第17話 ルーツ


 「親が……死んでる?」


 意外な言葉に、僕はミストに聞き直した。ミストは神妙な面持ちでゆっくりと頷く。


「うん。五歳の頃だったから覚えていることは少ないけど、これだけはしっかりと覚えてるんだ。お父さんとお母さん、二人とも冒険者で、ダンジョンに入って死んだって」


 懐かしがるように、ミストは窓の外を眺めながら語り始める。外はもう、陽が落ちはじめていた。


「私が住んでたロティア町の冒険者ギルドでお父さんとお母さんは知り合って、一緒に冒険しているうちに気が合って結婚したの。お母さんは一度、私を産むために冒険者活動を休止したけど、しばらくしたらまた始めるようになったんだ。育児のために二人で同時に行くことは無かったらしいんだけど、ある日親戚に私を預けて二人で一緒にダンジョンに行ったんだって。そのダンジョンは二人にとっては近所の公園みたいに行き慣れたところだったんだけど、その日は帰って来なかった。その数日後に、他の冒険者が二人の遺留品と大量の血痕を見つけて、二人は死んだってことが分かったんだ」

「二人は、何で死んだの?」

「本来居ないはずの強いモンスターがいて、そいつにやられたんだって。両親が死んだあとは、私は叔父さんの元に引き取られたの。叔父さんは食料品を売っている商人で、奥さんと一緒に切り盛りしていたの。まだ小さいことは叔父さん達の子供、お義兄ちゃんと一緒に遊んでいたんだけど、十二歳になったらお義兄ちゃんは仕事を手伝うことが多くなったから退屈だったなー。けどその時期に、あるものを見つけたんだ」


 途端に、ミストは楽しそうに語る。


「見つけたのはお母さんの日記。荷物の整理をしていた時に見つけて、ちょっと興味があったから読んでみたんだ。その内容が、冒険の事がほとんどだったの。しかも楽しそうな事ばかり書いていたから、冒険者に興味が湧いちゃったんだ。で、叔父さんに聞いてみたら、凄く冒険者の事を貶したの」

「け、貶した?」


 ミストは「うん」と調子を変えずに頷く。


「あいつらは遊び人だとか、適当な奴らだとか、ふらふらと不安定な生活をしてるとか、ぼろくそに言ってたよ。けどそういう人は叔父さん以外にも少なからずいたんだ。お母さんは楽しそうに冒険してたけど、一方で冒険者に否定的な人もいる。どっちが正しいのか分からなくなったんだ。けど日記にはこうも書いていたの。『嫌なこともあるけど冒険者はやめられない』って。嫌ならやめたらいいのに、訳分かんないよね」


 笑いながら話すが、その瞳には少しだけ寂しそうな感情が垣間見えた。


「私は、両親の事をよく覚えていない。その日記だけが、両親のことを知れる手掛かりだったの。けど、理解できないことが多かった。だから冒険者になったの。冒険者になれば、冒険者だった両親の事が分かるかもしれないって思ったから。そう思った日から、冒険者になるための準備を始めたの。図書館に行ってモンスターやダンジョンの事を調べたり、冒険者の人からモンスター相手の戦い方やトレーニングの仕方とかを学んで鍛錬したんだ。そして十五歳になって、冒険者になるために家を出たの。叔父さん達には当然反対されちゃったけどね。心配してくれてたのは分かってたし、育ててくれた叔父さん達には感謝してる。けど、お父さんとお母さんのことを知りたいって気持ちが強かったんだ。だから私は、マイルスに来て冒険者になった」


