魔法が使えない魔法少女ですが師匠と一緒に隣国王女を守ります

よもやま さか ( ぽち )

第1話 南雲菜苑護符堂


南雲菜苑護符堂の主人、炎霞(エンカ)は店の真ん中で裏向きにひっくり返されてしまった。

とっさに近くにいた弟子の唄々(ウタ)が回復魔法を唱えたのだが、これもまた見事にひっくり返されてしまった。


「ちっ。食らっちまったね。覚えておきな。これは呪詛返しの札だよ」


「お館さま。じ、呪詛を?誰にのろいを放ったのでございますか」


「仕事だからね。いわいの詩や薬草売るだけじゃ食べていけない」


炎霞は、香林国の王女に呪いをかけようとしていた。

実はこの王女、翠嶺国の王子の誕生日を祝うという名目で詩を送ってきたのだが、その詩には呪いが仕込まれており、王子は倒れた。


怒った国王は、この仕返しとして炎霞に王女への呪詛を命じた。

炎霞は王女に呪詛を施したところ、相手の王女が備えていた「呪い返しの札」に引っかかってしまったのである。


症状は思ったより重く、手足の骨が全部骨折。

この状態で口がきけるなどというのは、彼女が国家レベルの魔女であったからかもしれない。

弟子の唄々(18)は炎霞の右腕として南雲菜苑をしきる主任クラスの魔女であった。


とっさに炎霞を守ろうとして発動した回復系の魔法が、魔法返しの札に巻き込まれて、唄々の方は一切の魔法が使えなくなる。


「回復!」

「回復!」

「おかしいな。元に戻れ!」


唄々は呪文を唱え、自分が魔法を失ってしまったことを知った。


弟子たちはすぐに全員が炎霞を取り囲んでいた。


「お館さまに――ヒール!」

「やめな!」


炎霞の声は鋭く、弟子の手が止まった。


「いま私に魔法をかけりゃ、あんたらの術が全部使えなくなるんだよ。ウタがそうなっただろう」


炎霞は折れた四肢の骨を当て木で固定すべく、奮闘していた。


「いいかい!私の肩を板に押しつけて固定しな。私の右手を添え木のあとは三人で私の右手を思い切り引っ張りな。骨が折れて筋肉が収縮してる。わたしが泣こうがわめこうがひるむんじゃないよ。もとの手の位置まで引っ張ったら一気に添え木に巻きあげな」


魔法返しの札で傷ついた体は、自分の回復魔法が効かなくされているらしい。


弟子たちも回復の詩をたくさん書いて持ってきてはいたが、それで骨がすぐにつながるという性質のものでもなかった。


詩は主に祝い事であって、祝いの縁起ものとして、財布にいれたり、硯屏に貼り付けたりする。

炎霞はこれの名人として知られているし、唄々もこのジャンルは大得意。


この日、炎霞(32)は穏やかな詩ではなく呪いをして、それを札ではじき返されて全身の骨を折られてしまったのだった。


骨の位置の固定作業は半日を超えて続いた。

やがて、炎霞は激しい痛みで意識を失ってしまった。

その近くで一緒に眠ってしまった唄々に、炎霞が声をかける。


「ウタ。すまないが、私の首を斜めに傾けて」


はっと気づいた唄々が顔をあげる。


「水を飲ませてほしいんだよ。喉が渇いた……」

「は、はい」


唄々は炎霞に水を飲ませる。


「よろしければ痛み止めの薬草も準備いたします」


「あんたたちにも心配かけたね。普段はあたしにこき使われているから、さぞかしいい気味だと思ったやつもいるんじゃないか」


「お館さま!――それは!!そうかもしれませぬ!!」


「くくく。ウタ。笑わせるな!笑うと痛い」


ここから数日の弟子たちの企てというのが面白かった。


師匠をやられたというので弟子たちは色めきだった。


弟子たちは相談の上で、ある呪いを密かに編んでいた。

その呪いとは「呪い返し返しの札」である!!!!


