さよなら、君という弾痕と悼み

凛々レ縷々

第1話 囚われる事のないままで(前)

少女は暴漢に向かって引き金を引いた。


 ダンッダンッ ――――



「クレハ! なんで2発も撃ったんだよッ」


「数えてるのって、なんなの?」少女は振り向きもせずに、後ろから追いかけてきた少年へと返した。


「行こう。コイツはもういい」少年は冷静さを声にすると、毛先が揺らいで曖昧にしてしまっている少女の横顔に程なく見入っていた。



 撃たれた中年の男は腹の辺りを押さえて、くの字・・・に曲がって呻き声を上げている。抑えきれない溢れ出した血が灰色に渇き切ったアスファルトに吸い込まれてゆくと、ギラギラと黒くてまだ新しかった頃の様に艶めかせる。



 少女の輪郭から地面で丸まっている男に視線を戻すと不満げに窘めた。

「こんな奴、撃っても…… 意味なんてないよ」




「意味なんて感じない、結果を感じたいだけ」少女は振り返った。




 そう口にしながらも、地面で丸まる者の結果なんて初めから興味すらない。きっと路上を歩いて息を吐いていたとしても、さほど扱いは変わらなかったであろう。


 握られた銃は、上着のポケットにその手と共に仕舞われた。




 金品と少女に欲求すれば、僅かとはいえ代償を払わなければいけない時がある。この男は払えるもの・・があっただけマシな類いだろう。



 それに撃たれても死ぬかどうかは50%だ。100%でも、75%でもない。



 人生の末路として半分はこの男に委ねられているのだから、どうしようもない一日だと思えばいい。天使とか死神とかに出遭って一方的に決められるより幾分もマシということ。




「銃を預からせてよ、クレハ」

「駄目だよ、渡しても撃てないじゃん」


「撃つ必要があれば撃つよ」


 今、この少年が目にしているのは、悪びれることのない不能犯だ。


 緩くしなやかにウェーブして広がったホワイトアッシュな髪色は、鎖骨を隠すには少し足りていない。



「必要なのは撃ったら逃げることだよ、ほらっ」


 そう言うと少女は少年を待たずに路地から抜け出し、煌々こうこうとした光りに全身を照らすとその陰影を際立たせて、この街に生命を見せつける。



 染めたとか脱色しただとかに関係なく、揺れる髪はもっときらびやかに舞い上がった。


 さっきまで悪い事をしていたにも拘わらずにだ。



 裁判官だって、この少女の年齢や容姿、ネイルの長さで求刑具合を変えるのは誰だって知っている主観の事実。だがそれとは反して少年というのは、民間人の一個人でありながら相手が少女であろうと公的機関よりも厳しい目で判決を下しがちになる。


 裁判所のエリートの様に確かな尺度を持ち合わせていなくても、少年なりの確かな基準があるからそれ・・を可能としている。


 基準といっても『鍵を開ける少女』という大雑把で何一つ具体的なものはない。しかも鍵と少女を重ねがちなのに開いた扉の先は、細々とディテールを無意識に決めてしまっている。


 そしてそれは、幼い時ほど健気で妥協を許さない。


 だからこそ、この少女に対して厳しい目を向けてしまうのは仕方ないと言える。貴重な弾薬をこんなどうでもいい奴・・・・・・・・・・に使ってしまうから、イラつくという訳だ。



 この少女 湖凪こなぎ クレハは、『分からない女』のままでしかない。だが、祖父の遺品と言っている銃と弾薬が魅力的だった。


 この少年 みさき 一燐いちりん は、この少女を罰してやりたい思いだった。しかし、そう決めつけるには未だ証拠は不十分と言わざるを得ない。



 この『分からない女』は知り合って間もないからという意味だけではなく、自らの選択と行動によって存在し続けようとこの世界に漂い、自由を形成し実在しているからだ。謂わば自己中な女だという意味が強い。


 それにこの女は『つまらない』とさえ口にせず、人生の全責任を負っているかの様な振る舞いで社会性を放棄している。そして何でも自分の決めた通りに事を進めようとする。強要こそしないが、合わせもしないという具合だ。



 そこだけ聞けば、湖凪 クレハ は至極まともで自分というものを持っている事が窺える。しかし、岬 一燐 はそれを『銃を持っていれば誰でも出来る』と決めつけている未だ少年ガキであるから仕方がない。


