また教員ですか?!異世界転生した私は今度こそブラックな環境をぶっ壊す!

池田真埜

第1話 春、もう一度

 教室の窓の外では、桜が散っていた。

 

 蒼(あおい)は教壇に立ちながら、自分の声がどこか遠くで響いているように感じていた。この感覚はなんだろうか。毎日の時間が足りなさすぎて寝不足のせいか。鮮明に嫌な出来事だけが頭のなかを駆け巡る。


 ――また、先輩に睨まれた。

 ――また、保護者に怒鳴られた。

 ――また、生徒に無視された。

 ――また、誰かが「先生なのに」と言った。

 

 味方なんていないこの職場。もう、何をどう頑張ればいいのか分からなかった。


 黒板を綺麗に消し終わり、夕暮れに染まる教室を見渡したその瞬間、私はふっと笑ってしまった。

 まだ教務はたくさん残っているのに、職員室には戻りたくなかった。教室を出た私は、その足で屋上に向かう。


「……頼りなくてごめんね」

 

 その言葉が最後だった。


 

 ***


 

 目を覚ますと、柔らかい布団の上にいた。

 天井には見たことのない木彫りの模様。窓の外では、金色の草原が風に揺れている。

 

 ――ここは、どこ?

 

 慌てて起き上がると、鏡に映ったのは若い自分だった。

 肌は透き通るように白く、瞳は淡い琥珀色。色は違えど、造形は私そのものだ。

 

「え……? 私、死んだんじゃ……」

 

 コンコンというノックとともに、部屋の扉が開き、女の人が顔を出した。

 

「アオリナ先生、いつまで寝てるんですか? 今日は赴任式ですよ。遅れますよ!」

 

 ――え?! 今、先生って言った?!


 目をぱちくりさせる私。そして、ひとつの考えに辿り着いて思わず呟く。


「いやいや、また教員!? 解放されたんじゃないのかよ……もうさすがにしんどいて……」

 

 身体を使ってこれでもかと息を吸い、大きく吐き出す。

 

「何寝ぼけてるんですか。先に行ってますね」

 

「え、ちょっと待って! 置いてかないで! いろいろとよくわかんないから」


 バタバタと準備して、起こしてくれた彼女の背中を追い、会話をする。

 

 アオリナ。――それが、この世界での私の名前みたいだ。

 どうやら私は、『王立学院』という学び舎にこれから勤める新米教師として、生まれ変わったらしい。


 ――生まれ変わったというか、これが俗に言う、異世界転生ってやつ?


 起こしに来てくれた同じ寮のルヴィアンが、準備された朝食のテーブルへ私を導く。


 食卓に座りながら、この世界の説明を聞く。王立学院ターチ校の教師としての任務、学校の仕組み、これから会う同僚の顔ぶれ。

 すべてが新しい世界の情報で、私は少しずつ理解しようとしていた。

 

「てゆうか、まだ寝ぼけてるんですか? こんな話し聞かずとも知ってることでしょ」

 

 呆れた表情をしたルヴィアンがこちらを見つめる。


「じ、実は、昨日、肩慣らしで練習してたら魔力を使いすぎちゃって……それで記憶が」


「え!? まさか魔力が枯渇するまで練習してたんですか?」


 聞いた話を元に適当に言った嘘だが、「うん」と頷いてみる。

 

「もう勘弁してくださいよ。私、アオリナ先生のこと何気に尊敬してたんですからね。戦場の蒼い光って呼ばれるあなたが、そんな初歩的なミスを……」

 

「蒼い光……?」

 

「それも覚えてないんですか? みんな一度はその恩恵を受けたいって、憧れる者も多いんですよ」


 どうやら、私は先の戦での活躍が買われ、この学校の教師として働くことになったらしい。


 私の得意魔法は主に補助系らしく、いわゆるバフやデバフといったところ。その魔法が発動するときに、蒼い光に包まれることから、戦場の蒼い光と呼ばれているようだ。


 私が戦場でどれだけ活躍したのか、熱く語るルヴィアンの話しを聞き流しながら、前世での人生を思い出す。

 

 あの地獄のような、張り詰めた空気の職員室。机の上に積まれたプリントの山。電話口で、話しを聞かずに一方的に怒鳴る保護者。注意されたことに対して、舌打ちをする生徒。聞こえる声で、毎日、陰口を叩く同僚。

 

 そして、あの夕暮れの静かな教室。

 

「もう……二度と、あんな思いはしたくない」

 

 そう呟いて、私は椅子にかけた制服の上着に腕を通すと、袖口をぎゅっと握って意を決して質問をしてみる。

 

「あ、あの、この仕事、辞退とかできたりするんですかね?」

 

「は?」

 

「いえ、ちょっと聞いてみただけです。もう、前世で……いえ、なんでも」


「何を血迷ったか知りませんが、辞退なんて絶対にできませんよ」

 

 この世界でも教師という立場は、やはり尊敬されながらも、責任と期待の板挟みらしい。周囲の目、親からの評判、教育の競争。

 そんななか、「辞めたい」と思っても、貴族の推薦で採用された身では、そんなことはできないらしい。

 

 ――逃げられないのなら、戦うしかないのか。


 ため息混じりに寮の扉を開けて、ルヴィアンと外に出る。

 春のなまぬるい風が頬を撫でる。あのとき散っていた桜に、少し似た香りがした。


 前の世界では、他人が怖かった。他人の目、他人の声。それらを気にするばかりで、そこに自分の意思はなく、周囲に言われるがまま動いていた。


 辞められないのなら、ここでは、せめて自分を見失わずに生徒たちと向き合いたい。もう二度と、他人の声に自分を飲まれたりしたくない。

 その小さな思いだけを胸に、アオリナとしてとりあえず歩き出した。


 今日から王立学院ターチ校での、教師としての一日が始まってしまった。

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