第16話
イチタは謎の生物ニフィから自身がここへやってきた理由を聞く。
「なるほどねぇ……。つまり、今この世界にあ何らかの危機が迫っていて、アンタの言うその大精霊様とやらはいずれ世界に訪れるなんやかんやをどうにかしてほしくて俺に全てを託したと」
「うんうん」
「そんで、その役目を見届けるためにアンタが来たと……」
「そゆこと」
「んんー……」
イチタは腕を組み、深く目を瞑りながら小さく唸る。
なんだろう。改めて整理しても、話の全貌が見えてこない。要領を得ないというか、全体的にふわふわしている。どうにも分からないことだらけだ。
ただ、このケモノの存在を実際に目の当たりにしてしまった以上、このままはいそうですかと流すわけにもいかない。ともかく、もっと詳しく聞いてみるとしよう。
「それで、さっき話した大精霊ってのは?」
「ボクたち精霊の長。この世界の根幹を統べるとーっても偉大なお方だよ」
ニフィはその場でくるくる回りながら手を大きく伸ばし、彼なりにその偉大さを表現した。
「これから何が起きようとしているんだ?」
「降り注ぐ脅威についてはまだ不明だけど、ボクたち妖精の間でも、その異変は十分に感じている。ビリビリと、まるで空気に亀裂が入るような違和感。他の動植物では到底感じることのできない、とても微かな異変さ」
「大精霊は俺に託したって言ったけど、具体的に、何をすればいいんだ?」
「さあ?」
「さあって……お前」
まるで他人事のように、ニフィはあっさりと首を傾げた。
「おいおい……俺に何かしてほしくて来たんじゃないのか?」
……と、イチタ。当然の返し。
「ボクはただ大精霊様の使いで来ただけさ。ボクの役目はあくまでキミを補佐することだからね」
「なんだよそりゃ……それじゃ何にも分かんねぇじゃねぇか……」
これも何かの縁だと、話くらいは意気込んで聞いていたが、あまりの掴みどころのなさに拍子抜けする。
張りつめていた緊張感が抜ける。そんな彼に、ニフィは一言付け加えた。
「いいや。キミは自分が何をすべきなのか、既に大精霊様から知らされているはずさ」
「え?」
衝撃の一言。しかし、当然ながらイチタにはそんな心当たりなどない。誰かから直接耳にした文言ならば、記憶のどこかに眠っていそうなものだが、今回ばかりはそんな気もまるでしない。
「知らされてるっつても……全然思い当たらねぇな」
「まぁ、その内思い出すよ」
「そうかなぁ……」
ニフィはそう言うが、イチタの心はどこかもやもやとしていた。
「今すぐ全部理解してくれなくてもいい。ともかく、そういったことが起きているのだと伝えられただけでボクは満足さ」
「面倒なことになりそうだな……」
「部分的にとはいえ、キミにも意識してもらえたことだし。今日のところはおいとまするよ」
「そうしてくれ」
「一つ言い忘れていたけど、キミの中に秘めたその力。それは間違いなく大精霊様が授けたものだよ」
「それってどういう……」
「キミは間違いなく大精霊様に認められた。それだけは確かなのさ」
「認められた……」
「じゃあ、ボクはそろそろ行くね。ばいばいイチタ」
「あっ、ちょっとまっ……」
ニフィは一度見せた光とともに、この場から消え去った。
「行っちまった……」
この力について、もっと聞こうとしたが、訪ねる間もなく行ってしまった。
最後の話、いろいろと聞きそびれてしまったのは残念だが、これでようやく静かになったと、眠りにつこうとしたその時。頭の中で妙に引っかかった。その理由はすぐに分かる。
「あれ? そういや俺、あいつに名前言ったっけ?」
迎えた朝。目を覚ましたイチタはベッドから起き上がり軽く手足を動かす。体はもう十分だ。昨日までの疲労と痛みが嘘のように、完全復活を遂げたイチタ。身支度を済ませた後、シルヴィに挨拶をする。彼の回復具合にシルヴィもだいぶ驚愕していた。
これもあのもふもふのおかげかなと、なんだかんだイチタは頭の中で感謝しつつ、手配してくれた荷馬車に乗り込み足早に王都へと帰還した。
その後、セリカ、そしてアルフィンと再会したイチタは竜炎亭へと集った。
「それじゃ改めて。イチタさん、復活おめでとうございます!」
