リスタート 2

 夜。何故だか、息がしづらい。苦しい。


 そう思って瞳を開けると、のどかが 馬乗りになって私の首を絞めていた。


「……夢?」


 いつもの夢にしてはリアルだ。苦しい。


「でも、……」


 喋るのも苦しい。多分これは現実だ。のどかが私の首を絞めている。


 嗚呼、私の計画よりも先にこうなるとは思わなかった。


 でも、君に殺されるならそれで良い。だって君はきっと私の事をずっと恨んでいる。


 恨まれている。だから、君になら殺されてもいい。死んでもいい。


 それがのどかの為になるのなら。


 のどかの為なら何でも出来るから。


 そう思って瞳を閉じると、頬にポロポロと雫が落ちる。


「なんで……っ、泣いっ……てる……の。手が震えて……るの。ごほっ……っ……君に殺されてもいい……っ……のに……それ程の事をした……のに」


 喋るのも苦しいが、のどかの手が震えている。泣いている。


 私の為に流す涙なんて要らないのに。君が泣く必要ないのに。


「なんで、抵抗しないの?」


 なんで、のどかが急に今になって私を殺そうとしているのか分からない。


 のどかの手が緩んだ。


「かはっ……ごほっごほっ」


 急に解放されたから、噎せてしまう。


「はぁっ……はぁはぁ」


 首を抑えたまま、息が整ってから、馬乗りになっているのどかを見る。


「どうして……今? いつでも殺れたでしょ。私を殺すのは簡単だった筈でしょ」


 とりあえず、落ち着いたので、のどかに疑問をぶつけてみる。


「抵抗されると思ったから」

「相手がのどかならしないよ」


 だって君の人生を奪ったのは私だから、する訳が無い。


 いつ邪魔者が殺されても文句は言わない。


「なんで、なんで美影は自分が殺されて当然だと思っているの?」

「え、……だって、のどかは姉さんと番になりたいから、私は邪魔者でしょ」


 本当は聞くのが怖かった。のどかにそうだと言われるのが怖かった。


「のどかに邪魔な番だと思われていると思って生きていくのは辛い。私が君の手を離せないだけで、のどかが幸せになれないのは嫌だ。それなら、私が消えた方が良い。もう疲れたんだ。だから、のどかが私を殺さなくていい。手をわざわざ汚さなくて良いよ。勝手に消えるから」


 夜空が綺麗なあの場所の山なら身投げしても、足を滑らせて死んだと事故に見えるだろう。だから自分の最期の場所に選んだ。


 絵も描いてから死のうと前々から計画していた。


 仕事を全て終わらせたタイミングで息抜きに趣味絵を描いてから、それからまた仕事を受けるスタイルをずっと続けて来た。不自然に思われないように。そういうルーティンを計画的に続けて来た。


 だから、私が身投げしても、いつもの趣味絵さえ完成させていれば足を滑らせて死んだ事故に見えると思った。


 これなら誰も自殺だと思わないし、自然に君との番が切れて、君は晴れて姉さんと番になれるとそう思った。


「なん……で」

「え、」


 静かにふるふると震えて、また涙を流すのどか。


「なんで、邪魔者とか言うの……」

「そう言われても、実際邪魔者でしょ。私。両親にもそう言われて来たし、姉さんとのどかはどっからどう見てもお似合いじゃん」


 両親にも私がのどかと番にならなければ、とさえ言われた。


 実際それはそうだとその点だけは他は気に入らない両親と意見は合った。


 両親は姉さんさえ良ければ、私に興味なかったし。そんな実家が息出来なくて、嫌で高校は寮に入った。


「私はそうは言ってない」

「言ってなくても、……のどかのこの行動がそうでしょ」


 だって、のどかは現に私を殺そうとした。それは私が邪魔じゃなきゃなんなんだ。


「だって……」

「え、」

「だって、美影が私との番を解除して、何処かに行ってしまうと思ったから……。前にオメガの男の人と楽しそうにしている所も見たの」


 ……オメガの男の人?


 そう思って頭の中をフル回転させると、多分、それは武信さんの事だろうと答えが出た。


「それ、多分友達の旦那さんだよ。友達もアルファでその人はオメガなんだ」


 多分、のどかが見た所は玉緒が武信さんに私を送れと行って送ってくれてた所だろう。


「二人は中学からの友達でね。そして二人は番だよ。だから、その人と番になるとかそんな事ないよ。私が好きなのはのどか……だから」


 困った様に笑ってしまったが、のどかが更に動揺した様に瞳が揺れる。


「美影は……私の事が本当に好き、なの?」

「好きだよ。愛の言葉はちゃんとよく言ったでしょ。……でも、事故の様なもので番になってしまったから、君の事が好きだなんてあまり信じて貰えないかな、って思ったけれど」


 あの時は本当に理性が消えた様に歯止めが効かなかった。のどかに怖い思いをさせてしまった。


「事故、だなんて……私が、私が悪いの」

「え、」

「美影が中学から美陽と違う所に行って、高校も別の所でしかも寮でずっと私の事、避けられてるって思ったから、あの時は美影を見つけて、急に発情期な感じはしたから、一応持ってた薬で少しなら抑えられるからって、薬を飲んで少しでも美影と話したいって思ったの」


