世界の果てで、君と光を見た

望月朋夜

第1話 憧れの“異世界”へ

佐倉灯里さくらあかりは何処にでもいる中学二年生の女子生徒だった。

彼女はいつも空を見上げていた。

教室の窓から見える空は、どこまでも青くて、どこまでも遠い。


「いつか、どこかの世界に行けたらいいのにな」


放課後の図書室。

ページをめくるたびに、現実が少しずつ遠ざかっていく気がした。

魔法、竜、転生――そんな言葉が並ぶ小説を読むと、胸の奥がきゅっと締めつけられる。


「いいなぁ、異世界転生」


小さな呟きは、夕陽に溶けて消えた。


その夜。

雨上がりの道路を歩く。

イヤホンから流れるアニメの主題歌。

傘の先から、まだ少しだけ雨粒が落ちていた。


「異世界転生、してみたいなぁ」


その瞬間、世界が白く弾けた。


――キィィィィィッ。


耳をつんざくブレーキ音。

光が視界を覆う。

風の音も、足音も、すべてが遠のいていく。


「え……?」


声を出す間もなく、意識が途切れた。


* * *


頬に風があたる。

草の香り。

鳥の声。


「……ここ、どこ?」


目を開けると、見渡す限りの草原が広がっていた。

遠くには湖が光を反射している。

空は果てしなく青く、雲ひとつない。


灯里は立ち上がり、制服のスカートを払った。


「夢……かな」


頬をつねる。

痛い。


「痛いってことは……夢じゃない!?」


胸がどくどくと高鳴った。


「えっ、これ、まさか……異世界?」


思わず声が裏返る。

嬉しさと戸惑いが入り混じったまま、湖のほとりへ駆け出した。


水面に顔を映す。

見慣れた黒髪、見慣れた顔。制服もそのまま。


「……転生じゃなくて、転移……?」


少しだけ唇を尖らせた。


「どうせなら、もっと可愛い子に生まれ変わりたかったなぁ」


けれど、すぐに笑ってしまう。


「ま、いっか。異世界には違いないし」


その時、風に混じって金属の音が聞こえた。

カン カン カン――。


丘の上に鎧を着た人たちが見える。

彼らは灯里を指さして叫んだ。


「侵入者だ! あの少女を捕らえろ!」


「えぇ!? ちょっと待って、私、何もしてないんですけど!」


灯里は反射的に駆け出した。

草原を走る。

風が頬を切るように吹き抜ける。


「なんで追いかけてくるのよー!」


息が苦しい。

足が重い。

けれど止まれなかった。


その時。


「危ないっ!」


誰かの声がして、強く腕を引かれた。

灯里は勢いのまま誰かの胸に倒れ込む。


「きゃっ……!」


顔を上げると、銀髪の少年がいた。

琥珀色の瞳。肩には古びたマント。


「君、見たことない服だね。どこの村から来た?」


「え、えっと……これは、その、学校の制服で」


「ガッコー? 聞いたことないな。とにかく兵士が来る、こっちへ!」


少年は灯里の手を取って、森の中へ走った。

枝を避けながら、二人は息を切らして駆け抜ける。


やがて、木に囲まれた小さな小屋にたどり着いた。


「ここなら安全だ。入って」


灯里は転がるように中へ。

少年が扉を閉め、火を灯す。


「僕はリアム。旅をしてる。君は?」


「佐倉灯里。……アカリでいいよ」


「アカリ、光か。いい名前だね」


灯里は思わず頬を赤らめた。

どこか優しい声だった。


ランプの光が壁を照らす。

風の音が遠くで響く。


「今日はここで休もう。森を抜けるのは朝にしよう」


「うん、ありがとう」


布の上に横になり、灯里はまぶたを閉じた。

胸の鼓動がまだ速い。


――異世界に来ちゃったんだ。

――転生じゃないけど、それでも。


静かに息を吐く。


「……生まれ変わった気分」


その言葉を最後に、灯里は眠りに落ちた。

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