蹂躙する落書き

じゃりんこ

 


「佐伯さん、リコ君来てますよ」

 退屈な色彩のオフィスに鮮やかな夕日がさす月曜日の17時半、内藤さんにいつもと同じ抑揚で声をかけられる。誰が来たのか聞き返そうとしたが、既に宮野君と話し込んでいた。IT系の若い契約社員で、内藤さんにあれこれ質問している。


 仕方なく座席ごと机から離れ、作業中のパソコンから入り口の方へ視線を向けると、彼がいた。襟ぐりが広いベージュ色のTシャツにデニムのハーフパンツを身に着けている。抱きかかえやすそうな背丈に小麦色の肌、小動物のような、しかし端正な顔立ち。愛玩されるために神様が作ったような存在が、無邪気な笑みを浮かべながらこちらを見ている。

 かと思えば突進するかの如き勢いでこちらに迫り、私の腹に頭突きを食らわせ、そしてパソコンの画面を見ると不服そうに眉をしかめた。

「今日もざんぎょう?」

「…あと20分ぐらいで終わるかな」

 彼は更に不服そうに「ブー」と駄々をこね、膝の上でジタバタしてくる。隣の席の小鳥遊さんが子犬でも見ているような視線を向けている。暫くすると満足したのか、宮野くんのところへ走っていった。

「おにいちゃん何してんの?」

「おおリコ君、また佐伯さん家来とったんか。兄ちゃんな、今プログラミングっちゅうのやっとんねん。インテリっぽくてカッコええやろ」

「うーん、とりあえずこのボタン押してみていい?」

「やめやめ、それされると全部消えるわ。後でちょっと触らせたるからやめとくれ」

 どうやら懐いているようだ。宮野君にじゃれついている間に、仕事を終えた他の社員も集まってきた。「おじちゃん遊んでー」と言って課長の腰に頭突きをかまし、「ヤバイぐらい肩こってんね」と竹内君の肩を揉み、新人の七瀬さんに頬をムニムニと触られて「ぐえ」と呻いている。これだけ見ると、犬が人間の着ぐるみを纏っているようだ。


 ちょうど時計の短針が真下に座る部長の禿げ頭に向いた頃、やっと仕事が片付いた。取り合えず席を立つとまた彼が走り寄ってきて、今度は「ぎゅっ」と抱きしめながらわき腹に顔を埋めてきた。身動きがとれない。

 さて、どうしたものだろう。…それっぽい感じで声を掛けてみるか。

「お仕事終わったから帰るよ」

「わかった」

「…この体勢だと動けないよ」

「がんばって」

 周りからくすっと笑う声が聞こえる。そこから暫く格闘していたが、フワフワしたその茶髪をぽんぽんとすると、彼はだらしのない表情をして、少し力がぬけた。その隙に彼を抱え上げる。彼は「わー」と間の抜けた悲鳴をあげるが、もう抵抗の意志はないようだ。他の社員たちが名残り惜しそうに手を振る中、彼を担ぎながら会社を後にした。



 ■



 さて彼は何者なんだ。

 彼とは、つまり先ほどオフィスまで私を迎えに来て、駅からアパートまでトボトボと歩く私の腕を抱え込み、グイグイと帰り道を先導する彼のことだ。


 つい昨日の日曜日、突如現れた。私の家に。

 朝起きてベッドの上で伸びをすると、右腕に何か固い物が当たった。「なに!?」と一人寝室で声を上げつつ布団をめくると、先日家に来ていた婚約中の彼氏の忘れ物だった。「東欧のc教史」というやけに分厚い神学関連のテキストと、落書きみたいな天使が描かれた画集だ。当然「なんでこんなとこに?」と思うが、午前10時からの大学院のメンバーとのゼミにそのテキストが必要だと言っていたので、朝早くに態々届けに行くことにした。

 健気な彼女を褒めてくれることを期待しつつ、彼氏の家の鍵を開け「忘れ物届けに来たよ」と扉を開けると、知らない誰かとお盛んなことをしていた。奴は、「真の運命の人なんだ」と、私に告白してきたその日と同じ顔で宣った。

 結局テキストは(その顔面に叩きつけて)返してやったが、画集は返し損ねた。まあ今更どうでもいいが。

 別れ話と乱闘、そしてやけ酒を済ませ、剥がれ落ちた化粧と山籠もり入門書をお供に帰宅した22時14分。ビールを飲もうと冷蔵庫を開けると、何故か食材が幾らか消えていた。代わりに、元カレと鍋をつつき合った食卓には、炊きたての米とみそ汁と唐揚げと胡瓜の酢味噌和えと、そして、「おかえりきょうちゃん」と笑みを浮かべて私を迎える彼があった。

「あれえ、かせーふさんなんてやとうかね、どこにあったっけぇ」と混乱する。だが少しでも冷静になった瞬間に「浮気」「婚約破棄」「人生設計崩壊」がテキーラに侵食された脳内に滲み出す。それを振り払うように「あの糞野郎からかねふんだくってくりゃあいっかぁ」と開き直り、がつがつと飯をかき込んだ。

 その後自分が何かしでかした気がするが、記憶が朦朧としてよく思い出せない。強いて言うなら、塩麴で味付けした唐揚げが美味しかったことは覚えている。

 とにかく昨日はそんな調子で、何より朝目覚めた部屋には自分一人しかおらず、昨日の馬鹿げた記憶は「…何だ夢だったか」と思った。


「ねえねえきょうちゃん」

「…なに?」

「ううん、呼んでみただけ」

 そんな考えを破壊するかのように彼は今日オフィスに現れ、そして今も私にじゃれついている。本当に人の着ぐるみを来た犬であってほしいが、それにしては無臭過ぎる。

 確定しているのは不法侵入。勿論これだってやばい。しかし、警察沙汰で済みそうなだけましだ。本当にまずいのは、リコ君…リコ君って何だ?なんで職場の同僚たちは、私の知らない私の知り合いを知っているんだ?そもそも私は彼の名前も性別も知らない。ただ彼らがリコ“君”と呼ぶので、彼と呼んでいるだけだ。極めつけに、その私が知らない誰かを、彼らは私の親戚か何かのように扱っていた。「また佐伯さん家来とったんか」とか「前よりちょっと背が伸びたんじゃないかしら」とか、もう訳が分からなくて、適当に話を合わせるので精一杯だった。

 彼は本当に何者なんだ。出来ることなら今すぐにでも問い詰めたいが、消えゆく夕暮れの見守る18時36分、会社帰りの人間がそこら中にいる。ぬるい空気に漂う夕飯の香りを通りすぎるばかりで、聞き出すタイミングが掴めない。

「きょうちゃん、どうしたの?」

 思考を読まれたのかと思い一瞬硬直する。しかし、その八の字に下がった眉を見る限り、ただ心配して聞いただけのようだ。ちなみに私の名前は杏桜子(きょうこ)だが、昨日の泥酔した私にでも聞いたのだろうか。


 ふいに、駅からここまでべったりとひっついていた彼が私の腕を離し、前方へパタパタと駆けて行った。何かと思って見れば、1~2歳程に見える子どもが泣きじゃくりながら地団太を踏んでいる。考え込み過ぎて気づかなかった。母親らしき女性は大きくてわんぱくそうなサモエドのリードで片手が埋まっており、短い手足を振り回す我が子を制御しかねている。

 助け舟を出すべきかと思ったが、私が動く前に彼はその赤ちゃんを「どっこいしょ」と持ち上げると「よしよーし、ほらっ、いいこいいこ」と抱っこしながら宥めるように頭を撫でた。赤ちゃんはふいをつかれたようにポカンとしていたが、すぐに「ねんね」と顔を綻ばせる。すると、彼は母親にそっと赤ちゃんを渡し、今度は構って欲しそうに吠えるサモエドへと突進して「ワンちゃんふわふわー」と言いながら顔を埋めた。そのまま抱きしめてあやしていたが、どうやら馬力で負けるらしく押し倒されそうになっている。


 五分程経って赤ちゃんが母親の腕で寝息を経て始めると、彼女は「本当に助かりました」と感謝を述べて帰って行った。彼は「おまたせ」と駆け寄って私の腕を抱え、再び我が家への帰り道を先導し始めた。依然として正体不明なことに変わりはないが、昨日私に食事を作ってくれたことや先ほどの様子を見ると、どうやらお世話するのが好きなのかもしれない。

 それにしても可愛いな、と思ってしまった。私を見つめる、その琥珀色のつぶらな瞳を見ていると、今の状況も実はそんなに悪くないのではないか、という気分になってしまいそうだ。冷静に考えれば問題しかないが。

 そんな現実逃避をしていると、風に揺れるTシャツの隙間がふと視界に入った瞬間、昨晩の記憶がフラッシュバックした。その記憶の破片の中で、何故か浴室で服を着たままの彼に私が後ろから抱き着いている。昨日の私は一体何をしていたんだろう。余りにも意味が不明で思わず立ち止まってしまった。

「きょうちゃん、大丈夫?」

 透き通ったその目で心配そうに見つめる彼に対し、何とか動揺を隠し大丈夫だと伝える。

「ほんと?仕事つかれてない?」

「うーん、ちょっと疲れたかな」

 すると彼の表情は得意げな笑みにコロッと変わった。

「じゃあ今日もごはん作ったげる。なにがいい?」

 通りすがりの年配の夫婦が意外そうに、いや寧ろ訝しそうにこちらを見てくる。まあ当たり前か。態と少し間を置いて、回鍋肉が食べたいと言った。すごく大人げないことをしている上に妙なオーダーをしてしまった気がしたが、彼は首を傾げて口にする。

「じゃあなんでここまで歩いてきちゃったの?ブタのバラ肉はさっきのお店のほうが安いじゃん」

 外食に向かう近所の大学生が感心そうに見守る中、私の手を引きイロン浅ノ前店まで歩いて行った。



 ■



 周囲の視線にどぎまぎしながら買い物を終え、彼に引っ付かれながら歩いていると、19時17分、とうとう家の玄関まで来てしまっていた。鞄から鍵を取りだし扉を開けるのが流れではあるが、本当にそれでいいのかと優柔不断な気持ちが湧いてくる。彼は私に危害を加えなさそうだし、最早落ち着いて話し合える場所が家の中しか見当たらない。しかし、彼を家に上げてしまえば、何か引き返せない事態になりそうな気がしてならない。それに、断片的に思い出しつつある昨日の出来事が未だに謎だ。浴室の中、彼の服は何故か泡だらけになっていて、しかも「きょうちゃん、流石にだめだよ」とどうやら私を咎めていたらしい。本当に何をやらかしたんだろう。寧ろ直ぐにでも確認すべきかもしれないが、その勇気が出せずにいる。


