第2話



 遂行されるはずの婚約破棄はなされず、私たちは控え室に集められた。


 主催のジークリード様は会場を部下に任せて、何を考えているのか、私を膝に抱えたまま離さない。


 冷静になってから、ひとまず会場を騒がせてしまった謝罪をさせて欲しいといったが、それはすぐさま却下された。


「……」


 それからはもう、恥ずかしくて顔を覆ったまま俯く。


 少しして指の隙間から覗き見すると、依然ジークリード様は牽制するようにソルを睨み付けていた。


 対してソルは、目が合わないように不自然に視線を漂わせている。


 そんな地獄の沈黙を破ったのは、意外にもジークリード様にくっついていたヒロインの子だった。


 可愛らしい声がする。


「あの、お聞きしたいんですが、ジークリード様とミリアーナ様は婚約解消されたんですよね?」


 さすがにあの状況で、それは難しい。けど私が言うのも違うかな、とチラッとジークリード様を見る。彼はため息を吐いたあと、苦々しく返した。


「勝手に話を進めないでくれるかな。僕は承諾してないし、婚約破棄も解消もされてない。ミリィは独り身になってないから」


 最後の言葉はソルに言ったみたいだ。彼は、ジークリード様の視線に耐えきれず、苦笑いを浮かべた。


 同郷のよしみで助けを求めたら、とんだ話に巻き込むことになってしまった。後でちゃんと謝罪しておかないと、と思う。


 そして、そんなジークリード様の返答に不満を口にするのはリリーローズ嬢。彼女は唇を尖らせた。


「そんなの、おかしいです。だってあの場で婚約破棄になるはずじゃないですか」

「なるはず? どういう意味だ?」


 反応したジークリード様は、怪訝に眉をひそめる。リリーローズは説明しようとするが、「前世で……」なんて始めるから伝わらない。


 結局、「意味がわからない」と吐き捨てられた。


「とにかく、今回のことは内輪での揉め事だったと側近に説明させている。たいした騒ぎにならなかったのが幸いだ。君たちは、それが終わり次第すぐに帰ってもらう」


 いいね、と念押しされて、ソルが「わかりました」と応えた。リリーローズはまだ納得いかない様子で黙ったままだった。


 少しして部屋の扉が叩かれる。私もようやく解放されて立ち上がる。ジークリード様がソルの方に行って、言葉を交わした後、ソルの方が軽く頭を下げた。


 罪悪感が浮かぶ。けどそれと同時に、リリーローズ嬢の声に気を取られる。


「ねえ、待って……じゃあ、私の結婚はどうなるんですか? ジークリード様と結婚するつもりで来たのに」

「知らないよ。そもそも君は、父が後援するつもりで集めた下位貴族のどこかの娘だろう? 僕と繋がりなんてほとんどないじゃないか」

「そう、ですけど……」


 ジークリード様に言われてたじろぐ。けど、さらに何か言おうとしたところを状況を知らせに来た側近にかき消され、そのまま背を押されて外に出ていった。


 私も状況を見守っていたけど、人が少なくなってきたし一旦家に帰ろうと思う。近くの使用人に声をかけて、部屋の出入り口に向かったけどジークリード様に引き留められる。


「ミリィは待って」

「え?」

「僕の部屋で少し話そう。聞きたいこともあるし」


 その提案に一瞬迷う。話したところで、リリーローズ嬢と同じことしか言えないのは分かりきっている。前世で読んだ物語と同じ展開になると思った、と。


 けど、それでも伝える努力はすべきと考えて承諾した。


「……そうね、わかったわ。じゃあ、そっちで待ってる」

「すぐ行く」


 短い返事を聞いて、部屋を出る。そのまま玄関ホールとは逆の、ジークリード様の部屋を目指した。


 背後ではまだ騒がしさが残っていた。

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