2番目の女
パンだむ
2番目の女
どうして人は、物事に順位というものをつけたがるのだろうか。
休日の昼下がり、目の前で流れるお昼の情報番組をぼーっと眺めながら、そんなことを考える。
テレビの中では人気スイーツランキングの1位に選ばれた、シュークリームの特集をしている。
リポーターは、シュークリームが如何に美味しいか、どんな工夫がされているかを、事細かに伝えている。
そんな特集の中、私は画面の左端に掲載されている2〜5位までの他のスイーツ達に目をやった。
このスイーツ達もきっと、一生懸命作られた、とても美味しいスイーツなのだろう。
だが、実際に大きく紹介されるのは1位のシュークリームだけ。
世間にある、1位とそれ以外での絶対的な扱いの差。
その差が今はただただ、悲しく感じる。
「はぁ……」
今現在、私は自分でもよくわからない思考に囚われてしまっている。
その原因は、先程、彼の部屋で見つけた、あの手帳のせいだろう。
『人生ランキング』
表紙には手書きのキレイな文字で、そう書かれていた。
彼とは2年前、マッチングアプリで出会いお付き合いを開始し、半年前から結婚を前提とした同棲をしている。
彼とはこれまで大きな喧嘩もなく、良好な関係を築けている。
そんな彼の部屋を掃除していたとき、その手帳は出てきた。
「なんだこれ」
衣装ケースの端から出てきた手帳には、『人生ランキング』と書いてあった。
その手帳は所々よれており、年季を感じさせた。
彼のものを勝手にみることに多少の罪悪感はあったが、彼の手書きの手帳というものに興味があったのと、人生ランキングとは何なのかが気になり、私はその手帳を開いてみることにした。
1ページ目を開くと、『好きな食べ物』と上部に書いてあり、その下に①〜⑩まで食べ物の名前が書いてある。
1位 唐揚げ
2位 焼き肉
3位 カレー
4位 ステーキ
5位 ポップコーン
6位 寿司
7位 お好み焼き
8位 ラーメン
9位 ハンバーグ
10位 餃子
男の子が好きそうなラインナップの中に混ざる、ポップコーンが異彩を放っている。
だが、そのおかげでこのランキングが何なのか、気付くことができた。
「これ、彼の好きな食べ物のランキングだ」
以前、デートで映画を観に行った時のことを思い出す。
彼は『映画館で食べるポップコーンが好きなんだよね。特別感というか、物語をそのまま食べてるみたいで』と語っていた。
後半部分が全く共感できなかったのと、この人大丈夫かなと心配になったので、よく覚えている。
因みにその後、感動系の恋愛映画で彼が号泣し、家に帰ったあと『あそこの映画館のポップコーン。すごい塩辛くなかった?』と言い放っていた。
彼との思い出を振り返りつつ、手帳のページを捲っていく。
そこには、色々な項目について、1位から10位までランキングされていた。
どうやら、この手帳は彼の人生における様々な出来事、項目をランキング化にしている物のようだ。
項目は多岐にわたり、好きな動物ランキングから、嫌いなキャラクター。緊張した出来事や怖い話。面白かった話、楽しかった所、好きなマンガのセリフ、ワンピースの好きなシーンランキング等、細かいランキング等もあった。
「へー、こんなの書いてたんだ」
ペラペラとページを捲りながら、読み進めていく。
日々更新していっているのだろうか。
どのページも修正されたあとが残っており、ランキングに対して真剣な様子が見て取れた。
ランキングについては思いついた順に作成したのだろう。特に前後に関連がある訳でもなく、色々なランキングが作成されていた。
