好きなもの
「凰輝に会ったんだってね?」
「……はい、そうです。春の庭で」
皇帝に会いに行った白龍が部屋に戻ってきてすぐ、その話をされた。
しかもなにやら若干不機嫌な気がするのはなせだろうか?
皇帝から無理難題でも言われたのか?
それならまた頭痛が強く出るかもしれない。
立ったままの白龍に座るよう諭せば、彼は大人しく腰を下ろしてくれた。
「いろいろ話したって聞いたよ」
「え? ええ。鳳凰様も見せていただきました」
「ふーん……」
なんか変な空気だ。
なにかやってしまったのだろうかと慌てていると、白龍は自分の前にある椅子を指差した。
「僕も君と話をしたい。――お互いのことを知っておくのはいいことだろう? 僕は君を信頼できるかもだし、君は僕のことを知れれば解決の糸口になるかもしれない」
それはごもっともである。
香華としても白龍のことを知れるのはありがたいし、信頼して体を預けてもらえたほうが何倍もやりやすい。
その通りだと頷いた香華は指名された椅子に腰掛けると、白龍と向き合った。
「凰輝とはどんな話を?」
「鳳凰様のお力でこのあざを治すことができる……と」
そっと指先で顔のあざをなぞると、白龍の目がそちらへと向けられる。
その時香華は一瞬あざを隠そうとした己の手に驚いた。
――まるで彼にはこのあざを、見られたくないかのように……。
「……?」
「どうかしたかい?」
「いえ、なんでもありません」
別に隠しているものでもないので、誰も彼もがこのあざをその目にする。
白龍にだってなんども見られているのに。
真正面から彼の赤い目にこの醜いあざがうつると思うと……なんだか嫌だったのだ。
「治すのかい?」
「いえ。このままでよいと伝えました。……面倒ごとに巻き込まれたくないので」
「……まあ、そうだね。そのほうがいいかもしれないね」
事情を知らない白龍なら治したほうがいいんじゃないかと言ってくるかと思ったが、彼がそれ以上その話題に触れることはなかった。
「君の守護獣は蝶だったよね? とてもきれいで素敵な力だ」
「ありがとうございます。……殿下の守護獣は龍なんですよね?」
「うん」
龍とは皇帝の象徴だ。
そんな守護獣を持つ白龍が皇太子になるのは、天によって定められた運命だったのかもしれない。
本人が望んだ望んでないは別として。
「ちなみに今その龍を出すことはできるんですか……?」
見れるのなら見てみたい。
神話の存在なんて見たら見ただけ運がよくなりそうだ。
それにあわよくば触ってみたい。
やはり鳳凰のようにあるようでない存在なのだろうか?
わくわくしつつ白龍に問えば、彼は少しだけ視線を斜め上に向けた。
「……香華にとって龍ってどんな印象?」
「え? 龍ですか? えっと……神話の存在で空を飛ぶ、とっても大きな……――あ」
「わかった?」
そうだ。
龍とは空を覆うほど大きな体をしているのだ。
こんなところで簡単に出していい存在ではない。
「体を小さくもできるけど、お願いしないといけないからめんどくさいんだ。だから守護獣を出す時は、威厳を出したい時……くらいかな?」
「確かにそのとおりでした。……すいません、好奇心が勝ってしまいまして……」
「大丈夫だよ」
楽しそうに笑った白龍は、じゃあ次の質問と話題を変えた。
「君の好きなものは? 食べ物とか……いろいろ」
「好きなもの……。甘いものは好きです。食べることも好きです。あといい香りのするお花も」
「――甘いもの……」
白龍はすくっと立ち上がると、自分の執務ようの机まで向かう。
引き出しを開けてなにやらごそごそしているなと見ていると、すぐに戻ってきた。
「これをあげよう」
「――これは?」
「執務中に食べようと思っていたんだが、君にあげよう」
「……ありがとう、ごさいます」
おまんじゅうのようなものをもらった。
甘いものは素直にうれしいともぐもぐ食べていると、白龍自らの手でお茶を入れてくれた。
さすがに皇太子にそんなことをさせるのはと香華がやろうとしたが、白龍が頑なに譲らなかったのだ。
なので香華は今、皇太子が自ら入れた最高級のお茶を飲むというとんでもないことになっている。
(なんだか無駄に緊張してしまう……)
「花が好きなのはやはり香りのためかい?」
「それもありますが……純粋に、です。見てると優しい気持ちになりませんか? かわいいな、とかきれいだな、とか」
「……花を愛でることはあまりしていなかったが……なるほど。そういう効果もあるのか。僕も次はそういう気持ちで花を見てみるとしよう」
別に効果を期待しているわけではないのだが、まあこれで白龍が外に出る機会が増えるならいい。
話の流れ的に次は自分の番だろうと、香華は白龍に聞いた。
「では殿下がお好きなものは?」
「僕? …………なんだろう。聞いといてなんだけれど、考えたことなかったかも……」
「えぇ……」
素で引いてしまった。
生きてきて好きなものがない人なんて、本当にいるんだなとびっくりしたのだ。
そういうことを考えることもできない幼少期だったのかもしれない。
そう思うと白龍がかわいそうに思えてきて、彼を守らなくてはと庇護欲が湧き上がってきた。
「殿下。もしよろしければ一緒に殿下が好きだと思えるものを探しませんか……?」
「一緒に……?」
「一人よりは楽しく見つけられるかなと思いまして……。――あ、いや、私なんかいらないかもしれませんが……!」
なんか恥ずかしいことを言ってることに気づいて慌てて否定したが、白龍はうれしそうに微笑んでみせた。
「いいね。君の言うとおりだ。それに君には、僕より僕のことを知っておいてほしい。香華は僕の主治医だからね」
医者ではないのだが、まあいいかとなにも言わなかった。
治す、という点においては同じだし、この世界に医師免許はない。
なら曖昧な立場よりかは他の人にもわかりやすいだろう。
「かしこまりました。……では本日も推拿をさせていただきます」
「まっさーじ、だっけ? そちらのほうが言いやすいならこれからはそれでいい。僕には伝わるから」
「……はい!」
たったそれだけのことなのに、白龍が歩み寄ろうとしてくれたことがうれしくて、満面の笑みを浮かべた。
するとそれを見た白龍は大きく目を見開き、しばしの沈黙後にぼそりと呟く。
「……やっぱり断るんじゃなかった」
「なにかおっしゃいましたか?」
「なにも。――まっさーじ、よろしくね」
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