第17話


§



 前に一回来た道をちゃんと覚えていたので、スムーズに氷室さん宅に着いた。

 インターホンを押すと、少しして『今開ける』と、端的に氷室さんの声がした。少しして、扉が開くと、部屋着姿の氷室さんの姿があった。



 Tシャツにショートパンツ姿で脚線美が眩しい。真夏のビーチよりも眩しいよ。



「おっすー」



 顔を合わせたのは終業式以来で、随分と久しぶりだ。

 僕は軽く会釈すると「入って?」と、中に案内される。僕は「お邪魔します」緊張しながら入る。二度目でも、慣れる事のない緊張感・・・・・・女の子の部屋って、なんでこんなにも意識させられるんだろう?



 家の中に案内されると、生活音が聞こえてこないので、前回同様、氷室さん以外いない様子。それがまた緊張を掻き立てる。



「先上がってて? 飲み物とお菓子用意してくる」



 そう言って氷室さんは二階へは向かわず、リビングの方へと歩いて行く。ので僕は恐縮しながら階段を上って氷室さんの部屋へ向かう。

 二回目とはいえ、女の子の部屋に入るのは厳かな気持ちにさせられる。ドアノブを回して扉を開き、中に入ると「ん?」ふと足元に視線が向かう。見てみれば床に紙袋が二つあった。中身を見てみると、衣類っぽい。もしかしてこれがお兄さんのお古だろうか?



 気にはなったけど勝手に触る訳にもいかず、一旦スルーして前回同様クッションをお借りして腰を下ろす。今回は最初から胡座を掻く。

 にしても、まさか二度も氷室さんの家に来る事になるとは。



 こんな気軽に部屋に呼ばれるって信頼されてるのか舐められてるのか。それとも他の男子も気軽に呼んだりしてるのかな?

 他の男子――好きな男子とか?

 告白で言った氷室さんの言葉が思い出される。

 いや、本当誰なんだろう氷室さんの好きな人って。 



「お待たせー」



 少しして氷室さんが戻ってきた。

 前回同様、トレイにジュースとお菓子を乗せている。

 氷室さんは腰を下ろし、ジュースを差し出しながら労うように「外暑かったでしょ? こんな時間に呼び出してごめんね。でもこの時間丁度、家族出掛けるからさ」



 と言うので僕はかぶりを振る。

「別にいいよ、予定も全然ないし」

「夏休みどっか行かないの?」



 僕はずっと一人で過ごしている事を話す。すると氷室さんはかざぐるまを回したみたいにカラカラ笑う。



「そっかぁ。寂しい夏休みを送ってるんだね」

 失礼な! 一人でも楽しいよ! 一人っ子を舐めないでっ。



「なにそれ、一人っ子関係ある?」


「あるよ。一人っ子は家の中だと基本一人遊びしてるから、一人でも楽しめる術を身に付けている事が多いんだよ」

「へぇ、私は三人兄妹だからそういうの分からないや」 



 氷室さんは感心しつつ、短い感想に留めた。兄妹がいる家庭では想像しづらい感覚なのかもしれない。

 とまぁ。ここまでの様子を見る限り、いつもの氷室さんだ。

 別段、変わった様子もない。

 氷室さんの好きな人が僕という線は、これを見る限りないだろう。

 や、最初からないんだけどねそんな線。国境線みたく僕が勝手に引いてるだけの本来、存在し得ない線だ。傲慢も甚だしい!



「さて、それじゃあ早速なんだけど、バーベキューに着ていく服を選んでいこうか」



 そう言って氷室さんは本題に入る。側にあった紙袋に手を伸ばすと、適当に中身を取り出し、広げてみせる。



「この紙袋に入ってるの全部兄貴のお古なんだけど、サイズとか色味とか、デザインとか気にいったやつは全部持ってっていいよ。どうせ使わなくなったやつだし遠慮しなくていいよ」

 見たところ、新品同様のように見える。



「どれも綺麗でしょ?」

「うん、本当に使ってるの? これ」

「兄貴、洋服買うのが好きなんだけど新しいモノを買っては前着てた服をすぐ捨てていくんだよね。でもまだまだ着れるやつばっかだから私よく貰っては自分で着たり、売りに出してお小遣いにしてるだよね」


「へぇ。男物の服とか着るんだね」

「オーバーサイズで着たい時はメンズ服が丁度いいんだよね」

「でもお兄さんの洋服を着るとか、兄妹ならではだよね」


「朝日は一人っ子だもんね。貸し借りが出来るのはいいよね。普段はバカでしょうもないけど、こういう時は兄貴も役に立つんだよね」

「ははは・・・・・・」



 氷室さんのお兄さんへの評価が辛辣だったので、愛想笑いに留めると、氷室さんは切り替えて洋服を次々広げていく。



「それより。遠慮しないで好きなのあったら言ってね? 全部持って帰っていいから」

「でも、新品同然のもの貰うのは申し訳ないな・・・・・・。それになんか高価なものっぽいし」

「気にしなくていいよ。私が貰わなかったら捨てられてたものだし。誰かに使ってもらった方が服も本望でしょ。それとも朝日、古着苦手だった?」



 と、気に掛けるので僕はぶんぶんと首を横に振る。



「そんなんじゃないよ。ただ本当に申し訳ないだけだから」



 むしろ気遣われてしまう。どうやら氷室さんは服を譲る事を譲る気はなさそうだ。恩に着せるつもりも。服は着せようとしてるのに。



「まぁ私としてはさ、あんたにはいい格好してもらいたいっていうのもあるんだよね」

「え?」


「折角、プライベートでクラスメイトと集まるんだもん。あんたにはいい格好して欲しい。プロデューサーの私としてはね。兄貴、センスはいいから、あんたの予算で新しく洋服を買うより、兄貴の洋服貰ってくれた方が、クラスの男子を出し抜ける可能性は高い。朝日だって、できる事なら寧々に洋服を褒められたいでしょ?」



 それを言われると気持ちが揺らぐんだけども・・・・・・。

 確かに安田さんにカッコいいね(洋服が)って言われたい。

「まぁ・・・・・・」

 そして僕は引き下がる。

 すると氷室さんは微笑を浮かべて軽く手を叩いた。



「じゃあ、洋服選んで! 気に入ったものの中からコーディネートを考えようっ」

 氷室さんは嬉々とした表情でそう言った。

 前に買い物で洋服を試着した時も随分ノリノリだったけど、ファッションへの情熱がすごい。



 僕はただただその熱量に圧倒されながら、彼女の言う通りに従った。

 まず一通り洋服を見てから気に入ったものと好みに合わないものの仕分けから始める。

 予め氷室さんが僕の指向を読み取ってくれているのでそこまで好みに合わないものはなかったので、後はサイズの問題だけど、比較的僕に近いサイズ感のものが多い。



「前に買い物に行った時に、一緒に洋服の試着もしたでしょ? ファストファッションはサイズ表が明記されてるから、それを参考に洋服を選んだから、そこまでサイズ違いはないと思う」


「まさか、あれは伏線だったのっ?」

「服だけに?」

「え」

「今の忘れて」

「え、伏線と服を掛けたの?」

「黙れ」

「氷室さんが言ったんだよねっ?」



 黙れって、黙ってられない駄洒落でしたけど?

 氷室さんもこういう事言うんだ。いや、分からない。これは後で推敲する時、削除案件かもしれない。氷室さんの圧力で。屈するな、作者! 氷室さんの数少ない弱みを確かな証拠として残しておくんだ!



「とにかく、サイズ違いはそこまでないと思うけど、実際着てみないとシルエットは分からないし、試着はしてね」

「そっか、じゃあ家に帰ったら確認してみるよ」

「いや、ここで着てみて欲しいんだけど」

「え?」

「そこにスタンドミラーあるから」

「え」


「確認しときたいし。そこは最後まで責任持ちたいから。私のあげた服で、変な格好されても困るし」



 さり気なく、ここでの試着は回避しようとした僕だけど、氷室さんは退路を断ってくる。

 そんな僕を尻目に、氷室さんは嬉々とした表情を見せる。



「最高の組み合わせで男子たちを出し抜くわよっ」

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