「へー、楽しかった所の1番がディズニーって、そんなに楽しかったんだ。あの時はかなり天候悪かったのに」
何度目かのデートでディズニーランドに行き、大雨に降られたことを思い出す。
私にとっては大変な思い出だったが、彼にとっては良い思い出だったのだろう。
彼のランキングを読み進めていくと、彼の価値観や、これまでの人生を覗き見しているようでとても面白く、私はウキウキと楽しみながらページを捲っていった。
「マクドナルドの好きなメニューで、2位ナゲットは流石に攻めすぎでしょ」
時折ランキングにツッコミを入れつつ、呑気にページをめくり、そこに書いてある文字に息を呑む。
『好きな女の子』
1位 奏
2位 さおり
3位 千里
4……
私の名前は、間宮さおり。
彼の2番目に好きな女の子、らしいです。
その後、ランキングの続きを見る気にならず、手帳をもとの位置に戻し、掃除を再開する。
何も考えたくなく、掃除に集中しようとするが、頭には先程のランキングの文字が浮かぶ。
好きな女の子、2位 さおり。
この感情はなんなのだろう。
自分がランク付けされて、初めて気が付く。
ランキングというシステムがいかに残酷なものなのか、ということに。
掃除を終え、リモコンを操作し、お昼の情報番組を垂れ流す。
「浮気……なのかな」
考えないようにしていたことが、口からこぼれ落ちる。
1位 奏
奏という名前には全く聞き覚えがない。私の知らない女性だろう。
彼が私の知らない所で、奏という女性と知り合い、付き合っている。ということなのだろうか。
私は2年前に彼から告白されて付き合っている。ということは、その時点では、私が1位だったのだろう。
2年前から現在までの間で、新しく知り合った女性のことを好きになってしまい、私は順位を抜かれ、彼の中で2番目になってしまった。ということなのだろうか。
「いや、そうとは限らないか」
元々、好きな女の子がいたけれど、既に彼氏がいたり、結婚していたりして、付き合うことができなかった。という可能性もある。
彼と一緒に暮らしていて、他の女性の影を感じたことはない。
どちらかといえば、叶わぬ恋だった可能性の方が高いだろう。
その場合は、浮気でもなんでもないので、彼は悪いことはしてない、ということになる。……のか?
別に1番好きな人に告白しなければならないという法律は無い。
叶わない恋をする人というのも、世間には沢山いるだろう。
ただ、彼がそうだとは思ってもいなかった。
彼の中で私は1番で、だから私に告白をしてくれたのだと、そう思っていた。
彼の中で、1番でなかったという事実に、私は思いのほかショックを受けているようだった。
しばらくテレビの前で呆けていた私だったが、夕飯の準備をしなければならない時間になり、もぞもぞと行動を開始する。
仮に、彼に忘れられない女の子がいたとして、私とお付き合いしているというのは事実なのだ。
彼は私を大切にしてくれているし、私も彼と別れたい訳ではない。
とりあえず今まで通り、人生ランキングのことは見なかったことにして、様子をみることにしよう。
ただし、もし仮に浮気をしていようものなら、絶対に、絶対に許さない。
そう心に誓った。
今日の夕食は唐揚げだ。
これは彼の好きな食べ物ランキング1位が唐揚げだったから、という理由では勿論なく、元々今日は唐揚げにするつもりで前日から仕込んでいた為だ。
ランキングを思い出すような料理を選びたくはなかったが、前日から仕込んでいたため、仕方なくそのまま料理を進めた。
