第3話 結婚は無理! コレ、何処に捨てようか!?


​意識が浮上する。

柔らかいベッドの上……では、もちろんない。

なんだかこう、ゴツゴツしていて、妙な弾力があり、そして汗臭い。


​「……ん?」


​目を開けると、俺、出井テルオは、見知らぬ天井……砦の天井を見上げていた。


いや、違う、俺は移動していた。


俺は、あのイライザ姫ゴリラの、岩のように硬い腕の中に「お姫様抱っこ」されていたのだ。


​「うわあああああ!?」


​俺は悲鳴を上げて飛び起きた。

いや、飛び起きようとして、姫の鋼鉄のような腕に阻まれ、ベッド姫の腕の上でバタついただけだった。


​「目が覚めたのね、テルオ様! もう、寝顔まで情熱的なんだから!」


「降ろして! 痛い! 痛いって! 骨きしむ! リアルにきしんでるから!」


​俺の必死の抗議も、姫には「照れている」としか受け取られていない。

姫は俺を抱っこしたまま、軽やかな……床がミシミシ鳴っている中、ステップで砦の階段を下りていく。


​「(ヤバいよヤバいよ! なんだこの状況! プライバシーの侵害だ! ていうか、この人、俺を抱っこしたまま階段下りてるぞ! 怪力すぎるだろ!)」


​その時だった。

階段の踊り場から、緑色の醜い生物が数体、棍棒を持って飛び出してきた。

テレビで見たことある! ゴブリンだ!


​「うわあああ! 出た! 緑の化け物! リアルガチなやつ!」


​俺が姫の腕の中で「ヤバいよ!」と叫ぶより早く、姫は動いた。


​「あら、まだ残党がいたのね。邪魔よッ!!」


​姫は、俺を小脇に米俵のように抱え直すと、空いた片方の腕で、ゴブリンの群れに向かって突進した。


​ドゴォッ!


​姫が繰り出したのは、プロレスラーも真っ青な完璧なラリアットだった。

ゴブリンたちは、まるでピンボールのように壁に叩きつけられ、そのまま「人型」の穴を開けて砦の外まで吹っ飛んでいった。


​「……………アベシって言ったぞ、今」


​俺は、姫の脇の下で揺さぶられながら、あまりの非現実的な光景に、再び意識を失いかけた。

​砦から脱出し、どれくらい歩いただろうか。

すっかり日も暮れ、俺たちは森の中で野営することになった。

もちろん、火起こしから食料調達まで、すべてイライザ姫ゴリラが担当だ。


​「フンッ!」


​姫が近くの木を素手で殴りつけると、木が根元から倒れ、ちょうどいい長さのまきが何故か、出来上がった。

そして姫は、「ちょっと待っててね」と森の奥に消えたかと思うと、数分後、肩に巨大なイノシシを担いで戻ってきた。


​「(……俺、勇者。この人、姫。役割、絶対逆だろ)」


​焚き火の前。姫は仕留めたイノシシを豪快に丸焼きにしている。

ジュウジュウと脂が滴り、香ばしい匂いが……いや、ちょっと生臭い。


​「さあ、テルオ様も、もっとお食べにならないと。そんな細い体じゃ、わたくしを守れませんわよ?」


​姫が、ブチリと引きちぎった巨大な肉塊……まだ半ナマで血が滴っている肉を、ニカッと笑いながら差し出してきた。


​「あ、ありがとうございます……(吐き気)」


​俺は、テレビ局のロケ弁が恋しくて泣きそうになりながら、そのワイルドすぎる肉を無理やり口に押し込んだ……生臭い、硬い、マズいよぉ~。


​そんな俺の苦悶を知ってか知らずか、姫はうっとりとした目で焚き火を見つめ、そして、俺を見た。


​「テルオ様……」


「は、はい(ビクッ !)」


「わたくし、決めましたの !」


​姫は、その岩のような両手で、俺の手をそっと……それでも万力のような力で握った。


​「この旅で魔王を倒したら、わたくしたち、結婚しましょう!」


​「ゲホッ! ブフゥッ!!」


​俺は、口に含んでいた半ナマのイノシシ肉を、盛大に焚き火に向かって噴き出した。


​「けっ、けけけ、結婚!? 誰と!? いやいや、無理無理! 無理だから!」


「まあ!」


「俺、アイドル(?)だから! そういうの事務所NGだから! リアルガチで!」


​必死の抗議。

しかし、姫は嬉しそうに頬を赤らめるだけだった。


​「まあ、照れちゃって! 異世界……日本と云う国の殿方は奥ゆかしいのね! そこがまた素敵!」


「(話が通じないよ! ヤバいよこの人! ポジティブすぎるだろ! )」


​姫は「わたくしも寝るわ」と、持参の寝袋に入ろうとした。


しかし、その隆々とした筋肉が邪魔で、ジッパーが閉まらない。


​「フンッ!」


​姫が力を込めると、ブチブチブチ!と音を立て、寝袋は無残に破裂した。


「あら、またやっちゃったわ」


姫は、破れた布を毛布がわりに、ものの数秒で豪快なイビキをかき始めた。


​グゴーッ……グゴーッ……


​森に響き渡る、地響きのようなイビキ。

俺は、一人、燃え残る焚き火を見つめ、真剣な顔で悩んでいた。


​「(ヤバい…どうするよ、コレ…。このまま魔王倒したら、リアルガチで結婚させられるぞ……)」


「(いや、待てよ? 魔王を倒したら? …じゃあ、魔王を倒さなければ、結婚しなくて済むんじゃ……? )」


「(いやいや、俺は勇者だぞ! でも、このゴリ…姫と結婚……? )」


​俺は、豪快な寝顔をさらす姫を見た。

その筋肉質な寝顔は、もはや「女性」というカテゴリーを逸脱している。


​「……………」


​俺の口から、勇者としてあるまじき、しかし、心の底からの本音が漏れた。


​「……コレこの状況、姫、何処に捨てようか?」



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