第27話
「よーし。これでいいだろう」
「ありがとうございます。シェニさん」
シェニは革製の腕輪をイチタに渡す。腕輪には、例の魔道具が埋め込まれていた。さっそく腕に巻いて、具合を確かめる。
……うん、ピッタリだ。これならなくすこともないだろう。
学院から帰還した後、イチタはシェニの研究所に寄っていた。学院での戦いが終わった後、イチタはシェニと一緒に事情を説明し、再びこちらに戻ってきていた。それを聞いて、皆温かく見送ってくれた。アリアとカリムは、泣きじゃくりながらも最後まで手を振ってくれていた。思い返すだけで、今でも胸にこみ上げてくる。
俯いたまま、イチタはため息をついた。
「……寂しいかい?」
優しく問いかけるシェニ。イチタは俯いたまま、口を開く。
「どうなんでしょう……よく分からないです。ただ、何というか、すっかり気が抜けてしまって」
そしてまた、深い息が漏れる。
「元気を出したまえよ、キミらしくもない……彼らとは、また会える日が来るさ」
「そうですよね……」
分かっていても、心は晴れやかとはいかない。また会える……それは、いつになることだろう。そこにたどり着くまでの時間は、今のイチタにとって遠く果てしないもののように感じた。
ーーギィ。
研究所のドアが開く。丁度、外での作業を終えた二人が戻ってきた。
「はい。それを置いたら、次はグローブ持ってカザラミモドキを採りに行きますよ」
「え? またですか? それこの間採ってきたばかりじゃ……」
「シェニさんの消費量をなめないでください。あれだけでは二日と持ちませんよ」
「そ、そんな~」
相変わらずこき使われているアルフィン。小道具の入った木箱を床に置くと、イチタの方に目を向けた。
「調子はどうですか? イチタさん」
「アルフィン……ああ、見ての通り。だいぶ良くなったぜ」
「あまり無理しないでくださいよ。大変だったんでしょう? あっちでの出来事は」
アルフィンには事の全てを話した。向こうで起きたこと、出会った人たち、そこで手に入れたものについて。話を聞く中で、顔を赤くしたり青くしたり……本当、いい仲間を持ったもんだ。久しぶりに味わう空気に、少しずつ感覚が戻ってゆく。
「ほら、早くしてください」
後ろで頬を膨らましているロッコに急かされ、一度話を切り上げる。
「あ、ごめんなさい。それじゃ、イチタさん。さっきの話はまた後で」
「おう」
さっきの話というのは、次の討伐作戦に関する内容だ。そもそも、なぜシェニがあの戦いの場に現れたのか。彼女が突然現れた時は、驚きと安心が先に来ていたせいで、その意味は深くは考えなかった。こうして振り返ってみることで、ようやく理解する。
簡単に言えば、伝言だ。こちらの様子を確認するのも兼ねて、ギルドから入った緊急要請を伝えるためアルフィンの代わりに学院まで足を運んでくれた。だからこそ、あの場はしのげたというものだ。今にして思えば、本当に良いタイミングだった。改めて、その礼を彼女に伝える。シェニは「なになに」と変わらずの態度で返した。
「いやぁ、本当に助かりましたよ。というか、シェニさんって結構武闘派なんすね」
「錬金術師たる者。常に己の強化は怠らないものだよ」
ふふんと鼻息を立てながら、シェニは得意げに言ってのけた。この人の力は、まだまだ底が知れない。結果として、みんな無事であったことが何よりも嬉しい。しかし、問題は学院の方だ。あの有様を見るに、授業を再開するにはまだまだ時間がかかるだろう。
「学院は、大丈夫でしょうか?」
「心配はいらないさ。あの場所には、素晴らしく優秀な者達が集っている。いずれまた、以前と同じ日常が戻ってくるはずだ」
それを聞いて安心する。なんせ天才錬金術師のお墨付きだ。自分も彼らの底力を信じよう。
またいずれ……。
研究所にて休息を取った後、イチタは仕事を終えたアルフィンと一緒にギルドへ向かった。なんとなく胸騒ぎがする。というのも、予定していた招集の日までは、もう何日か猶予があったはずだ。何があったのだろう……。
ギルドからの緊急要請に心をざわつかせながら、二人は王都への道のりを行く。その道中、イチタは気を紛らわせるために隣のアルフィンへ何気ない話題をしかけた。
「そういや、研究所での調子はどうだ?」
「まぁ、何とかうまいことやってますよ……けど、そうは言っても中々にハードと言いますか。あの二人の人使いの荒さったらないですよ。おかげで疲労は溜まる一方ですし……」
アルフィンは研究所での生活で蓄積した愚痴を吐き出す。話す内容が増えるに連れ、その不満は少しずつ増大していく。そんな中、イチタは一言添えた。
「でもいいじゃないか。あんな美人と一つ屋根の下で暮らせるなんて。いっそのこと、あの研究所に永住したらどうだ?」
が、それでもアルフィンの愚痴は止まらず、むしろヒートアップしていく。
「冗談じゃないですよ! 作業中に変な薬飲ませようとしてくるは、毎日毎日尋常じゃない量の素材を集めさせられるは、もう散々ですよ。見てくださいこの手。マメだらけ!」
「あらま」
和やかな会話に、イチタの心は少し安らいでいた。そうこうしているうちに、ギルドのある王都第一区域へとたどり着く。
いつも通りの見慣れた景色。だが、街中は妙に閑散としていた。人通りも極端に少なければ、名物の屋台も営業していない。一体どうしたんだ?