因みに、私のつくる唐揚げは旨い。
私も唐揚げが大好きなので、色々研究をしたのだ。
彼が、唐揚げを1位にしているのも、私の作る唐揚げがそれはそれは、とてもおいしかったからに違いない。
「ただいまー」
ちょうど夕食の準備ができた頃、彼が帰宅する。
「おかえり。先にお風呂はいる?」
大丈夫だ。いつも通り言えてる。
「うーん。ん? 夕飯唐揚げ?」
「うん。唐揚げ」
「だったら、夕飯先食べるよ。揚げたてみたいだし」
彼は部屋着に着替えに行き、私は料理を机に運ぶ。
彼がいつものように、私の向かい側に座り、食事を開始する。
「「いただきます」」
暫く2人とも黙々と食べ進め、部屋の中にはテレビから流れるバラエティ番組の音と、食器の音が鳴り響いている。
やはり、私の唐揚げは今日も旨い。
「休日出勤大変だったね」
「納期がギリギリでね。来週も残業増えて帰り遅くなると思うから、夕飯は先に食べててよ」
「そうなの。それじゃ先に食べちゃうね」
時折会話を交わしつつ、食事を続ける。
いつも通り。完璧だ。流石私。
「どしたの? なんかあった?」
「え?」
カランカラン
彼からの急な問いかけに驚き、箸を机の上に落とす。
それを拾いつつ、彼に問い返す。
「ど、どしたのって、なっなにが?」
いつも通りを心掛けていた筈だが、どこか違和感があったのだろうか。
「いや、いつもご飯山盛りにしてるのに、今日は中盛りぐらいだし、体調でも悪いのかなって」
おかしかったのは、ご飯の量でした。
「いやいや、全然元気だよ。ご飯もおかわりしちゃうから」
「ほんと? 無理しないでね?」
「大丈夫大丈夫。あなたはおかわりとかしなくていいの? あなたの1番好きな料理の唐揚げだぞー?」
ふぅ。驚かせやがって。ご飯の量以外はおかしかった所はなかったみたいだ。
今後もこの調子でいこう。
「……俺、さおりに唐揚げが1番好きだって、言ったことあったっけ?」
おわった。
「……いやいや、見てたらわかるよ。彼女だもん。1番美味しそうに食べてるなーって」
「そうかな?」
その後、私の天才的な機転の良さで場を誤魔化し、その場を切り抜けた私だったが、何も知らずにいつも通りな彼に、少しずつイライラがつのっていった。
よく考えたらこれ、私に悪いところなんてないではないか。
誰だって付き合っている人から『君のことは好きだよ。2番目に』などと、言われれば嫌な気分になるだろう。
確かに勝手に人の手帳を開いた私もよくなかったが、そもそもあなたがあんなランキングをつけていなければ、私がこんな気持ちになることはなかったのだ。
それに、百歩譲ってランキングをつけるにしても、人を勝手にランク付けするのなら、人の見えない所でやるべきではないだろうか。
いつぞやのゆとり教育とやらで、運動会で全員一緒にゴールテープをきる写真をみて、何をしているんだろうと思っていたものだが、今ならその気持ちが分かる。
ランキングとは、順位付けとは、便利である反面、1位以外の気持ちを考えない、とても失礼で不躾で無礼で無作法な物なのだ。
それが、この目の前で、私の作った唐揚げを美味しそうに食べる男には、わかっていないのだろう。
ならば、彼に教えてあげなければならない。
この私の中に渦巻く感情を、目の前の男に叩きつけて、教えてあげよう。
同棲生活最初のビッグイベント。夫婦喧嘩、いや、結婚してないからなんていうんだ? カップル喧嘩? 同棲喧嘩? いや痴話喧嘩か? の始まりだ。
バン!
