第2話 「先輩! 私に先輩のご尊顔の撮影許可をください」




「かーおるちゃん?」

「あっ。桐谷先輩。こんにちは」


 ある日の昼休み、私は桐谷先輩に会った。

 いつも通り綺麗なお顔立ち……イケメンだぁ。


「花織ちゃん、顔、顔。にやけてるよ」

「え? あぁ、すみません。先輩の(イケメン)顔を見ると自然とこうなっちゃうんです……」

「不思議だな。君に言われると素直に喜べない」


 失礼な。

 イケメンの桐谷先輩を直で生で拝むためだけを理由にこの高校を受験したのだから、これぐらい当然ではないか。

 何カ月たってもこの喜びは消えることなどない。

 先輩(のイケメン顔)を見れて毎日最高に幸せである。


「どうしたのその書類?」

「クラスの配布物です」

「半分持つよ」

「あっ……。ありがとうございます」


 半分と言っておきながら、九割ぐらい持つ先輩。

 まあまあ重いはずなのだが……。


「じっと見られると、なんだか照れるな」

「照れた先輩も素敵です」

「……うん。君ならそう言うと思った」


 作り笑顔も完璧です、先輩。


「一応確認なんだけどさ、花織ちゃんって俺のこと好き、なんだよね?」

「はい。私は先輩の顔が大好きです」

「……分かっていても、こう、ストレートに言われると悲しいね」

「悲しんでいる先輩も魅力的です」

「そう。ありがとう」


 私に先輩への恋愛感情はない。

 あるのはイケメン顔への執着と愛である。

 この世に生まれてから早15年。

 私はいまだに恋というものをしたことがない。

 推しは数えきれないほどいたが、推しへの感情と恋愛感情は全く違うのだと友人に教わっている。


「恋愛には興味ないの?」

「ないですね。微塵もありません」

「ちょっと意外。ほら、女子って恋バナとか好きじゃん?」

「すべての女子に当てはまると思わないでください」


 恋バナにいい思い出なんてない。

 好きな人なんていないと言っても、全然信じてもらえないあの謎の世界は、私には合わない。


「――ねえ、花織ちゃん」

「なんですか?」


 先輩が急にご尊顔を近づけたかと思うと、


「こうして後輩の仕事を手伝ってる姿って、どう思う?」


 と、訊いてきた。


「先輩――私には『ご尊顔に近づきすぎてはならない』というルールがあるので、もう少し離れてください」

「え、なにそのルール」

「自分ルールです。あんまりにもイケメン顔が近いと、いつか犯罪を犯しそうなので」


 犯罪、と先輩が復唱する。


「犯罪って、どんな?」

「被写体の肖像権やプライバシー権の侵害ですね」

「……つまり?」

「ご尊顔を永久保存するべく写真を撮りたくなります」

「無断撮影?」

「はい。無断撮影です。犯罪になります」


 先輩はしばしの間、固まっていると、次の瞬間、笑い出した。

 私は何で先輩が笑い出したのか分からず、困惑する。


「え? あの、先輩? どうしたんですか?」

「いや、どうしたもこうしたもないでしょ……くくくっ」


 なぜにそんな笑っている?

 理解できない――が、声を出して笑っている先輩もまた良き。


「花織ちゃんってさ、俺のこと、写真撮りたいの?」

「はい。それはもう、あますことなく先輩のすべてをこのスマホいのちに収めたく存じます。……けど、それは犯罪なので、すっごく衝動を抑えてます」

「そっかそっか……くくっ」


 先輩は落ち着きを取り戻すと、ある提案をした。


「ならさ、許可を取ればいいじゃん」

「許可……?」

「そ。それなら犯罪じゃないでしょ?」

「許可って……」

「ん?」

「許可って、誰に?」

「誰って、俺に決まってるじゃん」

「え?」

「え?」


 待って、頭が追い付かない。

 つまり、つまりだ。


「――先輩に許可を取ればご尊顔の写真を撮れる、と?」

「そうだよ? だって無断撮影がダメなんでしょ? 無断じゃなければいいじゃん」

「……たしかに!!」

「花織ちゃんって、ほんとおもしろいね」


 そうじゃないか!

 先輩に許可を取ればいいんじゃん!

 何をこんな簡単なことで悩まされていたんだ私よ!

 教室に無事、配布物を置き終えると、私はすぐに先輩にお願いをしに行った。


「先輩! 私に先輩のご尊顔の撮影許可をください」

「いいけど……そうだな。条件がある」

「条件、ですか?」

「そう。条件。――俺とツーショットを取ること」


 なんだその簡単な条件は。


「喜んで撮ります!」

「よかった。じゃ、こっち向いて」

「え?」


 パシャ、とシャッター音がする。

 先輩のスマホのカメラで、私とのツーショット(内カメ)が撮られたのだ。


「え、先輩。私のスマホでとるんじゃ……」

「別にいいでしょ? それに花織ちゃん、あとで俺だけの写真に加工するつもりだったでしょ?」

「なぜそれを!?」

「なんか、『ご尊顔と同じ空間にいる証拠なんて残せない~!』とか言いそうだったから?」

「それ私の真似ですか!? 声は似てないけど思考は一致してます!!」

「一致してるんかい」


 こうして、私は先輩の撮影許可が下りたのだった。

 なんて幸せなことだろう……桐谷先輩、ありがとうございます!




 スマホの容量がいっぱいになって、撮った写真を泣く泣く削除することになるのは、この翌日のことであった。



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桐谷先輩は今日も尊い。 詩月結蒼 @shidukiyua

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