第9話
私たちは連絡先だけ交換して、言葉少なに解散した。オリハ先輩にも思うところがあったのだろう。私もそうだ。課題の期限は一週間。居場所の仮定ができたことは、初日の成果としては上々と言える。だが、分からないことが多すぎた。自分で言った通り、魔法生物を探す、という課題自体はよくあるものだ。この課題の狙いは、魔法生物とはなんたるものかを知る、という基礎の問題だ。魔力によって生物を創造し使い魔とする、なんて芸当は、本来一部の卓越した魔法使いにしかできない。だが適切な手順を追えば、魔法使いなら誰にでも作れる一般的な魔法生物となる。
たとえば、マウ先生がよく使役している水人形。液体でありながら、触れればゼリーのような弾力性を感じる。力持ちで、重い物を運んでいる姿をよく見かける。だが本体は水なので、役目を終えれば水と同化する。彼らは「水人形」という名前の魔法生物としてレシピが広まっている。かつて偉大な魔法使いが後世のために遺したのだ。つまり魔法生物を作るのであれば、レシピ通りに手順を踏み、魔力を込め、自分の使い魔とする。
したがって、課題のセオリーとしてはこうだ。先生の魔力を辿り、本人の痕跡ではない使い魔の魔力を探す。使い魔は使役者の魔力により、目的に応じて独自に動く。先生の魔力を手がかりに姿を見つけられたら、その特徴や名前を調べ、どうすれば捕らえられるかを考える。
とはいえ使い魔は万能ではない。魔力を分け与えられて生きている以上、魔力が枯渇したら消えてしまう。生物の形として実体を持つことは便利な反面、一度に込められる魔力はそう多くない。長く保つのであれば近くで定期的に魔力を供給する必要がある。遠くに飛ばすこともできなくはないが、限度がある。「郵便文鳥」のような魔法生物であれば体が小さく長持ちするが、距離に制限がある上に脆い。昔はちょっとした伝達事項などに使われていたらしいが、端末が普及してからはチャットや通話機能で事足りるので、ほぼ使われなくなったとか。
魔法生物に込められる魔力量の制限という特徴を考えると、使役する先生の足取りを辿るのが手っ取り早い。付近に設置されている可能性が高いからだ。
「まぁ、普通の課題じゃなさそうだけどなぁ……」
なにせ、クラウンの教師ふたりが出した課題だ。一筋縄ではいかないのは分かっていたが……どうも様子がおかしい。レンリ先生が魔法生物を使役しているというのも違和感がある。彼は担当生徒への伝達だろうが、重い荷物運びだろうが、身一つで対応している節がある。魔法使いなのだから魔法を使えばいいのにと思うが、なぜだか授業以外ではあまり使いたがらない。それなのに、魔法生物を使役? そもそもどんな魔法生物を使うのかも検討がつかないし、あの森から実習室まではかなりの距離があった。直接魔力の供給ができる距離ではない。森に設置したとして、そこから食堂でお昼を過ごし、合同実習をして、マウ先生と再び食堂へ向かったとなると……どうもおかしい。魔法生物はそこまで長く持たないはずだ。森に放ったと考えるのがそもそも間違いなのだろうか?
「……レンリ先生、なんであんなところにいたんだろう」
自室のベッドに寝転がり、考える。私とずっと行動を共にしていたことから、あの森に誘導されたのは明白だ。天才の思考なんて分からない。気まぐれの可能性も否定はできない。ただ、偶然にしてはできすぎている。あの先生たちからして、生徒が課題に対しどう動くかなんてある程度予測はつくだろう。魔法生物を捕らえるような基礎的な課題なら、特に。私たちに一週間の期限を設けて協力課題を出したことには、何か意味がある。それを考えなければ課題の達成なんてできないだろう。
「はぁ……むかつくなぁ……」
私は堅実な生き方をしたいのだ。だから真面目に勉学に励む。課題があるなら取り組む。でも、やればやるほど自分の魔力と嫌でも向き合うことになる。周りの生徒より濃い力の奔流。使い方によっては人を傷付けることすらできる力。そして魔法の勉強に取り組む限り、一族や学校からの期待は強くなる。夢も目標もない身では、それに応えることしかできない。だがそれは、本当に自分の望むところなのだろうか。
「疲れた……」
模擬戦闘と、課題のための魔力把握。魅了の特異体質を持つというオリハ先輩。たった一度の合同実習でこんなに詰め込まれるとは思わなかった。さすがに消耗が激しい。
「……先生は、私に、何を期待してるんだ……」
身体がベッドに沈み込む。使いすぎた頭がだんだんとぼやけていく。
課題のことを考える必要がある。でも、今日はもう限界だった。そのままだらりと身を委ねて、眠りへと落ちていった。
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