 そんな風にモタモタしている私をよそに、彼はポケットから無造作に合鍵を取り出し「がちゃっ」という声と共に扉を開けてしまった。なぜそれを持っているのだろう。これまで合鍵は元カレにしか渡していない。私が家に入りきらずドアを背にしてぼうっと突っ立っている間にも、彼は「ただいまー、おかえりー」と家の中に入り、コロッとしたスニーカーを脱ぎ始める。そしてすぐにでもご飯を作る準備に取り掛かる素振りを見せるが、そんな彼の手を、左足だけ外に出し扉を締め切らないまま咄嗟に掴んだ。少し力が入りすぎたのか、彼は一瞬びくっとする。慌てて力を緩めるが、しかしまだ離すわけにはいかない。


 彼はこちらを振り返り、不思議そうに首をかしげた。

「きょうちゃん、こんどはどうしたの?」

 声色は無邪気なままなのに、様子が変わったように見えた。

 外の明かりが中途半端に玄関に侵入して、彼の顔を照らす。日が出ている間は真っ直ぐな輝きを携えていた琥珀色の瞳が、今はぼんやりとだけ光を反射していて、その奥にある影に油断すると飲み込まれそうになる。

 出涸らしの理性でなんとか深呼吸をして、なけなしの勇気で口を開いた。

「ねえ、あなたは誰?何者なの?」

 彼はきょとんとした後、静かに笑った。その瞳のまま口元だけ僅かに釣り上げる笑みは可愛らしくも、私の眼にはどこか怪しげに映ってしまう。

「んー、誰でもいいけど、しいて言うならきょうちゃんが見たいように見てほしいな。会社の人たちみたいに親せきでもいいし、悪魔とか天使とか、まあ神さまとかでもいいよ」

 そう言うと、彼を掴む私の右腕を見つめながら、右手の指先でつーっとなぞり始める。こそばゆい上に何の意図があるのか皆目見当も付かないが、余りに愛おしそうにするその瞳に思わず見入ってしまう。掴んでいた手の力が抜けると、今度は心臓の音が聞かれそうな程近づいてきた。

「ほら、家の中に入れるか追い出すか、きょうちゃんが選んで。寂しいけど、もし追い出すんだったら、僕ちゃんと帰るよ?」

 こちらに決定権のある提案のはずなのに、その甘えたような、切なそうな声が、私から拒絶する選択肢を奪い去る。その上目遣いで見つめられると、何故か金縛りにあったかのように身体が動かなくなる。これはマズいと思い、せめてもの抵抗として浅くなる呼吸を悟らせまいとする。だが無駄だった。頭の後ろにその小さな右手が回されたかと思えば、そのまま首元に「ぎゅっ」と引き寄せられる。鎖骨と襟ぐりの間に入りこんだ私の荒い息がシャツを不規則に揺らし、彼は少しくすぐったそうにはにかんだ。そして私の頭を撫でながら耳元に唇を寄せ、こしょこしょと話す。

「僕てきには、中に入れてくれたらうれしいな。きょうちゃんといっしょにいたいし。ほら、そしたらしてほしいこと沢山してあげる。ねえきょうちゃん、お願い」


 頭を撫でられる心地よさと、耳にかかる吐息のこそばゆさで、体が痙攣しそうになる。

 いよいよおかしくなりかけたその時、左下の方からコツコツという音がした。その音は次第に近づいているように聞こえる。同じアパートの住人が帰ってきたらしい。彼はクスっと笑い、その左手の細い指先で私のうなじをくすぐるように撫で、今度は吐息が耳の中に入るように、悪戯っぽい声でぽしょぽしょと囁いた。

「ねぇ、きょうちゃん、玄関のドア、まだ開いてる

 このまま迷っててもいいけど、近所の人に見られちゃうね

 ほら、コツン、コツン、って聞こえるじゃん

 今、階段上ってるのかな

 ね、早く決めないと

 ほら、さん、にっ、いち———」

「ぜろ」を言うか言わないかのすんでのところ、ストッパー代わりにしていた足を抜き左手で乱暴にドアを閉める。暗闇が視力を奪い去るその刹那、今も私に体温を注ぐそれは、あの無邪気な笑みを浮かべて見えた。



 ■



 この後どうすればよいのだろう。

 ドアを閉めた勢いは直ぐに途絶え、彼の首元にだらりと首を預けている。薄明りにすら見放された玄関で、その細い首筋がかすかに動くのをぼんやりと感じている。

 彼は左手を私のうなじから頭頂部に移し、「えらいえらい」と慈しむように私の頭を撫でている。妙な包容感と共に、服の下の柔肌から体温が伝わってくるのを感じる。こんな風に頭を撫でられるのはいつぶりだろう。元カレもいつからか、行為が終わった時ですら私に構うことなくスマホを触るようになっていた。今にして思えば、あの時点で既に関係は終わりつつあったのかもしれない。

 背中をトントンとされながら頭を優しく抱かれると、どうしようもなく甘えたくなって、彼の身体を抱き返した。

「こら、どこ触ってんの」

 体格差を考慮していなかったせいで、手を背中に回したつもりがもっと下の部分に当たっていた。慌てて手を離すと、挑発するような声で囁かれる。

「もう、きょうちゃん、またエッチなことしたくなったの?」

 思わず咳き込む。しかし酷いことに、朧げながら心当たりがあった。

「あのさ、昨日、ご飯食べさせてもらったあと…私何かやった?」

 おずおずと尋ねると、彼は少しムッとしたように「何かもなにもきょうちゃんがやったんじゃん」と言いつつ昨日の事を話した。

「ほら、昨日ごはん食べたあと、きょうちゃん「じんとにっく作る」って言いながらビールに洗剤まぜたやつ飲んじゃって、んで僕におもいっきり吹きだしたでしょ。

 そしたら「すぐに洗わなきゃ」っておふろに連れてって、服着たまんまなのにシャワーかけてきたじゃん。

 最初は服の上からあらうだけだったんだけど、だんだんエッチなとこばっかさわりだして、おしりにぐりぐり~ってしてきたあと気絶したの。

 ねえ、ほんとにぜんぶ覚えてない?」


 彼の言葉で記憶が鮮明になってくる。そうだ、泥酔した私が「もうおとこなんてやめておんなのことつきあう」などと抜かしながら彼の胸部を弄り、「僕男だよ?」という発言が信じられず「うそだぁ、おっぱいのさいずなんてきにしなくていいのに」と戯言を吐き、そのズボンの中に手を入れようとしたのだ。最悪である。

 こんな事なら態々聞かなかったらよかったと思ってももう遅い。人生の履歴の中に突如挿入された自分自身の罪に唖然とする私を、彼は更に追撃する。

「ねえきょうちゃん、どうしたいの?しなくていいなら、今からご飯作るけど、それでいい?」

 いつの間にかさっきと同じような状況に陥っている。いや、最初からかもしれない。昨日帰宅した時も、オフィスからここまでの帰り道も、ついさっきも、彼を否定すること自体は可能だったはずだ。しかし何だかんだで受け入れてしまっている。今も、同じ罪を繰り返すわけにはいかないと自分自身にそれっぽく言い聞かせているのに、私を包容するその暖かな快楽が振り払えない。このだらりと下した両腕をどう動かせばいいのだろう。


 自分が最早、理性も意志も持たない存在だと主張するようにその首元にうなだれていると、彼が呆れたように口を開く。

「きょうちゃん、エッチなことができなくなるのは嫌だけど、自分からしたいっていうのは怖いんだ。ふーん。だめな子」

 暗闇でよく見えないが、少しムッとしているような感じがする。きっとショート動画に出てくる拗ねた子犬のような表情をしているのだろう。


「しょうがないなー」

 そう聞こえてきた次の瞬間、その小さな手で顔を持ち上げられたかと思えば、唇を塞がれていた。思わず喉の奥から変な音がでるが上手く声として出力されない。パッというリップ音と共に唇が解放され、またすぐに奪われた。彼は「んー」と甘えるような声を出しながら唇どうしで甘噛みするようにキスをしている。唐突過ぎる行動に混乱しながらも、私の脳は否応のない快感に侵される。情事の始まりに元カレのしてきたマンネリのディープキスとは異なる、柔らかくて小ぶりなそれで強張ったところを少しずつほぐされるようなこの快楽に妙な感度で反応してしまっている。

 彼がやっと唇を離すと、ジュパッとやや下品な音がした。彼は恥ずかしそうに顔をそむけたが、それを誤魔化すようにまた私の頭を抱きしめる。そしていつの間にか力が抜けて膝から崩れ落ちていた私を、頭が土間の反対側に来るように自然に仰向けにさせ、その腰を下腹部にそっと降ろすように覆いかぶさり、頭の後ろと床の間に手を差し込む。その手のひらで私の頭を持ち上げると、またキスをした。最初は軽く唇を重ねるようなものだったが、次第に歯で甘噛みするようなものになり、今度はしっかりと唇を密着させ、そのまま暫く経った頃合いでチュポッという音と共に離れた。


 次は何をしてくるのかと身構えていると「なでて」とせがんできた。やや拍子抜けしながらもその背中をさすり後頭部を手のひらでポンポンとしてやると、本当にうれしそうに頬ずりをしてくる。

 何となくお預けを食らったように宙ぶらりんになっていると、耳元で彼が囁く。

「きょうちゃん、満足した?」

「…」

「ねえねえ、どっち?もうおわりでいい?まだ続けたい?」

 暫く私の微かな息の音だけが気まずそうに続いた後、彼は痺れを切らしたように「もーっ」と言い、その頬を私の左肩に載せる。心なしかすこし熱くなったその頬の感触を意識したちょうどその時、ふいに首筋に吸い付かれた。思わず「きゃんっ」と柄でもない声を上げる。彼はお構いなしに三度それを繰り返し、また吸い付き、今度はそのまま舐りはじめる。こそばゆさの混じった快感にたまらず身をよじるが、彼は「だめ」と言って、左手を私の脇腹の辺りに置いて抱きすくめる。甲高い声が出そうになるのを必死で我慢していると、今度はその指の腹で脇腹の辺りを「こしょこしょ」とくすぐり始めた。我慢しきれず「んぅっ」と声が漏れる。じれったい快感に少し慣れ始めると、彼は耳を責めたり、また首筋に吸い付いたり、くすぐる位置を脇や太ももに変えたりして、嬌声が上がるのを止めさせてくれない。その度に彼がクスッと笑うのが微かに聞こえる。