意気揚々と場を回すアルフィンが祝いの言葉を贈る。
「はいおつかれ~」
突き出されたジョッキを合わせ、低めのテンションで応じるイチタ。隣ではセリカが出された料理に舌鼓を打っている。
「いや~しっかり回復してくれて良かったですよ! 一時はどうなるかと思いましたけど、これで皆元通りですね!」
アルフィンは笑顔で言うと、樽ジョッキをあおった。王都に戻ってきてからというもの。報告や他団員への挨拶回りに追われ、少々慌ただしかったが、こうしてまた皆でゆっくりと集まれたことが喜ばしい。
魔物ひしめく森の中から無事に生還したことを賞賛され、アルフィンもギルドへの入団を許可された。他にも、彼の持つ地理感や情報収集能力を買われたようだが、詳しい話は二人だけが知っている。
「ま、事のすべてを解決した訳じゃないが、あの目まぐるしい戦火を潜り抜けただけでも賞賛に値するな!」
彼の横に座るガドロックが口元をニヤつかせながら上機嫌に感想を綴る。何の違和感もなく、当たり前のようにそこに居座る男はすでに四杯目となる果実酒を豪快に飲み干した。
「そうっすよねぇ……ってか、なんでいるんですか?」
「ガッハッハ。心配するな。ここはオレが全部奢ってやる。しっかり食って、飲んで、次の戦いに備えろ!」
酒場全体に響き渡る豪快な笑い声でイチタのツッコミを華麗に流す。このやり取りの中、セリカは変わらず料理を貪る。
彼の言う通り、実際今回の件でギルドからも高い評価をいただいた。ただ、イチタには拭えない懸念が……。
先の調査で、依頼であった村人も救出し、何とか例の脅威を退けることができたものの。改善すべき点がいくつもある。
あの時は、無我夢中でやった結果、運よく放つことができたわけだが、次も同じようにいくとは限らない。
イチタは自分の手を見つめ、胸の内で真に思う。
打開するにはこの力をもっと知る必要があるが……。それをしようにもイチタにこれといった当てはない。いや、あるにはあるのだが……。
「ガドロックさん」
「ん?」
「アズー村での依頼を終えた後。ギルドでは次の魔物の出現場所を予測して、あの辺り一帯を含めた大規模な作戦の準備に入ると聞いたんですけど」
「ふむ……そうなるだろうな。それが?」
「少し時間をいただきたくて……このままだと俺、どうにも皆の役には立てそうになくて……だから、次の戦いまでにもっと自分の腕を磨こうかと」
「イチタさん……」
三人が静かに耳を傾ける中、アルフィンが静かに声を漏らす。
「私も……もっと強くならないと」
少しの間を置いて、セリカも同じように語る。
「そんな、セリカは十分強いって」
慌てたようにフォローを入れたイチタだったが、セリカは首を横に振った。
「あの時私、イチタを守れなかった」
「セリカ……」
「気づいたんだ、私。今のままじゃダメなんだって。今よりもっともっと強くなって皆を守れるようにならなくちゃと思ってね。今度は負けたくない」
言葉の終わりに見えた、彼女の真摯な眼差しに息をのむ。初めて見たと言っていい程に新鮮なその挑戦的な姿勢。ただそれだけで、何か奮い立つものを感じる。
二人の意気込みを見て、ガドロックは答える。
「ま、次の作戦準備には今まで以上に労力が必要なのは確かだ。全てが整うまで、多少の猶予はある。その間、各々力をつけておくのもいいだろう」
ギルド長から許可をもらうのはもちろんだが、精鋭部隊の一人である彼が言うのなら間違いはないだろう。何なら、言い出しっぺのイチタよりもどこか乗り気である。
「よぉしお前ら! それぞれ、したいことを言ってみろ! ものによってはオレが手を貸してやれるかもしれん」
ガドロックは腕を組み、二人の要求と向き合う。それに対し、まずイチタが答えた。
「俺はある人を訪ねに。自分の持つ力について、詳しいと思しき人物がいるんです。その人なら、何か知っているんじゃないかと」
「うむ。白銀の娘、お前はどうだ?」
「私は……」
ガドロックはセリカに問う。一瞬、言葉を詰まらせたが、すぐに対応した。
「敵と戦っていた時、相手の攻撃が見えなかった。いつもは見えていたのに、なぜかあの時だけ……」