 確かにあの時は画材を買いに行っていて、のどかに「久しぶりだね」と話し掛けられた。


 私はあの頃はのどかと姉さんを見たくなくて、中学から二人とは違う学校をわざわざ選んでいたから。高校は寮だったし。


「私は、私は……美影の事が好き……だったから、話したかったの」

「え、……のどかが好きなのは姉さん……じゃ」


 だって、二人はお似合いで姉さんもまだきっとのどかが好きで、のどかも……そう思っていた。


「……私が好きなのは美影だよ。美陽には確かに高校生になった頃に告白されたけど、断ったの。美影が好きだから……ってその時に美陽はやっぱりかって言ってくれたし、よく相談にも乗ってくれた」


 嘘。……だって姉さんは、あの時。


「だって、私とのどかが番になってしまった時に信じられないって顔してた……から」

「あれは美陽に聞いたら言ってたの、私の体質に少しでも効く薬をオススメしたのに、効かなくてごめんって。そういう出先の事故を少しでも抑えられる為に選んだのにって」

「……あの複雑そうな顔、薬の事、だったんだ」


 そういえば、姉さんは高校生くらいの時からそういう研究の仕事に興味持っていた。


 のどかの体質についても、よく調べていたと姉さんとたまに会っていた時に話していた気がする。


「それなのに、私は……」


 姉さんに勝てたと優越感に浸って、嫌われていると思って、のどかと向き合えないまま。本当に……。


「本当に、早くのどかと向き合えば良かった。こんな簡単な事だったのに、何年も……」

「私、こそ、ごめん。……美影の言葉を信じられなくて、美影は優しいから、同情で私との番を解除出来ないんだって思ってた。でも、他のオメガと一緒に居る美影を見て、解除されるかも、このままストレスで死ぬくらいなら、美影をこうするしかないって……」


 のどかは綺麗な涙を流しながら、私の胸にうずくまる。


「ふふっ、そっか。じゃあ、のどか」


 のどかの頭を優しく撫でてから、私はぎゅっとのどかを抱き締める。


「なに、」


 のどかが顔を上げた瞬間、私はのどかの唇に唇を重ねた。


「……っ」


 ゆっくり離すと、驚いた様子ののどか。


「やっとキス、させてくれたね」

「……こんなの拒めないでしょ」

「ふふっ。そうだね。でも、嫌だった?」

「……嫌、じゃない」

「じゃあ、好き?」

「好きよ。……美影も本当に好きなら、拒む必要ないでしょ」

「それもそうか」


 のどかを再度抱き締めて、またキスをする。今までの時間を取り戻すかのようなキス。


 何度も何度も唇を交わした後、私はようやく唇を離した。


「……がっつきすぎ」

「しょうがないよ。ずっと我慢してたんだから」

「……そ。それに腰をそんなに掴まなくてももう逃げないから」

「ふふっ。そうだね。……ねぇ、のどか」

「なによ」

「ここまで来るのに時間が掛かってしまったけど、」

「うん」


 のどかは静かに頷いて、身体を私に預ける。


「ここからまた、二人で番として、結婚相手として再スタートしよう」

「うん」


 ぎゅっと、私が番だから、一緒に暮らすときに渡した結婚指輪を握り締める。


「のどかは、その結婚指輪だけは外さないで居てくれたね」

「当たり前、でしょ。だって美影がくれた大切な物、だから」


 今、思えばのどかは私の結婚指輪を外す事はあまり無かった。私はしょうがないから付けてくれているのだろうと思っていたが。


 親友の玉緒なんて、彫刻する時、装飾品はそんなに好きじゃないし、違和感あるし、邪魔だからと武信さんとの結婚指輪を容赦なく外していたな。そんな所が玉緒らしい。


 そんな人も居るのだから、ずっと着けてくれていたのどかは優しい。


「はぁー」


 やはり、再確認すればする程、のどかが可愛い。溜め息が出る程に。


「な、なに」

「今更、両想いだったなんて嬉しくてね」

「それは……私も」

「私を殺そうと思うくらい好きだなんて、嬉しい」

「それは……ごめん。もうしないから」

「私が浮気したと思ったら、殺してもいいよ」

「美影、私はやらないから」

「……ふふっ。ごめん。浮気なんてしないよ。でも、本当にのどかになら殺されても良いくらい好きなんだよ」


 のどかを抱き締める。暖かい。前にのどかを抱いていた時よりも今の方が良い。虚しくない。


「のどか」

「……なに」


 さっきのタチの悪い冗談を根に持っているのか、少し不貞腐れている。


 まぁ、私が悪いのだけれど。


「結婚指輪、新しく買いに行こう」

「え、これで良い、けど……」

「私とのどかが両想いだと確認した記念、だよ」

「ふっ、なにそれ」

「それだけ嬉しかったって事だよ。のどか、愛してる」

「……私も愛してるよ」


 ちゅっと、のどかは遠慮がちに私にキスをした。

 私達はかなりの遠回りをしたけど、お互いまたすれ違ったり、喧嘩したりして、また同じ様な事になったとしても、これからはもう大丈夫だと思う。


「のどか」

「なに」

「ふふっ。大好きだよ」

「私も、……大好きよ」


 ぎゅっと、私の腕の中に愛しい人。


 私はのどかを今度は自分の手で幸せにする為に、二人で番同士で幸せになる為に、リスタートしよう。幸せなリスタートに。

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君とリスタート 村雨 @kagtra423

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