疑問に思いつつも、イチタはギルドへと直行する。向こうで話を聞こう。そうすれば、この異変の正体も分かるだろう。不穏渦巻く街の中、一軒の店が目に入った。そこは我らが実家、竜炎亭。せっかく予定を早めて戻ってきたんだ。作戦前に腹ごしらえといこうじゃないか。
「なぁ、アルフィン。ギルドに行く前に、先に飯でも……」
「イチタッ!」
「へ?」
何が……起きた……。視界に映る『ソレ』を見て、初めてその状況を理解する。差し迫るソレは黒々と。降り注ぐ体躯は一層禍々しく、目の前の視界を覆う。
知りたくもなかった目の前の光景を受け入れる頃には、既に自身の首筋に食らいつくかという時であった。
「し……しぬ……」
だが、次に空を覆う者の登場にて、なんとか窮地を脱することができた。
ーーキュギィ!
短くキレの良い断末魔でもって、『ソレ』は見事地面に撃沈した。絶望から希望への一幕。時間にしてわずか十数秒。降り立った希望の光は自分達へ言葉を投げた。
「二人とも無事か?」
「ユ、ユーゼットさん!」
颯爽と現れた彼によって、どうにか命拾いした。まだ、すべてを飲み込めた訳じゃないが、ひとまずは落ち着いて現状に目を通すとしよう。
駆けつけたアスターの精鋭ユーゼット。そばで絶命するは凶悪な魔物。加えて、街の様子……わずかにいた人々は、離れた位置から死に絶えた魔物を見つめ、目を丸くしている。中には壁でうずくまり、小さな声で「ああ、神よ……」とつぶやく者もいる。静寂の中、小声だろうと、その祈りは聞こえた。
頭に叩き込むには、その三拍子で十分だった。ユーゼットの手を借りて、イチタは立ち上がる。
「怪我はないかい?」
「はい。あの……ユーゼットさん」
「話は後で。先にギルドへ向かおう。みんな待ってる」
せわしない彼の言葉遣いからも、その緊急性は見て取れた。三人はギルドへと急ぐ。
ギルドに着くと、中は一変。街中に反して、その密集っぷりは異様だ。普段、入れ替わりの絶えないギルドからは想像がつかないほど、団員の全てがそこに収まっていた。こうして見ると、アスターの規模の大きさを実感する。
「もうじきギルド長の話がある。先に報告してくるから、少しの間ここで待っていてくれ」
ギルド長が来るまでの間、二人はエントランスで待機。その間、館内に集められたアスターの面々を見る。
「こ、こんなに人が……すごいですね」
「あ、ああ……」
アルフィンもまた、その事実に驚いている。密集した人の中に目を配らせていると、ある人物に留まった。軽装の鎧に、群衆の中でも目立つあのソフトモヒカンの少年。
「あれは……」
その視線を感じ取ったのか、少年は振り向いた拍子にイチタと目が合う。そして、今にも躍動しそうな笑みを向けるとこちらに駆け寄って来た。
「よぉ! アンタ。また会えたな。調子はどうだ?」
「ここまで来れたのが不思議なくらい波乱だらけだよ。そういうレナトは順調そうだな」
やけに活き活きとした彼の態度を見ながら予想する。すると、レナトは間を置くことなく自慢げに答えた。
「へへ。敵の根城を一か所突き止めたもんでね。まぁ、それでもまだまだ追いついてないってカンジだけどさ」
南西方面の調査へ向かうと聞いたきり顔を合わせいなかったが、もうそこまでの成果を上げていたとは……流石、自分とは違い正式ルートで団に加入しただけのことはある。と、その秀才ぶりにイチタは内心惚れ惚れしていた。
話が一区切りつくと、レナトはすぐ横のアルフィンに目を向ける。
「お、そっちが最近入った噂の新人だな。オレはレナトだ」
「アルフィンです。どうぞよろしく」
「今回の作戦はこれまで以上に厳しい戦いになる。オレ達三人、無事に戻って来られるように頑張ろうぜ!」
快活な彼のテンションに、イチタとアルフィンの士気が上がる。そうだ、必ず戻ってこよう。みんなで一緒に……。
