格闘家と召喚士

 倒木の下から引き摺り出されたリィカ・スターライトは、泥だらけの頬を掻きながら、にこにこと笑った。


「いやぁ~、助かりましたよ。召喚獣さん。……エヘヘ」

「そうか、それは何よりだな」


 隼人は彼女の足の具合を確かめるように視線を落とした。


「折れてはいない。長時間圧迫されてたせいで痣になってるだけだろう。一応、医者に診せたほうがいいがな」

「へぇ。召喚獣さん、そんなこともわかるんですねぇ」

「まあな。人体を壊すのが仕事だからか、多少は詳しくなっちまった……って、そんなことよりだ。ここはどこなんだ?あのバケモンは何だったんだ?説明してもらう約束だったろ」

「そうでしたねぇ」


 リィカは腕を組み、首を傾げる。


「その前に一つ確認なんですが……召喚獣さんは、何の召喚獣なんですか?」


「は?」


 隼人は眉をひそめる。


「二足歩行だし、下着しか履いてないし、多分亜人種だと思うんですけど。ゴブリンにしては頭身が高いし、オークにしては顔が整いすぎてますし……」

「いやいや、俺は人間だ。それにこれは下着じゃねえ。試合用の衣装。総合格闘家なんだよ、俺」

「ソーゴーカクトーカ……?」


 リィカは首を捻り、すぐに笑顔を取り戻した。


「ま、いいです。わかりました!よくわかんないですけど!」

「それから、“モンスターさん”って呼ぶのはやめてくれ。俺の名前は霧谷隼人。キリタニでもハヤトでも、好きに呼んでくれていい」

「じゃあハヤトさんで! ……あ、私も名乗ってませんでしたね! リィカ・スターライトです。リィカと呼んでください! あっ、でもご主人様でもいいですよ? 一応ホラ。私、召喚主でもありますし?」

「ぜってー嫌だ」


 隼人の即答に、リィカは頬を膨らませ、それでもすぐに笑い直した。召喚の成功がよほど嬉しいのだろう。


「ではでは、ハヤトさんの疑問にお答えしましょうかねぇ? さて、何から話したものか……」


 そこからの数十分、隼人は異世界の仕組みを立て続けに聞かされた。

 冒険者、魔法、召喚士――リィカは時に魔法を実演し、時に身振り手振りを交えて説明を続けた。


「異世界に魔法、モンスター……か。信じがたい話だが、さっきの牛頭野郎とお前の技を見た後じゃ、否定もできねぇしな」


 隼人は頭をかきながら呟いた。


「だが、どうして俺が召喚されたんだ?」

「それはハヤトさんがモンスターだからですよ」

「だから俺は人間だって――ん?」


 その瞬間、隼人の脳裏にある記憶が蘇る。


『さぁ!入場だぁ! 怪物モンスターァァ!! 霧谷ィ隼人ォォ!!』


(……まさか、怪物モンスターって単語に反応したのか!?)


 頭を抱える隼人を、リィカが不思議そうに見上げる。


「どうしたんですか、ハヤトさん?」

「お前の召喚術、多分バグってるぞ。消費者センターに相談した方がいい」

「え、なんでですか?」

「このままだと“怪物親モンスターペアレント”とか“服飾怪物ファッションモンスター”まで召喚しかねん」

「えっと……はい! でも私にはもうハヤトさんがいるので大丈夫です!」


 年下の少女に真っ直ぐな笑顔で言われ、隼人は思わず顔を背けた。


「いや、俺はずっとここにいるつもりはねえぞ。試合もあるし……帰してくれ。多分、今ごろ会場は大騒ぎだ」

「いや、それがですねぇ~……」


 リィカは申し訳なさそうに笑う。


「おい。まさか帰れないとか言わねえよな?」

「い、いえ! 帰す魔法はあります! ……ただ~」

「ただ?」


 リィカは上目遣いで視線を泳がせた。


「召喚術ってぇ、母の本を読んで覚えたんですけど……召喚したあとを読む前に実践しちゃって。帰し方が、ちょっと……エヘヘ」

「あぁん?」

「で、でも!宿に戻れば本があります!荷物の中に!」

「はあ~……わかったよ。ならさっさと行くぞ。案内は任せた」

「お任せください! ……あっ! でもその前に!」


 そう言うなり、リィカは投げ捨ててあった荷物の山に駆け寄り、巨大な刃物を取り出した。

 そして、ミノタウロスの死体に向かって刃を振るう。


「おいおい、何やってんだ!?」

「え? 解体です。素材を売るためですよ。ミノタウロスなんて大物、かなり高値になりますからね」


 その手際は驚くほど鮮やかだった。角、毛皮、骨――すべてが無駄なく切り分けられていく。

「……お前、慣れてるな」

「エヘヘ。戦闘では役に立たないから、雑務ばっかりしてたら上手くなっちゃって」


 やがて作業を終えると、リィカは手近な木の根元にミノタウロスの死体を寄せる。


「いいのか?あと処理は」

「はい!ミノタウロスの肉は森の動物が食べるでしょうし、残ったらやがて土に還ります。そうやってこの森は循環していきます。

だから私達の行為も決して無駄な殺生ではない……って考えるのは都合が良すぎですかね?」

「そうでもないさ。そもそもこの手の問答に答えなんてないし、考えるだけ腹が減るだけだ」

「そう、ですよね。……ふへへ。さっ、行きましょう!こっちです!」


 隼人は短く息をつき、彼女の背を追った。

 自分は本当に帰れるのか?その問いに対する彼女の答えに、一抹の不安を覚えながら。

 

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