第23話 真似事
一週間前、ついにミストが退院した。
退院初日こそ、彼女と会って話はしたものの、一緒に冒険に行くことは無かった。まだ目標が達成できていない今、ミストとは顔を合わせづらかったからだ。それ以降は会わない様に、ギルドに行くときはミストが居る時間帯を避けていた。
退院直後の彼女は余程冒険を楽しみにしていたのか、依頼を受けるとすぐに一人で街の外に出向いていた。そのため彼女と鉢合わせになることは無く、お互いに単独で活動していた。
だがそれも今日までだった。こそこそと隠れていた僕は彼女に見つかってしまい、一緒にダンジョンに行くことになった。しかも、フィネさんの援護付きだった。
「では退院記念に、この依頼を受けてみたらどうですか?」
退院祝いと称して、フィネさんは僕達に依頼を斡旋してくれた。それはカゲダケと呼ばれる食用キノコを20本集めるという依頼で、報酬もそれなりに良かった。しかも最大30本まで買い取ってくれるというおまけつきである。
必要以上に支援されるのは避けたかったが、ミストの退院祝いなら僕が断るというのも変な話である。仕方なく、その依頼を受けることにした。
結果として、ミストの誘いを受けたのは正解だった。
僕は六階層のモンスターに苦戦していた。その原因は敵の攻撃を上手く捌けないことにある。だから盾で受けたり、回避したりと色んな方法や工夫で対応しようとしたが、どれもしっくりこなかった。しかも防御に集中していると体力を消耗してしまい、碌に戦えなくなることもあった。あのときは死を覚悟した。
それが切っ掛けで、モンスターを相手にした盾の練習が十分にできなくなってしまい、進展が無い日々が続いていた。
しかし今日はミストがいる。彼女が居ると安心して戦うことが出来。盾が弾かれたときや、捌ききれずに攻撃を受けてしまいそうなとき、ミストが前に出て反撃してくれるからだ。そのお蔭で六階層のモンスターを相手に、何度も盾の練習ができた。
マイルスダンジョンの六階層に入ってから約二時間。盾の使い方のコツをつかめずに疲弊して休んでいたが、「そろそろ再開しよっか」というミストの声で腰を上げる。
依頼はすでに終わっている。ミストのバッグに依頼の品を全部入れていた。後は気が済むまでダンジョンに入ってモンスターを狩るだけである。
「どう? 調子は」
歩いていると、平然と聞かれたくないことを訊ねられた。つい苦笑いをしてしまう。
「いやー、全然だめだね。ここ最近はずっと練習してるんだけど、思っていた以上に難しいや」
「そっかー。盾と剣の使い方は違うもんね」
「うん。受け流しっていうのをやってるんだけど、微妙な力加減が必要でさ。相手に合わせて盾を動かさなきゃいけないから、なかなか難しいんだよ」
「ふーん。そんなに難しいんだ……」
ミストが珍しい物を見るような眼で盾に触れる。
「そういえば、何で盾を使うことにしたの?」
入院している間に、知り合いが武器を変えていたら気になるのは当然だろう。「ん、とね」僕は少し考えてから答える。
「僕は動きが鈍いから、避けて戦うより、攻撃を受けて反撃するスタイルの方があってると思ったんだ。それだけだよ」
「ふーん。ホントに?」
ミストさんの追及に「そうだよ」と短く答える。
「なーんだ。てっきり誰かに影響されて始めたのかと思ったのに」
図星を突かれたが、何とか表情に出ない様にぐっとこらえた。
さっき言ったことも事実だが、一番の理由はソランさんの戦いぶりを見たからだ。
たった一人で、背丈の何倍もあるモンスターと戦って倒す姿を目の当たりにしたのだ。憧れるなというのが無理な話だ。
「そういうミストは、誰かに影響を受けたこととかあるの?」
「あるよ」
ミストは隠すこと無く肯定した。
「冒険者になった理由は前に言ったけど、それ以外にあるよ。これとか」
彼女は2つの剣を片手ずつで握る。両方が対となっている双剣と呼ばれる武器だ。
「昔会った冒険者が同じ戦い方をしてたんだ。名前は聞き逃しちゃったけど凄い人なんだよ。私よりも何倍も大きなモンスターを一人で倒しちゃったんだから」
ミストも僕と同じで、人の影響を受けて決めたようだ。無邪気に語る様子を見て、ついほころんでいた。
二ヶ月前、僕は彼女と話をした。過去の出来事、今考えていること、将来何をしたいか。いろんなことを話した。
そのときから僕は、彼女に親しみを感じていた。それは彼女が、冒険者としての適性が高いこと以外は、普通の人と変わらない点が多いからだ。
前向きな考え方や人当たりの良さ、頼もしくて友情に厚い性格は、彼女に限らず他の冒険者も持ち合わせているものだ。冒険をしていないときのミストは、その辺にいる少女と何ら変わりのない存在だ。それを知ったからか、ミストに抱いていた劣等感が少し薄れていた。
冒険者としての実力は、相変わらず僕の方が劣っている。しかしミストが普通の少女だと知っていると、引け目を感じていたのが馬鹿らしくなった。
彼女はただ冒険を楽しみたい。それを願い、実行しているだけなのだ。
「ま、ミストさんならすぐに同じことができると思うよ。なんたって期待のルーキーだからね」
「ちょっとぉ、褒めても何も出ないよ?」
「いや、出来るさ。本気でそう思っている」
「……なんか、変わったね。何かあったの?」
ミストはしみじみとした口調で言った。