「……なるほど。お前たちが今何をすべきか、よーく分かったぞ」
肩を小さく動かし、またもニヤりと笑みを浮かべるガドロック。それぞれの要望を聞き入れた後、自身の意見を述べる。
「イチタと言ったな。お前は予定通り、その人物を訪ねに行け。長い時間を要するなら、オレがアイツに話をつけておく」
「ありがとうございます」
「そしてだ娘っ子。お前はオレと来い。今話したことの改善策について、いくつか手ほどきしてやれることがある」
彼の提案に、セリカは静かに頷いだ。
「ヘヘ、面白くなってきな。それじゃ、今日のところは解散といこうじゃないか。強くなったお前らに期待しているぞ!」
景気づけにと、ガドロックは五杯目の果実酒を流し込んだ。
「えーっと……僕は?」
一人、行き場をなくしたアルフィンは賑わう酒場の中で小さく孤立していた。
会合を終えた後。イチタはある場所へとやってきた。そこは彼が一度訪れた王都を出てすぐの林の中。そこにポツンと佇む小屋。そう、ここはシェニの研究室。一度、彼女に案内してもらったおかげで、すんなりとたどり着くことができた。
無論、アポ無しの突撃であるため、いるかどうかは不明である。これもまた、イチタの賭けだ。
扉の前に立ち、コンコンと二回ノックする。反応はない。もう一度、二回ノックする。
「……」
二回目も同じ。これといった反応はなく、聞こえるのはそよ風に揺れる木々の音だけ。日を改めるべきか。それとも初めて彼女と出会った場所近辺を散策して自力で見つけるか。
そうこう頭を悩ませていると、突然小屋の中で大きな爆発音が響いた。その瞬間、木々の上で休んでいた小鳥が一斉に飛び立つ。
「うひゃあああああっっっ」」
「な、なんだ!?」
爆発に合わせて聞こえてきた悲鳴。小屋の煙突からは白い煙がもくもくと出ている。咄嗟の判断でイチタは扉の取ってを掴む。
扉を開け、中へと入る。すると、中には煙突から出ていたものと同じ白い煙が充満していた。部屋の真ん中で誰かが倒れている。
「シェ、シェニさん!?」
倒れていたのはシェニだった。目をくるくると回しながら床に突っ伏している。
「だ、大丈夫ですか!?」
「う、う~ん……おや、誰かと思えば君じゃないか。ようこそ研究所へ……っぷほげほ!」
「何やってんすかまったく……それにこの煙」
部屋の換気をした後、彼女を起こして壁際に移動させる。壁にもたれさせてしばらくは、ぼんやりとした様子でいたが、やがて意識をはっきりとさせた。
「大丈夫ですか?」
イチタが心配そうに語り掛ける。それに対し、シェニはへーきへーきとすぐに立ち上がった。それでも、時折見せる足取りはどこかおぼつかなく、本当に大丈夫なのかと一時も目が離せない。
頭でも打ってないといいが……。
シェニはものが散らかった机の前まで行くと、くるりと回ってイチタと向き合う。
「さてさて。改めて、ワタシの研究所へようこそ。さっきは急に驚かせてしまってすまなかったねぇ」
「何してたんすか?」
「なになに、ちょっとした配合ミスってやつさ。やはりハイイロバクソウの分量はもう少し減らしたほうがよさそうだ」
「気を付けてくださいよ。こっちでやらかしたらボヤどころじゃなくなりますよ」
「その心配は無用さ」
シェニは腕を組み、得意気に話す。その言葉、イチタはどうにも信じられなかった。
「ほんとかなぁ……」
「平気だとも。こう見えて、ワタシも日々成長しているのさ。もう同じヘマまんてしないさ」
「さっきの状況を見た限りじゃ、だいぶ雲行き怪しいすけど」
「君はほんとにかわいくないこと言うねぇ。そんなんじゃ、ワタシの助手は務まらないぞ」
「助手?」
藪から棒に出たその呼び方に首を傾げる。
「ま、ワタシのピンチを真っ先に感じ取り、雷鳴の如き勢いでもって馳せ参じるその献身的な素振りには、感銘の意を表したくなるものだがね」
「俺、いつから助手になったんですか?」
知らず知らずのうちに、彼女のペースに乗せられている。このお戯れも嫌いではないが、ここに来たのにも明確な理由がある。話を切り替え、イチタは本題に入った。
「シェニさん。実は、一つお願いがあるんです」
「お願い?」
「ええ。今、大丈夫ですか?」
