楽しかった時間に、またねを
楽しすぎたお泊まり会は終わりを迎えようとしていた。
大きな鞄を手にした葵と静香は、玄関前の石畳で立ち話をしている。
お相手はもちろん、トンチキ異世界コンビと、お世話になったオーナーだ。
「本当に、お世話になりました。アップルパイだけじゃなくて、オーナーの料理とても美味しかったです」
口にしたオーナーの手料理の数々を思い出しながら葵は頭を下げた。
「私も、オーナーと一緒にお料理が出来て嬉しかったです。機会があればアップルパイの作り方も教えてください」
続けて静香も頭を下げる。
「いいのよ!若い子達が美味しそうに食べるところを見るのが私の幸せなの。それに、私も静香さんに色々手伝ってもらっちゃって、返って悪かったわ」
そんな2人を見て、オーナーはニコニコしながら言った。
2人がその返事を聞いて頭を上げたところで、オーナーは続ける。
「是非、また遊びに来て頂戴。あんなに楽しそうな蘭子ちゃんとタカヤさんは初めて見ました。本当、いいお友達に出会えたわね」
そう言って、両脇に立つ蘭子とタカヤの肩に手を置いた。
「へへ」
「ふふ」
「フッ」
「えへへ」
4人は顔を見合わせて笑っている。
そして、後ろに手を組んだ蘭子が、ぴょんと一歩前に出てきた。
「あおい、しずか!気をつけて帰れよ」
さっきまでの寂しそうな顔は、もうどこにもなかった。
蘭子らしい、可愛らしい笑顔で見送ろうとしている。
「おう!蘭子、色々ありがとう!本当に楽しかったよ!タカヤもな!」
そんな姿に、葵も満面の笑みで応えた。
隣では静香が優しく微笑んでいる。
「ああ、また学校で!」
そして、クールに笑うタカヤが最後に一言返事をする。
ふと、庭先にひらひら飛んできた黒いアゲハ蝶に全員が目を奪われた。
蝶々が薔薇にとまり、薔薇の蜜を吸い出した様子を見て、再び4人は顔を見合わせる。
「じゃ、俺たちはこれで。どうもお邪魔しました」
「お邪魔しました」
それが別れの合図になったかのように、葵と静香は改めて頭を下げた。
振り返って去っていく2人の背中を見送る蘭子は、やっぱり少し寂しかった。
あんなに楽しかった時間が終わってしまうのだ。
まるで、夢から覚めた時のような感覚に少しだけ抵抗してみたくなる。
だけど、もう分かっていた。
つまらない日々を変えること、楽しい時間を作ること。
それは、自分自身にしか出来ないことなんだって。
(わたしは、わたしの気持ちを大切にするよ)
だから、蘭子は笑った。
きっと、明日からも楽しいことがいっぱい待っている。
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