第10話 謝り方

「それで、私の所に逃げて来たってことね」


 僕が一連の流れを話すと、呆れた顔でララックさんに言われた。

 ミストから逃げ出した後、僕は何のあてもなく歩いた。これからどうすれば良いのか分からなくなった。勝手に傷ついて、勝手にぶちまけて、挙句の果てに謝らずに逃亡した。誰がどう見ても僕が悪いと言える状況だった。

 こんな自分勝手な行動をした手前、冒険者ギルドに戻り辛くなっていた。これからのことをベルクさんに相談することも考えたが、嫌われるのが怖くて相談出来ない。エイトさんやチナトさんといった依頼で組んだだけの人に相談することも難しい。それほど重すぎる話題だった。

 

 頼る人は誰もいない。だからどうにかして一人でも解決しようと思っていたときに、偶然にも見覚えのある商店の前を通りかかった。

 道具屋【ラッキー】、マイルスに初めて来た時に出会ったララックさんが店主を務めている店だ。


 ララックさんとは、あの日以降も何回か会っていた。アルチが取り扱っている商品は、冒険者や傭兵が使う物が多いため、それらを生業とする人が多く訪れる。僕も客として何回か店に訪れ、その際にララックさんと会っていた。

 またララックさんとはプライベートで会うこともあり、その度に食事を奢ってくれた。彼女曰く、先行投資のつもりらしい。断る理由もないため、それに甘えていた。

 だからララックさんは相談相手として最適だった。いつも話をするときはからかわれることがほとんどだが、今はそういう対応をされても構わないと思った。


 そう考えて店に入ると、商品を並べているララックさんの姿があった。ララックさんは僕に気付くと、微笑んで出迎えてくれた。


「いらっしゃい。今日は相談事かしら?」

「……分かりますか?」

「そんな深刻な顔をしていたら、ね」


 ララックさんは仕事中だったので、休憩時間になるまで店の外で待ち続けた。

 時間になるとララックさんに誘われて、近くの飲食店に入った。


 そして事の顛末を語ったのが、今の状況だった。


「情けなくて自分が嫌になります。何であんなことを言っちゃったんだろって……」

「そうねぇ。たしかに情けないわね」


 ララックさんの言葉が僕の胸を痛めつける。全く反論のできない言葉だ。

 だが非は全部僕にある。言われて当然の言葉だった。


「そうですよね……勝手に劣等感を感じちゃって八つ当たりするとか……最低ですよね」

「私が言いたいのはそっちじゃないわ」


 ララックさんは僕を指差して訂正する。


「今みたいに何も考えてないことよ」


 何も考えてない?

 意表を突いた言葉に反応が遅れた。呆けている僕に、ララックさんが言葉を続けた。


「劣等感を抱くのは仕方がないわ。それは誰でも持ってる普通の感情よ。八つ当たりは最低だけど、鬱憤を何かにぶつけたい気持ちも分かるわ。上手くいかないときはそういうことを考えちゃうものよ。問題なのは、その後どうするのかということを考えてないこと。しかもそれを他人に尋ねるなんてもってのほかよ」


 容赦なくこき下ろすララックさんに、僕は思わず「か、考えました!」と答えた。


「考えたけど……良い案が思い浮かばなくて……」

「良い案ってどんなもの?」

「えっと……ミストとすぐに仲直りできるような――」

「そんなものは無いわ」


 ばっさりと断言された。あまりにも無情な言葉だった。


「な、無いん、ですか?」

「えぇ。正確には、一発で仲直りできる案は、ね」

「時間がかかっても良いんです! 教えてください!」

「嫌よ」

「なんでですか?!」


 思わず立ち上がって語気を荒くして尋ねていた。ララックさんが僕を見上げて視線がぶつかる。

 ぞわりと寒気を感じた。彼女の目は、氷のように冷えていた。

 僕がゆっくりと腰を下ろすと、ララックさんは溜め息を吐いた。


「あなたの態度の問題よ。自分が起こした不始末を他人の力で解決しようとしている。それがありありと伝わってくるの。そんな人に喜んで手を貸す人はいないわ。それに私の助言で解決できても、それはあなたのためにならないから、ね。結局、あなたが変わらなければ同じことの繰り返しになるわ。私はそれを望んでいない。だから答える気がないの」