 いつしか声を抑えるのを忘れ始めた私を見て満足したのか、彼は一旦責めるのを止めた。私の首の下と床の間からその右手を潜りこませて、あやすように私の頬をなでる。どことなく誇らしげに「むふー」と鼻息を立てるが、敏感になっている上に油断していたせいで、「ん゛あっ」と変な声を出してしまった。彼は「こんなので反応しちゃうんだ」とわざと吐息交じりに囁きながら少し体を横にずらし、柔らかな太ももで私の脚を挟んでくる。そのすべすべとした感触が、自分だけ汗で濡れていることを意識させてくる。それが何だか恥ずかしく、暗闇の中でもじっと見つめるその瞳から目を逸らした。すると「よそ見しちゃだめでしょ」と鎖骨の辺りを甘噛みされ、今度はその左手を私の胸の辺りに置かれた。涙をぬぐうような丁寧さでそっと指を滑らせ、敏感なところを探ってくる。何とか声は抑えていたが、その中指の腹が先っぽの部分を掠った時にピクッと痙攣してしまった。彼はまたクスリと笑うと、今度は人差し指の先でその周りをなぞり始める。「昨日のしかえし」らしい。体全体がビクッと大きく痙攣するが彼は右腕と両足で私を拘束して離そうとしない。責められているのはその一点のはずなのに、息が詰まるようなむず痒さが全身に広がっておかしくなりそうだ。「そこ触ったら駄目」と訴えとも喘ぎともつかぬ声を上げるが許してくれない。

「もっと甘やかすつもりだったけど、きょうちゃん、だめな子だからおしおき」

 相変わらず無邪気な様子のまま、執拗に快楽を注ぎ込んでくる。その薬指で先端をカリカリとされた時、反射的に彼を強く抱きしめた。その流れで彼の太ももが私の奥の方に押し込まれる。汗のないはずの彼の肌が下着越しに濡れているように感じた。すぐに逆であることを理解したその刹那、彼は照れたように「えっち」と呟いてわずかに目を背ける。フッと少しだけため息をつき、またすぐに私の方に目を向けると、その足をゆっくりと前後させ始めた。左手による愛撫は止めずに、秘部全体をマッサージするように太ももをじんわりと押し付けながら動かしている。ショーツの摩擦も合わさって、低反発枕を擦り付けられているみたいな感覚だ。さっきまでのじれったい行為で痺れていた体に直接脳を突き刺す刺激が走り、堰を切るかの如く熱を帯びた衝動が溢れ出す。「いやっ」という決まり文句とは相反して彼の背中に回す力は増していく。彼はこういう矛盾を許してくれないらしい。

「抱きしめられるのは好きだからいいけど、おしおき中だから口ごたえしちゃだめでしょ」

 その右腕でホールドするように私の頭を抱きしめて、顔どうしを密着させると、口の中に舌を侵入させてきた。その短い舌をうまく届かせるのに少し難儀していそうだったが、胸の先をきゅっと摘ままれて喘いだ拍子に私の舌が触れて、絡み合う。ジュルっという水音が口の中から響いた。初めは彼の方から積極的に絡ませていたが、最早どちらがそうさせているのか分からない。自分でも気づかないうちに私の手は彼の臀部の下側を掴んでいて、その太ももが敏感な突起の部分に当たるよう調節していた。彼は、それを意識してか、柔らかいそれを少し小刻みに擦ったり、ぎゅうっと密着させて圧し潰したりする。いっそ辛い程の快感が押し寄せてくるのに、その身体を腕の中に収めるとぬいぐるみを抱きしめた時のような安心感があって、辛い感覚がなくなっていく。舌が絡み合う度、純粋な愛情を流し込まれているような感じがして、それが下半身から来る刺激と脳の中で混ざる。


 さっきまでの比較的乾いた音は、明確に水分を含む淫らな音に変わっていた。心なしかムワッとしてきた玄関で、よがりながら嬌声を上げている。愛撫の速度は少しずつ上がっていき、もうすぐ達しそうな気がしたちょうどその時、彼はふいに動きを止めた。平然とした調子で

「もうおしおきになってないからお終い」

 と言い放つ。「へぇっ?」と可笑しな声が漏れて頭が真っ白になったが、すぐにどうしようもなく切ない感覚で飽和した。

「ねぇ、お願い、やだ、動くの止めないで、お願い、お願い、します、まだ、やだぁ」

 と恥や外聞を捨て去っても尚みっともない懇願をしながら、その華奢な身体に縋るように抱き着いて情けなく腰を擦り付ける。彼は「きょうちゃん、わがまますぎ」と口調だけは少し注意するようだが、愛おしくて仕方がないかのように私の頭を手のひらで包み込む。

「じゃあちゃんと言って。ずりずりーってするやつ、もっかいしてほしい?」

「…ほしい、です。いや、イクまで、欲しい」

 彼は嬉しげな吐息と共に

「よくできました」

 と耳元で囁くと、中断する前と同じ速さで太ももをぐりぐりと動かし始めた。結果的に焦らされた上に今度は自分の動きも加わって、またすぐに達しそうになる。

「イクとき、キスして」と絞り出すような声で要求すると、「ちゃんと言えてえらい」と言って更に前方に身を乗り出す。とどめと言わんばかりの刺激と共に頭を撫でられながらキスをされると、ついに達した。絶頂しながらも更なる快楽を求めるように、彼の尻を鷲掴みながらその口の中を舌で凌辱する。少し痛いぐらいのはずだが、どこか恍惚としている。そんな彼の甘えるような声を、私の絶頂がかき消した。



 ■



 数分ほど経って、ようやく意識が戻ってきた。本当に自分から発せられたのかと疑いたくなるような声を出した気がする。元カレとの行為でも声が外に漏れていないか心配になることはあったが、今回は場所が場所だけに、玄関の前を人が通っていたら間違いなく聞かれていただろう。今更心配しても気が滅入るだけなのでやめにした。


 さて、やってしまった。仰向けに転がる私に覆いかぶさり、その薄い胸板を顔面に押し付けるように私の頭を抱きしめるこの何者かと。軽いが流石に息がしづらい。

 ついさっきの事なのに現実味がない。一切の素性が不明な存在を結果的に家に連れ込み、欲望に流されるままその愛撫を受け入れ、最後は自ら快楽を求めた。余りに馬鹿げているが、全て自分の行動だ。こんなマズいことしかなさそうな状況の中、最早考えるのが面倒になってきた。それどころか、自分でもよく分からない満足感と共に、前戯だけでイカされたことを今更恥ずかしく思っているような有様だ。

 体力的には一旦休憩したいところだが、行為の段階的にはまだ物足りない感じがする。彼を抱き返しながら、それとなく太ももに指を置いたり胸板に顔を埋めたままモゾモゾと動いたりして、察して貰おうとする。しかし彼は、私の頬にムチュッとキスをした後頭からそっと手をはなし、すくっと立ち上がった。

「今はダメ。あんまりほっとくとお肉いたんじゃうでしょ。ごはん作っとくから、さきにおふろ入ってきて」

 と言うやいなや買い物袋を「うんしょ」と持ち上げ、私を置いてさっさとキッチンに行ってしまった。


 安堵していいのか切なくなればいいのかよく分からないまま、仕方なしに浴室に入る。壁に取り付けられたデジタル時計を見ると19:42を表示していた。想像より全然時間が経っていないことに少し驚く。ひとまずシャワーを浴び、普段より丁寧に体を洗って湯船に浸かるが、一人でいても余計気が落ち着かない。結局五分かそこらで上がってしまった。


 髪を乾かし、ルームワンピースを着ると、鍵を閉め忘れていたのに気付く。玄関に向かうと、少し空気がひんやりしていて、先程の熱気と湿度が嘘のようだ。

 鍵をかけてリビングに出ると、キッチンで彼が孤軍奮闘していた。既にキャベツ、ピーマン、赤パプリカは一口大に切られてボウルに入っているが、豚バラのブロックを切るのに苦戦していそうだ。私が上の方にある棚を開けたりするのに使う踏み台に乗りながら、「フンっ」と力を入れて切っている。危なっかしいので手伝おうかとも思ったが、包丁を持って肉と格闘する姿に気圧されて尻込みしてしまった。

 何とか肉を切り終えると手を洗って合わせ調味料を作るのだが、とにかく作業が速い。いつの間にか塩で下味をつけた肉を炒め始めていた。しかも、キッチンの数歩手前で見守る私には目もくれず、一心不乱に調理に打ち込んでいる。帰り道ことあるごとにじゃれついてきた時や、つい先ほど私を滅茶苦茶にした時とはまるで様子が違っているが、フライパンを持ち上げる度に「うおりゃ」とえらく気合の入った声で踏ん張る姿は妙に愛嬌があった。


 野菜に火が通り、一旦取り出していた肉を再びフライパンに戻すタイミングでやっと彼は私を一瞥し、「ごはん凍らせたやつレンチンしといて」と言った。冷凍庫を開けると、確かにラップで包まれたご飯が二つ入っていたが、自分でやった記憶がない。混乱しつつもそれぞれ解凍して加熱し、茶碗に入れて食卓に持っていくと、今度は「冷蔵庫からレタスのやつ出して」とキッチンからやや大きな声で指示を出された。命じられるがまま冷蔵庫を開けると、いつの間に作ったのか分からないキャベツの副菜がタッパーに入っていた。しかも水気で味が薄まらないようキッチンペーパーが敷かれてある。それを小皿二つに分けて箸二膳と共に食卓に置きとりあえず椅子に座ると、ちょうど彼も回鍋肉を作り終えたらしい。慣れた手つきで平皿によそうと、「こっちがきょうちゃんの分」とやや多めの方を私の前に置いた。甜麵醬の香りがふわっと伝わってくる。


 彼は自分の皿と麦茶(これは私が作り置きしているやつだ)を入れたコップ二つをテーブルに置くと、何故か本棚のある部屋へ速足で向かっていく。すぐに戻ってきたが、例の「東欧のc教史」を両腕で抱えていた。何をするのかと思いきや、辞書のように分厚いそれを椅子の上に置き、座布団代わりにして「よいしょっ」とその上に座った。そして「いただきます」と手を合わせ、右手で箸を取る。つられて自分も箸を取ると「ちゃんといただきますって言って。ブタさんを消費してるんだから」と促された。ここまでの彼の行動とのギャップに面食らいつつもおずおずと「いただきます」と言うと、彼は「味わってたべてね」とニコっと笑った。


 食卓から立ち上った湯気が部屋の照明に浮き上がっている。

 まずは回鍋肉に箸をつけるが、王道の美味さだ。程よい歯ごたえのある肉とシャキシャキした食感の野菜を口に入れると、初めはタレの味がガツンとくるが、噛むたびに肉の旨味が溢れ出してくる。そしてこれがまた白米によく合う。疲れからか妙に腹が減っているのもあり、高校に通っていた頃以来久しぶりに米をお代わりしたくなった。回鍋肉と白米を二往復し、箸休めにレタスを食べてみるが、これも美味い。彼曰く「しおこんぶとオリーブのオイルで味つけしてる」らしい。

 私が黙々と食べている間、彼はこちらをチラチラ見てくる。私が箸でつまんだ料理を口に運ぶ前はやや不安そうに見てきて、素直に「美味しい」と言うとほっとしているとも満足しているともつかぬ顔をする。逆にこちらからじっと見つめたりすると、恥ずかしそうにはにかんで目を逸らす。この機に色々聞くつもりだったが、何となく毒気を抜かれてしまった。


 どうしたものかと悩んでいたその時、ふと思い出したことが口を衝いて出た。

「そのテキストって、あいつに返さなかったっけ?」

「あいつって?ああ、ジョージ君のことね。だって、僕があのひとの家からもってきたから」

 ジョージというのが元カレの名前だ。聞きたくもない名前が出てきたが、それどころではない情報をさらっと開示されたことに気づく。

「えーと、つまり、あいつの家からその分厚い本をここまで持って来たっていうこと?」

「そうだよ」

「何でわざわざ?」

 そう聞くと、彼は「どう言ったらいいんだろ…врата、もんか、えーと、עַיןは…日本だと目だっけ、うーんびみょうかな・・・」と悩み始めた。よく分からないが、不十分な日本語の語彙で何とか自分の考えを伝えようとしているらしい。暫くして、思いついたように話し始めた。

「そうそう、たぶん日本に合わせてせつめいすると依り代っていうやつ?に近いとおもう。そばにおいとかないとダメとかじゃないんだけど、ほら現代でもさ、サーバーが会社のなかにあったほうが便利だったりするんでしょ?そんなかんじ」

 何というか、頑張って説明しようとしてくれているのは伝わるのだが、寧ろどんどん分からなくなってくる。


 皿の上の料理は半分ほどになっていた。もう湯気は立ち上っていないが温かさは残っている。一先ずテキストが我が家にあるのは彼が何らかの(どうやら私には把握しかねる)理由で持って来たからだというのは分かった。しかし、逆に疑問が湧いてくる。彼の様子を見るに、私が理解できるかは別として、質問すれば素直に答えてくれそうなので聞いてみることにした。

「あな…リコ君は、ジョージの家にいたの?」

 そう聞くと、逆に「「いた」っていうのは、どういういみでの、えーと、存在のこと?」と質問で返されてしまった。そんな禅問答みたいなことを問われても困る。哲学をしている場合でもないので、代わりに「例えば、一週間前からジョージと一緒に暮らしてたりした?」と聞くと答えてくれた。

「いや、ぜんぜん。昨日きょうちゃんが出てってから27分たってから、うーんと、こうりん?っていうかげんかいというか、そう、ぶつり的に出力された。でもね、けっこー前からジョージ君のことは見てたよ、テキストごしだけど。さいしょはほんとにまじめな子だったのに、いつのまにかイヤな感じのぎぜん者になっちゃった」

 平然とした口調だが、その表情は何故かやるせなさそうに見えた。それも不思議ではあるが、それ以上の疑問が生じている。質問する度により謎が深まるのはどうにかならないのだろうか。彼は「降臨、現界、物理的に出力」と言ったようだ。「テキスト越しに見る」というのもよく分からない。取り敢えず率直に思ったことを投げかけた。

「リコ君は神様なの?」

「うーん、どう見える?」

 またそれかと訝しむ私を見て、彼は笑いながら釈明する。

「しょーがないじゃん、僕にもわかんないんだから。そもそも神か天使か悪魔かでごちゃごちゃだし、さっきの会社の人はきょうちゃんの親せき?だと思ってたし」

 米を口に入れたまま思わず前のめりになり、うっかりむせそうになった。

「えっ、あれってリコ君がそうさせてたんじゃないの?」

 彼はあっけらかんとして答える。

「今の僕にそんなのムリだよ。そういう細かいことやるのにもすごいエネルギーいるし」

「じゃあ何で…」

「僕もちゃんとは分かんないけど、多分その方がゆがみが小さいんじゃないかな。とりあえず楽しかったからいいけど」

「…ゆがみ?」と、知らない言葉の意味を聞くようにオウム返しに口にする。

「うーんと、「人間の認知の歪み」っていうのが正しいのかな」

 急に言葉の響きが物騒になった。いや、であればこの状況も認知の歪みによる幻想なのか?という思考が「あ、ちなみにきょうちゃんには効かないから関係ないよ」という言葉で遮られる。脳内を覗かれたような感覚に肩がビクッと震えた。

「な、なるほど…?えーと、そうそう、因みにオフィスまではどうやって来たの?朝はいなかったけど」

「ちょっと今日の晩御飯の準備した後に一旦隠れて、また来たらきょうちゃんの会社のロッカーにいたの」


 もうますます混乱してきた。よく分からないことが多すぎて、逆に何を聞けばいいのか判断しかねる。とりあえず回鍋肉の肉とピーマンを口に入れて、口の中の感覚に集中する。うん、肉の歯応えとピーマンのシャキシャキ感が合わさって美味い。少し落ち着いた気がする。いまいち意味の分からない言葉が複数出てきて理解に苦しむが、どうも今日のオフィスでのおかしな出来事は彼自身が意図して起こしたわけでは無い、ということなのだろうか。私がこのように混乱している間にも、その原因である彼は何も考えていなそうな様子でモグモグと咀嚼している。どうやら彼の正体を暴こうとするよりは、見たままの彼と向き合う方がまだましな気がしてきた。



 ■



 20時42分、いつの間にかお互い食事を終えていた。彼は「ごちそうさまでした」と言い、自分もそれに倣う。二十歳を過ぎたこの身体になんだかんだで豚バラ肉は重く、食べ終えて腹八分ぐらいになっていた。


 彼は「速めにお皿あらっちゃおう」と言って席を立つ。自分もそれに続き、二人で食器を分担して流しに持っていくと、突然彼が固まった。斜め上を向いてぽかんと口を開けたまま、電源の切れた機械のように停止している。唐突のことに動揺しながらも「大丈夫!?」と声を掛ける。「あっ」と我に返ったと思いきや、今度はその体勢のまま「スムージーっていうのがあるのか」と言い出した。このタイミングで何を言い出すのかと困惑する私を余所に、彼は冷凍庫を漁って冷凍のブルーベリーとバナナを取り出し、「スムージー食べたい?」と聞いてきた。「え、う、うん」と間抜けな返答をすると、彼は「じゃあ作るから洗いものおねがい」と言って、ブレンダーとその他材料を準備し始める。呆気に取られつつも、その可笑しな様子を見ていると警戒心を持つのも馬鹿らしく思えてきた。それと同時に、この訳の分からない存在に、今度はこちらから仕掛けてやろうという姑息な勇気が湧いてくる。

 彼は踏み台の上で背伸びをして、蜂蜜の入ったチューブボトルを取ろうとしている。何とかそれを手にした彼が降りてくるのを見計らって、後ろから抱きすくめてみた。どこかフワフワした感触と温かい体温が相変わらず心地よい。彼は「わっ」と驚きながらも、にへっと顔を綻ばせた。

「きょうちゃん、スムージー食べたいんじゃないの?」

「うん、すごく食べたい。だから頑張って振りほどいて」

 彼は意図を理解しかねるように首を傾げるが、止む無しといった感じで気合を入れ、「むぐおお」と微妙にドスの効いた声を発しながら全身の筋肉を使ってジタバタし始めた。…どうやら精一杯のようだが割と余裕で抑えられる。なるほど、フライパンを持ち上げるのにも苦労するわけだ。

 これで気になっていたことの一つが分かった。超常の存在のようだが、やはり彼は弱い。弱い振りをしているだけではないかという疑念を払えずにいたが、どうも違うようだ。片腕で抱きしめながらその頬をつつくと「きょうちゃんのいじわる」と一層ジタバタするが、それだけだ。そもそも私に危害を加える動機も素振りも見られなかったが、それでも心のどこかで張り詰めていたらしい。強張っていた肩の力がふっと抜けるのを感じる。


 密着しているせいか、少し身体が暑くなってくる。暫く彼を理不尽な動機で拘束しながら頬をつねり続けていると、最初は懸命に抵抗していた彼も静かになってきた。それとなく顔を覗き込むと、凍り付くような笑みを浮かべて「いいかげんにしないと「佐伯杏桜子っていうみなほ銀行巻原支店に勤めてる女の人に変なことされてます」って近くにいる子たちに聞こえるぐらいおっきな声出すよ?」と脅された。どうやら諦めたのではなく、堪忍袋の緒が切れたらしい。「ごめん」と言って解放すると、「もう」と頬を膨らませながら私の腹部に頭突きを食らわせてきた。

 流石に調子に乗りすぎたことに反省しながら洗い物をしていると、彼はブレンダーに材料を投入しながら「たしかに今の僕はめちゃくちゃよわいけど、あんまり変なことするとどんなことが起こっちゃうか僕もわかんないから気をつけてね」と口にした。声色はやや不機嫌ぐらいに戻っているが、口調的に真面目な忠告らしい。ブレンダーの鳴り響く音を背に、しおらしく「はい」と答える。


 洗い物を終えると、既にスムージーを作り終えた彼が私の腕を抱えて「早くたべよ」と引っ張って来た。だが食卓の上にスムージーは見当たらない。ふと見ると、二人掛けソファの手前にあるローテーブルにガラス容器が二つ置かれている。どうやらデザートはそっちで食べるつもりらしい。付き合い始めた頃は「食事中もくっついていたい♡」という大学生カップル特有の阿保みたいなノリでそのソファに座って食事をしていたが、いかんせん食べにくいので私が働き始めた頃に今の食卓を買ったのである。嫌なことを思いだした。

