ハルマゲドン始まったってよ ~堕天使教師とマッチングしたのは天使エージェントだった~

白神ブナ🎄

第1話 ミッション・コンプリート

 東京都・霞ヶ関。

夜の官庁街は静まり返り、雨粒がアスファルトをリズムよく叩いていた。

窓明かりひとつ灯らない庁舎ビルの屋上に、一人の女が立っている。


スーツの上から白いロングコート。

耳元には骨伝導タイプの通信機。

手には小型のモニター端末。


モニター画面に、ある政治家のスケジュールと、秘書を名乗る男の顔写真が映し出された。

そして……、現在の画像に切り替わる。

そこには、男が背広の内ポケットに隠した、小型拳銃がしっかりと写り込んでいた。


「ターゲット、予定どおり19時45分に応接室入り。ターゲットは秘書に変装済み。発砲予定まで、あと……三十秒」


彼女は呟くと、足元の銀色のケースを開けた。

中には、神聖文字が刻まれた白銀のスナイパーライフル。

無駄のない動きで素早く組み立て、スコープを覗き込んだ。


ビルの向こう。

十数メートル先の会議室。

スコープのガラス越し、

スーツの男が立ち上がり……懐に手を入れた。


「撃つわよ、ウリエル」


通信機の向こうから、落ち着いた若い男の声が答えた。


―「弾道計算完了。風速3.2、偏差ゼロ。成功率は……いつもどおり、100パーセント」


引き金を引いた。


スナイパーライフルから放たれた光の矢は、壁すら貫通する速度で一直線に……銃だけを撃ち抜いた。

ターゲットの手から銃がはじけ飛び、室内はたちまち騒然となった。


「おい、なんだ!なんだ!」

「やられたか? いや、未遂だ!」

「やつを取り押さえろ!」


だが、その混乱も数秒後には静まり、警護にいた人間がすぐさま秘書に変装したターゲットを拘束した。


屋上にいた女は通信を切ると、コートの襟を立てて雨に打たれた背中から真っ白い翼を広げた。

そして、まとめていた彼女のブロンドの髪が、夜風によってふわりとほどける。


「……ミッション・コンプリート」


静かにそう告げて、女は屋上から翼を羽ばたかせ姿を消した。


彼女の名は、ルカ・セラフィム。

天使見習いから昇格した、天界きっての優等生。

大天使ミカエル直属の優秀なエージェントだ。

天使に年齢はないが、人間界でいうと二十歳前の美しい女性に見える。


―「ルカ先輩、ミカエル上官から次の指令が届きました」


イヤホンで通信しているのは、ウリエル。

しっかりもので、ルカの後輩で弟的存在の天使だ。

人間界で言うと、高校生くらいに見える。

天界の情報分析担当している。


「もう次のミッション? 早くない? 休憩もくれないなんてブラック……いえ、ホワイト企業で涙が出るわ」


―「ルカ先輩、ミッション内容を伝えますね。一応、任務なんで……僕らの担当エリア、東京で不穏な動きをしている黒幕を見つけたとのことです。……次の内容、……続けていいっすか?」


「断ってもどうせ読み上げるんでしょ。何? 早く教えて」


―「結構、重い内容なんですけど……。ターゲットは堕天使ルシファーの部下だそうです」


ルカの表情が固まった。


堕天使ルシファーとは、もともと天国にいた天使だが、神に背いて地に堕とされた元天使だ。

人間界では別名悪魔と呼ばれている。

宇宙でその名を知らぬものはない。


もともとは、大天使よりも階級が上で神の近くにいた天使だったが、自分の力を過信して反逆を企てた。

そして、大天使ミカエル率いる神の軍勢と、ルシファー率いる反逆天使たちの軍勢が闘い、ルシファーたちは敗れ、地獄に封印された。

それ以来、堕天使ルシファーは大天使ミカエルの宿敵だ。


そのルシファーの部下を東京で見つけたという。

何千年もお互い接触を避けて来たというのに、今になってミカエルはその部下の方をターゲットとだと通達してきた。

ルカは、そこに疑問を持った。


(堕天使の部下って何。そんな雑魚どうでもよくない? それをわたしに頼むとは……不自然ね)


ウリエルは、周囲に誰もいないことを確認すると、ルカのいるビル側に瞬間移動してきた。


「先輩? いいっすか? 結構、大物っじゃないっすかね。これは、……んーと、だぶん……ミカエル上官が直接手を下すんじゃないっすか? 僕たちは潜入捜査でしょ」


「甘いわね、ウリエル。大物って言ったって、それはルシファーの方でしょ。ターゲットはその部下。つまり雑魚だ。次の任務は、雑魚の堕天使を殲滅。違う?」


「……さすが! ルカ先輩。読みが鋭い……、当たりです。正確に言うと、天界からの命令はただ一つ。『堕天使を見つけ次第、即刻殲滅せよ』です」


「ウリエル、わたしに気を遣って嘘をついたわね。天界は嘘が大っ嫌いなのよ。でも許す。ミカエル上官のほうが、本当の計画を隠している可能性があるしね」


「何ですかそれ」


「いずれ分かる時が来る。今は素直に従え。そう言う意味よ」


「天界が、天使エージェントに何か隠しているって? そんなこと許されるんですか?」


ルカはウリエルの問いには答えなかった。



「……で? ターゲットの情報は?」


ウリエルは手元のタブレットで検索をかけた。


「はい、次に向かうのは都内の私立高校です。ルシファーの部下は教師として密かに活動している模様です。人間界で黒須サトルと名乗っています」


「私立高校の教師? 面倒ね。生徒たちを巻きこみたくないわ。やつのアジトを探して」


「はい! ただいま……」


ウリエルは雨が止んだビルの屋上で、タブレット端末を操作しはじめた。


「見つけました。都内にあるマンションの一室です。アハー! ルカ先輩、運がいいですね。明日は日曜日。学校は休みで家にいると思われます」


「今は?」


「い、今ぁ?!……今は留守です。嘘じゃありません。本当に留守なんです。それに、こっちもいろいろと準備しないと……。明日、万全を期して臨みましょう」


「……まっ、それもそうか。万全を期すのがプロの仕事だ。明日までに体勢を整えて。冷静かつ確実に任務を遂行する」


「了解」



すべては神によってつくられた。

「光あれ」と、神が言ったとたんに闇も生まれた。

そして、神は天使を作り、その一部がグレて悪役に没落した。

その元祖悪役と対峙できると思うと、ルカは身が引き締まった。


「久々に身震いするほどのターゲットね。堕天使と言えば……、大昔、情けをかけられたことがある」


「え、情け? 堕天使から?」


「思い出すたびに苦々しいわ。そのときの堕天使と同じとは限らないが、胸糞悪い過去だわ。堕天使め……、どんなに冷酷で無慈悲な顔をしているのか。ゆっくりと拝ませていただくか」


「へぇ、情けをかけられたって、それって善じゃないっすか。先輩の知り合いっすか?」


「まさか。そんな過去があったという話だ。別件だ、別件」


「ほんじゃ、今夜は解散でいいっすね。うー、寒っ! 雨で体が冷えちゃった。肉体って不便っすね」


「ココアでも飲むか」


「うぃーっす!」


ルカとウリエルは、雨上がりの霞が関の夜空へ、流星となって消えた。

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