8 「最後」のクリスマスパーティー?

 高等部の体育館。

 そこは、ふだんの授業で使う中等部の体育館よりも、ずっと広くて天井が高かった!

 大きな照明が、明るく体育館全体を照らしていて。

 壁ぎわにはカラフルな飾りつけや、大きなツリー、それに紙の星がならんでいる。


「わあ、すごい……!」

 わたしは水夏たちといっしょに、胸が高鳴るのを感じながら、体育館の中へ入っていった。


 会場の準備は手伝ったけど、完成したのを見るのははじめてだった。

 中央にはテーブルがならび、お菓子やジュース、ケーキなどもきれいに、ならべられている。

 BGMには定番のクリスマスソングが流れ、体育館の中に、かろやかなリズムが響く。


「本当に間にあうのかなって思ったけど、なんとかなったねえ」

「すごーく、いい雰囲気じゃない!?」

 水夏は会場を見まわして、満足そうにほほ笑んでる。

 こういうところに喜ぶのは、演劇部の部長らしい。

 それに、やっぱりいろんな飾りつけや出来映えは、中等部とは段ちがいだなあ。


「アスカ先輩、あっちにすわりましょう!」

 奏が手をふって、呼びかける。

「うん! でも、出し物の準備もあるから、ちょっと待って」

「あ、そうでした」

 奏がぺろっと舌を出す。すっかり忘れていたらしい。

 自分も参加するのに、ぜんぜん緊張していないのは、さすがだよ。


「あの度胸のよさ。演劇部にスカウトしたいぐらいね」

 水夏が奏を見て、真剣な顔でつぶやいている。

 あはは、たしかに奏ならむいていそうかも。


 会場には、定員の中等部30名、高等部50名が、予定どおりに、ほぼ全員が参加していた。

 高等部の先輩たちは、制服のブレザーやスカート、カーディガンが色とりどりに交じってる。

 服装が自由だし、おしゃれで大人っぽい。

 中等部の生徒は、なれない場所に緊張した様子だったけど、同時にあこがれの目をむけていた。


 会場には、あのケイのすがたもあった。

 高等部の男の先輩と話してる。

 あれって、たしか科学研究部の部長さんだったかな?

 論文を書いて、高校生のコンクールで何度か賞をとっているという人だったはずだ。

 話がはずんでいるみたいで、表情からは見てとれないけど、ケイが楽しそうだ。


「見て、あっちで先輩たちがツリーの点灯式してる!」

 中等部の生徒から、声があがって、わたしたちもツリーのほうにむかう。

 理央先輩がスイッチらしきものを持って、ツリーの横に立っていた。

 大貴先輩と健人先輩が、ツリーの飾りつけをまかされていたらしく、くたびれた顔で理央先輩のそばに立っていた。


「ごくろうさん。――それじゃあみんな、ツリーのカウントダウンだ。3、2、1……」

 体育館にいる生徒たちからも、カウントダウンの声があがる。


「それ!」


 理央先輩がスイッチを押して、ツリー全体に飾られた電灯が、あざやかな色に点灯する。

 体育館全体がぱっと華やいで、同時に、みんなから自然と歓声があがった。


「きれいっ!」

「体育館で、こんなの見られると、思わなかった!」


 こんな巨大なツリーを持ちこめたのは、理央先輩だからだ。

 体育館への搬入は、運動部の生徒に手伝ってもらっていたけど、かなり苦労して運びこんでいるようだった。


 そこには、もちろん理央先輩も加わっていた。

 先輩なら、わざわざ汗を流さなくても、清瀬グループの力を使って、運搬を業者にたのむことだってできたはずだけど。

 それをしないのも、理央先輩らしい。

 わたしは、参加者の様子を見て、自然と笑顔になった。


 ――これからはじまるんだ。みんなで過ごす特別な時間が!


    ■


 最初に、体育館の壇上に現れたのは、怪盗部だった。

 大貴先輩が、ドラムの前にすわり、健人先輩はベースギターを持っている。

 中央で理央先輩が、エレキギターを肩からかけて、スタンドマイクの前に立った。


『よ――――しみんな、盛りあがっていこうぜ――――!』

   ウォオ――――!


 理央先輩がさけび、みんなが呼応すると同時に、演奏がはじまる。

 うわっ、うまいっ!

 わたし、音楽のことはぜんぜんわからないけど、3人ともまるでプロの演奏みたいだよ!?


 正確なドラムのリズムは、体育館の床まで響いて、おなかを突きあげるようだった。

 健人先輩の指も、ベースの弦の上をすごい速さで動いているし。

 なにより、理央先輩の力強い歌声に、健人先輩と大貴先輩のハモリがぴったりと重なる。

 わたしたちも耳なれているボカロ曲だけど、オリジナルアレンジがされていて、まるで別物にきこえた。

 生徒たちも、中等部や高等部関係なく、拳をふりあげて、もりあがっていた。

 3曲の演奏が終わり、クリスマス会というよりライブ会場のように温まった体育館に、理央先輩が満足そうにしている。


 怪盗部の次は、高等部の生徒3人組による、コントだ。

 歌や劇。

 お笑いや、ビックリ科学実験など、いろんな生徒が、自分の得意なことで舞台上にあがって、出し物をおこなっていく。

 準備時間が短かったから、手のこんだことはできなくても、十分に体育館は歓声や笑い声につつまれていた。


 わ、次は、水夏たちの出番だ!