 彼は構わず私を右側に座らせると、身体が密着するぐらいの距離感で詰めてきた。手の甲が自然と彼の太ももに当たる。そして彼は「いただきます」と言って左手でスプーンを取るが、手に取ったのは私の前に置かれた方だ。そして私をじっと見上げてくる。何となく促されている気がしてきた。「いただきます」と唱えると「あーん」と口の前にスプーンを差し出された。口を開けてその匙にのっているスムージーを食べようとすると、彼はスプーンの向きをくるりと返し、それを自らの口に入れ、ごくんと飲み込むと、「フフン」といたずらっぽく笑った。口にスムージーの跡が少し付いている。スプーンを私の方に戻すと、今度は自分のスプーンを左手に取った。「今度はちゃんとあげるね」と言って「ほら、もっかいあーんってして」とまた私の口の前に差し出す。

 何だろう、無性にやり返したくなってきた。一方、微笑ましいいたずらを成功させて無邪気に笑う彼を見ると、やはり性的な目で見ること自体がおかしいと今更ながらに思う。確かに彼は可愛い。しかしその小動物じみた在り様は、性的なそれとは寧ろかけ離れたもののはずだ。少なくとも私は、その華奢な身体に反応するようなフェチズムではなかったはずだ。玄関での行為では気が動転していた上に彼の姿は見えていなかったのだから、彼自身に発情していたわけではないはずだ。というか、そう思いたい。


 固まっている私を見て、彼は不思議そうに「どうしたの?」と声を掛ける。まだスムージーの跡が口に付いたままだ。うん、この程度ならいたずらの仕返しの範疇だろう。「ごめんごめん、じゃあ頂くね」と促すと、彼はずいっと一層身体を寄せ、スプーンを私の方に持ってくる。しかし私は、「ほら、あーん」とじゃれた声を出す、その口の方をついばんだ。付着したスムージーを舐めとるように、そのプリプリした小さな唇に吸い付く。甘酸っぱい味がすぐに口内に溶けていった。むじゅっと水っぽい音がするが、やはり興奮するようなものではない。それが分かれば十分だ。音がしないようにそっと唇を離すと唾液が銀の糸のように垂れて逆に卑猥な感じがするが、だからどうという訳ではない。

「いや、口にスムージーが付いてたから、そっちかと思って」

 とおよそ正気の沙汰ではないような誤魔化し方をするが、きっと彼は「またいじわるした!」と無邪気に怒って、精々私に軽く頭突きをするか、小突くぐらいのことで済むだろう。

 …桃だった。完熟の。割と比喩ではなく、頬から耳までうっすら赤く染まっている。

 ぷるぷるしながら何とか溢さずにスプーンをガラス容器の中に戻すと

「もう、ばか…ふいうちとか…さいてい、あほ」

 と顔が見えないように俯く。こてっと首を私の方に倒し、誤魔化すように私の脇腹をポコポコと叩きはじめた。そして上擦った声で呟く。

「キスのかお、はずかしいから忘れて、おとも忘れて、…ばか、ぼけなす」


 瞬間、一切の雑音が聞こえなくなった。気づけば私の身体は彼をソファの中に押し倒し、その唇を食んでいた。いや、これは決して理性が決壊したとかそういうのではない。どうやら酷いことをしてしまったらしいので慰めるために・・・もういいや。

 彼は「んんっ」と驚いたような声を上げているが、構わず続けていると次第に甘えたような声に変わってきた。続けてその頬をまた舐りながら、今度は左手をシャツの中に潜らせると、指先が肋骨の辺りに触れる。その触り心地が何故か気持ちよく、その肌と骨の感触を確かめるように胸部全体をまさぐり始めた。「ねえ待って」と焦ったような声が聞こえるが、「リコ君、お願い」と懇願すると、彼は恥ずかしそうに顔をしかめつつ、抵抗せずに受け入れてくれる。

 もう快感しかない。相手にぶつけた欲望が受容されるこの快楽を知ってしまってはもう戻れない。今まで私は何をしていたんだろう。その胸部に直接触れると、一瞬だけふにっとした感触がして、すぐに骨にあたり、そして滑らかな肌がぴとっと優しく指にくっ付く。その曖昧な柔らかさを感じ続けたくなって、手の動きが激しくなる。すると、彼は相変わらず顔を赤らめながらも私の髪を撫でてくれる。それが嬉しくて、彼の首筋に甘えるように顔を埋めると、吸い込んだ息から暖かさが充満してくる。彼は「えっち」とこそばゆそうに身体を動かしながらも、私の頭をぎゅっと抱きしめた。

 私の手は無意識のうちに彼の下半身を探ろうとしていたが、流石に止められた。「きょうちゃん、それ以上やるとスムージーがぬるくなっちゃうから」とのことらしい。確かに折角用意して貰ったものを駄目にするわけにはいかない。一旦深呼吸して気を落ち着け、姿勢を戻す。彼は緊張したような上目遣いで私を見ている。その顔をされると続けたくなるのだが、何とか我慢した。代わりに彼の耳元で「じゃあ、その後で続きしてもらえる?」と囁く。彼はまた頬を染めて「その、おふろ入った後なら、考えてあげなくも、ないかも」と目を逸らしながら言った。


 ガラス容器には結露ができていたが、スムージーは冷たいままだった。口に入れると、とろっと溶けて味が広がる。調理中の彼を見ていた限り、材料は冷凍のバナナとブルーベリー、ヨーグルト、牛乳、蜂蜜だろう。シンプルながら甘みと酸味のバランスが良く、まろやかな口当たりとさっぱりとした味わいを両立していて、とても美味しい。食事がガッツリめだったのもあり、ボリューム的にもちょうどいい。

 こうして食後のデザートを味わいながらも、彼が全く話しかけてこないこの状況に気まずさを感じている。さっきまでの彼なら、私にじゃれつきながら「どう?おいしい?」と聞いてきそうなものだが、最早私と目も合わせず、俯いて黙々と食べている。どうしたものだろう。試しに左手を太ももに置いてみるとペシっと払われる。しかし私が少しでも身体を動かすと、それに合わせて俯いたままぴとっとひっついてくる。どうしたものか。


 気まずい静寂に耐え切れず、ふと思い出したかのような素振りで口にした。

「そういえばリコ君さ、どうやってあいつの家からここまで来たの?」

 今更聞くのも変かもしれないが、やはり気にはなる。何より、その正体が何であるかとは関係なく、彼のことをもっと理解したい。

 彼はやっと顔を上げて口を開いた。

「ふつうに、ジョージ君のカバンからきょうちゃんの家のあいかぎを取って、歩いてきた」

 普通に犯罪すれすれな気がするが、回収する手間が省けただけだから大丈夫ということにしよう。

「そっか…因みに、何でここが分かった、ていうか、どうしてここに来たの?」

「どうしてって、きょうちゃんの家だからだけど?住所はもともと何となくわかってたよ。しばらくジョージ君のこと見てたけど、いっしょにきょうちゃんも見てたから」

 内容が摩訶不思議すぎるせいで、よどみなく正直に答えられるとかえって混乱してしまう。この悪意のなさこそが、彼の最も困ったところかもしれない。

「えーと、私の家がどうして大事なの?」

「いや、きょうちゃんの家がじゃなくて、きょうちゃんと、あのおじいちゃんが描いた絵が大事なの」

 彼はソファの後ろの方を指差す。あのおじいちゃんが描いた絵というのは、あの画集のことだろうか。画集にしてはサイズが小さめだからか、鞄に入れたまま忘れていた。だとしてもよく分からない。有名な画家の作品らしいが、私には落書きにしか見えなかった。

「あれも依り代の一つなんだよね。一応テキストの方がメインではあるんだけど、あのストーリーだけだとあんまりいい近似になってないし、きほんもう一つぐらいいるの」

 教えてくれるのは有り難いが、どんどん未知の領域へと話が膨らんでいきそうだ。軌道修正もかねて尋ねる。

「そうそう、昨日家に帰った時、料理作ってくれたのは何で?」

「お酒ばっかのんでておなか空いてそうだったから」

「…うーん?あいつの家からここに来たんだよね。何で知ってるの?」

「だってきょうちゃん、あの絵の本ずっと持ってたでしょ。そっから見てたよ。んで、きょうちゃんが帰ってきそうな時にごはん作ってたの」

 なるほど、と言っていいのかもよく分からない。聞き取った言葉だけ拾い集めると、「依り代」を通じて所有者を「見る」、ということになるのだろうか。何故だか、単語だけ覚えて臨んだ英語の筆記試験で赤点を取った記憶がよみがえってくる。


 スムージーを食べ終えて「ごちそうさまでした」と唱える。作った本人はまだ食べている途中だが、私の食べっぷりにどこが満足げだ。「これ作んのかんたんなのにおいしいね」と言いながらスプーンを咥える彼を見ているうちに、やっと本題に踏み入ろうと思えた。

「あのさ、リコ君」

「ん、どうしたの?」

「リコ君は、どうしてここに来たの?」

 何となく聞くのを躊躇っていたが、彼のことを知るにはやはり聞くべきな気がした。

「きょうちゃんに甘えたいし、甘やかしたかったから」

 彼は俯きながら、少し恥ずかし気にそう答えた。

「…それだけ?」

 彼はムスっとした表情で私を見る。

「そっちから聞いといて、それだけってどういうこと?」

「いやごめん、何かもっと色々あるのかと思って」

「ううん。しいていうなら、ジョージ君がひどいことしたから、その分いっぱい甘やかしたかったぐらいかな…今の僕だと本人にてんばつとかできないし」

 そう言って最後の一匙を口に入れる。さらっと恐ろしいことを言った気がするが、聞かなかったことにした。

 それよりも、彼の口にしたその純粋な願望に、内心嬉しくなってしまっている。さっきまでの自分なら、そんな都合のいいことあるかと言いそうだ。しかし、彼の行動を振り返っても、現在私にその身体を寄せている様子を見ても、きっと本当なんだろうと思える。