唐揚げを口に放り込み、箸をおいてから、机に手を叩きつけ立ち上がる。
そして、彼の方を真っ直ぐみて口を開く。
「んぐ」
そして、口を閉じる。唐揚げが喉に詰まった。
……こんなにうまくいかないのも、きっとあのランキングのせいなのだ。
「大丈夫?」
「うん。ごめん。大丈夫大丈夫」
彼に介抱されて、落ち着いた私は一先ず小休止を挟む。
先程は、怒りに身を任せ過ぎていたようだ。
失敗を踏まえて、冷静に、クールに、物事の進行を図ることにしよう。
「静粛に」
「うん」
「よろしい。では、本題に入ります」
「はい」
「私とあなたは、これから喧嘩を行います」
「え?」
彼はキョトンとした顔でこちらをみている。
こちらはお前の秘密を知っているのだ。その顔が驚愕に変わるのが今から楽しみである。
私は先程、怒りに任せて言おうとした台詞を言葉に出す。
「ねぇ。あなたにとって、私は何番目に好きな女なの?」
「え? 1番」
「うん。私も」
「うん。ありがとう」
「「………」」
はっ! 思わぬ即答に思わずときめいてしまった。
違う違う。
「ふぅ。あなたは嘘を付くのがお上手だ。……調べはついているんですよ」
「なにその、刑事ドラマみたいな言い回し」
「うるさい! アホ! バカ!」
「うわぁ。急に知能が下がった」
そういって私は立ち上がり、彼の部屋へ、例の手帳を取りに向かう。
彼の部屋から手帳を持ってきて、彼に例のページを突きつける。
『好きな女の子』
1位 奏
2位 さおり
3位 千里
4位……
彼は手帳を見ると驚いた様子で固まってしまう。
「あなた、この奏って女は、一体どこの誰なのよ!!」
「えーー!? どこにあったのこれ? 探してたんだよー!」
「え?」
彼は私の手から手帳を抜き取り、ペラペラとページをめくる。
「そうだよな。まだ、このときはラーメンのポテンシャルに気付いてないんだよな。お酒の〆での旨さに」
「あの」
「ナゲットはマスタードソースに気付いてからが本番だよな。今なら1位だ」
「ちょっと、はなしを」
「うわぁ。ワンピースの好きなシーンが浅すぎるな。読み込みが足ら」
ドン!
私の固く握った拳が机を揺らす。
「……私の話、聞いてくれる?」
彼の喉が小さく鳴った音が、部屋の中に響いた。
私は椅子に座り直し、彼に笑顔で声をかける。
「それで、これは何なの?」
「これはその、若気の至りというか、なんというかその、」
バン!
私の掌に微かに痛みが走り、机が音を鳴らす。
「それで、これは何なの?」
「はい! 人生ランキングであります!」
「そうよね。それで人生ランキングって何なの?」
「はい! これまでの人生での物事、出来事をランキング化したものです!」
やけに、素直でハキハキしだした彼に、核心の質問をぶつける。
「それで、奏さんっていうのは一体誰なの?」
「はい! えーっと、その」
言い淀む彼に、私はゆっくりと立ち上がり、座っている彼の背後に回った。
そして、彼を後ろから優しく抱きしめ、彼の耳元から囁く。
「うんうん。落ち着いて、ゆーっくり話してね」
部屋が寒いのだろうか。彼が少し震えている。後で、暖房をつけてあげよう。
「は、はい! 私が高校生の時の、音楽の先生です」
「……高校の先生? 高校の先生と偶然会って、浮気をしてたってこと?」
「ちっ、違います! 高校卒業してから会ったこともありません!」
そうか、ということは。
「私、あなたと2年間も付き合って、高校の頃の思い出すら、超えられなかったんだ」
先程まで頭の中を渦巻いていた怒りがスーッと消え、冷たい感情が身体を支配する。
彼の首に回していた腕をゆっくりとほどき、もたれかかっていた身体を立たせる。
そして、一歩一歩踏みしめながら、部屋の出入口へ向かう。
「……さおり?」
「さよなら」
彼にそう告げて、部屋を出る。
そしてそのまま、この家を出ようと玄関に向かう。
私と彼の2年間は一体なんだったのだろうか。
確かに子供の頃の思い出というのは、とても大きく大切なものだと私も思う。
今とは違う価値観、感性の中で感じた感情というのは、大切なものだ。
だけど、私と彼が2年間という時間をかけて、お付き合いをして、紡いできた思い出、好きという感情が、高校の頃の先生に感じた好きにも及ばなかった。
そのことが、ただただ悲しかった。
私は重い足取りで玄関へと向かう。
あっ、そうだ財布と携帯は持っていかないと。
玄関の目の前まで来た所で、ふとそう思いつき、Uターンしようと振り返る。
「さおり」
気付けば、彼に抱きしめられていた。
「……離して」
「話を聞いて欲しい」
「やだ」
「……俺が1番好きなのはさおりだよ」
「嘘つき。奏さんが1番のくせに」
彼の抱きしめる力が強くなる。
「頼む。少しだけ話を聞いてくれ」
「やだ。奏さんとやらに話せばいいでしょ」
「だから、違うんだって」
何が違うというのだ。自分で1番と書いていたくせに。
「さおり、よく聞いてくれ」
聞くも何も、私が2位であることは他の誰でもない、彼の、彼自身の文字で記されているではないか。
私は彼から離れようと動き出したとき、彼の言葉が耳に届いた。
「この手帳に書いてある『さおり』はさおり……『間宮さおり』のことじゃないんだ」
「……は?」
彼の思わぬ言葉に一瞬頭が真っ白になる。
この『さおり』は私ではなくて別人?
