序章 後編 始まる未来

 命を落としたと思っていた少女の目の前に現れた、自らを神と名乗る謎の存在。


 その見た目は男のようでもあって、女のようにも見える。


 性別という概念がそもそも無いのかもしれない。


 少女が見れば見るほど、この謎の存在が神秘的なものであると思えてくる。


「本当に神様なのですか?」


「そうだよー。 君たちが信仰していた神とは違うけど、ちゃんと神だよ」


「ではやはり、わたしはあの戦いで死んだのですね」


「理解が早くて助かるよ」


 自分が死んだと聞いた少女は少しだけ肩を落として、構えた刀をさやに戻した。


「それで、神様はなぜ死んだわたしとお話を?」


「うん、そのことなんだけどね。 君、死んじゃって無念だなあとか、心残りだなあとかある?」


 少女は目の前の神を自称する存在の質問をいぶかしんだ。


「それは……当然あります。 敵は倒しましたが、わたし自身まだ二十歳も迎えぬ生娘でしたし、残した弟もおりました。 一族の長となる立場であったにもかかわらず、世継ぎも残さず国の未来も不透明とあっては、心残りもそれなりにあります」


「そうだよね。 あんまりにも不安なこと多いよね」


「はい。 なによりもあの魔物とかいう異形の怪物どもです。 奴ら急にに現れて好き勝手に暴れまわっています。 あれを放置したまま死んでしまったことは不覚でなりません」