これはもう一度炎霞に呪いを発動してもらい、向こうが呪い返しの札を使っていた場合は、この呪い返し返しの札が発動し、相手がバキバキになるという恐ろしいもの。


炎霞はこの符を大いに気に入る。


「それで、もしそれが効かなければ、私がもう一度バキバキになるという寸法だな。それは大いに気に入ったぞ」


炎霞はこれを計画した弟子たちを褒める。


「しかしな。もしこれで王女が無実だった場合、ちょっと気の毒だな」


「ええ!!王女が無罪?」

「それは想定外です」

「まずそれを確かめねばならぬな」

「なるほど」


「おそらく現物があるはずだ。王室に。加工したのなら見ればわかるだろう」

「ああああ。香林国の王女の手紙ですね」


「ウタ、王室付けのコイナキという執務官がいる。早速電話をかけてみろ」


南菜苑護符堂の赤木カウンターの中央に誇らしげに黒ピカの電話機が鎮座していた。


――――――――――――――――――――


電話でアポをとり、ウタは王宮に向かった。

王宮の執務室にいるコイナキに、唄々は王子の状態と事件の経緯を確認する。


「早速ではございますが、王子様を呪いにかけたという手紙の現物を見せていただきたい」


「なんと」


「大丈夫。当方はなれております。万が一にもその手紙が何者かが細工をしたものであるとするなら」

ウタは落ち着いた様子で事情を説明した。


「こちらにお越しください」


コイナキという王宮執事に連れられてウタは{禁呪の間}に入っていく。


禁呪の間には重苦しい空気が流れ、品々は検査の時間を待っていた。


「たしかに。これはまごうことなき禁呪の品」


ウタは手袋をつけてその手紙を手にとった。


「拝見して大分わかってまいりました」


「さようですか。もし必要なら持ち帰って研究をされてもかまいませんよ」


――――――――――――――――――――――――


「うた。どうであったか」

炎霞はウタの帰りを待ちかねたように訊ねた。


「はい。お館さま。持ち帰ってまいりました」

「そうか。でかした」

「一つ、面白い発見が」

「ウタよ。言ってみろ」

「ここに王女のものであろう電話番号がしたためられております」

「ほう……」


「もし王女が本気で王子を呪うのであれば、いかにも不似合い。そして面白いことに、禁呪を感じるのは、手紙よりは封筒のほう……」


「ウタ。素晴らしい。早速その番号に電話してみよ」


「は?」

「はようせい」


「お待ちください」


「どうした。やらぬのか」

「やります。やりますけどね。隣国の王女に直電するって話ですので、ちょっと心の準備が」


「うたともあろうものが」

「わかりました。やるから黙って」


プルルル ガチャ


「はや!あー。いや。この電話は香林国、王女様の電話でしょうか」


電話先に流麗なか細い声が流れた。

「はい。いかにも香林国、王女。ユリボンと申します」


これを受話器の後ろから耳を当てて聞いていた炎霞は、王女の名前にツボってしまい笑いをこらえて涙を流して苦しがっている。


ウタは炎霞をにらみつける。


「ユリボンさま・・私は、南雲菜苑護符堂のウタともうします」

「はい」


「いま、王女さまが贈られたお手紙の番号に電話をさせていただいております。ユリボンさまは王子が禁呪に倒れられたことをご存じですか」

「………は、はい。知っております」


「では、その禁呪がユリボンさまが出された手紙によって発動したということは」

「いえ!!私の手紙が原因だったとは」


「私たち護符堂としても、この事件には第三者の介入があると思っているのです。理由はいくつかあります。一つにもし王女様が王子に呪詛をかけようとした場合、手紙にこの直通電話を記載したりしないのではないかということ」


「た、たしかに」


「ほかに、呪詛が施されていたのが手紙ではなく封筒のほうであったこと。封筒に細工をするのは翠嶺国の王宮のものならば簡単にできます」


「ああ、恐ろしいことです」


「はい。しかしここまでは推測にすぎません。そこでもう一度王子様に手紙を贈ってほしいのです」


「ではユリボンに罠をしかけろと……」


ユリボン王女は依頼に同意してくれた。


やがて手はずが整った。王女からの手紙は無事、炎霞の手のものが物証として回収し、炎霞がこしらえさせた偽の手紙が王宮に配達された。


そうして王子に偽の手紙が着くころ、ウタは数人の弟子たちを引き連れて揚揚と王宮に向かっていた。


――――――――――――――――――――


王室執務室長のコイナキに事情説明と現物手紙の確認をした。

「なんと。香林国の王女は無実・・」


「はい。もう一度王女には手紙をしたためていただきました。こちらがその現物でございます!!」


「ほう。で」

「この手紙は私ども菜苑護符堂が偽物とすり替えてすでに投函済み」


「ではその偽物の手紙がすでに王宮に到着済みということか」

「さよう。もし、王子を亡き者にするとすれば、この手紙も絶好の機会ということになります」

「つまり罠を仕掛けたということだな」


「投函した手紙に呪術をかけようものならすべてそれを浮かせることができるようになっております」


「浮かせる?」

「そう。誰がいつどのような呪詛を施したのかがわかる仕掛けでございます」

コイナキは部屋を飛び出し、すぐに帰ってきた。

手には王子への手紙が握りしめられていた。


ウタが封筒に触れた瞬間に魔法痕が浮かび、担当した侍従局の人物が特定された。

物証の確保であった。


「見事だ。ウタ殿。これで王宮に潜伏したスパイをあぶり出すことができた。王子の暗殺と香林国との戦争を狙ったものたちがいたということだな」


「あとは王室の護衛官に対応を任せるということでよろしいですか?コイナキ殿」


「はい。後はこちらで善処させていただきます。今回は戦争を回避することができました。南雲菜苑護符堂さまへの報奨金はおそらく莫大なものになろうかと。おって知らせする」


王宮からはまず手土産として食べきれぬほどのブドウをいただいてきた。


ウタは王女に短い電話を入れ、互いに礼を述べ合う。

ユリボン王女にブドウのお裾分けをする約束をお伝えして……



「ウタ!」


「なんでございましょう。お館さま」

「ところでおまえ魔法はまた使えるようになったか」

「お館さま。まだ、と言えばまだです」


「なんだその、まだ、と言えばまだ、というのは」


「いやまあ、別に魔法なんか使えようが使えまいが、私の人生において大して重要じゃないかな、って」



「ほう。そうきたか!」




          了








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