……私は10位にも入っていなかったということ?
頭が混乱してきて、考えがまとまらない。
彼の腕の中で固まる私に、彼が告げる。
「要するに、このランキングは高校生の時に作ったもので、まだ『間宮さおり』と出会う前に作ったものなんだ」
その後、彼から話を聞くに、ランキング2位に記載されていた『さおり』なる女の人は、当時話題になっていた、プロの女子サッカー選手のことらしい。
そういえば、私も名前は聞いたことがある気がする。
彼は高校の頃、サッカー部に所属しており、テレビでプレーを見て、ファンになったらしい。
「でも、このディズニーでのデートがランキングに入っているのはなんで?」
「それは、高校の修学旅行で行った時のことだよ。さおりといった時は土砂降りでまともに遊べなかったでしょ?」
そりゃそうか。
あのデートが楽しかったこと1位なのは、私もおかしいとは思っていた。
ということは。
「それじゃ、好きな人ランキング1位は?」
「さおり。間宮さおり」
そうか。それじゃ、
「私の、勘違いってこと?」
「うん」
……そうか。
「ちょっと一旦死んでくるね」
「まてまてまてまて」
恥ずかしくて死にそうな私を、彼が包みこんでくれた。
再びリビングに移動し、席に着き、食事を再開する。
私の唐揚げは、時間が経っても美味しい。
唐揚げを食べ、平常心を取り戻した私だったが、そこでふと疑問がわいてきた。
「そもそも、なんで人生ランキングなんてものを作ろうと思ったの?」
「ん?」
彼も、また私の対面でおいしそうに唐揚げを頬張っている。
よく考えたら、私の唐揚げが美味しくて、好きな食べ物1位になったんじゃなくて、高校の頃から唐揚げがずっと1位だったということか。
なんか、ちょっと悔しいな。
やっぱりランキングって嫌いだ。
「うーん。まー、男なんてのは、皆ランキングとかが好きだからさ。自分だけのランキングってかっこいい、みたいな感じで始めたんだけど」
そこで1回、彼は言葉をきった。
どう言葉にするか迷っているようだった。
「なんていうんだろう。やっぱり、自分の価値観や思い出を大切にするためっていうのかな」
どういうことだろうか。
「例えばさ、今日初めてさおりの唐揚げを食べたとして、すっごくおいしかった、と思ったとするじゃん?」
まぁ、何度も言うけど実際おいしいからね。
「普通はさ、それでおいしかった、また食べたいで終わると思うんだけど、ランキングをつけてるとさ、その自分の価値観がより明確になるんだよね。どういう所が好きで、どう感じたからこの順位なのかとかさ」
「ただ、漠然と好きという枠組みの中に入れるだけじゃなくて、どうして好きなのか、どこが良いと思ったのか、そういうことをしっかり考えて整理してランキングにしていくと、自分が大切に思っていること、良いと思っていることがはっきりわかるようになるんだよね」
彼は言葉を続ける。
「それにさ、いざ、良いものに出会ってランキングをつけようとするとね、過去に自分が良いと思ったものを、振り返ったりもできるんだよ。そういう自分の人生を振り返っている瞬間っていうのが、俺はたまらなく好きなんだよね」
私も、彼の人生ランキングをみていたときに、彼の人生を覗き見しているようだと感じていた。
その感覚は、記している本人には、より大きな感覚として残っているのだろう。
人生ランキングとは、彼の人生、価値観を記したランキングなのだ。
