失われた光 Lost Light
風間 澄海 (Sumi Kazama)
第1話 封じられた鏡
――光は、土の中からやって来た。
梅雨明け前。湿った風が、発掘現場のブルーシートをはためかせる。
九州北部の小丘。フェンスの向こうには、今日も黒いレンズがずらりと並んでいた。
俺――壹真(いっしん)は、歴史研究部の腕章をつけたまま、震える指でジンバルを握り直す。
「……こんな瞬間、人生で一度あるかどうかだよな」
胸の鼓動が落ち着かない。
だって今日は、“あの古墳”の核心部を開ける日だ。
「レンズ、指紋ついてる。ほら、貸して」
不意に声がして振り向くと、小春が無表情のままレンズを奪い取って拭いていた。
同じ研究部の先輩。文献オタクで、理屈が剣並みに鋭い。
「ありがと、小春。今日は畿内派の教授も来るらしいぞ」
「荒れそうだけど、議論は整理される。私が整理する」
「高校生の、ね?」
「高校生でも論理は通るの」
ツンデレ気味に言い捨てながらも、彼女の指先はなぜか優しい。
少し離れた場所では、学者たちが早くも言い争っていた。
「三角縁神獣鏡の分布から考えれば、畿内説こそ――!」
「笑わせるな、 地面は九州説を語っておる!」
怒号が飛び交い、それをテレビ局のカメラが狙う。
発掘より学者の喧嘩のほうがニュースになる、そんな日常だ。
「うわぁ……今日もバトルか」
ドローン担当のユウタが肩をすくめながらスマホを構えた。
「『邪馬台国ガチ喧嘩』でバズるなこれ」
「やめろ炎上する」
小春の鋭いツッコミが飛ぶ。
その横で、院生の蒼真(そうま)が静かに指示を飛ばしていた。
「壹真、ドローン準備。撮影ポイント移動するぞ」
蒼真は真面目で、現場に立つと表情が凛(りん)と変わる。
その背中を追いかけるように、俺は核心部へと向かった。
土の色が変わった。
筆の先が、固い何かに触れた。
「……金属だ」
土を払った瞬間、緑青の縁が姿を現す。
「鏡面……!? まさか――」
三角縁神獣鏡だと誰かが叫ぶ。
現場の空気が一気に沸く。
だがそのときだった。
鏡の表面に、光がゆらめいた。
波紋みたいに、ふわりと広がる。
――呼ばれてる。
理由なんて分からない。
けれど、胸の奥が強く、強く引き寄せられた。
「いっしん! 手で触らないで!」
小春の声が遠ざかる。
俺の指先は、もう鏡の縁に触れていた。
冷たいのに、温かい。
次の瞬間――視界が白く裂けた。
風の音も、人の声も、全部、遠のいていく。
そして気づけば、夜の草原に立っていた。
松明の赤い火。見知らぬ衣装。
鋭い目をした武人たちが俺を囲んでいた。
「怪しき者! 捕らえよ!」
「は! ちょ、待っ――!」
荒縄が腕に食い込み、俺は地面に押さえつけられた。
何が起きているのか分からない。
だが、その混乱の中でひとりの少女が姿を現した。
白い衣。長い黒髪。
まるで光の中心に立つみたいに、静かに俺を見つめて。
そして――震えるような声で囁いた。
「……あなたがレイワから来た、私の“光の人”?」
その瞬間。
俺の世界は、音も色も意味も、すべてが変わった。
つづく
次回予告:第2話「呪術師の影」
時を越えた異邦人と、巫女の少女。
二つの時代が交わるとき、封じられた光が目を覚ます――。
*おことわり*
本作は、書籍版の完成(2026年10月予定)に向けた制作過程を、Web版として公開しています。
いわば作家の「草稿」です。
通常、草稿は編集者など限られた人だけが目にするものですが、今回はあえてその段階からお届けします。
物語がどのように磨かれ、変化していくのか――その過程も含めて楽しんでいただければ幸いです。
全12話まで、リアルタイム更新で公開していきます。
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