 …いや、もはや本当か噓かもどうでもよく、ただこうして、私にその体温を与えてくれれば、もうそれでいいのかもしれない。

 再び左手を彼の太ももに置く。彼は「もう」と言うが、先ほどのように払いのけはしない。今度はその腰に腕を回し、自分の方に抱き寄せる。少しむくれた表情が照れたような笑みに変わり、もじもじとしながら私の方に首を傾ける。そのまま脇腹を撫でながらキスをしようとすると「おふろ入ってからっていったでしょ」と止められた。なかなかガードが堅い。それでも甘えたくなって、その首元に顔を埋める。彼は「きょうちゃん、ほんとに甘えん坊だよね」と仕方なさそうに言いながらも、あやすように私の頭をぽんぽんと軽く叩く。そして、腕に力を入れて強めに抱いてから、名残惜しそうにしながらも「おふろ入ってくる。…のぞかないでね?」と言って、スムージーの容器二つを洗った後に浴室へ向かっていった。



 ■



 一人リビングに取り残された21時18分、まるで気分が落ち着かない。見慣れた我が家のソファでくつろいでいるはずなのに、人生で初めて夜遅くまでデートした日の帰り道ぐらいソワソワしている。

 歯磨きは既に済ませた。浴槽から上がった彼をどう迎えるか、どんな風に始めればいいか、など一人で考えていると、余計に悶々としてくる。他にやることは…リップだけは軽めにしたけど、下地ぐらい塗っといた方がいいかな。どうせやってる最中に崩れるし、そもそもリコ君は気にしなそうだが、それでも、彼に可愛いと思われたい気持ちがある。自分でも意外な程だ。


 …あっ。ふと気づいた。リコ君の服は?すっかり忘れていた。ここ二日間ほぼ全ての家事を彼に任せていたからだろうか。当然ながら家にある服はどれもサイズが合わない。そういえば昨日と今日で服装は違っていたが、同じように風呂から上がっただけで服が変わったりするのだろうか。取り敢えず本人に確かめるために脱衣所に向かう。

「リコ君、着替えってどうする?」

 そう言って脱衣所に入ったのと同時に、彼が浴室の扉を開けた。しっかりと目が合った後、すぐに扉を閉める。

「…きょうちゃん?のぞくなって言わなかった?」

 先ほど私を脅迫した時と同じ声色だ。

「ごめんごめん、その、気づかなくて」

「…きがえなら、その本の上においてる服が新しいのに変わるはずだから、外で待ってて」

 見れば、洗面台に例のテキストが置いてあり、更にその上には彼が今日着ていた服が畳まれている。なるほど、どうやら彼がその「依り代」により「物理的に出力」されたというのと同じように、服もそのテキストにより出力されるのだろうか。


 何はともあれすぐに脱衣所を出るが、すぐにリコ君の「へっ?」という間の抜けた声がそこから聞こえた。しばしの沈黙の後、少し声を震わせながら「ねえきょうちゃん、僕のサイズに合いそうなズボン取ってきて」と私に言った。「いや、ないけど…」と答えると、また暫く間を置いて、彼は「なんでこうなるの…?」と呟きつつ、渋々着替え始めたようだ。気になって脱衣所の前で待機していると、ドライヤーの音が止んだ後に扉が開いた。

「…うわ」

 また直ぐに閉まりそうになる扉を慌てて止める。彼の必死の抵抗も空しく、扉はすぐに開いた。そこには、ぶかぶかのYシャツ一枚を身に着け、足を閉じ前かがみになったまま両腕でシャツの隙間を隠すリコ君がいた。

「ねえっ、何でドアの前で待ちかまえてんの!しかも、うわって何!?うわって!しんっじらんないバカ!」

 そう言って私を下から睨むその瞳は微かに涙目になっていた。

「もう、そんな反応するなら見ないで、今からでもズボン買ってきて!」と無茶ぶりをする彼を抱きかかえ、「きゃあっ」と悲鳴を上げたあと無理にドスを効かせた声で「うおおはなせえええ」と顔を赤くして荒ぶるのにも構わず寝室に入ってベッドに押し倒し、「えっうそじゃん、ねえ待ってきょうちゃん」を強引な口づけで塞いだ。「むんんんっ」と困惑八割怒り二割の音が聞こえる。五秒ほどで解放すると「待ってって言ってんでしょこのヘンタイ!」と悪態をつく。その声も息も飲み込むように再び唇を重ね、そのつぶらな目を恥ずかし気に細めるまで密着させた。


 ンパッと音を立てて一旦離し、ドアの隙間から漏れる薄明りに微かに照らされるその瞳を見据える。少し泣きそうな顔をしている。上手く慰める台詞が出てこない。リコ君の格好がエッチ過ぎて、は論外過ぎる、なんて考えているうち本当に涙ぐんできた。自分でもよく分からないまま「ごめんね、リコ君が、その、可愛すぎて、ええと、いや、ほんとに可愛くて、その、もう少しだけ、お願い、優しくするから」と言って、彼の頭を撫でながらその左頬を舐る。そして右の頬を擦りながら「リコ君、可愛いよ、リコ君」と耳元でささやき続けると、次第にもじもじし始めた。それでも「可愛い、可愛いよ」と唱えていると、我慢の限界が来たらしい。彼は私の指をかぷっと甘噛みするとこちらにゴロンと転がり、掠れた声で「もう、もう分かったからだまって」と言うと私の首元に額を押し当てた。思わずまた乱暴にしそうになるのを堪え、彼の頭を左腕に乗せながらその髪を指で梳く。ドライヤーで少し温かくなっている。すると、そのこじんまりした手を脇腹に置くように抱き返された。


 暫くその状態が続いた。一分も経っていなそうだが、すごく長く感じる。しかし、彼の頭を撫でている右手を少しでも下の方に持っていくと「そっちやだ、もっと頭なでて」と言われてしまう。何ともじれったく思っていると、少し乗り出すように体重をかけてきた。それに合わせて仰向けになると、リコ君は私に覆いかぶさり、ちゅうっと頬にキスをして、私の頭を両腕の中に閉じ込めた。顔面越しにその胸の鼓動を感じていると、私より高い体温と仄かな石鹸の香りが充満してくる。「きょうちゃん、もっと、ぎゅーってして」とじゃれた調子で乞うので強めに抱きしめると、「ん、それ好き」と甘えた声を出すが、それが妙に艶っぽく聞こえてしまう。彼としては純粋に甘えているだけでも、その体温は私の身体を伝って容赦なく理性を侵食してきて、いよいよ我慢が出来ない。襲いそうになるのを何とか我慢して

「ねえ、リコ君、そろそろ、お願い」

 とその腰のくびれを粘りつくようにゆっくりと撫でる。彼が少し名残惜しそうにしながらも「…ん」とだけ答えるのを聞くや否や、今度は彼を仰向けにさせてその上に跨り、そのシャツから露出した鎖骨の下のくぼみにむしゃぶりついた。「ひうっ」という甲高い声を聞きながら、ブチュッとわざと音を立てて唇で吸い付き、レロッと舌を這わせる。身をよじりながら「やさしく、するって、言ってたのに」と訴えるのを聞くと、何かゾクゾクと来るものがある。首元を指先でくすぐりながら耳をねっとりと舌で嬲ると「もう、やあっ」と切なそうに声を漏らした。


 次第に乱れた吐息を出す彼が何だか淫らで、その隠れたところにも触れたくなってくる。腰の辺りに跨ったまま一度姿勢を戻し、ボタンを上から三つまで順に外してからシャツの前を開くと、彼は恥ずかしそうに顔を背ける。暗くてぼんやりとしか見えないので、リモコンに手を伸ばして照明をつけた。はだけたシャツから、小さくも少しだけぷっくりしたのが見える。リコ君はきょとんとした後、すぐに隠そうとするので、咄嗟に腕を掴んで止める。消え入りそうな声で「ねえ、やだ、明かりけして」と恥じらう姿が却って艶めかしい。腕を抑えながら「ごめんね」とキスをし、「リコ君の、形も綺麗で、桃色で、すごく綺麗だよ」と胸元を撫でる。彼は顔を火照らせたまま「そういうことじゃないってば…」とジトっとした上目遣いを私に向けるが、渋々受け入れてくれたらしい。浅い呼吸と共に胸元が上下するのを目に収めながら背を丸め、その尖ったところに唇を被せる。吸い付きながら舌を伸ばすと先端部に触れた。その突起のいじらしい弾力と周りの肌の少しぷにっとした感触がなんとなく心地よい。その根元に舌を這わせると彼の身体がぴくっと震える。その先端を舌の腹で舐るとたまらず身をくねらせ、舌先で転がすと「んんっ」と呻く。何というかやめられない。唾液で少し湿らせてから吸い上げると「やんっ」と鳴いた。彼はわざとらしく咳ばらいをし、「きょうちゃん、そんなとこが好きなの?」と余裕ぶった調子で言う。それを肯定するように、唇で吸い付きながらもう片方をつねった。彼は「にゃあっ」と子猫みたいな声を上げてびくっと背中を反らす。そして「もうっ、きょうちゃんは赤ちゃんじゃないでしょ」と言いつつも私の頭を撫で始める。そう言われるとすこし恥ずかしさを覚えるが、しかしこうして撫でられていると、甘えたい気持ちが勝る。暫く堪能していると、彼も気持ちよさそうな声で素直に反応するようになってきた。しかしその蕩けた顔を見つめると、「あんまり見ないで」と目を逸らしてしまった。


 気付けば全身が少し汗ばんでいた。リコ君から伝わる体温以外にも、身体の奥の方からじりじりとした熱を感じる。名残惜しさを感じながらも一旦彼の身体から離れ、少し腰を浮かせて部屋着のワンピースを脱いだ。彼はシャツを羽織りなおし、自分の身体を恥ずかし気に隠している。しかし真っ直ぐに私の瞳を見つめていて、私の下着姿には関心を示す気配がない。もう少し初心な反応をさせたくなった。

「リコ君、ブラジャー脱がしてみて」

 彼は少し戸惑いつつ「え、うん」と答えると、シャツの一番上のボタンを閉じてから上体を起こす。そして私の背中に「よいしょ」と手を回し、ホックをいじり始めた。「あれー?」と少し手こずっている。何とか外し終えると「じゃあ、取るからばんざいして」と言って、顔色ひとつ変えずに私のブラジャーを脱がせた。きょとんとした様子で「えーときょうちゃん、これでよかった?」と口にする。無性に悔しくなってきた。しかしリコ君相手に癇癪を起す訳にもいかない。私が項垂れるのを見て彼は「あれ、違った?」とオロオロし始める。

