第33話
「よし、そのまま抑え込め」
ラシムが敵を一か所に追い込むと、屋根上にいる団員たちが一斉に砲撃を開始する。撃った弾は空中で炸裂すると、そこから拘束網が展開され寄せ集めた魔物を捕縛した。
次々と撃ち出される拘束網になすすべもなく。中枢区に出現した魔物はアスターによって無事一掃された。事が終わり、ラシムは双刃を静かに納めると、周囲にじっくりと目を通す。またいつどこから湧いてきてもおかしくはない。観察は入念に行うべきだ。
しばらくして、ラシムはアルフィンの元へ向かった。
「ラシムさん」
魔物を片付けた後、ラシムは涼しい顔で戻ってきた。
「大丈夫ですか? 怪我とか……」
「ああ、気にすんな。あの試作品が上手いこと役に立ったおかげで、どうにかなった。にしても、物事っつーのは何がどこでどう噛み合うのか分かったもんじゃねーな。個体数がもっと多かったら、問答無用で大砲をぶっ放すしかなかったが……あれくらいなら拘束網でどうにかなる。あとは魔法士どもの仕事だ」
ラシムは小さくため息をつく。そこから何かを告げるわけでも指示を出す訳でもなく、ただじっと街並みを見渡していた。それ自体に深い意味などないように思えるが、場の空気は確かに何かを伝えていた。
「あの……」
「お前の手柄だ。一応、礼は言っとく」
「え?」
突然の謝意に、アルフィンは一瞬困惑する。ただそれは、普段のぶっきらぼうな彼を見ていれば、おのずと分かる。あの淡泊な一言に、彼なりの感謝が目一杯含まれていたことを。それに気づいたアルフィンの心は次第にぽかぽかと温まっていく。
「ちっ、向こうの様子も見に行かねぇとだなぁ……あんまり時間かけてられねーし。おい、さっさと移動するぞ」
「も、もう行くんですか? まだどこかにいるんじゃ……」
「あんだけ捕まえりゃ、しばらくは問題ねぇだろう。正門付近を見たら、もう一度北側に戻って状況を確認する。お前も弾込めくらいはできるだろう。遅れるなよ」
「ひぇ~なんて忙しい」
「ったりめーだ。王都は広いんだ。行くぞ」
王都救済への道のりはまだ長い。
再会したイチタとセリカ。お互い、いろいろと話すことはあるだろうが、まずは目の前の敵をどうするかが先だ。幸い、彼女の乱入によって一度警戒態勢に入ったのか。遠巻きから唸り声を上げている。
「イチタはそこで休んでて」
「あ、ああ……」
その言葉に甘えて、イチタは地面に膝をついたまま彼女を背後から見守る。
警戒を示す魔獣は、当然眼前にいるセリカに敵視を向けている。だが、すぐには襲ってこない。観察に観察を重ね、まさにここぞという瞬間を狙っている。奴はそこいらの獣とは訳が違う。強靭な体躯を活かし、理で相手を追い詰める。本当に、ここで仕留めきれるのだろうか……いや、いけるはずだ。セリカだってここに来るまで、いたずらに時間を費やしてきたわけじゃない。今は彼女を信じよう。
睨み合う両者……ふと、小さな風が吹いたのを合図に、その激戦は始まった。
魔獣はセリカに向かって飛び掛かる。跳躍と同時に腕を振り上げ、着地に合わせて振り下ろす。セリカは手首を回して握りこんだ剣をわずかに動かす。艶やかな剣身がキラリと光る。
頭上に迫る魔獣の凶爪。セリカはしっかりとその攻撃を見定めると、最小限の動きで制した。ガキィンと火花が散り、爪と刃の交わる音が闇に響く。そのまま少し押し合うと、魔獣は攻撃の手を止め、再度距離を取った。
セリカは余裕の表情を浮かべたまま、剣を構えると一気に走り出した。間合いに入ろうとする彼女に対し、魔獣は口から衝撃波を放つ。セリカは走りながら左右に回避すると、さらに距離を詰めた。そしてついに、鋭利な剣先が奴の胴体に向く。
接近を許してしまった魔獣は腕を前に出して防ごうとするが、それでも彼女の方が速い。セリカの剣閃は、見事奴の胴体を斬り裂いた。
魔獣は血を撒き散らしながら、派手によろけた。彼女の攻撃はまだ終わらない。流れるような剣撃は上下左右、あらゆる方向から繰り出され、美しい円を描く。攻撃が命中する度に、腕、胴体……奴の装甲が少しずつ剥がれ落ちる。このまま削り続けることができれば、いずれ奴の心臓にも届く。あと少しだ。
好調な手数で魔獣を追い詰めていく。その間、魔獣はセリカの連撃を防ぐのに手一杯だ。もしかしたら本当に……。
そう安心したのも束の間。さらに大きな一撃を加えようと、セリカが剣を振りかぶった次の瞬間、魔獣はそれを待っていたとばかりに口を開け、至近距離で衝撃波を放った。
「セリカ!」
セリカは振りかぶったまま手を止めると、奴が衝撃波を放つ寸前に体を回転させ攻撃を躱す。そのまま回転の勢いを利用して空中で剣を構え直すと、魔獣の喉元に向かって薙ぎ払った。
ーーグゴォッ。
その一撃が致命傷となり、魔獣は断末魔を上げながら力尽きて倒れた。
セリカは剣を納めると、息をついた。戦いを終えた後、イチタはセリカの元へと駆ける。
「セリカ」
名前を呼ぶと、セリカはこちらに振り返る。これだけ激しい戦闘の後だというのに、彼女は清々しいほどに落ち着いていた。
「来てくれてありがとう。なんだろう、話したいことが多すぎて……どこから手をつければいいやら」
久々の再会に高鳴る胸。気持ちが先走って言葉が追い付かない。そんな彼に、セリカは言った。
「ひとまず、ここを出よう。みんなを連れて」
「そ、そうだな。よし」
まずは、向こうで倒れたままの二人を介抱しなくては……。そう、歩き始めたイチタ。だが……。
ーーグギャアッ。
背後から鳴り響いた咆哮。振り向くと、傷だらけの魔獣がそこにいた。奴はまだ生きていた。体はボロボロながらも、残った体力を振り絞り、目の前のセリカに向かって腕を伸ばす。
「セリカッ……ぐっ」
彼女を守ろうと、イチタは羽虫で防壁を生み出そうとした。が、力を使いすぎたせいか、手を差し伸ばしても一匹たりとも飛んでいかない。どうすれば……。
その時、空から何かが降ってくる。
「はあああああああああああああっっっ!!!!!」
魔獣の咆哮を覆い被さるように聞こえてくる覇気ある声。暗闇に紛れて、近づく熱気。上空から馳せ参じた熱気はこの場に降り立つと同時に、魔獣へ強烈な一撃を叩き込んだ。元々、致命傷を負っていた魔獣は最後に打ち込まれたその一発で完全に撃沈した。
派手な一撃で、周囲に噴き出る煙。その中心にいる、なんとも存在感ある人物に目を向けた。それは、二人がよく知る人物であった。
「ガドロックさん」
イチタは歓喜に満ちた声を上げる。
「間に合ったようだな」
パンパンと埃を払いながら、ガドロックは二人の前に立つ。視線をセリカに移すと、彼はこう口にした。
「生死の確認を怠るな……そう教えたはずだぞ」
「ごめん。ガドちゃん」
……ガ、ガドちゃん?
「ま、次からは気を付けることだな。うし。それじゃ、王都へ戻るぞ。念のため区域内を見て回ったが、怪しいところは見つからなかった。国がこの場所をどう動かしていくかは見ものだが、その辺は気長に待つとしよう」
そう言って、ガドロックは奥で倒れたユーゼットとアイシャを担ぐ。目的は無事に達成されたものの。結果として、手放しで喜べるものにはならなかった。いや、別に無傷で帰れるなんて思っちゃいない。ただ今は、二人の回復を願うばかりだ。
負傷した二人を連れ、五人は十三区域を後にした。その後、イチタは報告も兼ねて宮殿で待つギルド長の元へと向かった。宮殿に着くまでの道中、イチタは街並みの様子から戦況を確認する。戦いが始まって以降、既に何体か、魔物の侵入を許してしまっているようだが、アスターの協力のおかげで今のところは軽傷で済んでいる。
途中、魔物の妨害がなかったおかげか。以外にも、宮殿にはあっさりと到着した。橋を抜けて大階段を上がり、丁度宮殿の入口前にいるギルド長のところまで来た。
「リュドさん!」
「君たち……」
イチタの帰還に、ギルド長は笑顔で迎えてくれた。
「思ったより早かったな。いや、無事に戻って何よりだ。それで、あちらの状況はどうだ?」
「十三区域の真下に、謎の地下施設のようなものを発見しました。そこで敵と思われる者たちと遭遇し、激闘の末になんとか街を解放へと導いたのですが……」
イチタはそこで言葉を区切ると、ガドロックに担がれる二人に目をやった。ギルド長にも、その事実は伝わる。
「そうか……三人とも、良くやってくれた。手負いの二人はこちらで手当てを行う。君も、無事に仲間と会えたようだな」
団長の言葉を聞き、イチタはまたこうしてセリカと共にいられることを心の中で深く噛みしめる。
「それで、リュドさん。禁足地の件ですが……」
イチタが話を切り出すと、団長は少し眉をひそめつつ、現状を説明した。
「うむ。それについてなんだが……実は、夕刻に禁足地へ向かった先遣隊が未だ戻らない」
「え?」
「私を含め、本隊に属する皆々は宮殿の中庭にて待機している。本来であれば、彼らから報告を受けた後、こちらの状況を見て出発する予定であったが、そうも言ってられまい。二人とも、今から我々と一緒に来てほしい」
「はい」
「もちろん、お前もだ。ガドロック」
「任せておけ。集めた情報はしっかりベルファメラに伝えておく」
ギルド長は小さく頷く。各々が準備を始め、イチタたちはいよいよ第一部隊とともに北方の禁足地へと足を踏み入れることになった。夜はさらに深みを増す。
しばらくして……。イチタは第一部隊の本隊に混ざり、荷馬車に乗り込んだ。北門は魔物との遭遇率が高いため、宮殿の裏手である西側から迂回して向かう。これから先、何が起こるのか。今から心臓の躍動が止まらない。こういう時、武者震いだなんて台詞を言えたら、どれほどかっこいいだろう。
そんなことを考えながら、出発の時を待つ。少しでも心落ち着かせようと、揺らめくかがり火を眺めていると、横から声をかけられた。
「よぉ、イチタ」
「レナト」
話しかけてきたのはレナトだった。こんな時だというのに、相変わらず陽気な振る舞いだけは欠かせない。彼はそういう男だ。
「アンタもこっちに配属されてたんだな。一緒に戦える日が来て嬉しいよ。なんかこう……いよいよってカンジするなぁ」
「あ、ああ……」
「どうした? 具合でも悪いのか?」
「いや、なんていうか……結構、落ち着いてるなと思って……」
「オレが? まさか! 今だって怖くて足が震えてるぜ」
「えっ?」
思わぬ返答に、驚きの声が飛び出た。
「あーいや、上手く言えないけど……怖いからこそ高ぶるっみたいな? 周りからすればオカシイんだろうけど……う~ん。ふぅ、言葉にできないのがもどかしいよ」
その時、遠くから声がした。
「おーい、ちょっと手伝ってくれ!」
「ああ、今行く!」
暗闇から響く声に、レナトが返事をする。
「ちょっくら行ってくるわ。向こうでもよろしくな、イチタ」
レナトはそう言い残し、去って行った。彼が去った後も、イチタは思考を繰り返す。
怖いからこそ高ぶる……か。彼らしいと言えば、彼らしい。自分にはあまり理解のできない考え方だったが、そんな彼と対話した後のイチタの心は、自分でもびっくりするくらい軽くなっていた。
出発の際は、少しでも魔物の進行が弱まってからが良い。物見の合図を受け取ると、リュドは大声で叫んだ。
「よしっ。行くぞおおおおおおおっっっ!!!!!」
「「おおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっっ」」
その掛け声に合わせて、団員の気持ちも最高潮に達する。イチタを含めた第一部隊は禁足地へ向けて走り出した。
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