居候は魔王の娘〜ほのぼのドタバタ二人暮らし〜

寝転寝子

おかえりと居候

第1話 魔王の娘

 西寺にしでら 千夜子ちよこ、二十七歳。今日も仕事に疲れて帰宅する。


「ただいまー」


 1DKの単身者用アパートに住み始めて、もう五年になる。その間、一度たりとも「おかえり」と返ってきたことはない。だが、この日は違った。


「おかえりなのじゃ」

「おかえりなさいませ」


 千夜子の背筋が凍る。彼女は一人暮らし、合鍵を誰かに渡したこともない。


「え、なんで? 逃げなきゃ……」


 頭の中に様々な事件のニュースがよぎる。にも関わらず、足が勝手に動いて靴を脱ぎ、部屋へと入っていってしまうのだ。


「おかえりなさいませ、千夜子様」

「えっと、あなたたちは」


 部屋の中には二人の人物が正座していた。一人はランドセルが似合いそうな小さな少女。黒いつややかな髪に黒曜石のような瞳。右目を眼帯で隠されていながら痛々しさを感じさせないのは、その凛と伸びた背筋のせいか。


 もう一人は、あからさまな執事。もうどこから見ても執事。少女のお世話係……といったところであろう。


「千夜子様、あなたには今日から魔王の娘であるエリザベート様と暮らしていただきます」


 淡々と説明する執事だが、千夜子は意味がわからない。せいぜいわかるのは、この幼い少女の名がエリザベートというくらいである。


「あの、意味がわからないのですが」


 聞くしかない。もう、尋ねるしかない。


「拒否権はありません。魔界と人間界のために、エリザベート様に人間がどのようなものか知っていただく必要があるのです」

「はぁ」

「これは日本の上層部の方々も了承済みの大切な――」


 なぜ私が? 千夜子の頭が混乱でパンクしそうになったとき、エリザベートが口を開いた。


「我と暮らすのは嫌か千夜子」

「え、嫌じゃないけど」


 半泣きの顔を見て思わずそう答えてしまった瞬間、部屋の中に真紅の魔法陣が広がった。


「なに? なに?」

「承諾ありがとうございます。契約成立ですね。では、私はこれで」


 ドロンと深紫色の煙に変わり、姿を消す執事。室内には真っ赤な魔法陣の上にいるエリザベートと千夜子の二人だけとなった。


「千夜子、これからよろしくなのじゃ」

「よ、よろしく……」


 こうして、奇妙な二人暮らしが始まったのである。


「ちゃんとカーテンは閉めてある。安心するのじゃ」


 一瞬なんのことかよくわからなかったが、魔法陣の光についてであると気づく。たしかに、こんな時間に部屋が真っ赤に光っていたら不審極まりない。


「この赤いやつは消えるのかな?」

「大丈夫じゃ。今契約を処理してるから、あと三十分くらいで消えるぞ」


 千夜子は職場の型落ちパソコンのことを思い出した。

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