まぁ、それはそれとして。
「もしかして、というか絶対。あなた、今も新しいランキングつけてるわよね?」
「え?……ツケテナイヨ」
彼の目線が泳ぐ。
「みせなさい。そのランキング。最新版人生ランキング」
「……いやいや、そんな、人をランク付けするなんて、そんな偉そうなことは辞めたんだって、本当に」
「うそつけ。あんなに楽しそーに語っておいて辞めてるわけないでしょ。ほら、はやく」
「いやいや、あれは若気の至りというか」
「見せないなら別れるわよ」
「……はい。見せます。すみませんでした」
そうして、彼の部屋に一緒に向かう。
彼は椅子に座り、パソコンを開き、そしてブックマークしていたブログのトップページへと移動した。
IDとパスワードを入力し、『人生ランキング』という題名のブログが開かれた。
どうやら、現在は非公開にしたブログにまとめているらしい。
こんなところにもデジタル化の波が来ていたようだ。
なるほど、確かにこの方法なら他人に見られることはない。
彼も色々考えてはいるということだろう。
ブログではランキングの題名別にリンクを繋げており、ワンクリックで該当のページにジャンプできるように作成してあった。
試しに、好きな食べ物ランキングを開いてもらう。
1位唐揚げ(さおり作)
2位ラーメン(飲み会シメの蘭丸)
3位焼肉(焼肉ギャング食べ放題)
4位カレー(カレーハウス世一)
……
妙なディティールが追加されているが、これが最新版のランキングだというのは間違い無いだろう。
まぁ、私の唐揚げは他の唐揚げとは一線を画す存在だからね。
単独1位もやむなしということでしょう。
ラインナップに大きな違いが無いのは、彼が子供舌なのだろうけれど。
他のランキングもちょこちょこと開いていく。
「もらって嬉しかったもの1位の彼女からの手作りケーキってなーに? 私あげてないけど」
「……いや、その、初めての彼女との初クリスマスでの、サプライズでして。その、なんというか、すみません」
ふーん。
まぁ、別にいいのだ。
これは、彼の現時点でのランキングだ。
これから、私と彼でいっぱい新しい思い出を作って、楽しいこと、辛いこと、それを積み重ねていく。
そして、このランキングを、彼の人生を私との思い出で埋めるのだ。
私は意外と重い女なのだ。……体重が、という意味ではなくてね。
そうして、色んなランキングをチラ見しつつ、目的のランキングにたどり着く。
『好きな女の子』
きた。
緊張で顔が強張る。
もし、私が一番でなかったら。私はどう感じるだろう。
とりあえず、彼の顔面に右ストレートを放ってしまうだろう。
彼が座る椅子の後ろから、食い入るようにパソコンの画面を覗きみる。
『好きな女の子』
1位 間宮さおり
2位 九堂千里
3位……
体を支えていた腕から力が抜け、椅子に座っている彼に、もたれかかる。
良かった。本当に。
「ほらね? 行った通りでしょ。さおりが一番だよ」
耳元で彼の声が聞こえる。
「うん。よかった。本当に」
彼の首元に抱きしめるように腕を回す。
そして、彼の耳元で先ほど感じた、ちょっとした疑問をぶつけてみる。
「ところで、この、2番目の女ってだれ?」
以前のランキングから着実に順位を上げている女を指差し、そう告げた。
2番目の女 パンだむ @pandamu
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