悪役令嬢プリシラの怠惰な生存戦略

志熊みゅう

第1話

 私、プリシラは今世こそ"悪役令嬢"に生まれ変わってしまったが、前世はただのニートだった。


 学校を卒業して一度は就職したものの、社会というものが自分にまったく合わなかった。すぐに退職し、親の脛をかじりながら細々と暮らしていた。一日中ネットやゲームに時間を費やし、風呂は三日に一度。責任感も使命感もなく、誰にも求められない生活が最高だった。けれど、そんな極楽生活は長くは続かなかった。冬のある寒い日、私は石油ストーブの一酸化炭素中毒で死んだ。換気が面倒で、つい怠っていたのが原因だった。


 つまり、私の死因はまさかの『怠惰』だ。


 私は今世で5歳の時に、階段から落ちて、思い切り頭を打った。そして激しい頭痛の中で、この前世の記憶を取りもどした。すぐにここが、死ぬ間際に退屈しのぎにやっていた乙女ゲームの世界だと気づいた。私は蘇る前世の記憶に戦慄し、絶叫した。よりによって悪役令嬢『プリシラ・グレイストーン公爵令嬢』に転生していたからだ。


 このゲームの舞台は貴族学園。謎解きをしながらヒロインは攻略対象と仲良くなる。作中のプリシラは、青い瞳に金髪を縦巻きロール、とてもわがままな王太子の婚約者だ。そしてヒロインが王太子ルートを選ぶと、ヒロインと王太子の仲に嫉妬して、事件解決の邪魔をする。そんなベタな悪役令嬢。最後は物語の真犯人である隣国のスパイ、語学教師クィンの手で、作戦を失敗したという理由で始末されてしまう。


 気づいたのが早くてよかった。王太子との婚約はまだだし、もう一人厄介な攻略対象のプリシラの義兄もまだこの家にはいない。グレイストーン公爵家は王家の傍系の由緒正しい名門貴族だし、両親は私プリシラのことを溺愛している。このまま婿を取って、この家に留まり、ロイヤルニートとして生きていけばいいのではと思った。


 私は善は急げと、最低限の教養以外はいらないと、家庭教師を次々と首にした。そして日がな一日、部屋でグダグダした。両親は頭を打ったのが原因じゃないかと相当焦った。そりゃ今まで勤勉だった娘が、ある日突然無気力になってしまったら、心配するのは当たり前だ。たくさんの医者に診てもらった。けれど、皆口を揃えて「異常がない」と答えた。


 10歳になると、王都では王太子の婚約者を決めるためのお茶会が開かれた。私はそのお茶会に呼ばれもしなかった。そして、どこぞの侯爵令嬢が婚約者に内定したと聞いた。私は一人安心した。もうこれでヒロインと王太子の仲を妬むあまり、クィン先生にそそのかされて、命を落とすことはない。私の穏やかなニート生活が守られたのだ。


 親が真剣に私の婿探しを始めたのも、ちょうどその頃だった。国中から優秀な令息がうちに集められて、月に何度もお茶会が開かれた。皆、将来の公爵の座を狙っているのだろう。令息たちは、小難しい話ばかりする。それが退屈で仕方なかった。


「プリシラ、ホールデン伯爵令息はどうだった?」


「枢密院の現在の派閥の話をしてましたわ。半分うつらうつらしておりましたので、何を仰っていたか覚えてません。」


「そ、そうか。」


 釣書はひっきりなしに来るが、私の婚約者選びは難航した。そんなある日恐れていた事態が起こった。


「プリシラ、今日から書生としてうちで預かることになったモーリスだ。兄だと思って仲良くするように。」

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