 舞台の幕があがると、そこには水夏と――幸村先輩が2人で立っている。

 水夏は、さっきまでとは別人みたいな「役者の顔」になって、堂々と台詞を響かせた。

 となりの幸村先輩と視線を交わすと、ほんの一瞬で空気が張りつめ、観客を物語の中に引きこんでしまう。

 さっすが、演劇部部長コンビ――拍手が鳴り止まないのも、とうぜんだよ!


 おじぎをして、舞台袖をまわってもどってきた水夏の目には、涙がもりあがっていた。

 舞台の余韻が、いまになって湧きあがってきたみたい。


「幸村先輩と舞台にあがれるなんて……しかも2人劇だよ? こんな日がくるなんて……!」


「おおげさだよ、水夏」

 幸村先輩は笑って言ってから、ふと真顔になって言った。

「でも……水夏といっしょに演れたのは、うれしかった。いい役者になったね、水夏。さすが、現部長だ」

「……っ!」

 そのあと、泣きだした水夏を、なだめるのが大変だったよ。


 そして出し物も最後になり、わたしたちの出番になった。

「楽しみですね、アスカ先輩!」

 舞台袖で待機していると、奏がワクワクした顔で言う。

「白里さん。あなた、心臓に毛が生えているの?」

 詩織会長が、まじめな顔で奏を見ている。

 最後は、わたしと奏、それに詩織会長での出し物なんだ。

 前の出し物が終わった、拍手がきこえる。


「楽しもう!」

 わたしは、舞台袖で、奏と詩織会長に声をかける。

 奏はうなずき、詩織会長は深呼吸をしてから、うなずいた。


 わたしたちは、そろって袖の幕から出ていった。

 詩織会長は、ピアノにむかう。

 わたしと奏は、2つのスタンドマイクの前に立った。

 ピアノの音が響きはじめる。

 有名なクリスマスソングだ。

 クリスマス会の準備の手伝いもあったし、準備の時間が限られていたから、歌にしたんだ。

 怪盗部の演奏みたいなプロっぽいのじゃないけどね。


 わたしと奏は、詩織会長のピアノに合わせて、声をそろえて歌う。

 体育館からは、リズムに合わせて大きな手拍子がおこった。

 1曲目の終わり、詩織会長のピアノの響きがとだえると、一瞬ざわめきが消えて、みんなの視線がまっすぐこちらに注がれる。


 奏と視線を交わしたその瞬間、不安よりも楽しさが胸にあふれて、2曲目へ!

 同時に、詩織会長のピアノもアップテンポに入ってくる!

 自然と、声がのっていった。


「みんなもいっしょに歌お!」


 わたしが、歌の合間に呼びかけると、奏もぴょんぴょん飛び跳ねながら、みんなをあおる。

 体育館のあちらこちらから、歌声がきこえて、次の曲に移るときには、ほとんどの生徒がいっしょに声を合わせて歌っていた。

 そのまま大合唱になって、メドレーが終わる。


 わあああぁ!


 拍手と歓声が、爆発したみたいに体育館を揺らした。

 その歓声が収まるのを待って、理央先輩が壇上にあがる。


「みんなー! クリスマス会は楽しめたかい?」


 楽しかった――! と体育館の色々な場所から返事がある。


「これが、ぼくたちからこの学園に贈る、最後のプレゼントだ! みんな、ぼくといっしょにたくさん青春してくれて、本当にありがとう!」


 理央先輩が言って、そのまま壇上を下りる。

 その間、大きな大きな拍手が、いつまでも鳴りつづいた。


    ■


 大成功だったクリスマス会のあと、参加者たちが帰った体育館で。

 わたしたちは片づけをしていた。

 さっきまでの熱気がうそのようにしずまりかえって、体育館の中の空気の冷たさが増していく。

 早く終わらせて、帰らなきゃね。


 体育館の床には、まだ、紙の星がいくつか床に落ちていて、なんだか、わびしい。

「あーあ、終わっちゃったなぁ……」

 テーブルを片づけるために折りたたみながら、おもわず言葉がもれる。

「そう思うなら、また来年、やったらいいさ――アスカが」

 理央先輩がやってきて、わたしといっしょにテーブルの逆端をもちあげてくれる。

「でも……」


 来年、かあ。なんだか、遠くて、ぜんぜんイメージできないや。

 それに――この、大成功だったクリスマス会は、理央先輩の力だ。

 理央先輩のいない学園で、こんなことできるんだろうか?

 なにより、盛りあげ上手の理央先輩がいないところで、わたしたち、楽しめるのかな。


「はは、なにを言ってるんだ」

 理央先輩が、おかしそうに笑う。

「人と別れて、また新しい人と出会う。それは悲しむことじゃないよ」

 理央先輩が、手を止めて、わたしを見ていた。

 まっすぐなまなざしから、ごまかしや、ただのなぐさめじゃないってことが伝わってくる。


 別れは、絶対にやってくる。それはわたしも、よく知ってる。

 そうか、でも……。

また新しい出会いだって、あるんだよね。

 いまは、目の前にせまる別れの悲しさと不安だけが大きく見えちゃうけど。

 きっと、悲しいことばかりじゃない。

 新しい楽しいことの、はじまりかもしれないんだ!


「わかりました! 来年も、わたしたちなりにイベントをやってみます!」

「それでこそ、ぼくが大好きなアスカだよ」

 理央先輩はそう言って、わたしの頭をポンポンとやさしくたたいた。


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