食パンとApple Watch

Lumière

第1話 光の気配がする朝

朝の街は、まだ眠気と焦燥の間にあった。

ビルの谷間を縫う風が、昨日の疲れをそっと撫でていく。


「やっべ、遅刻だっ!」

パンをくわえたまま、俺はシャツの袖を通しながら玄関を飛び出した。

焦げた角をガリッとかじると、苦いバターの香りが広がる。

昭和の味ってやつだ。

便利さより、歯ごたえを選ぶ。俺はたぶん、そういう時代の忘れ物だ。


 一方その頃、反対側の歩道。


彼女はApple Watchに表示された心拍数を一瞥して、微笑んだ。

「OK、今朝もベストコンディション。」

片手の白い紙カップからは浅煎りの香り。

AirPodsからはLo-fiが流れ、足取りはリズムに合わせて軽やかに。


食パンとApple Watch——昭和と令和。

遠いはずの針が、静かに近づいていく。


 その瞬間、ほんの一瞬だけ——

 空気のどこかが、きらりと光った気がした。


 ……気のせい、だろう。



交差点まで、あと50メートル。


2人はまだ、出会うことを知らない――。

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