第19話
バーベキュー前日。買い出し当日である。
待ち合わせの駅に向かうと、既に数人が到着していた。僕は足早に向かうと、「上里くん、おはよ~」と手を振る安田さんの姿が。白のブラウスに花柄のロングスカートと、楚々とした洋服に身を纏い、端的に可愛い。歩く清楚だ安田さんは。
僕は近くまで来てそれぞれ挨拶を済ませると、おもむろに安田さんが僕の洋服を差した。
「上里くんの私服、初めて見たけどオシャレだね! すごくセンスいい!」
「ほ、本当に?」
僕は前回、氷室さんから貰った洋服を着ているのだけど、早速安田さんに褒められた!
いや、あまりに期待通りの反応過ぎて、もはや仕込みではないかと疑ってしまうけれど安田さんに限ってそれはない。
思惑通りの展開に、僕は氷室さんの様子を窺うと、目が合ってニコリと笑いかける。
「本当だね。朝日すごくオシャレじゃん」
洋服をコーディネートした張本人が平気な顔をしてシラを切る。氷室さんが役者過ぎる。芸能界に入ったら本格派として名を轟かせてるんだろうな。
「でも意外だな。朝日にこんな一面があったなんて」
とは暖木くんだ。そういう彼も、なかなかにオシャレな私服姿だった。襟付きシャツとジーンズ、スニーカーというシンプルな着こなしだけど、それ故に誤魔化しが利かない。自分の体型に合ったサイズ感で、自然とこなれた感じが出ていた。
「ちなみにどこのブランド?」
暖木くんが何気なく訊ねるので、僕はキョトンとする。
「ぶ、ブランド・・・・・・」
いや、そんなの知らない。だってただのもらいものだし・・・・・・。
僕は咄嗟に、氷室さんに視線を向けると、氷室さんはすかさず助け船をくれた。
「古着なんじゃない?」
「そ、そうそう。これ古着だからブランドとかよく分からなくて・・・・・・」
「あー、古着かぁ。古着屋で服買ってんのか。朝日って意外とオシャレなんだなあ」
関心する暖木くん。どうやら誤魔化せたみたいだ。
ありがとう、氷室さん!
「上里くんってバーベキューの知識もそうだし、ファッションの知識も豊富なんだね。自分の世界を持っててカッコいいね」
「え、カッコいい?」
今サラッと言われたけれど、カッコいいっ? カッコいいって?
「うん、上里くんカッコいい」
――上里くんカッコいい。上里くんカッコいい。上里くんカッコいいカッコいいカッコいいカッコいい。
やばい、僕の脳内で安田さんの声が反響する。もう一生聞いていられる。てゆうか録音して毎日登下校で聞きたい。
僕は幸せで一杯になっていると、そこへ最後の一人、大貫くんがやって来る。
「お前ら早いな。もう全員集まってんのか」
そう言って待ち合わせ時間丁度にやって来た。
大貫くんはポロシャツにジーンズ姿と、意外と楚々としたコーディネートだった。大貫くんは体を鍛えているのか、ポロシャツはピタリと体に密着するような具合で、二の腕辺りは窮屈そうだった。でも洋服のサイズ感から、筋肉を主張したいという思惑が透けて見えた。
「鋼矢くん、おはよ~。ちゃんと遅れず来れたね。偉いえらい」
「うっせぇ。上から喋んな」
相変わらず二人は仲がよさそうだ。でも不思議なもので、今ではこの光景を自然と受け流せる。慣れって怖い。
「さて、じゃあ早速出発しよっか」
安田さんの号令に皆は頷き、スーパーへと向かう。
目的地に到着して中に入ると、冷房の利いた室内に生き返るような気持ちになる。
僕らはカートにカゴを乗せて店内を導線に添って歩く。
「まずは野菜だね。バーベキューの定番と言えばピーマン、タマネギ、ナスとトウモロコシだね。二十人分ってどれくらい買ったらいいんだろ」
安田さんは野菜を物色しながら言うので、僕はスマホを取り出す。
「あ、僕メモ取ってきたよ」
「上里くん流石っ。わ~、すごい。個数からグラム数まで書いてる! それにデザート用にマシュマロって書いてる。可愛い~」
僕のささやかな遊び心をしっかり拾って笑ってくれる安田さん。
事前に人数分、必要な量を調べてスマホのメモに残しておいたのだけど、用意しておいてよかった。
「朝日は気が利くね。付き合うならこういう気が利く男がいいよね」
「本当だね。上里くんと付き合う女の子はきっと幸せになるよ」
氷室さんのさり気ないアシストに、しかし安田さんは他人事のような感想を漏らした。でもそんな風に褒めてくれた事は嬉しい。
「野菜は少なくていいだろ。バーベキューといったら肉だよ肉」
すると大貫くんがぞんざいな事を言うので、安田さんが窘める。
「鋼矢くん子供みたいな事言わないの。それにお肉ばっかりだと予算オーバーしちゃうんだから」
「へいへい」
「あ、適当に野菜入れないで! ちゃんと見た目で選んでよ!」
「いちいちうるさい奴だな。てゆうか寧々、野菜の良し悪しとか目利き出来んの?」
「出来るよ! 私だって料理するんだよ?」
「へー、初耳。とか言って焦げた料理出すんだろ?」
「失敬な! ちゃんと美味しいご飯作れます~」
「本当かよ」
「嘘だと思うなら、今度お弁当作ってくるから食べて確かめてよ」
「ほー、そりゃ楽しみだ」
二人のやりとりはじゃれ合いのような可愛げがあり、仲睦まじい感じが漂っていた。
それを適わないと思ったら最後、僕は諦めてしまいそうで、だからそれは言わない。けれど、二人にしか作り出せない空気感に僕は嫉妬せずにはいられない。
そんな僕の内心を気遣ってか、氷室さんが二人の間に割って入る。
「二人とも、それより野菜選んで」
「は~い」
氷室さんの声には素直に反応する安田さん。
「あ、そうだ。上里くん、野菜もいいけど果物で焼いたら美味しいものとかあるかな? 折角だし、普段食べられないものとかあったらいいよね~」
「あー、それなら焼きリンゴとか、焼きバナナとかはどう? リンゴは芯をくり抜いてシナモン、ハチミツ、砂糖を入れてアルミホイルで丸焼きにすると美味しいし、バナナは切り込みを入れてチョコレートやマシュマロを入れて焼くと美味しいよ」
「なにそれ! 絶対美味しい! 私それやりたい!」
と、安田さんが食いつく。
「おーい寧々、予算はどうした。予算は」
大貫くんは自分の事を棚に上げる安田さんに軽口を挟むと、即座に反論が返る。
「バーベキューで甘味は絶対人気出るよ。上里くん、その案採用!」
「でもシナモンとかハチミツとかそれだけの為に買うのもどうなの?」
「あ、それなら僕が持ってくるよ。キャンプ用に調味料セットあるから」
「へぇ、そんなの持ってるのか。流石だな朝日」
暖木くんは感心したように言う。
安田さんは「流石上里くんっ」と声高々だ。
という訳で追加でバナナとリンゴも購入する。
後はエリンギやしいたけも購入して野菜コーナーを後にすると、次はメインのお肉コーナーだ。
「肉はやっぱカルビだよな」
大貫くんは躊躇いなく肉をカゴに入れていく。
「ちょっと鋼矢くん、適当に入れないでグラム計算してっ。上里くんがちゃんとメモしてるんだから」
「グラム? 腹一杯分買えばいいんだろ?」
・・・・・・なんだそれ適当過ぎる。
腹一杯分て。いや、確かにそうだけど。なにその、お肉の焼き加減はいかがなさいますか? って聞かれて美味しく焼いて下さい、みたいな答えは。いや、真理は突いてるけども。でもあまりに具体に欠けるよ。
「私、鶏肉食べたいな。あっさりしてるし」
ここへ来て氷室さんも主張する。
僕は頷きつつ、留意すべき点を説明しておく。
「鶏肉はそのまま焼くとパサつくから下味付けた方がいいよ。あっさりベースなら塩麹か、塩とオリーブで下味を付けて焼いた後にレモン汁を掛けると美味しいね」
「塩麹いいね。でも下味ってどれくらい?」
「数時間は欲しいかな。でも大丈夫、僕が翌朝やっておくよ。こういうの慣れてるし」
「さすが朝日~」
そう言って氷室さんは楽しげに鶏肉を手に取る。
皆、思いおもいに好きなものを口にするけれど、ふと気付く。
「暖木くんはなにかリクエストない? 皆、好きなの選んでるし暖木くんもなにかあれば言ってよ」
僕は言うと、暖木くんはかぶりを振った。
「別に食にこだわりとかないからさ。強いて言えば、色んな種類があればいいな」
暖木くんのそれが食に関心が薄いからなのか、遠慮なのかは判然としないけれど、自然と人柄が見えたような気がした。
「ノギちゃんは他人ファーストだよね~。こんな時くらい意見言ったらいいのに」
「だな。後であれ食べたかったー、とか言っても知らねーぞ」
「ははは、大丈夫だって」
暖木くんはあくまで控えめだった。「・・・・・・・・・・・・」
そう言えば。僕はふと気付くけれど、さっきから氷室さんと暖木くんの絡みがない。
二人の間に僕がいるからかもしれないけれど、改めて見てみると二人が目を合わせる様子もない。
たまたまかもしれないと思って、その時はスルーしたけれど、その後も二人が会話をする事はなかった。
買い物の途中で、偶然にも僕と暖木くんで二人になるタイミングがあった。するとそこで暖木くんの方から話を振ってくれる。
「朝日って学校の時と印象違うよな」
「え? そんなに調子に乗ってるように見える? ごめん・・・・・・」
「いや、違うよ。なんでそうなるんだよ」
と暖木くんは苦笑いを浮かべる。
「学校の時は大人しいから。今日みたいに積極的に喋ってるのがなんか意外」
「学校だと接点がないからね」
「でも安田や氷室と話してるのよく見かけるよ。普段大人しい朝日に美人が集まってるの、クラスの皆がよく不思議がってたよ」
「そ、そうなんだ」
僕の知らぬところで噂されていたのか。まぁ確かに、こんな陰キャに美人二人が集まったら何事と思うのも当然だ。
「まぁ、それはたまたまだよ。一年の時も同じクラスだったから」
「でも最近はとくに仲良いよな。とくに氷室」
「そ、そうかな」
「そうだよ。それと、氷室と仲良くなってから朝日変わった気がする」
「変わった?」
「大人しいのは変わりないけど、なんていうか雰囲気? が違って見えるっていうか。なにが違うとかって明確には分からないけど、とにかく雰囲気が変わった気がする」
「そっかぁ」
それはきっと身だしなみに気を遣ってからだろう。制服のアイロン掛けやスキンケア、背筋を伸ばして歩くなど、地味だけど所作について気を配るようになってから印象が変わっていったのだろう。やっぱり氷室さんのアドバイスって的確なんだなと思う。
「ちなみになんだけど」
暖木くんが気さくに話しかけてくれたので、僕は少し緊張がほぐれてきて、ちょっと切り込んでみる。
「暖木くん、氷室さんとなにかあった?」
「え?」
「や、気のせいかもしれないけど、二人とも話さないからなにかあったのかと。勘違いだったらごめんね」
「あー・・・・・・」
すると、暖木くんは微妙な反応を示した。て事はやっぱりなにかあったのか。
少し間を置いてから暖木くんは力なく笑う。
「やっぱり分かる? 実は俺、夏休み前に氷室に告白したんだけどフラれてさ。何気に気まずいんだよねー」
「へぇ、そうなんだ――て、えっっっ?」
今、告白って言った?
あっけらかんと言うギャップで一瞬スルーしかけたけれど、今告白って言ったよね?
という事は、僕が出会した告白現場にいたのは、暖木くんだったのか!
「え、暖木くん、氷室さんの事好きなの?」
「うん。ま、フラれたけど」
「や、てゆうかなんでそんな事を僕に?」
普通、そういうの隠さない?
「ずっと黙ってるのも気まずくてさ。だから朝日に言って、ちょっと気持ちが楽になった」
道理で二人とも言葉を交わさない訳だ。
「時間経ってるから大丈夫かなと思ったけど、氷室と顔合わせると、氷室も気まずそうで。ちょっと申し訳ないと思う」
フラれたにも関わらず氷室さんの気を遣う暖木くんに、人のよさを感じた。さっきもリクエストを聞いても主張しなかったけれど、彼はそういう質なのかもしれない。
「てゆうか、暖木くんこそ大丈夫なの? 氷室さんと一緒にいて」
「まぁ、顔見たらやっぱ好きだなぁ
、って思うけど、諦めは付いてるから」
諦めは付いてると言いながらも、どこか未練がある感じが尾を引いているのを感じる。まぁ、好きってそんなすぐに捨てられるものじゃないだろうしなあ。
「でも、気になる事があって」
「ん?」
暖木くんはふとそんな事を口に為る。気になる事とは?
「フラれた後、好きな人いるの? って聞いたら、氷室が『いる』って言うんだよね」
「・・・・・・・・・・・・」知ってる。
「氷室が好きな奴って誰なんだろうって思って。それがずっと気にはなってる。あ、別にそいつと比較して俺の方が絶対いい、って思いたい訳じゃなくて、単なる好奇心なんだけど」
「そっかぁ。確かに気になるよね、氷室さんの好きな人」
「でさ、俺は何気に、朝日がそうなんじゃないかと思ったりするんだけど」
「あー、そうなんだ」
僕がね。あーはいはい。・・・・・・っ?
「ファッッッ?」
「うわぁっ! ビックリしたぁ、急にどうした・・・・・・」
「あ、ごめんつい・・・・・・」
ナチュラルに驚かれた。
いや、普通そういう反応だよね。
僕の素っ頓狂な声が店内に広がり、通りすがりの客が振り返るので、気まずくなる。
僕は気持ちを切り替えついでにかぶりを振った。
「いや、流石に僕はないでしょ。氷室さんならもっと相手選べるし、僕ではないよ絶対」
「そうかな? 最近二人仲良いじゃん。それに今日二人の様子を見てると、氷室は朝日に対して親密な感じだったじゃん」
「それは単に仲がいいだけで、そういうんじゃないと思うよ」
「でも案外、二人は相性いいのかなって思ったけどな」
「いやいや・・・・・・」
「いやいや、本当に」
あっけらかんと暖木くんは言う。
正直、暖木くんの気持ちが分からない。フラれた相手と、僕をお似合いだと言う彼の心理が。それともあれか? 僕が好きな人だったら納得するのか? でも僕がそうだったら絶対、フラれた事を納得出来ないと思うけれど。だって僕よりも暖木くんの方がいい男だ。顔もカッコいいし、すごく人当たりがよくて優しいし。正直、氷室さんに好きな人がいなければ告白を受け入れていた可能性もあるんじゃないかと思えるくらい、暖木くんはナイスガイだった。
「ともかく、僕はないよ。氷室さんの好きな人はきっと別でいるよ」
僕はそう言って話を切る。氷室さんに限ってそれはない。身の程を弁えろって話。
それに僕、氷室さんには二度も家に招かれている。普通、好きな人を簡単に家に上げたりしないだろう。家で話してる時も至って普通だったし。意識していたらなにかしら変化がある筈だ。
だからない。もしそんな事があったらコペルニクスが地動説を立証した時以来の驚天動地だ。
だが、普通に考えて僕を中心に世界が回ってる訳ないだろ!
ラノベの主人公じゃないんだから!
そんな都合よく考えるなんてどうかしてる。現実はそんな甘くはないのだ。
けれど暖木くんの言葉が呪いのように僕に貼り付き、氷室さんへの意識が強まる。
「あ、朝日いた。もう、はぐれないでよ」
と、気付くと目の前に氷室さんたちがいた。
「あぁ、ごめん」
と僕は空謝りしながら氷室さんの顔を見やる。
「?」
氷室さんはきょとんとした顔をする。合点した様子はない。
表情から、僕への想いが透けて見える事は勿論ない。
やっぱり氷室さんに限ってそれはない。絶対。だよね?
僕は改めて氷室さんを見つめると、「なに? 顔になにか付いてる?」と、ただただ怪訝な様子を浮かべるだけだった。たぶん、それが答えだ。
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