しばらくして、ギルド長が大扉の奥から現れる。一階に集うアスターの団員を見渡すと、血気盛んな声色でこの場にいる全員に挨拶をした。先程までガヤついていた団員も、彼の話を静かに傾聴する。
「皆々、よく集まってくれた。これより、大規模討伐作戦のための作戦会議を行う。予定よりも早い招集となったが、この尊きラスタルティア王国を死守するため、全員力を尽くしてほしい」
団員達に喝を入れ、さっそく話を始める。静まり返った団員の視線が、より一層ギルド長に注がれる。
「内容を話す前にまず、皆が一番知りたいであろう、魔物の本拠地についてだ。長きに渡る調査の末、我々はついに奴らの出処を突き止めた」
「おお」と、団員からざわつきの声が溢れ出る。ギルド長は続ける。
「砂原、沼地、大峡谷……皆尽力し、あらゆる場所を模索した。そしてとうとう、その場所に確信が持てた。場所は……禁足地北東の、深い森の中」
禁足地……物騒なワードにいささか心がかき乱される。それは他の団員にとっても同じようだ。隣り合う者同士顔を見合わせ、小さな声で動揺に満ちた言葉が聞こえてくる。隣にいたミーネアが、騒然とした場を制した。部屋の空気はまた凍り付いたように静まる。
「禁足地……このラスタルティアにとって、なんとも因縁の深い場所だ。かつてあそこは、異種族との大戦が行われていた場所だ。古い歴史書には、世界のはじまりの場所との記述もある。ここ数年は他の場所と比較して、魔力の気配が極端に小さかったことと、元々最重要危険指定区域として踏み入ることそのものが禁じられてきたため、今の今まで調査が見送られてきた。しかしここ最近、この新生討伐団が正式なものと認められ、女王陛下より禁足地調査許可が与えられた。改めてその場所に調査の手を入れて見たところ、踏み入った者にしか知り得ない、膨大な量の魔力が渦巻いていることが分かった。そして今、その魔力の流れがこの王都にまで忍び寄って来ている。もはや一刻の猶予もない状況だ」
ギルド長はこの災厄を潜り抜けるための作戦内容を説明してくれた。
魔物を迎え撃つにあたり、団員はそれぞれ三つの部隊に分かれる。第一部隊は先遣隊の報告を受けた後、アスターの精鋭を筆頭に禁足地へと赴き魔物の住処を根絶する。続いて、第二部隊。主に王都の中心市街地と正門付近に配置。街に迫り来る魔物の動向を確認しながら、その迎撃と結界の設置を行う。最後に、第三部隊。ここ騎士団と共に、住民の避難と宮殿の守衛をメインに任される。文字通り、最後の砦という訳だ。住民を宮殿内に避難させた後、騎士団とアスターが力を合わせ、厳戒態勢で宮殿を死守する。
部隊ごとの役割としてはこのような形となるが、魔物の動きによっては、どう転ぶか分からない。いずれにしろ、状況に合わせた柔軟な対応が求められるだろう。
「以上だ。各自、自分がどの部隊に配属されるのかを確認してくれ」
全体に告げる大まかな作戦内容としては以上となる。後は個人、そして部隊別に細かい指示が出される。
それからは、団員一人ひとりの秀でた能力に合わせて部隊の編成が行われる。自分たちが配属される部隊がどこになるのか。その時を待ちわびながら、後ろで待機。アルフィンは一人前に出て、背伸びをしながら奥の状況を確かめている。
次々と押し寄せる団員を積み上げた書類とにらめっこしながら適性の部隊に割り当てていく多忙な受付嬢の仕事ぶりを眺めていると、向こうからユーゼットが戻ってきた。
「遅れてすまない。イチタ君、今すぐギルド長室に来てくれ」
「ギルド長室に?」
「うん。ギルド長から君に大事な話があるそうだ」
大事な話……なんだろう。
部隊の編成に勤しむ一階の群衆を横目に、イチタはギルド長室へと向かった。
ギルド長室に入ると、いつものメンバーの歓迎はなく、部屋にはただ一人、ギルド長の姿があった。イチタが入ってすぐ、彼の視線が動く。
「来てくれてありがとう」
