第20話



 そして翌日。バーベキュー当日。

 前日のうちに、荷物や待ち合わせ場所の行き方は入念にチェックを済ませているので、当日にバタバタする事はないけれど、やっぱりどうしても緊張してしまう・・・・・・。



 人見知り&クラス内カーストが反映されて、ちゃんとその場に馴染めるか心配だ・・・・・・。

 なんかちょっとお腹痛くなってきた。

 でも今更行かないという選択肢はない。ここまで来たら腹を括るしかない。



「ん?」



 とそこへ、スマホに着信が鳴った。見てみれば、氷室さんからだった。

 氷室さん・・・・・・。

 メッセージには『もう家出た?』と来ていた。なんだろう、なにか用事だろうか? 怪訝に思いつつ『まだだよ』と打つと、ほどなくして『じゃあ、待ち合わせ場所に行く前に、落ち合おうよ』と返信があった。


 思いがけない返信だったけど、ありがたい提案ではあった。

 一人で待ち合わせ場所に向かうより、氷室さんと一緒に行った方が精神的には楽だ。

 その提案を承諾し、時刻表アプリで時間を確認して乗り合わせのタイミングを共有する。で、時間になると荷物を持って家を出る。



 駅に着き、電車に乗り入れると、そこで氷室さんと合流。あらかじめ時刻と、車両のチェックを済ませていたので予定通りの邂逅。氷室さんと目が合うと軽く手を振ってくれる。 ゆったりしたシャツに、ショートパンツ、スニーカーというシンプルなコーデ。ショートパンツは氷室さんのお気に入りなのだろうか。前も家にお邪魔した時穿いてたな。



「おはよう朝日」



 という言葉を受けて僕も挨拶を返すと、隣の席に腰掛ける。



「クーラーボックス重たくない? 大丈夫?」

 肩に担ぐクーラーボックスを太ももの上に乗せると、おもむろに氷室さんが言った。



「大丈夫だよ」

「そう。それと――」


 不意に氷室さんの視線が上に向かう。


「あんた、その帽子に付いたトンボなに?」

「え」


「一瞬、ガチの虫止まってんのかと思ったわ」

 という指摘を受けて僕は少し嬉しくなる。

「氷室さん、お目が高いね。これはオニヤンマくんだよ」


「いや、トンボの種類は聞いてないんだけど」

「いや、そうじゃなくて。これ、虫除けアイテムなんだ。キャンパーの人とかアウトドアグッズ好きな人からは結構有名なアイテムなんだよ」

「え、虫除け? それが?」



 言うと、氷室さんはキョトンとする。

「アブとかブヨとかスズメバチとか、オニヤンマを天敵と見なしてるんだよ。この胴体の縞々で判別してて、これを付けとくと、虫が寄って来にくいんだ」


「へぇ。なんだてっきり、オシャレに自我出してきて私が考えたコーディネートぶち壊してきたのかと思ったわ」


「え、ぶち壊すほど・・・・・・? ブローチみたいで可愛くない?」

「可愛くない」


 ・・・・・・さいですか。


「そこまで言うなら帽子に付けるのは止めて、リュックに付けるよ」

「うん、是非そうして」

 


 是非と言うか、是が非でもって感じのニュアンスが声音から読み取れた。そんなにダメかな、オニヤンマクン。



「でさ、そのリュックもなんだけど」

「まだあるのっ?」

「なんでそんなリュックパンパンなの? そんなに荷物いらなくない? 折角、洋服決まってるのに、リュックのせいで一気に野暮っくなるんだけど」


「え、でも日帰りとはいえ色々準備しとかないと不安だからさ」



 今回バーベキューするのは渓谷にあるキャンプ場も併設する施設で、マップを確認してみればスーパーやコンビニは徒歩で行くには遠いところにある。

 施設があるので問題があればある程度対処してくれるだろうけど、リスク管理など出来る事は自分たちでして迷惑を掛けないようにするべきだろう。



 という訳だから色々と準備出来るものを用意してきたらリュック一杯に荷物が詰まったしまった次第である。



「ちなみに中身はなに入ってるの?」


「日焼け止め、虫除け、かゆみ止め、薬を各種、救急セット、除菌シート、紙石けん、消臭スプレーに携帯用ティッシュ、タオル、代えの衣類・・・・・・」


「もういい、分かった。わかったから」



 なぜか頭を押さえる氷室さん。

 いやこれ、大事な事だから。本当に。



「朝日って心配性なんだね」

「まぁね。野外ではなにが起こるか分からないから」


「そう。分かった、とりあえずリュックはいいよ。そういう事なら仕方ない。でもコーディネート考える時にカバンのチェックもしておくべきだったわね。もう少しアウトドアに近いコーディネートなら」



 と、反省の弁を述べる氷室さんに、申し訳なくなる。僕のオシャレ偏差値が低いばかりに。



「でもなにかあれば頼りにするわ。それに話すキッカケになるかもしれない」



 なんだかんだ、いい風に解釈してくれる。頭ごなしに否定しない氷室さんの優しさを見た。



「それと、腕に付けてるブレスレット」

「ん、これ?」



 氷室さんが僕の両手首を指差して言う。



「あんたもオシャレとかするんだね」

「あぁ、これはパラコードだよ」

「パラ・・・・・・? なに?」


「パラコード。言わば命綱みたいなものだよ。緊急時、なにかあったらこれを解いて命綱として使うんだ。これは三メートル紐を編み込んで作ってあるから、僕は他の人より三メートル分、命を拾えるって事だね」


「三メートルか。ないよりマシって感じね」


「他にも靴紐が切れた時には代用して使えるし、骨折して患部を固定する時に使ったり、物を束ねたり、着火剤としても使えるから、これ一つで色んな使い方が出来て便利だよ」


「万能アイテムなんだね。見た目も可愛いし、いいねそれ」


「値段も千円程度だし、いいよ。ちなみに僕のは自作なんだけどね」


「え、自分で作ったの?」


「うん。それとリュックの持ち手もパラコードを巻いてるんだ。持ち手の補強にもなるし、紐がアクセントになっててオシャレでしょ?」


「朝日って結構、器用なんだね。それに職人気質っていうか」


「こういう手作業とか好きなんだよ。だから靴磨きとかアイロン掛けとかもハマったんだよね」


「苦にせずやってくれてるのね。てゆうか、いいなぁそのブレスレット。私にも作ってよ」



 改めて話を戻すので、どうやら興味があるご様子。ので、



「いいよ! 紐は何種類かあるから好きなものを選んでくれたらそれで編んで作るよ。長さを変えればもっとシャープな作りにも出来るし、そこはお好みで調整するよ」



 思わぬ反応のよさを見せた氷室さんに、僕は前のめりになる。自分の好きなものに興味を持ってくれるのは素直に嬉しいものだ。

 行きの電車はそんな感じで、意気揚々としたテンションで過ごす事が出来た。すっかり氷室さんへの意識は薄らぎ、緊張がほぐれてきた。

 いつもの関係が戻ってきて僕は安心する。

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