「変わってないと思うよ。けど、もし変わっているとしたら、それはミストのお蔭だと思う」
ほんの小さな願いのためだった。他人から見ればくだらないと言われるような望みだったが、それを叶えたかった。そのために僕は、あらゆる手段を使った。
ララックさんに頼んで依頼を紹介してもらい、節約のために宿泊費を削って野宿をし、短時間で金を稼ぐために複数の依頼を受託した。得たお金で装備を新調し、ダンジョンの下層に挑んだ。願いを叶えるために、力と実績が必要だったから。
だがその願いは、まだ叶えられそうにない。
二ヶ月のブランクがあったとはいえ、未だにミストは僕の前を進んでいる。僕はその後ろを必死に走っているが、まだ追いつけていない。
僕はまだ変われていない。昔のままだ。
「ふーん、そっかー……」
ミストは少しの間寂しそうな表情をしたが、またいつもの明るい表情に戻る。
「けど、いろいろと変わったよね。ダンジョンに入る冒険者が少なくなったし、なんか寂しいなーって」
「……そうだね」
ダンジョンに来る人が少なくなった理由は知っていた。それは最近下層にいるモンスターが、頻繁に上の階層に現れてくるようになったからだ。
元々下層を活動ギルドとしている冒険者はともかく、上の階層で活動している冒険者にとっては死活問題だ。上の階層にもモンスターはいるが、脆弱で襲われても簡単に逃げ切れるモンスターしかいない階層だ。そこに命を脅かすモンスターが来ると知ったら、命知らずの冒険者ぐらいしかダンジョンには入らないだろう。
下級ダンジョンに来る冒険者の半分以上は、四階層より上の安全な階層で活動している者が多い。故にその階層で問題が起きると、途端にダンジョンの利用者は激減してしまう。
「最近、モンスターの活動が激しいからね。危ないから収まるまで、ダンジョンに入るのを避ける人が多いんだよ」
「……冒険に危険はつきものでしょ?」
「ほとんどが兼業冒険者だからね。不用意な怪我して、本業に支障をきたしたくないんだよ」
「そういえばそんなこと言ってたねー。ま、怪我しないのが一番だよね。私も入院中は退屈で死にそうだったし」
「はい。その度はごめんなさい」
「あー、違う違う。今のはそんなつもりじゃないから」
ミストが慌てた様子で否定する。その話題が出されたときはひやっとしたが、本気で言ったわけじゃないと分かってほっとした。
「大丈夫、分かってるから」
「ホントに? それならいいんだけど……。あ、そうそう」
突如、話題を変えようとする。世間話をしながら歩くのは嫌いじゃないが、よく話題が尽きないものだと感心した。
「あの依頼受けた? 護衛のやつ」
「……あぁ、あれね」
ミストが復帰した翌日、冒険者ギルドに大型の依頼が到来した。マイルスの北に位置するアーゼロ町までの馬車四両の護衛依頼だ。
こういう種の依頼の多くは、傭兵ギルドに持ち込まれることが多い。護衛任務は、冒険者よりも傭兵の方が慣れているので安全だというのが一般人の認識だ。その一方で、傭兵ギルドへの依頼はその経験とノウハウの分だけ依頼料が高い。その経費を節約するために、依頼料が安い冒険者ギルドに依頼を出したという話だ。
今までにもそういう理由で依頼を出されたことがあり、近年で護衛に失敗したこともないので、そういう依頼が幾度かあったらしい。この依頼はダンジョンに入らないうえ報酬金も高いことで、あっという間に提示された募集人数に達した。
「私、あの依頼に参加することになったからさ、もし受注出来てたら一緒に組もうかなーって思って」
「あー……残念だけど僕は参加できないんだ。魅力的な依頼だったけど、僕が見たときにはもう募集が終わってたから」
「そっかー……そりゃあ残念」
残念そうな顔をしていたが、僕は少しだけほっとしていた。
まだ僕には、ミストと一緒に戦えるような実力も資格も無い。今は盾の練習中で、ミストが僕を教えるという上下関係がある。そう考えると彼女と一緒にダンジョンにいることは苦ではない。
しかし依頼中では、対等の立場として依頼達成を目指さなければならない。だから今のような未熟な腕前で一緒に戦うことは避けたかった。
せめて盾を十分に使いこなせるようになってから、ミストと共に戦いたかった。
「そういえば」
ミストがまた話題を変える。
「モンスター、いないね」
「……たしかに」
30分間、ずっとモンスターを探して歩いていたが、まだ一匹も見かけなかった。いつもならそろそろ遭遇する頃合いだが、その気配が感じない。
自然と、ミストとの会話が途切れた。ミストも違和感を感じたのだろう。互いに、武器を握る手に力が入る。
警戒しながら道を進んだ。周囲に目を配り、音を拾いながら歩き続ける。モンスターの気配は感じず、痕跡もない。
そうして歩いていると、下層に続く道を見つけた。緩やかな下り坂になっており、進むと七階層に行くことができる。
ミストが僕の顔を見て、「行く?」と聞いて来るが、僕は首を横に振った。
六階層のモンスター相手に勝つことができないのに、七階層に行くのは自殺行為だ。しかも七階層は、先日逃げた相手のワーラットが生息している階層である。まだワーラットに勝てる自信は無い。
無謀な事をして危険な目に遭い、リンさんに失望されるのはもう御免だった。
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