処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!
秦江湖
第1話 始まりの景色
処刑台、民衆の罵声
私は、帝都の中央広場に設えられた処刑台の上で、膝をついている。
手足は荒縄で固く縛られ、昨日まで皇妃の正装をまとっていた体は、今は薄汚れた囚人服一枚だ。
「国賊め!」「裏切り者!」「イザベラ様を毒殺しようとした悪女だ!」
広場を埋め尽くした民衆が、私に向かって罵声を浴びせ、腐った野菜や石を投げつけてくる。
額に鋭い痛みが走り、生ぬるい血が頬を伝った。
違う。私は何もしていない。
「違う……」
絞り出した声は、誰の耳にも届かない。
何かの間違いだ。
だって、私はあんなにも皇帝陛下(アラン様)を愛し、イザベラを妹のように大切にしていたのだから。
「アラン様……助けて……」
私は、愛する夫が、この悪夢から私を救い出してくれることだけを信じていた。
※※※※※※※※※※※※※※※
裏切りの皇帝と、「親友」の微笑
民衆が割れ、帝国の紋章を掲げた近衛兵と共に、夫である皇帝アランが姿を現した。
輝く金髪、慈愛に満ちた碧眼。私の愛した人。
「アラン様っ! 違うのです、私は――!」
必死に声を張り上げるが、彼は私を見ない。
その視線は、彼の腕に儚げに寄り添う一人の女性に向けられていた。
豪華な毛皮のケープに身を包み、寒さに震える小動物のようにアランにすがりつく……イザベラ?
私の幼い頃からの侍女であり、たった一人の「親友」。
なぜ。
なぜあなたが、私のいるべき場所に?
なぜあなたが、私だけが知るはずの、アラン様の優しい眼差しを向けられているの?
アランは、私には一度も見せたことのない切なげな表情で、イザベラの肩を抱きしめている。
まるで、これから起こる残虐な見世物から、彼女を守るかのように。私から、守るかのように。
私は、その光景に言葉を失った。
※※※※※※※※※※※※
皇妃エリアーナ」
地を這うような低い声。アランが、ようやく私を見た。
その美しい碧眼(へきがん)には、かつての愛も、慈悲も、何も映っていなかった。
あるのは、凍てつく冬の湖のような……汚泥にまみれた何かを見るような、冷え切った侮蔑だけ。
「貴様は、余の寵愛の寵愛を一身に受けるイザベラに嫉妬し、毒を盛った。さらに、余の暗殺を企てた大罪人である」
頭が理解を拒否する。イザベラに、毒? 私が? アラン様を、暗殺?
「違う……違います! イザベラ、あなたも何か言って! 私たちがどんなに仲が良かったか、あなたが一番知っているでしょう!?」
私が叫ぶと、イザベラはアランの胸に顔をうずめたまま、か細く震えた。
「……ごめんなさい、エリアーナ様。私、怖くて……あの日、あなたが『皇帝陛下さえいなければ、私がもっと自由になれるのに』と仰るのを聞いて……」
嘘だ。そんなこと、言っていない。
愕然とする私に向け、イザベラは怯えた目で私を見つめた。
そして――アランが彼女の頭を撫でるために視線を外した、ほんの一瞬。
口の端を吊り上げて、嗤った。
心臓が、氷の手で掴まれたように凍りついた。ああ。そう。そうだったの。
最初から、すべて。この二人に、私は、嵌められたのだ。
※※※※※※※※※※※※※※※
最後の二十秒
絶望は、一瞬で燃え盛る憎悪に変わった。
兵士に乱暴に髪を掴まれ、断頭台の冷たい穴に顔を押さえつけられる。
「おまえたちだけは絶対に許さない」
私は、最後の力を振り絞り、首だけをねじ曲げて二人を睨みつけた。
(もし、もう一度……もう一度だけ、やり直せるのなら)
(今度こそ、あなたたちを地獄の底に突き落としてあげる)
ギロチンの刃が空気を切り裂き、振り下ろされた。
――衝撃。
世界が回転した。音は、もう何も聞こえない。
転がった私の「首」は、奇しくも、あの二人の方を向いていた。
聞いたことがある。人の首は、斬り落されてから二十秒ほどは、物が見えると。
(……あと、十五秒)
私の視界の先、緋色の天幕の下。皇帝アランは、微動だにしない。
自分の皇妃の首が、無様に雨に濡れた石畳を転がったというのに、彼は一瞥(いちべつ)すらしないのだ。
(……あと、十秒)
私の視界が、ゆっくりと霞(かす)み始める。
その、アランの腕の中。震えていたはずのイザベラが、そっと顔を上げた。
彼女は、アランには気づかれないよう、ゆっくりと視線を動かし――転がった「私」の目と、その視線を正確に合わせた。
(……あと、五秒)
イザベラは、怯えた小動物のような可憐な顔で、確かに、私だけにわかるように、ゆっくりと、深く、勝利を確信した笑みを浮かべた。嗤ったのだ。
(……ああ)
これが、私の「最後の景色」。そして、私の「始まりの景色」。
忘れない。その顔も、あの男の冷酷さも。
視界が、完全に闇に塗りつぶされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます