ミガワリ屋クレアは黄昏国で闇に生きる

谷町 柊谷

第1章 集う用心棒達

第1話 ミガワリ屋のクレアと依頼

 ここは活気ある表通りから少し外れた路地裏。

 奥へと進んでいくと見える看板には「ミガワリ屋」と雑に書かれている。

 外観はレンガの壁に窓がドアを挟んで交互に設置されている、簡素な作りの建物だ。

 そんな辺鄙な場所の建物に、一人の男が近付いていた。

 眼鏡にスーツを着こなした男は左手に鞄を持ち、僅かに照らす光の道を避ける様に歩く。

 男がドアの前で立ち止まると、三回ノックする。


「合言葉を言え『死には?』」


 扉の奥から女性の低い声が聞こえる。

 男はその言葉を聞き、合言葉を答えた。

 

「……『救済を』」


 そう言うと、鍵を開ける音がする。

 扉が部屋の中へと開いていき、徐々に内部が鮮明になっていく。

 中はテーブルと丸椅子が雑に並べられており、正面にはカウンターが見える。

 一目見てバーをそのまま使い回したような内装なのが理解できる。

 男が中に入ると、ドアは軋む音を立てながら閉まっていく。

 扉の傍には黒髪を後ろにまとめた長身の女性が立っていた。

 女性はジッと男の顔を見ており、警戒しているのが伺える。

 男は横目で女性を流しながら、カウンターへと足を運ぶ。

 男はカウンターの椅子に腰掛け、鞄を隣の椅子に置く。


「少し待ってなよ」


 先程の女性がいつの間にかコップに水を汲み、男に差し出す。

 男は軽く頷くと、乾いた喉を潤す。

 冷えた水が喉を通り、男の緊張も少し解れていった。

 女性が奥に行ってから暫くすると、奥から大きな声が聞こえてくる。


「お待たせしましたー!」


 そう言って奥の通路から顔を出したのは、年端の行かない少女であった。

 身長は小さく、どこが幼げな様子を醸し出す少女を見て、男は困惑する。


「あ、今私を見て『こんな小さな子供が店主を?』とか思ったでしょ!」


 図星を突かれたかのように、男は困惑する。


「いや、そんなことは決して……」


 男がそう言うと、少女は溜息を吐く。


「まぁしょうがないよね。私ぐらいの年齢の子って、学校行ったり友達と遊んでるもんね」


 少女は少し不貞腐れた様子で、そう答える。

 男はその様子を見て少し焦り、少女を宥めようと試みる。


「今の時代は多様性だよ。君みたいな子が仕事をしているのもおかしくない」

「うーん……それもそうだよね!」


 機嫌を良くした少女を見て、男は安堵する。


 (彼女の機嫌一つで商売が出来なければ、俺の首が危ないからな)


 男がそう考えていると、少女はそれを見透かしたかのように話しかける。


「別に私の機嫌一つで取引を辞めるつもりは無いよ。こっちも商売だし、仕事の話に入ろ?」


 先程までの少女の面影はなく、目の前には冷徹な目をした一人の人間と男は対峙していた。

 天真爛漫な彼女とは違う側面を見た男は、背中に寒気がするのを感じる。

 入口の女性は相も変わらず男を見ており、不振な動き一つでもすれば殺されるような雰囲気を出していた。

 男は生唾を呑むと、仕事内容を話し始める。


「我々にを売って欲しい」

「いくつ用意すれば良い?」


 男は指を三本立てて答える。


「三つね……お代は前払いだけど構わない?」

「幾らだ?」


 少女はお返しにと、指を六本立てる。


「……六百万か?」


 男がそう言うと、少女はニヤッと笑う。


「桁が一つ足りないよ。ミガワリ符一つに付き二千万円、それが三つで六千万だ」

「た、高すぎる!いくらなんでもその金額は!」


 男が机を叩き、立ち上がって吠える。

 その瞬間、男の首を隣にいた女性が掴む。

 明らかに殺気を出しており「いつでもお前を殺せるぞ」と言わんばかりの雰囲気を出していた。

 男が唖然としていると、少女は怯えず話し始める。


「嫌なら帰っていいよ。命一つが二千万でんだ。私は安いと思うけどね」


 少女がそう言うと、男は手の平を前に突き出す。


「上と相談させてくれ」


 少女は笑顔で「どうぞ」と言わんばかりに手振りをする。

 男は鞄から携帯を取り出し、どこかに電話をかける。

 数コール後に相手が応答し、声が返ってくる。


『どうした』


 少し年老いた男の声が、携帯から聞こえる。


「例の件ですが、一つ二千万の案件になるみたいです」


 それを聞いた相手は少し黙り、こう返答する。


『……二千万支払ってやれ。後、にも招待してやれ。今夜だ』

「承知しました」


 男は通話を切ると、振り返って少女に結論を出す。


「分かった、二千万払う」

「毎度ありー!」


 男は鞄から小切手を取ると、二千万と記載して少女に渡す。

 少女は小切手を受け取ると、通路の奥へと歩いて行った。

 長身の女性と二人きりで残された男は、少し意心地が悪かった。

 先程首根っこを掴んできた張本人が、男をジッと見ているからである。

 その迫力に、男は圧し殺されそうであった。

 キリキリと痛む腹を撫でていると、少女が奥から戻ってくる。


「はい、これがミガワリ符だよ」


 少女はカウンターの上に、形代かたしろを三つ並べた。

 何の変哲もない、漫画やアニメで見かける形代そのものである。

 男は形代を三つ受け取ると、少女は改めて説明を初めた。


「一応ミガワリ符の説明をするよ?その符を持っていると、からね。所持していないと効果は発揮されないから要注意!一回きりの御守りだと思って、肌身離さず持つんだよ?」

「あぁ、丁寧に説明感謝するよ」


 男は鞄に符を入れると、紙にとある住所を書いて少女に渡す。


「上の人が大層気に入ったそうで。今夜このレストランで、お礼に食事を披露したいそうだ」


 紙にはレストランの住所と集合時間が書かれており、少女はその紙を受け取った。


「食事ですか?ありがとうございます、ぜひご相伴にあずかりますね!」


 少女が元気よく返事をすると、男は一礼してミガワリ屋を後にする。

 男が去った後も、少女はメモを見ては喜んでいた。


「どうしよう才華……食事に誘われちゃったよ!」


 少女は目を輝かせ、才華と呼んだ長身の女性を見つめていた。


「クレア、どう考えても罠だよ?ほんとに行く気?」


 才華は少女をクレアと呼び、心配している様子だった。


「えー?大丈夫だよ。だって、才華が守ってくれるんでしょ?」

「ぐぅ!」


 才華はクレアの天然さにやられてしまう。

 自然と才華を頼ってくれる少女に、彼女はすごく喜んでいた。

 依然笑顔で見るクレア。

 才華は気を取り直し、話し始める。


「確かにクレアを守るのは私の仕事だし、だ。だからってそんな危険なことに自ら突っ込んで」


 才華が言うことも、もっともであった。

 自身の雇用主が自ら危険地帯へと向かうのは、正気の沙汰ではないからである。

 それが彼女への信頼の証だとしても、才華からすれば心臓が縮む行動になる。


「それに私、万が一の為にミガワリ符持ってるし!」

「こ、今回だけですよ!」


 ミガワリ符の言葉を聞き、才華は折れてしまう。


「わーい!ありがとう才華、大好き!」


 (こういう所は年相応なのに)と思う才華であった。


「これで夢に一歩近付きましたね、クレア」

「うん、ブラックリストからの脱却。どれだけ危ない橋を渡っても、私達は資金を集めないといけない」


先程までの天真爛漫なクレアとは違い、その表情は決意に満ち溢れている。

そんなクレアに、才華はそっと寄り添っていた。



 時刻は十八時を指しており、約束の時刻まで残り一時間となっていた。

 クレアは外出用の服装に着替え、お気に入りの帽子を被り準備万端の様子を見せる。


「才華は準備出来た?」


 クレアは才華の方に振り返りそう聞く。

 才華はスーツを身にまとい、キチッと決めていた。


「準備万端です。そろそろ向かいますか」


 クレアは頷くと、才華を引き連れて店を後にしようとする。

 その途中、階段を降りてくる音が聞こえ一同は振り返った。

 階段からは青の髪に赤のインナーカラーをした女性が、腹を空かせながら降ってくる。


「あれ、出かけるの?」

「スーちゃん!」


 スーちゃんと呼ばれた女性「四星スーシン」は、クレアに尋ねた。

 クレアは嬉しそうに、笑顔で答える


「食事に誘われちゃったから行ってくるね!」


「ふーん」とアッサリした返事を返す四星。


「店まで送ろうか?」


 四星がクレアにそう聞くと、クレアは「大丈夫!」と元気よく返事をして店を後にする。

 二人が去った後、一人残された四星はまたもや二階に上がることにした。


「それでは行きましょう、クレア」

「うん。行こうか、才華」


クレアは扉を開け、一歩踏み出す。

まるでこれから進む道を暗示するかのように、道は暗く影に沈んでいた。

そんな闇に向かって突き進むクレアを、才華は静かに後を追った。

そうして二人は、黄昏の闇へと溶けていく。

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