 それ以外に湖凪 クレハ について分かっているのは、目線の高さに加えて2つ年上の19歳。ここに来る途中で何人かに引き金を引き、そして今入ったコンビニで白桃のリキュールを2本手に取ったという事で殆どだろう。


 これだけ分かっていれば、もう2割以上は知った仲だ。



「何で酒なんか買うんだよ」

「お祝いだよ」

「何の祝いだよ!」

「今さっき誕生日が来たからだよ」

「嘘つくなよッ」


 岬 一燐 は力が抜けて笑ってしまった。その時、湖凪 クレハ の口の端が上がっているのを見逃さなかった。


「一燐は、いつから年取ったんだ? コーラの方が良かったか?」


 首を縦に小さく振るとコーラを手渡された。500mlである事に変わりない。湖凪 クレハ は棚からスニッカーズを3本手に取り、支払いを済ませると店を出た。


「2本あげる」スニッカーズ2本を此方に向けられる。


 引き金付きのスニッカーズが売っていないのは、ここが日本だからなのか? そんな事を嘆かなきゃいけないくらいに治安も最低に良い。


「ありがと、スニッカーズなんて久しぶりに食べるかも」


 恐らく何年も前に似たようなお菓子を口にしたのを勘違いをしている。1本をサックコートのポケットに入れて、もう1本の袋を破ってかじりついた。


 湖凪 クレハ は缶に唇をつけている。


「誕生日っていつも昼間に来んの?」

「今日だけだよ」

「オレもいつか昼間、路上で誕生日を迎えんのかなぁ」

「あと2、3年もすれば、そんな日もあるんじゃない」

「ホントかよ」


 別にどうだって良かった。

 世界が面白いだなんて思うほど幼稚でもなかった訳だし。



 子供の頃っていうのは、過程なんてすっ飛ばして結果だけ考えてワクワクしていた。それが12歳も過ぎれば無意識でつつき合っていたそれ・・が、掃き寄せられた所にあるものだった事を知る。


 つまり常にゼロのまま、ポピュラーの末端でしかない人生を知ってしまう。



「このまま地下鉄に乗ろう」湖凪 クレハ が合図する様に声を掛ける。


 岬 一燐 は、ズボンの腰裏に挿したバールをサックコートの上から触れて、その位置を確認すると「ああ」と細い声で応えた。



 この国では昼間とはいえ犯罪に遭うのは日常茶飯事。


 地下鉄なんかに少女が一人で乗ろうものなら、地上に上がって来れたら運が良い方になる。それ故、この人工都市へは有料道路か電車でしか往き来することは出来ない。人の出入りを監視するのは安全と安心に繋がるからだ。



 二人はここ・・邪馬台区の北第6ブロックにある駅から品川区へと向かう。


「クレハ、そこの出口から駅に下りよう」

「そこの入口か?」

「ん、ああ、そこだ…… 」


 湖凪 クレハ は、どんどん階段を下りてゆく。少し早い。


 岬 一燐 は並ぼうとせずに後ろをついて下りる。ほぼ真後ろにつけると湖凪 クレハ の頭のてっぺん辺りを眺めていた。


 クラゲの様にフワフワと規則正しく、足の着地に少し遅れて髪が開いては閉じてを繰り返し、どんどん深く潜って行く。


 こうして後ろから見守っているのは、少女が背後から襲われない様にするためだと思いたい。



 潜った階段の途中で、「ぅわッ! あぶねッ」と声を上げた 岬 一燐は、爪先立ちで踏み止まる事に何とか成功した。


 缶の底が上向いてくる。そり返る 湖凪 クレハと目が合うんじゃないかと気が引けて、一先ず視線を外してその場を凌ぐ。


「もう一本買えば良かったなぁ」そう呟くと、またクラゲは深く潜りはじめた。



 最底までたどり着くと、品川区方面のゲートへと流される様に足はそこへしか向かわない。


 意識、無意識?


 多分、意識してるからだ。でなきゃ、この『分かってない女』から銃を奪って自由と安全を勝ち取る選択をした筈だ。押しのけてゲートをくぐり抜ければいい。


 背後からバールを叩きつければ最速で手に入る格安な自由と安全。


 だけどそうはしない。岬 一燐 は約束を果たして、弾薬2発を貰って銃を借りるという方法を選択したからである。




つづく

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