 そう少女が言ったとたん、神は少女を指さして声をあげた。


「そう! その魔物だよ! なんで急にあんな連中が日本に現れたと思う?」


 少女は質問に対して困惑する。


「そう言われましても。 原因があるのならわたしが知りたいくらいで……。 我らがいくら調べてもそれはわかりませんでした」


「日本は島国だからね。 あの短期間じゃあ、情報が入ってこないのも仕方がないね」


 神は頷きながら話す。


「神様は奴らがなぜ急に現れたのかご存じなのですか?」


「それがご存じなんだよね」


 神は照れ臭そうに頭をかいて答えた。


 その答えに少女は前のめって質問する。


「な、なぜ! なぜ奴らは現れたのですか⁉」


「実は日本人の多くが気づいていないんだけど、日本列島は丸ごと異世界に転移しちゃったんだよね」


 それを聞いて少女は固まる。


「い、異世界……というのはなんでしょうか?」


「君たちの文化だとまだ存在してない概念だったかもね。 異世界っていうのはその名の通り、君たちが元々いた世界とは違う、異なる世界ということだよ」


「つ、つまり日本は土地ごとその異なる世界に移動してしまったと?」


「そういうこと。 それで魔素だまりが日本にもできちゃって、そこから魔物が自然発生し始めたんだよね」


「魔素?」


「日本が移動した異世界にある物質で、空気みたいなものさ。 普段はそれこそ大気の中に混ざっているんだけどね、濃度が高まると魔物が生まれる原因になっちゃうんだよね」


「つまり、その異世界に来たことによって日本の空気にも魔素が混ざってしまい、それが集まって魔物が現れた、と?」


「そういうこと! 君本当に理解が早いねえ」


 しかし少女は褒められたにもかかわらず、表情は暗くなっていった。


「ですが死んでしまったわたしが、それを今さら知ったところで仲間たちに伝える方法も無ければ、共に戦うこともできません。 無念さが増すばかりです」


 落ち込む少女に神は肩に手を置きながら話しかけた。


「そこでわたしが来たのだよ」


「? どういうことです?」


 いっこうに見えてこない話に、少女は困惑するばかりだ。


「日本が異世界に転移したことは君が伝えなくともいずれわかることだ、魔素や魔物のこともね」


「それは、そうですね」


「だが君の一族や日本は、そんなこととは関係なくピンチにおちいるだろう」


「そういうことも、あるやもしれません」


「そこでだ、君のたましいをわたしがいったん預かって、君の一族や日本がピンチになりそうな時代を見計らって転生させてあげようと思うんだけど、どうかな?」


 神の突飛な提案に、流石に少女も固まる。


 理解が追い付いていない。


「つまりだ、君の天才的な剣の腕前で未来の一族と日本を救っちゃわないかい? ってことさ」


「そ、そんなことが本当に?」


「できるできる! だってわたし神だもん」


 神は胸を張って答えた。


 そんな神に向かって少女は姿勢を正して頭を下げた。


「神様、是非ともその御力おちからをお貸しください。 わたしの剣がまだ役に立てるのならばこれ以上の幸せはございません!」


「顔を上げてよ。 ……実はね、わたしはそこまで感謝されるような神様じゃないんだ」


「どういうことでしょうか?」


 少女は顔を上げて神を見る。


「そもそも日本が異世界に転移してしまったのは、わたしにも責任があるんだよ。 詳しいことは話せないんだけどね」


 神は、ばつが悪そうに少し顔をそむけた。


 その表情には悲しさや、悔しさといった感情が見えた。


 少なくとも、少女はそう感じた。


 だからそんな神に向かって、少女は真っ直ぐな眼差しで話しかけた。


「いかなる事情があろうと、一度起きたことはひっくり返りません。 それが良いことであろうと、悪いことであろうと」


「うん……そうだね」


 神は自傷気味に笑いながら答える。


 少女は相変わらず真っ直ぐ神を見つめて続ける。


「だからこそ、それをただ事実として受け止め最善を尽くすことこそが、戦場いくさばを駆ける武士もののふのあるべき心構えだとわたしは信じております」


 神が外していた目線を少女に合わせる。


「神様にどのような事情がおありなのかは、わたし程度には到底計り知れません」


 少女は神の両手を優しく包むように持ち上げた。


 そして再度声に力を込める。


「ですからわたしはただ事実を受け止めます。 朽ち果てるだけだったわたしの命が、今一度輝く好機を得たという事実を。 その奇跡を与えて下さったのが、目の前にいる神様だという事実を」


 神の顔が少し赤くなる。


 次の瞬間、ハッとした神は慌てて少女から手を離す。


「君って結構大胆だね」


「え……、あ! す、すみません! 神様に対して失礼なことを……」


「ううん、全然大丈夫。 むしろありがとうね。 でも神様を慰めるなんて本当に大胆」


 神はクスクスと笑った。


「し、失礼しました……」


 今度は少女が赤くなる。


「よし! わたしも腹が決まったよ! 君のたましい、絶対に未来に繋いであげるから!」


「あ、はい! よろしくお願いします!」


「それでもう一つ提案なんだけど、いいかな?」


「なんでしょう?」


「君の持っているその刀を貸して欲しいんだよね」


紫黒しこくをですか?」


 少女は自分がたずさえている刀に目線を落とす。


「その刀、なにげに凄いよ。 この空間には本来、たましいしか来れないのに持ち主についてくるなんて。 まあ、衣服とかはサービスで着たままにしてあげてるんだけどそれ以外の、特に武器なんかは基本持ち込めないようにしているんだ」


「この刀はわたしの初陣以前からの愛刀です。 わたしの半身と言っても過言ではありません。 共にあることになにも不思議と思いませんでした」


 少女が嬉しそうにつかの部分を撫でる。


「そっか。 うんやっぱりその刀なら適任だね」


「どういうことでしょうか?」


「実はね、たましいを転生させる時、通常は記憶を引き継げないんだ」


「え、そうなのですか?」


「うん。 でもたましいと強い結びつきのある物をかぎとすることで前世の記憶を蘇らせることができるんだ」


「つまり、この紫黒しこくがあればわたしの記憶も未来に持っていけると?」


「ナイス理解。 そういうことだよ」


「それは素直に助かります。 記憶があると無いとでは、だいぶ事情が変わりそうですし」


「ただこの方法には欠点があってね。 記憶のかぎとなった物を使わないと記憶は戻ってこないんだ」


「え、つまりわたしが来世で紫黒しこくを使わないと、記憶は戻らない?」


「さすがの理解力。 ややこしいのは、触れただけではダメってところだね。 ちゃんとその道具を使ってあげないと記憶のかぎは外れないんだ」


「それは、少し難しそうですね」


「しかも、このかぎとなった物はたましいのようにわたしの好きなタイミングで送ることができないんだ」


「ええ⁉ ではどうすれば」


 少女が両手で刀をギュウと握りしめる。


「君の記憶を刀に封じ込めた後、かぎとなった刀を君の弟に託すというのはどうだろうか?」


「え、わたしの弟にですか?」


「そう。 刀は君以外の誰にも抜けないように封印しておいて、大事に保管してもらうんだ。 そうして君の力が必要になる時まで、代々脈々だいだいみゃくみゃくと受け継いでいってもらうのさ」


「な、なるほど」


「よし! じゃあそれでいこう! すっかり長くなってしまったね」


 神はグーと伸びをした。


「よ、よろしくお願いします」


「任せておいて。 絶対に君を送り届けるから」



 神が右手を少女のひたいに当てる。


 少女は目を閉じて全てを神に委ねる。


 意識がゆっくりと閉じていく。


 しかし屋敷の前で倒れた時のような絶望感はない。


 少女が薄れゆく意識の中で感じたのは、暖かな希望。


 その優しさに包まれながら、少女の体は小さな光となって神の手のひらに収まった。


 両手で包み込んだ光に向けて、神は声をかける。



「君は日本や君の一族たちの希望」


「でもそれだけじゃない」


「君はわたしやあの世界そのものにとっても、希望になり得る存在なんだ」


「沢山のことを背負わせちゃうかもだけど、わたしもできる限り手伝うからさ、頑張ってね……」


「それじゃあ、その時まで」


「おやすみなさい…………」



 そう言うと神は小さな光を両手で包み込んだまま、ゆっくりと大事そうに自らの胸の中にしまい込んだのだった。

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