「いえ、あの……話というのは?」
「ああ。実は、君に一つ頼みがある」
「頼み?」
「聞いてもらった通り、今回の作戦は複数の部隊に分けて行われるのだが。その前に、君には少し前からこちらで計画していた特別な作戦を手伝ってもらいたい。魔物との全面対決の前に、片づけておかなければならないことがある。君にとっても、興味深い作戦のはずだ」
「俺にとっても……」
ギルド長はその特別な作戦とやらについて話す。
「場所は王都南西。そこはかつて、この街の中枢を担う区域の一つとされていた……」
しみじみと語るギルド長。そして、射貫くような視線でイチタを見ると、大々的に言った。
「今この時をもって、君に命ずる。第十三区域……その奪還作戦の任を」
耳に飛んできた言葉に一瞬体がビクリと震え上がる。第十三区域……忘れもしない。イチタの脳内に、あの苦い記憶が蘇る。まさかもう一度、あの場所に出向くことになるとは……。
アスターの団員である以上、ここは腹を決めるしかない。確かに、あの時の出来事はあまり思い出したくもない。ただ、今の自分は以前とは違う。むしろ、これは好機だ。あの時のお返しをキッチリとさせていただくとしよう。
「作戦は夕刻過ぎに開始する。既にアイシャが準備を進めているはずだ。日が暮れ次第、ユーゼットと共に第八区域の聖炎広場へ向かってくれ」
そう言われ、ユーゼットの方を向く。すると、彼は任せろと言わんばかりに親指をぐっと立てた。その爽やかな笑みは、期待と安心を含んでいる。冷静沈着かつ精鋭の中で最も常識人な人だ。彼と一緒なら、無茶な突撃をすることはない上に、緊急時でも素早く的確な判断を下せるだろう。
問題は……あの人だけど……。
賢明な彼を評価しつつも、もう一人の精鋭のことが頭を過り心労が止まない。彼女のことは団の先輩として尊敬しているし、いつも場の空気を楽しくしてくれる明るくて心強いお人なのだが……果たして、今回の厳しい作戦にあの楽観さがどう影響していくのか。まるで想像がつかない。
「作戦が終了した後、戦況を見ながら宮殿にいる我々第一部隊と合流してほしい」
「了解しました」
イチタは頭の中で作戦の流れをまとめる。
まず、日が暮れてからアイシャの待つ聖炎広場へ向かう。その後、第十三区域に入り街の浄化を図る。そこには当然、アイツもいるだろう。事が終わったら、ギルド長が率いる第一部隊と合流する。
頭に描いた作戦の結び。果たして、思い通りに運ぶだろうか……。
そんな心配を交えつつ、続けてギルド長の話を聞く。
「十三区域の奪還……女王陛下にとっても果敢な決断であったはずだ。今までは他の区域への影響を考え、その判断を見送っていた。しかし、今回の戦いでどのみち街が火の海になることは避けられない。ならいっそ、今ここで全てを決める時なのだ」
それはまさに、一つの分岐点でもあった。ここで決めなければ、もうそれらしい機会は訪れないかもしれない。敵は強大だ。それは理解している。けど、今は信頼できる仲間がいる。アスターの皆はもちろん、アルフィンやレナト、そして……。
頭の中に、その名は浮かんだ。強くて凛々しく、美しいあの人の名前。そう、彼女の名は……。
……セリカ。
なんと洗われる響きだろう。会いたい……彼女に会いたい。今すぐに……。聞かずにはいられない。彼女が今、どこにいるのか。
「団長」
「ん?」
「セリカは……どこにいますか? こっちに戻ってから、自分はまだ一度も……」
それを尋ねると、ギルド長はフッと笑った。そして、すぐにこう告げた。
「心配はいらない。彼女とは直に会うことができるはずだ。君は安心して、作戦に挑みたまえ」
「……はい」
自信に溢れた彼の言葉を信じ、イチタは来たるべき時を待つ。
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