「親愛なる愛助手の頼みだ。是非とも聞こうじゃないか」
イチタは先日森で起きた出来事について説明した。森で放った魔法。そして、あの場に集った謎の羽虫のこと。珍しく、シェニはその話をえらく真面目な態度で聞いていた。
「強大な白い炎と謎の羽虫ねぇ……」
顎をさすりながら、イチタが伝えた内容を口頭で繰り返す。そして、しばらく無言で天井を見つめていると、シェニはようやく口を開いた。
「うむ。ワタシにはさっぱりだ」
「え?」
まさかの結論に、イチタの時は一瞬制止した。
「第一、ワタシは魔法の専門家ではないからね」
「え? えええええええええっっっ!!!」
次々に繰り出される新事実。もはや質問の内容どころではない。その理由を確かめるべく、イチタは新たに質問を続ける。
「何をそんなに驚いているんだい?」
「だ、だってシェニさんは物知りだし。初めて出会ったときも、魔法について色々話してくれたじゃないですか」
彼女に対する印象をここぞとばかりに赤裸々に語るイチタ。それを聞いて、彼女も負けじと言葉を返す。
「最初に話しただろう。ワタシの本職は錬金術師だ。確かに魔法学についてはそれなりに学識を深めたさ。けれどそれはあくまで錬金術の力をもって魔法の応用の幅を広げたいと思ったからさ。いくらワタシが天才だからとはいえ、下地を理解せずにはどうすることもできない。魔法に限らず、あらゆる事象の可能性を見出すこと。それこそが錬金術の有用性を証明することであり、ワタシの目指すべき地点だからね」
粛々と語るシェニの表情は、まさしく真理を追い求める研究者そのものだ。
全てを理解したのと同時に、イチタはここへ来た理由を見失う。これではただ、彼女に挨拶をしに来ただけになってしまう。せっかくギルドから時間をもらった意味がなくなってしまった。
自分から大きく出ただけに、当てをなくした今、進むべき道が分からない。こういう時、アイツになにか聞けるのであれば、何か見つけられたかもしれないが、昨晩現れて以来、姿を見せる様子もまるでないし……。
諦めて、王都に戻ろうと思ったその時。シェニが一言付け加えた。
「今の君の話。ワタシに出せる答えはない。……が、ただ一点だけ、確かなことがある」
「確かなこと?」
「うむ。君の言うその白炎のことだが、類似する魔法系統としては、炎魔法と重なるように思われる。しかし、基本的に炎魔法は赤と黄の複合的な色合いを放つのが一般的だ。よって、今回君が見た白い炎には該当しない。他に合致する魔法系統も存在しない。これが何を意味するか分かるかい?」
「それって……」
シェニは小さく頷くと、更に続けた。
「確認できた事象は、君やワタシ、いやこの世界中を探してみても、限られた人物にしか分かり得ない特異なもの。そう予測できる」
現状把握することのできる材料から、おおよその分析を行う。分かっていることは、この力が大精霊から与えられた特別な魔法であるということ。ニフィの言っていたことを踏まえて考えると必然そうなる。そして、もう一つ。今回確認できた魔法は、既存のどの魔法系統にも属さない。ということだ。
以前、十三区域で魔獣に襲われた時、自身の身にいつの間にか備わっていた異常なまでの回復力をギルド長に指摘されたことがあった。あれもこの力の一部なのだろうか……。
「力を制御する方法がお望みなら、君がするべきことは一つ」
「教えてください……」
姿勢を正し、イチタは彼女の示す導を求める。
「ある場所へ出向いて、そこで情報をかき集めるのが最善と言えるだろう」
「ある場所?」
「王都第四区域。繁栄と叡智の織りなす街。ラスタルティア王国が誇る、所謂この国の学園都市さ」
「そこには魔法と錬金術と専門とした王立魔法学院がある。ワタシも講師として何度か教壇に立ったことがあるが、校風といい設備といい。どれを取っても申し分ない素晴らしい環境なのは間違いない」
「魔法学院……」
「無論、その場所に君の求める答えがあるとは限らない。さっきも言ったように、君のその力は通常の魔法のソレとはモノが異なる。当然、思うような内容に出会えないということもある。ただ、あそこは魔法の基礎だけじゃなく、魔法の成り立ちやその派生についても深く研究している場所さ。可能性がゼロというわけでもない」
