The Silent Watcher

月明かりに照らされた2人の背中を、遠くから見つめる者がいた。

河川敷にある大きな芝生の広場、その隅にある木の陰から覗き込むようには立っている。


「……もしもし?…………ええ。わかってますよ。…………………………はい。………………………………はい」


今どき珍しいガラケーを耳に当て、反対の手でコーヒーを軽く振りながら、やる気のない返事を繰り返す。


「あー。それは無理っすわ。…………ええ。だってもう接触しちゃいましたから」


男は、ついさっき目の前で起こった不可解な出来事を全て見ていた。

いや、まるでそこに隠れていた。


「いやぁ……それは勘弁してくださいよ。嫌ですよ……始末書なんて」


通話相手から怒られているらしい男は、心底めんどくさそうな表情で会話を続けている。


「…………わかってますって。……ええ。ちゃんと見てますから」


しかし、目線は遠く離れていく静香とタカヤの背中を捉えたままだ。


「そっちも頼みますよ。あんなのにウロウロされたらたまったもんじゃないですから。…………ええ。では」


通話を切り、ガラケーを畳んでポケットにしまうとコーヒーを啜った。

一瞬だけ、彼の瞳に街灯の光が映る。

しかし、その瞳には何の感情も宿っていなかった。


「わかってねぇなぁ……上層部も。なんで他のヤツのポカを俺が対処しなきゃいけないんだよ……。全く、現場を知らない上層部が絡むと碌なことになんねぇな」


2人が河川敷から脇道に逸れたところまで男は、愚痴を言いながら気怠そうに2人とは反対方向に向かって歩き出した。

河川敷の風が止み、男は最後にもう一度だけ、2人が消えた方角を振り返る。

「……さーて、頼んだよ、お2人さん。……あー。始末書のフォーマット、どこにしたかな?」

誰にともなくそう呟くと、闇の中にその姿は溶けていった。

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