「いや、違わないけど違うっていうか…」

「どういうこと?」と困惑する彼を膝の上に乗せ、精一杯のアピールとして、その頭を引き寄せ自分の胸をあてがった。彼は「エッチなところ押し付けないで」と少し恥ずかしそうにする。そういう認識はあるのか。もう少し反応が欲しくて、わざと拗ねた口調で言ってみた。

「リコ君、私の身体には興味ないのかなーって思って」

 彼は不思議そうな顔をしながら「きょうちゃんの体は大事だよ?」と即座に応える。そうではないのだが、不覚にも嬉しくなってしまった。悔しさ半分愛おしさ半分でその口にキスをする。彼は一瞬驚きつつ、幸せそうに私を抱き返す。ぱっと唇を離すと、彼ははにかみながら「それで、きょうちゃんはどうしたいの?」と聞いてきた。若干の気恥ずかしさを覚えながらも、仰向けになって彼の手を胸に置き、

「ここ、気持ちよくして」

 とねだる。

 彼は少し息をついてから「あんまり顔見ないでね」とだけ言うと、その敏感な部分に息がかかる位置まで頭を動かす。そして、右側の乳房を指先でゆっくりと擦りながら、もう片方の乳首にその短い舌を静かに沿わせる。舌先でチロチロとくすぐられる度に思わず吐息が漏れる。頬を紅潮させながらも丁寧に奉仕する様が妙に艶っぽい。逆にこっちが恥ずかしくなってくるが、それと同時に痺れるような快感が徐々に広がってくる。唇でついばんでからチュッと離し、そこを優しくつまみながらもう片方に唇を被せる。「んっ」とくぐもった声を微かに零しながら舌を絡ませ、突起の先端に沿って指を滑らせる。伏し目がちながらも私を見つめるのが奥ゆかしく、その所作は一つ一つ落ち着いているが、私の呼吸はどんどん荒くなり、下着の中が湿っぽくなってくる。甘噛みされながらつんっと指で弾かれると、「んはっ」と喘ぎながら無意識に身体が仰け反った。


 乳首で軽イキさせられてしまったことに内心動揺しつつ、下の方がどうしようも無いほどムズムズする。私に跨る彼の腰にモゾモゾと下半身を摺り寄せる。リコ君は身体を起こし、宥めるように私の胸を撫でながら「ちゃんと言ってくれないと分かんない」と意地悪気に挑発する。シャツの下から露出する脚が最早卑猥だ。一層腰をくねらせて

「リコ君、お願い、こっちも触って」

 と懇願すると、彼は恍惚とした表情で「今のきょうちゃん、すっごく可愛い」となんだか熱を帯びた声で囁いた。右側に身体を動かし、私の肩に頭をこてんと頭をのせる。シャツの下側を整えると、「よしよーし」と下着の上から撫で始めた。私の陰部を慰めるそのしなやかな手に、自分の劣情ごと肯定される。ムズムズした感覚が次第に温かい快感に変わってきた。手のひらでトントンとされると安心感で身体が溶かされ、同時にもっと快感が欲しくなってしまう。彼は「ちょっとこし上げて」と言ってオムツを替えるように下着を脱がせるが、くっついた粘液が糸を引きながら垂れた。流石に恥ずかしいが、「気持ちよくなれてえらい」と頭を撫でられ、性器の外側の部分からマッサージされる。その膨らんだ所に彼の指が触れると、すっとくっつくような感じがする。その指で包み込むようにほぐされ、溝に沿ってつーっとなぞられると、「あっ」という喘ぎ声と共に自然と下半身がビクビクしてくる。リコ君はうっとりとした様子で私をみつめ、「きょうちゃん、こうするの好き?うんうん、素直でいい子」と私の反応に合わせ的確に愛撫をする。内側のひだをちょこんと指先で持ち上げながら摩擦されると、じりじりとした感覚が全体に広がってきた。


 私の秘部は火照りを増していき、私に奉仕する無垢な手を愛液で濡らす。その背徳感ごと受け止めて欲しくて、縋るようにリコ君を抱き寄せると、「そう、もっと、ぎゅーってして、いっぱい甘えて」と私を甘やかしながらとろんと目を細める。そして膣口の辺りに人差し指の腹をぴとっと置き、円を描くように動かす。繊細で痛みはないが、逆に感覚が鋭敏になってその刺激を求めてしまう。溶かされた身体が鋭い快感に耐えられず、反射的に手が柔らかいものを求めて彼のお尻を掴んでいた。小ぶりなその丸みに指を沈めると、むにゅっ包み込みながらぷりっとした快活な弾力で押し返してきて、手が止められない。彼は「ふにゃっ」と身体を震わせた後「甘えて良いとは言ったけどさ…エッチ」とむっとしたように眉をひそめると、仕返しと言わんばかりに私の首筋に吸い付く。二カ所からの刺激に思わず「んはっ」と声が出た。彼はちゅぱっと唇を離すと、再び私を見つめながら、中指を挿れ始めた。細い指がつぷんと膣内に滑り込み、内側からスベスベした感触が伝わってくる。「んンッ!?」と初めて触られたような声が出た。すると、もう片方の手で頭を撫でられながら、どこが気持ち良いのか尋ねるように中を探られる。一番触って欲しい辺りをやんわり押され、「はあ゛っ」と濁った声で喘いでしまうが、彼は「そうそう、かわいい声、いっぱい出してね」とその部分を愛撫し始めた。微妙な凹凸に合わせてトントンとされると、吐息の混じった嬌声が止まらなくなる。身を悶えながら、その感覚から逃れるように彼のお尻を揉みしだく。指先で揉むように圧迫されると、神経を直接摘ままれているような快感が、尿意ににも似た圧迫感と共に押し寄せてくる。気持ちよすぎて逆に怖くなってきた。背を丸めながら彼のシャツの隙間を広げ、おしゃぶりを咥えるように乳首に吸い付く。怒られるかもしれないが、安心感があってやめられない。しかしリコ君は、怒るどころか、私の頭を左腕で抱きしめてくれた。体の外側からも内側からも彼を感じながら、「今は、きもちよくなることだけ考えていいよ」という言葉に意識が溺れていく。

 指先がくっついたり離れたりして、一定のリズムでノックされる。その度に、快感の波が共鳴するように身体の内側から響く。必死に乳首にむしゃぶりつくが、寧ろブランコが揺れを増すように波が大きくなる。「ほら、きょうちゃん、とん、とん、とん、とん、とんっ」でついに振り切れ、リコ君の胸に顔を埋めたまま波打つように身体を震わせた。


 少し落ち着くと、彼は私の頭を抱いたままそっと指を抜き、「きょうちゃんおつかれ、えらい、えらい」と労わるように秘部に手の平を置く。まだ中がひくひくしてる気がする。かなり派手にイッたはずだが、手のひらの感触でさえも気持ちよくて、奥の方がまた熱くなってくる。

「リコ君、もっと欲しい」

 リコ君は「もー、きょうちゃん、まだしたいの?」と言いながら私をゆっくりと仰向けにさせ、そのまま唇を重ねた。じゅるっと濡れた音を立てて唇を離し、甘い吐息を漏らしながら私を見つめるその表情からは、先ほどのような恥じらいは見られない。再び重ねると、右手を少しずらし、中指の腹をクリにそっと置いた。触れるかどうかぐらいの力加減なのに、ビクっと痙攣してしまった。感度が高くなっているのかもしれない。リコ君は悶える私を抑えながら、唾液を舐めとるように舌を絡ませる。シルクみたいな肌ですっとクリの表面を撫でられると、電流のような快楽が脳になだれ込んでくる。やっと唇を解放すると、今度は耳元にふっと息をかけて、「へぁっ」と私に変な鳴き声を出させる。指先で突起をつまみながら「ぐり、ぐり」と軽く圧迫し、「えいっ」と囁きながらちょんっと弾くと、あっけなく私を絶頂させてしまった。


 視界が白く点滅する。生存本能が警告してくるが、下半身は火照りを増すばかりだ。「ねえ、僕のこともなでて」と声が聞こえたので、リコ君の隠れたそれを撫でようと手を伸ばすと、「そっちなわけないでしょ、頭なでて!」と咄嗟に手で隠される。頭を撫でながらも、閉ざされた太ももの隙間に手を入れる。もちもちした感触がたまらない。そのまま、手で隠しきれていない部分を弄ろうとすると、「だから、そっちさわんの禁止!」と身体の下の方に逃げられてしまった。

「あんまり勝手なことするなら止めるからね?」

「ごめん、まだやめないで、ムズムズするから、もっとリコ君ほしいからっ」

「じゃあダメなとこはさわらないって約束できる?」

「…わかんない」

 彼はむすっとした顔をして、咎めるようにじーっと見つめてくる。「ほんっとにわがままな子」と呟くと、再び指先でクリを摘まみ、皮をむく。それだけでビクっと身体が仰け反ってしまうのに、また玄関でされたようなお仕置きが始まってしまうらしい。

「リ、リコ君ごめん、そっち、さっきイッたばっかだから」

 と仮初の謝罪をしても聞き入れてもらえず、露出した敏感な芯をゆっくりとしごきながら、乳首を甘噛みしてきた。二カ所から流し込まれる刺激に脳が対処しきれず、視界に星がちらつく。もう無理だ許してくれと言わないといけない。なのに、少し紅潮しながらも私を蹂躙するその顔がゾッとするほど綺麗で、「もう無理」が何故か喉から発せられない。表面の粘液を拭うようにクリを擦られる度に

「うわっ・・・わあっ・・・ああっリコ君、リコ君っ・・・うわあっ……!」

 と訳も分からず絶叫を吐く。

 リコ君は乳首から唇を離し、代わりにもう片方の手で摘まみながらくいっと引っ張り、コリコリとこねくり回す。悶絶する私の脇腹に舌を置き、下の方に向かって滑らせる。全身が敏感になっているせいで、舌が動くたびに反応してしまう。そしてついに恥丘の辺りに到達した。止めないとまずいのに、私のそれは期待を主張するようにピクピクと怒張している。流石に恥ずかしさを覚えるが、リコ君は

「恥ずかしいからあんま顔見ないでって言ってんじゃん」

 と例によってずれたことを口にすると、その矮小な突起を咥えた。唇の弾力に包み込まれる感覚と共に絶頂するが、愛撫は止まらない。乳首を責め続けながらクリの頂点に舌をくっつけ、膣内に再び指を挿入する。瞬間、全身を何かが逆流するような感覚がして、息が詰まりそうになる。

「やあっ…まって、イッてるからっ・・・それ、またイッちゃうからぁ」

 と涙と涎でぐちゃぐちゃになりながら嗚咽混じりに訴えても、致命的な快楽は容赦なく私を絶頂させ続ける。ビクビク震える身体は制御を失い、白濁した視界が歪んでいく。その華憐な顔で、クリを舌先で弄ぶように転がし、その裏側の膣壁をトントンと圧迫されながら、乳首をカリカリといじられると、もうどれでイッているのか分からなくなる。かぷっと唇で甘噛みされながら吸い付かれたとき、反射的にその頭を足で挟み込みながら、頭の中でプツンと音がした。



 ◇

 やりすぎちゃったかな。うーん、まあ、気持ちよさそうだったし、いっか

 …明日はいっしょにいれるかな。またあのオジサンに見つかったらめんどうだけど、かくれたらどうにかなるか

 えーと、今日は月曜?だから、きょうちゃん、明日も会社行かないとなんだよね。日本の子たちって、文字はむずかしいし、いそがしいしで、大変そう

 とりあえず、きょうちゃんはねかせて、明日の朝ごはんもつくっとこ

 …きょうちゃん、ぜんぜんしゃべんないな。息はちゃんとしてるし、大丈夫なはずだけど…あれ?

 ◇



 ぼやけた視界に、やや心配そうな顔をしたリコ君が映ったので、咄嗟に抱きしめて拘束し、服を脱がせる。

「ちょっときょうちゃん!?わ、こら、離して」

 と叫ぶ声が聞こえる。

 リコ君ごめん。まだ足りなくて、一番奥が熱いのが収まらないから。取り合えずお口を塞いでしまおう。「んんっ…」とジタバタするリコ君をぎゅっと抱きしめる。やっと、リコ君の裸を、全身で感じられる。最初は怒っていても、結局受け入れてくれる。おっぱいをしゃぶると、頭をぽんぽんとしてくれる。本当に優しくて可愛いリコ君。乳首と脇の間が他のとこよりムニムニでたまらない。でも、まだ足りない。邪魔な下着も取ってしまおう。すごい暴れてくるけど、簡単に脱がせてしまった。…少しかたい、気がする。

「そこ…ほんとに、さわったら、やだぁ…」

 と半泣きになっている。泣き顔も可愛いけど、可哀想だから、頭を撫でると、顔がとろんとしてきた。甘えるのが大好きな可愛いリコ君。その綺麗でスベスベした身体を抱きしめながら、その大事な部分を手の平でぐりぐりすると、「やっ…ひゃっ…」と可愛い悲鳴が漏れてきた。

「リコ君、気持ちいい?」

「…ばか、きもちよくない」

「でも、リコ君の、どんどんかたくなってるよ」

「知らない、知らないからっ…んっそれっ、もうだめ…」

 自分の手でリコ君をよがらせ、勃起させている。それだけで呼吸が荒くなるが、まだ足りない。その細い腰を股に挟み込み、自分のぐずぐずに濡れた秘部を彼のものに擦りつける。

「きょうちゃん、それ、危ないから、やめっ」

「ごめんね、リコ君、ごめん、まだ、奥の方がじんじんして、そこも構って、お願いリコ君」

 リコ君を抱きしめていると、暖かくて気持ち良くて、腰が止まらない。ズリズリと摺り合わせ続けていると、リコ君の先端が、私の入り口に当たった。

「きょうちゃん・・・?それ、多分大変なことになっちゃうから、ほんとのほんとにだめだからね?」

「うん、わかってるよ」

 分かっている。もう、身体の準備ができてしまっている。リコ君のお尻を掴み、自分の方に押し込むと、待ち構えていた膣壁が彼を飲み込み、我慢ならず降りてきた子宮の口が捕食した。身体の内側からリコ君と交わったことを感じると、全身が熱くなってくる。

「なあああっ…ああっ、ば…かぁ…っ」

 と必死に離れようとするリコ君を全力で抱きすくめる。挿入させたまま仰向けにさせ、その上に跨る。そのまま腰を振ると、リコ君のかたくなったものがコツンと奥に当たる。もう何が何でも止まらない。リコ君が必死に喘ぐのを我慢しているのがいじらしく、余計にそそられる。

「きょう、ちゃんっ…やっ、だめ、んうっ…ねえっほんとにどうなるか、わかって…んにゃあっ…!」

 こんなに淫らによがりながらも、私のことを思ってくれていることが、余計に身体を熱くさせる。

「だいじょうぶ、きょう、安全な日だし、もし赤ちゃんできちゃっても、元々育てる準備、できてたからっ!」

「あ、赤ちゃんって、なん…んっ、やめ、むね、いたずら、やらぁっ」

 腰を前後に動かしながら、背を丸めて乳首にズチュッと吸い付くと、子猫のように鳴き始める。その声も顔もどうしようもなく愛おしい。

「リコ君、好きだよ」

「へっ、す、すき!?にゃ、なんでいま!?」

 快楽に抗うように細めていた目を見開いて私を見つめ、沸騰したように顔を赤くする。

「リコ君っ好き、大好きだから、最後まで、お願い、させて・・・いや、するね」

 トマトのように赤くなったまま、急にしおらしくなったリコ君が可愛すぎて、全身を密着させるように抱きしめた。腰を前後させて、ジュブッと水音を立たせながら耳元に囁く。

「リコ君、好き、好きだよ、リコ君」

「そ…それ、だめ・・・好きっていいながらするの、だめっ…きょうちゃんとはなれるの、やになっちゃうからぁ…」

 はなれ・・・離れる!?意味が分からないが、そんなことさせるものか。シーツを握りしめるリコ君のを手を掴みながら、マーキングするように腰を振り下ろす。

「だめ、リコ君、絶対に離さないから。絶対、あたしのものにするから」

「んぁっあっ、まっ、まって、ちゃんと、ちゃんとはなすから、とまっ

 言いきらないうちに強引に口を塞ぎながら、ラストスパートをかける。リコ君が、私の中でビクビクしているのを感じる。右手で恋人つなぎをしながら、左手でその頭を抱くと、「あうっ」と顔を蕩けさせた。

「きょうちゃんっ、あんっあんっあっ、これっ知らないっ…きょうちゃん、す…きっ…?」

「リコ君、私も、リコ君大好きだよ・・・アア゛ッ…!私もイクから、ほらっ出してっ!」

 最後にキスをしながら腰を三回打ち付けると、私の中で何かが弾けた。身体をぴくぴくと震わせるリコ君を抱きしめ頭を撫でているうちに、意識が溶けていった。



 ■



「あっ、やっと起きた

きょうちゃんおはよー


ああ、このばしょのこと?

うーん…僕のへやっていうと変かな


あのよ?あー、あの世か

にほんだとそういうのあるんだったね

それもちょっと近いかも

今のきょうちゃん、あんまり生きてるってかんじでもないし


わっ、だいじょうぶだいじょうぶ

ぎゅってしてあげるからね、ほら、よしよし

ね、あっちにドアあるでしょ

あそこからちゃんときょうちゃんの家にもどれるから



どう?おちついた?


うん、よかった

…やだ、まだ僕があまえたいの、かまって


えーとね、きょうちゃんは、僕のけんぞく?ってやつになったの


そうそう、そういうやつ

何でかっていうと…まって、はずかしいから今かお見ないで

…ほら、きのうさ、きょうちゃん、僕を抑えつけて、さいごまでしちゃったじゃん

…だからかお見ないで!もう、ばか

あれがけんぞくになるぎしきみたいなやつだったみたい

だからぜったいダメって言ったのに、エッチ、へんたい



…こほん

それで、けんぞくになると、んーと…あれ、なんで言えばいいんだろ

…なるほど、「存在の有り様がこちら側に近づく」っていう言い方になるのか。こ  れも分かりづらい気がするし、たぶん次元はぜんぜんおちると思うけど

まあいいや

とりあえずホモ・サピエンスじゃなくなるってこと


どうどう、だから、だいじょうぶだって

ほら、もどれるって言ったでしょ

あのドアを開くとホモ・サピエンスになって元の家に戻れるから

んで、あの本を開くとまたこっちにもどってくるの



まあ、きょうちゃんがはなし聞かなかったのがダメなんだけど、けんぞくになるってことちゃんと言えてなかったから、ちょっとかわいそうかなと思って

そう、かん大なそちってやつ


しっこうゆうよ?うーん、まあそうとも言えるかな

でも気をつけてね、3回までだから

あと3回ここに来るまでに、僕のけんぞくになるか、人として生きていくか決めないといけないの


なんでって?だって4回も待てないじゃん


それ、きょうちゃんのせいなんだけど

僕はもうここから出れないっていうか、きょうちゃんの世界から追い出されたの

ねえ、そんなことよりもっとなでて

ほら、ぎゅーってして、もっと



んーとね、元々は、きょうちゃんが元気になった時に、あの世界から出て行って、僕の記憶は無くしてもらうつもりだったの

ずっとあそこにいたままだと、大変なことになっちゃうかもだし


…それ言わせる?

ねー、わかんないかなー、ふつう

…だって、好きになっちゃったし

あんなこと言われたから

はなれたくないって思っちゃった

ねえ、きょうちゃん、だめ?


ううん、きょうちゃんが「けんぞくにならない」って言ったら、ちゃんとそうするよ


…ないよ、そうさせる気なんてあるわけないじゃん

3回まで待ってあげる

それまでに、かぞくとか友だちに会ったり、行ってみたいとこに行ったり、食べたいもの食べたり、やり残したことをやってきて

でも、さいごはもどってきてね


うん、これはおねがい

おねがい、だけど

もう決まってるの


だってさ、ちょっとこうしたら

…あはっ、きょうちゃん分かりやすすぎじゃん



3回までって言ったけど、今けんぞくになってもいいんだよ


ほら、何回も言ってるでしょ

いやならそうすればいいって

こうやって抱きついても、かんたんにふりほどけるでしょ

…できないんだ

うんうん、それでいいよ

きょうちゃん、いい子いい子


…またしたくなっちゃった?

もー、もっと甘えたいのに

わっ、押したおされちゃった

もう、そんなにがっつかないで

ね、僕も抱っこして…うん、そうそう、もっと、ぎゅーって、ぎゅーーって

…ねえ、きょうちゃん、きょうちゃん、もっと、もっといっしょにいさせて

きょうちゃん、大好きだから、


…うん、いいよ、ほら、こっちおいで」

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蹂躙する落書き じゃりんこ @jarink0

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