悪くない提案。いや、今のイチタからすれば願ってもない道しるべ。時間はたっぷりとある。早速出向きたいところではあるが、イチタには少しばかり懸念が……。
「シェニさんの考えは最もだと思います。けど、そう簡単に取り合ってもらえますかね?」
「というと?」
「だって、学院というからには当然生徒が在籍してますよね?」
「まぁ、そうだが」
「誰がどう見てもこっちは部外者だし、そんな急に訪ねに行っても警備の人につまみ出されるのがオチなんじゃ」
そこまで言うと、シェニは少々食い気味に反論した。
「おいおい。誰もそんな正面から強行突破しろとは言ってないさ。ちょっとそこで待ってておくれ」
シェニは部屋の奥まで行くと、隅のクローゼットから何かを取り出した。
「シェ、シェニさん……それは」
「ふふん。どうだい、この日のためにとっておいて良かったよ」
持ってきたのはどう見ても学生服と思わしきもの。紺色のブレザーに深緑のズボン。ご丁寧にネクタイからシャツまで一式揃っている。汚れやほころびも一切なく。これを着ていけば誰がどう見ても新入生そのものだ。
「まさかとは思いますけど、それってもしかして……」
「もちろん。学院の制服だよ」
「なんでそんなの持ってんすか」
「この制服。以前から機能面に何かもうひと味加えられないかと思っていてね。丁度暇していた時だったから、せっかくならと新しいやつをかっぱら……いただいてきたんだ」
今、かっぱらったって言わなかったか?
「素材の質はいいんだが、もっと画期的な側面があると生徒が学園生活を送る上で、利便性の向上に繋がると考えたんだ。魔力蓄積機能や魔法薬収納ポケットといろいろ試してみたが、どれもしっくりこなくてさ。やっぱり学生服はどこまで行っても学生服だね」
「そりゃそうでしょ……」
毎度ながら、この人のやることはいまいち
「と、いう訳だ愛助手よ。これを着て、れっつ学院生活」
「いやいやいや、おかしいおかしい」
いきなり話を戻したかと思えば、とんでもない無茶ぶり。正面から申し出るのならまだしも、これじゃ紛れもなく潜入そのものだ。
「流石にそれは厳しいですって、シェニさん。第一、いくら学院の生徒になりすましたところで、生徒であることを証明するものの提示を求められたら終わりじゃないですか。学生証とか……」
イチタはシェニの案を拒否した。それもそのはず。もしこれを着て内部に入り、万が一バレたときの事を考えると、面倒の一言では収まらない気がする。いくら個人的に追及したい事があるとはいえ、この線はのめない。誰がどう見ても、妥当な判断……のはずだが、彼女は違った。
「その辺は君の方で上手くやりたまえ。この技量を磨けば、諜報員としての能力が身につくやもしれないだろう。悪くない機会だ」
「なんて無茶苦茶な……。あと、そんな能力使う機会ないすから」
耐え切れず、イチタは大きくため息をついた。もはや彼女の上段に付き合う気力もない。だが、当の本人は変わらずのノリで話を進める。
「そう弱気になるな愛助手。いざという時はこのシェニちゃまの名を出せばいい。問題が起こりそうならそれで全て丸く収まる」
「そこまで言うなら、シェニさんも一緒に来てくださいよ。上手いこと話しをつければ、この力を売りに見学させてもらえるかもしれないですし」
「ちょっと見学した程度で君の探し求めているものが見つかるわけないだろうに。あと、君の力はあまり公に晒していいものじゃない」
「そう……ですか。じゃあせめて一緒に」
「そうしたいのは山々なんだけどねぇ……。ワタシもいろいろとやることが控えててさ。今この研究所を空ける訳にはいかないんだ。なぁに、君なら一人でも大丈夫さ」
「は、はい~?」
「探し求めるものを追い、いざ行かん。そういうことで、いい土産話を期待しているよ」
話を強引にまとめ上げ、イチタの肩をトンと叩いた。
「え、なに。これもう決定なん?」
イチタの華やかな学院生活。いざ、開幕!
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