! そんでその猫がな……」
デカパの話は止まらない。
両手を大げさに振り回しながら、まるで自分が現場にいたかのように再現してみせる。
その姿に、ペチャは小さく笑った。
あんなことがあったけれど、意外にも普通の日常を過ごしていた。
パッドで胸を偽っていたことに関しては、大巨乳を倒し、世界を救ったことで不問となった。
取り巻きたちはもういない。
でも決して、いじめられているわけではない。
ふたりは、笑いあいながら他愛のない話を続けていると、背後から妙に響く声がした。
「――ペチャ殿ぉぉぉっ!!!」
嫌な予感しかしない。
振り返ると、案の定、白衣をはためかせて走ってくる還暦の男――ドエロ博士。
うわ、と心の中で思い、自然と顔が暗くなる。
「え、このじいさん誰? ペチャの知り合い?」
デカパが怪訝そうに首を傾げる。
私はため息をつき、冷ややかに言った。
「この人こそが、“地球貧乳化現象”の犯人であり、先日の事件の首謀者でもあります。
はぁ……まだ捕まってなかったとは」
博士は膝をつき、嗚咽まじりに叫ぶ。
「わしは……間違っていた!! 乳の大小ではないっ! 貧乳こそが至高だったのじゃ!!
そこでどうか、わしと結婚し――その貧乳を、貧乳のごとく、貧乳のように……貧乳させてはくれんかァァ(?)!!!」
涙をぼたぼた流しながら懇願する博士。
デカパが一歩引き、「なにこの人こわっ」と呟く。
私は、額の青筋を押さえ、深く息を吸った。
「……貧乳、貧乳って……うるさいですっ!!」
拳が風を裂く。
博士の身体は星の軌道を描きながら、宇宙の彼方へと吹き飛んでいった。
遠くで“ポンッ”と音がした。多分、成層圏を超えたのだろう。
「おぉ~! お見事!」
隣でデカパが軽く拍手する。
私はふう、と大きく深呼吸し、背伸びをした。
「行きましょうか、デカパちゃん」
「おう!」
二人並んで昇降口へ向かう。
日差しが眩しい。
風が気持ちいい。
――今の私は、貧乳だ。
巨乳だった頃のように、みんなの憧れでもなければ、数多のイケメンに言い寄られるわけでもない。
けれど。
ほんの少し。
ほんの少しだけだけど――。
前の自分よりも、胸を張れる自分でいられている気がする。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
読了、感謝いたします。
この物語が、あなたの中にほんの欠片でも残ってくれたなら、それだけで嬉しいです。
もしよければ、ブックマークや感想で足跡を残していってください。
巨乳しか生まれなくなった世界で、貧乳として生まれたんだが!! たまごもんじろう @tamagomon2525
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます