シックスパックラビット ―極めた武術で世界を救う旅に出ます! でもウサギマスクを被らないと戦えないので、パーティーでは荷物持ち。―

要よよ

第1話 ウサギマスク

「わーっ! 助けてくれー!」

「くっ、来るなー!」

 

 じいちゃんの道場からの帰り道、森の入り口から、草木の濃い匂いに混じった獣臭とともに、悲鳴が風に運ばれてきた。駆けつけると、男が2人魔物に襲われている。


 こんなところにまで魔物が……。ティグウルフだ。虎のように大きな狼。殺傷力の高い牙と爪を持ち、素早い動きと群れでの行動が厄介な魔物だ。防具もないし、一発でも攻撃を受けたら、まずい……。

 

 大変だ、一刻を争う。

 もう10数メートル後ろに迫っている。森を抜けて逃げ続けているが、辺り一面平地で、身を隠す場所もない。


 ティグウルフの群れとの戦闘は、群れよりパーティの人数が少ない場合は避けるべきと、授業で習った。


 くそ、足が震える。心臓がうるさい。

 しかし、助けを呼びに行っている時間もない。どうする……。ぼくしかいない。でも、ぼくなんかが本当に戦えるのだろうか……。体捌きには自信がある。逃げるための時間稼ぎだけでもできたら。ただ、このまま出ていくのは……。

 

 ……いまが、これを使う時……か。

 マスクを被る。不思議と、鼓動が鎮まる。身体が軽くなる。不安な気持ちがどこにも見当たらない。心に火が灯っているのがわかる。


 ドカッ!

 

 飛び蹴りが顔面にクリーンヒットし、ティグウルフが1体黒い霧となり消えた。全速力からの攻撃で、着地してから5メートルほど地面を滑った。足にティグウルフの感触がある。これが、リアルか……。


「うわー! 新手のモンスターだっ!」

「わー! いや、待て……人間だよ、人間だよな! 助けに来てくれたのか! ありがとう!」

「え、あ、本当だ。ウサギのマスクを被ってるのか」突然現れたぼくに、2人は軽くパニックを起こしたが、すぐに受け入れてくれたようだ。

「ここはぼくに任せて逃げて!」右手側8メートル程のところにいる2人に伝える。


 2人の方に目を向けた隙をつかれて、1体が猛スピードで飛び出してきたことに気付くのが遅れてしまった。

「くっ」

 咄嗟に交わし、バックステップで距離を取る。が、ティグウルフが伸ばした爪に服が裂かれていた。冷や汗が背中を伝う。


「早く行って!」

「あ、あぁ、ありがとう! 恩に着る」

「ウサギマスクの人、ありがとう!」

 2人は感謝を告げ、逃げていった。


「ウーッ」 仲間をやられて怒っているのか、はたまた獲物を逃がされ怒っているのか、いや、両方か……。

 ナイフのような鋭い牙が、血を欲しているかのようだ。だが、いまのぼくなら、やれる……。

「ふーっ……。来いよ」右手をクイクイして挑発する。

 風が、止んだ。

 

「ガーッ!」一斉に駆け出して向かって来る。飛びついて来るところを次々交わし、1体の首に手刀を振り下ろす。

 

 バキッ

 

 よし、あと3体。

 

 攻撃を外したティグウルフたちが体勢を立て直す前に、今度はこちらから仕掛ける。一飛びで目の前に移動し、その勢いを乗せた右拳を打ち切る。崩拳ほうけん

 

 ドンッ!

 

 直後、隣のもう1体の顔面に後ろ回し蹴りをお見舞いする。

 

 ベキッ!

 

「あとはお前だけだぞ」残った1体に言うが、こちらの言葉は伝わらない。

 大きく口を開けながら飛びかかってこようとするところ、こちらもティグウルフの方へダッシュし、体を仰け反らせて交わし、腹部へ右拳を突く。黒虎掏心こっことうしん

 

 バコンッ

 

 拳が深く減り込み、霧散した。

 

「ふーっ」戦闘中に敵から目を離すなんて、まだまだだな。ボロボロに破けた服を見て思う。

 でも、人がいてもいつもの動きができた。このマスクのおかげだな……。そして、ぼくの力で魔物を倒せた。人を助けることができた。

 風が夜の匂いを連れてきた。空を見ると、夕闇が迫っている。しかし、ぼくの心には闇を照らす火が灯っている。

   

 さっき出たばかりの道場に戻ってきた。改めて見ると、年々廃れていく道場に、ふと寂しさを感じる。

 抜き足差し足忍び足。じいちゃんの姿は見えない、今のうちに……。

 

「拳、なにやってんだ?」

 後ろから不意打ちを食らって、心臓が飛び跳ねる。振り向いたぼくの服を見たじいちゃんは、吃驚した。

「お前、なにがあったんだ!?」

「あ、いや……実は……」先程の出来事をじいちゃんに話す。

 

 ――――「なるほど……相手から目を逸らすのは、修行が足りていない証拠だな。だが、その力を人助けに使えたのは、良い経験になっただろう。少しは自信に繋がったんじゃないか?」畳の上に安座しながら話す。

 

「うん、まだまだだなって実感したよ。自信……そうだね、でも、マスクのおかげだよ……」自信が持てない自分がコンプレックスで、人前で何かをすることにブレーキがかかってしまう。

 

「ピンチの時のお守りとして渡した、あのマスクを使う日がくるとはな。しかし、マスクを被れば心の枷が外せるのがわかったのは、大きな収穫だ」じいちゃんは腕組みをして頷く。

 

「うん、マスクを被ったら不思議と心臓のドキドキが落ち着いて、すごく冷静になれたんだ。自分でもびっくりするくらいに」

「そうか……。あのマスクは、これからもお前のことを助けてくれる。肌身離さず持っておきなさい。魔法が正義の時代だが、お前の格闘能力、スキルは、魔法に負けない力がある。力は正しく使うんだよ」

「うん。ちょっと気になるのはさ、なんでウサギなの?」もらったときから気になっていたことを聞く。

 

「ウサギ、好きだから……。宇佐美だし」

「ちょっ、理由それ? マジで?」適当かよ。

「はははっ。マジで。宇佐美家とウサギは切っても切れない関係なんだよ。それにな、ウサギってのは、災難や悪運から逃れられるとか、物事が順調に進むとか、長い耳が福を集めるとか言われていて、とても縁起のいい生き物なのだよ」諭すように言う。

 

「そうなんだ……。まぁ、そういう理由があるならいいや。ずっと、なんとなく気になってたから」

「おう。理由を聞くと、ウサギってすごいだろ?」

「その話を聞くと確かにすごいね」ウサギがそんなに縁起いいとは知らなかった。

 

「拳、知っての通り年々魔物が増えてきていて、被害も大きくなっている。自分のできる範囲で構わないから、守ってやってくれ。それが力のあるものの務めだ。無論、無理は禁物だがな」

 

「はい」リュックに目をやる。マスクがあれば大丈夫だと、そう思えた。

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