第六章 未来の記憶

何年、何十年が経ったのか、もうわからなかった。

 “始原”の世界に時間の流れが生まれてから、空には朝と夜が巡り、季節のような光の波が繰り返されるようになった。


星野遼とセラは、この新しい世界の中で生き続けていた。

ふたりが植えた“記憶の種”は風に乗り、空へ、海へ、そして見えない未来へと拡散していった。


ある日。

セラは草原の丘で、空を見上げていた。

雲の隙間から差し込む光の筋が、まるで階段のように天へと伸びている。


「リョウ。見て、あの光……まるで、時の川みたい」


遼は彼女の隣に腰を下ろし、空を見た。


「本当だな。あの川の向こうに、また誰かの世界が生まれるんだろう」


「そう思うと、少し寂しいね」

「でも、俺たちの記憶がその中にある。どんな時代ができても、きっと――誰かが思い出す」


「……“愛は時間を超える”」


セラが微笑んだ。

それは、あの日と同じ言葉。


夜が来る。

焚き火の炎がゆらゆらと揺れ、二人の影を包み込む。


遼は古びたノートを開いた。

祖父・星野晴臣が残した研究記録。

そこには、最後のページに新しい文字が刻まれていた。


『未来の誰かへ――

愛が時を越えるなら、人は決して滅びない。世界が終わるその日も、誰かの“想い”が再び始まりを創る。』


それは、まるで遼とセラに向けた言葉のようだった。


「じいちゃん……お前も、誰かを愛してたんだな」


「きっと、その想いがあなたを導いたんだね」


遼はうなずき、ノートをそっと閉じた。


ある日、セラは遼の手を取り、静かに言った。


「リョウ。……もうすぐ、私たちの身体、この世界に溶けていくと思う」

「分かってる。俺も感じてた」

「でも怖くない。だって、これは終わりじゃないから」

「……そうだな」


空には淡い光の粒が舞っていた。

それは“記憶の種”が芽吹きはじめた証。


「わたしたちの記憶が、未来に届くんだね」

「ああ。そしていつか――また誰かが、この空を見上げて想うんだ。“愛”を」


「そのとき、また会えるかな」

「絶対に会えるさ。時間なんか、もう関係ない」


セラは微笑み、遼の胸に顔を寄せた。

ふたりの身体が、光に変わっていく。


――その瞬間、世界が震えた。


地平の向こうで、光が連鎖するように走った。

“始原”の大地が、数え切れないほどの生命を生み出していく。

植物が芽吹き、水が流れ、鳥が空を飛ぶ。


そして、遠い未来。

ひとりの少年が空を見上げた。

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