 話し終えたミストは、深く息を吐いて僕に向き直った。

 「さて」と言って、期待の眼差しを僕に向ける。


「私の話は終わり。次はヴィックの番だよ」


 ミストの話が終わった後は僕の番だ。だが先に聞きたいことがあった。


「その前に1つだけ良い?」

「いいよー。なに?」

「その理由は、もう分かったの?」


 「んー」と唸りながら考え込む。だが間もなくして、「ううん、分かんない」と答えた。


「いろいろと楽しみながら冒険してるけど、ピンときた答えは無いねー。だからまだまだ続ける気だよ」


 悲観的な感情を全く感じさせない答えだった。まだ目的を達していないというのに、ミストの表情に曇りは無い。

 今もいつもの調子で、「ほらほら」と僕が話すのを促している。


 ミストは僕の話を聞きたがっているが、僕が冒険者になった理由はたいしたものではない。


 ミシノ島にいたとき、冒険者達と会ったことがあった。冬の時期、酒場で働かされていた時の話だ。

 酒場には冒険者が客として来ていた。そのときの彼らの楽しそうな会話が聞こえ、つい目を向けていた。


 冒険者達は皆、楽しそうに笑っていた。たいしたことのない酒や料理しか出していないのに、会話に花を咲かせていた。


 彼らみたいに人生を楽しみたい。それが、僕が冒険者を選んだ理由だった。




 病院から出たときには、すっかりと日が暮れていた。熱心に話をしていると、時間が経つのは早い。通りには、仕事を終えた人が溢れかえっていた。


 人混みに紛れて歩きながら、僕はミストとの会話を思い出していた。


 ミストとは色んな話をした。冒険者になった理由、生まれた村の事、ダンジョンでの過ごし方、印象に残った依頼の事など、昔の事から今の事まで色々だ。

 面会の終了時刻になるとミストは名残惜しそうにしたが、見回りに来た看護師にせっつかれると出て行かざるを得なくなった。


 話をしているとき、改めてミストとの差を感じた。だがその差は、今まで感じたものとは違っていた。


 僕とミストの差は、生まれ持った才能や環境によるものだと思っていた。それらの差は、生半可な努力で埋まるものではない。だから、それを持っているであろうミストに嫉妬していた。


 しかし、実際は違った。


 僕と同じように両親がいない。預けられた先の待遇は違うとはいえ、冒険者になることを反対されていた。だが冒険者になるために、たゆまぬ努力をし続けていた。

 その成果が、冒険者になった今発揮されているのだ。これは才能の差だけではない。頑張った故に得られた結果だ。


 対して僕はどうだ。預けられ先に逆らえなかったからとはいえ、命令されたことだけをしていた。将来、碌な人生を送れないなと悲観しながらも、改善する努力を一切しなかった。


 要は甘えていたのだ。あんな家に預けられたから、こうするしかない、逆らうことなんてできない、努力しても無駄だ。そんな風に達観して、何もしなかった。


 冒険者になった今もそうだ。知識も技術も力も無い。そんな人間が一人前の冒険者になれるわけがない。

 仲間が欲しいのなら、積極的に他の冒険者とコミュニケーションを取ればいい。強くなりたいのなら、知識を蓄えたり、鍛錬をすればいい。


 けど僕は、何もしなかった。何も考えずにダンジョンに行ったり、依頼を受けていただけだ。そんなんだから、その日暮らしの生活から抜け出せないのだ。

 それだけならまだしも、仲間と一緒のベルクさん達や、一人でも楽しそうに冒険するミストに対して嫉妬している。なんとも始末に負えない結果だ。自分で自分に呆れてしまう。


 ミストは冒険者になることを反対されていた。その言葉に甘えて、冒険者になることを諦めても誰も文句は言わないだろう。そもそも、衣食住を提供してくれる相手にそんなことを言われたら、誰だって縮こまってしまうはずだ。

 にもかかわらず、ミストは冒険者になった。しかも、前々から冒険者になるための準備もしていた。ひとえに、親が冒険者を続けた理由を知るために。


 やりたいことをやるために、必要な努力をしている。ミストにはそれができている。いや、ミストに限らず、僕が知り合った人達も同様だ。


 エイトさんやチナトさんは本業の助けのために、ベルクさん達は仲間と一緒の時を過ごすために、リンさんは冒険者を助けるために、皆それぞれやりたいことをやるために努力をしている。

 だけど、僕は違う。人生を楽しみたいという曖昧な願望しかない。楽しむためなら冒険者じゃなくても良い。どこかの店で働いてお金を得られればそれは叶えられる。つまり、冒険者に固執する理由がない。

 極端なことを言えば、このまま冒険者を辞めたって問題ないのだ。


 けど、それでいいのか?


 以前、ララックさんが言った言葉を思い出した。「選べること。これが最も幸せなことなのよ」という言葉を。おそらくそれは、今の状況を指している。

 たいした目的もなく冒険者を続けるべきか、それ以外の道を探すか。


 冒険者を辞めて、他の仕事を探す人はごまんといる。だから別の道を探すのはおかしくないことだ。

 というより、そっちの方に気が向いているとも言っていいくらいだった。もしかしたら、他の仕事の方に適性があるのかもしれない。そんな淡い期待もあった。


「なーんてね」


 だけど自嘲して、考えを否定した。


 他の仕事をすることも、冒険者以外の仕事に適性があるかもしれないという期待も、未だに持っていることは否定しない。

 だが僕の脳裏に、奴の言葉が蘇る。そしてその言葉が、僕の抱いていた疑問の答えだということに気づき、同時に、冒険者を続ける目的となってしまった。


「これでダメなら、本当に僕は最低な人間になっちゃうな」


 だが、そうはなりたくなかった。

 マイルスに来たあの日、碌でもない人生を変えると僕は決意した。ならばこんなところで挫けるわけにはいかない。


 だから僕は、茨の道を選ぶことにした。

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