 身を縮こまらせながらララックさんの説教に耳を傾けた。

 たしかに、僕の振る舞いはとても悪かった。自分の事なのに解決策を他人に考えさせ、己の責務を放棄した。年上で頼りがいがあるからってことでララックさんに頼り、何も考えずにそれを実行しようとした。

 なんと無責任な人間だ。それでは何も解決しない。僕が考え、考え、考え抜いて、その方法を僕自身が実行しなきゃいけない。それが僕に必要なことだ。


 最初に考えたのは、ミストに謝罪するということだ。ララックさんに言われなくてもすることだったが、それだけでは足りないと思っていた。

 けれどそうじゃない。まずは謝ることが大切なんだ。他に手が必要ならまた考えれば良いんだ。


「ミストに謝ってきます。他のことはその後に考えます」

「えぇ、それが良いわ。あとね――」


 ララックさんは優しく微笑みながら言った。


「愚痴や弱音なら聞いてあげるわ。嫌なことを吐き出すだけでもすっきりするわよ」


 それはすでに最悪の形で経験していたことだった。




 食事を終えてララックさんと別れた後、僕は冒険者ギルドに向かった。ミストに謝ろうと思って、足早に歩を進める。

 解決策はまだ思いついていない。とりあえずミストに謝って、それは後で考えることにした。


 最悪なのはミストとの関係が切れてしまうことだ。今回のことがきっかけで疎遠になり、二度とチームを組めずに時を過ごすことになるかもしれない。それだけはなんとしても避けたかった。

 まず僕がやることは先に謝罪だけでもして、関係を繋ぎとめることだと結論付けた。彼女との仲の修復はその後でも大丈夫なはずだ。


 歩みを止めることなく、僕は冒険者ギルドに向かう。人通りが少ないため歩きやすい。少しずつ速度を上げながら進み続ける。

 その道中の事だった。


「君がヴィック君だね」


 突如、声を掛けられた。

 僕の前方、そこには一人の青年が僕を見ていた。


「そうですけど……」


 僕は青年の姿を確認する。藍色の髪、細身の体型、優しそうな容姿、綺麗な金色の瞳。どれも僕の記憶に当てはまらない特徴で、まったく見知らぬ人だった。


「僕はフェイル。君と同じ冒険者さ」


 自身を冒険者と名乗ったが、やはり知らない人だった。

 まだ会ったことはないが、世間では人を騙してお金を稼ぐ詐欺師という存在がいると聞いた。彼らは身寄りがなかったり、世間知らずな人間を狙っているとのことだ。そのターゲットの特徴は僕に当てはまりそうだと思っていた。

 僕が不信感を抱いたのを察したのか、フェイルさんは付け加える。


「あぁ、知らないのも当然だよ。僕は君とは活動範囲がかぶっていないから。拠点に戻る時間帯も違うし、ね」


 冒険者は自身の力量に合わせて活動範囲を変えている。下級冒険者はマイルスダンジョンに近い北門から行き来する者が多いが、中級や上級冒険者はそうとは限らない。東西の門から近いダンジョンに訪れたり、マイルスから離れて近隣の街で依頼を受けることもある。活動場所によってギルドに戻る時間が僕と異なるというのも辻褄が合うことだ。


 とりあえずフェイルさんの説明で疑問が1つ解けた。しかし、気になることはそれだけではない。

 なぜ僕に声を掛けたのか。それが一番の疑問だった。


「なんの用ですか?」


 黙っていても分からない。とりあえず話を聞くことにした。

 フェイルさんは笑みを浮かべて言った。


「成り上がるチャンスが欲しくないかい?」


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